異世界八険伝
6.最弱勇者の初バトル
『グルルゥ……! 』
ボクは今、黒い兎と睨み合っている。
エリ婆さんから教えてもらっていた山道を南に下り、小川沿いに獣道を西に進んで小1時間ほど――木々が疎らになってきた所で、魔物と初の遭遇である。
エリ村から半径1kmくらいまでは聖樹結界が張ってあるそうで、野生動物くらいしかいないのだそうだ。
この黒い兎、見るからに魔物――。
野生動物は一部の例外を除き、人を見ると逃げるのだが、この兎は違った。凄い威圧感で向かって来たんだ。しかも、兎の体長は1mを超えている。兎の皮を被ったイノシシさんだ。
ウサギはペットの中でも可愛いランキングベストテンに入るレベルなんだけど、こいつはダメだ。人間の方がペットに成り下がってしまいかねない。
魔物に対して恐怖心があったかと言うと、実はそうでもなかった。こんな森の奥まで1人でひょいひょい入り込むくらい、余裕綽々だった。
  だって、こっちには武器があるんだよ? この棒で叩けば1発でKOできるはず。それに、まだ頭の中には男だった自分がいる。闘い方は、身体が記憶している気がするんだ。武器さえあればライオンだって、クマだって倒せる自信がある!!
だけど、現実は違った――。
なにこの鋭い牙!?
なにこの真っ赤な目!?
この威圧感、殺気はなんなの!?
霊長類最強の格闘家と向かい合うような緊張感、いや、これは人外中の人外――牙を剥き出しにした、あの地球外生命体のレベルだ。
悪寒が走る。
額から、背中から変な汗が吹き出す。
武器を握る手は既に汗塗れ。
足も手も緊張からか感覚が無くなったようだ。
首の筋肉が硬直して視線を外すことすら儘ならない。
一歩でも動いたら殺られる――そんな緊張感が、現状の睨み合いという拮抗状態に押し留めてくれてはいるが、明らかに劣勢だ。
『ガルルぅ~!! 』
うひゃ! 唸り声が怖い!
覚悟を決めなきゃ殺られる!
カウンターを合わせるしかない!
『ギャゥ! 』
ボクがゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、黒兎が飛び込んできた!!
「うりゃ~!! 」
スカっ!
躱された!?
頭を狙った上段からの薙ぎ払いが、ふわりと避けられてしまった。
こっちの攻撃が、こんな至近距離から見切られている!?
一度破れた拮抗状態は、修復不可能だった。
じわりじわりと近づいて来る魔物――距離が3m、2m、1m……爪が迫る、牙が迫る!
「来るな!! 来るな!! 」
ボクは夢中で鉄の棒を振り回す!!
スカっ! スカっ! スカっ!
だめだ、全く当たらない!!
なにこれ、敏捷値の差なの?
これがコイツの闘い方か。ヒットアンドアウェーで徐々に戦力を奪っていく――。
気付いたら、脚も腕も傷だらけだった。
あちこちから血が出てる! 折角の“透き通るような白”いお肌が!!
こ、攻撃は最大の防御だ!
空振りでも、攻めて、攻めて、攻め続ける!
もう、無我夢中で振り回すしかない!
1発でも当たりさえすれば形勢逆転できるんだ!!
『ガルゥゥ!! 』
黒兎が、トドメとばかりにボクの首を狙って跳び掛かってきた!!
「当たれ!! 」
相手の死角をついた振り上げ――兎の顔を狙い、右下から斜めにカウンターを放つ!
『ギャン! 』
当たった!!
兎の左前足に掠った!!
ボクは、とうに息が上がっている。右手の握力は僅かだし、手足の感覚もなくなってきた。
黒兎だって、足を引き摺っている。
どちらも退かないし、どちらも退けない!
押してる?
いや、どう見ても互角以下か。
判定方式だったら、余裕で負けている――。
『ガゥ~! 』
くっ、また突っ込んできた!!
何となくだけど、相手の動きが読める気がした。
上段に構えたまま、黒兎が飛び跳ねるのを待ち――顔面目がけて思いっきり振り下ろす!!
「沈め!! 」
ガツン!!という確かな手応えが両手に伝わる!
今度は完璧に当たった!!
悲鳴もうめき声も漏らさぬまま、動かない魔物――。
さすがに、勝負あった。
そっと近づくと、こめかみを強打された兎は、左の眼球が飛び出した状態で地に伏し、体を痙攣させている。
「ボクの方が少しだけ幸運だったみたいだ。ごめんね、兎さん――おやすみ」
魔物とは言え、命を奪うことに対しての罪悪感と嫌悪感が入り交じった複雑な感情が胸を締め付ける。
毎回こんなに死にそうな思いをしてまで戦うものなの?
毎回こんなに嫌な思いをしながら戦うものなの?
ゲームならば、最初の魔物は1発KOが基本で、単なる単純作業のはずだった。そこには死を感じさせる危機感もなければ、命を奪うことへの苦しみもなかったはず。
こんなに辛い思いをするんだったら、もう、キャラメイクで、残虐非道なムキムキ男にすれば良かった――いや、でも……それはそれで悪夢だ。はぁ~、辛い、辛すぎるよ!
その後、ボクは異世界に来てから初めて泣いた。
誰も居ない一人ぼっちの森の中、いろんな感情が入り混じって流れ出た涙――それは、とても大きな雫となって流れ落ちた。
一頻り涙を流して落ち着いた後、獣の叫び声を聞いて現実に戻る。
そうだ、レベルは上がった!?
ステータス――えっ、上がってないじゃん!!
取得経験値2倍とは言っても、さすがに兎1匹じゃレベルアップは無理なのか……。
けど、この黒兎は最弱モンスターではないよね?
これ以上強い魔物に遭遇したら勝ち目はないよ、ホントにホントの命懸けだよ……。
「あっ!! 」
黒兎を見つめていると、その姿が霧のように消えてしまった――。
そう言えば、エリ婆さんが何か言ってた気がする。魔物は空気中の魔素が集まって生まれた――つまり、死んだら空気中に分解されて消えると。
よくある「魔物解体」作業がなくて安心したよ。狩人や肉屋さんならできるんだろうけど、ボクには到底無理。皮を剥いだり、内臓を取り出したり……想像するだけでも残酷過ぎて、絶対に無理だ!
ん?
死体が消えた所に……何かある!
ピンポン球くらいの、光る石が落ちてる!
[鑑定眼!]
[初級魔結晶:最低ランクの魔結晶。合成や売買対象となる]
なるほど、これがドロップアイテムだね!
どれだけ価値があるかわからないけど、たくさん拾ってお金稼ぎしなきゃ! ボクってば、意外とコツコツ頑張れるタイプだと思う。うん、すっごく地味キャラ。
★☆★
初バトルから2時間後――。
あれから3匹の黒兎を倒したボクは、念願のレベルアップを果たした!!
ドロップアイテムも、初級魔結晶が4つ。これは倒したら確実に出るみたい。
他にも[ブラックラビットの角]が1つ。ありゃ、黒兎じゃなくてブラックラビットでしたか。なぜ横文字!? 無駄に長いだけじゃん!
そう言えば、1匹だけど角が生えてる兎がいた気がする。戦うことに必死過ぎてあまり意識はしていなかったけど、強さはあまり変わらなかった記憶がある。もしかしたら、これがレアモンスターという奴だろうか。
さてさてさて!
結界近くの安全な場所まで戻り、ステータスをいじくります!!
ステータスを上げたら少しだけ休憩して、元気が残っていればまた狩りに出掛けるよ。今日はレベル3まで頑張るのだ!!
今晩はアユナちゃんの家に泊めてもらう約束してるもんね。時間ギリギリまで頑張る!!
ボクは今、黒い兎と睨み合っている。
エリ婆さんから教えてもらっていた山道を南に下り、小川沿いに獣道を西に進んで小1時間ほど――木々が疎らになってきた所で、魔物と初の遭遇である。
エリ村から半径1kmくらいまでは聖樹結界が張ってあるそうで、野生動物くらいしかいないのだそうだ。
この黒い兎、見るからに魔物――。
野生動物は一部の例外を除き、人を見ると逃げるのだが、この兎は違った。凄い威圧感で向かって来たんだ。しかも、兎の体長は1mを超えている。兎の皮を被ったイノシシさんだ。
ウサギはペットの中でも可愛いランキングベストテンに入るレベルなんだけど、こいつはダメだ。人間の方がペットに成り下がってしまいかねない。
魔物に対して恐怖心があったかと言うと、実はそうでもなかった。こんな森の奥まで1人でひょいひょい入り込むくらい、余裕綽々だった。
  だって、こっちには武器があるんだよ? この棒で叩けば1発でKOできるはず。それに、まだ頭の中には男だった自分がいる。闘い方は、身体が記憶している気がするんだ。武器さえあればライオンだって、クマだって倒せる自信がある!!
だけど、現実は違った――。
なにこの鋭い牙!?
なにこの真っ赤な目!?
この威圧感、殺気はなんなの!?
霊長類最強の格闘家と向かい合うような緊張感、いや、これは人外中の人外――牙を剥き出しにした、あの地球外生命体のレベルだ。
悪寒が走る。
額から、背中から変な汗が吹き出す。
武器を握る手は既に汗塗れ。
足も手も緊張からか感覚が無くなったようだ。
首の筋肉が硬直して視線を外すことすら儘ならない。
一歩でも動いたら殺られる――そんな緊張感が、現状の睨み合いという拮抗状態に押し留めてくれてはいるが、明らかに劣勢だ。
『ガルルぅ~!! 』
うひゃ! 唸り声が怖い!
覚悟を決めなきゃ殺られる!
カウンターを合わせるしかない!
『ギャゥ! 』
ボクがゴクリと唾を飲み込んだ瞬間、黒兎が飛び込んできた!!
「うりゃ~!! 」
スカっ!
躱された!?
頭を狙った上段からの薙ぎ払いが、ふわりと避けられてしまった。
こっちの攻撃が、こんな至近距離から見切られている!?
一度破れた拮抗状態は、修復不可能だった。
じわりじわりと近づいて来る魔物――距離が3m、2m、1m……爪が迫る、牙が迫る!
「来るな!! 来るな!! 」
ボクは夢中で鉄の棒を振り回す!!
スカっ! スカっ! スカっ!
だめだ、全く当たらない!!
なにこれ、敏捷値の差なの?
これがコイツの闘い方か。ヒットアンドアウェーで徐々に戦力を奪っていく――。
気付いたら、脚も腕も傷だらけだった。
あちこちから血が出てる! 折角の“透き通るような白”いお肌が!!
こ、攻撃は最大の防御だ!
空振りでも、攻めて、攻めて、攻め続ける!
もう、無我夢中で振り回すしかない!
1発でも当たりさえすれば形勢逆転できるんだ!!
『ガルゥゥ!! 』
黒兎が、トドメとばかりにボクの首を狙って跳び掛かってきた!!
「当たれ!! 」
相手の死角をついた振り上げ――兎の顔を狙い、右下から斜めにカウンターを放つ!
『ギャン! 』
当たった!!
兎の左前足に掠った!!
ボクは、とうに息が上がっている。右手の握力は僅かだし、手足の感覚もなくなってきた。
黒兎だって、足を引き摺っている。
どちらも退かないし、どちらも退けない!
押してる?
いや、どう見ても互角以下か。
判定方式だったら、余裕で負けている――。
『ガゥ~! 』
くっ、また突っ込んできた!!
何となくだけど、相手の動きが読める気がした。
上段に構えたまま、黒兎が飛び跳ねるのを待ち――顔面目がけて思いっきり振り下ろす!!
「沈め!! 」
ガツン!!という確かな手応えが両手に伝わる!
今度は完璧に当たった!!
悲鳴もうめき声も漏らさぬまま、動かない魔物――。
さすがに、勝負あった。
そっと近づくと、こめかみを強打された兎は、左の眼球が飛び出した状態で地に伏し、体を痙攣させている。
「ボクの方が少しだけ幸運だったみたいだ。ごめんね、兎さん――おやすみ」
魔物とは言え、命を奪うことに対しての罪悪感と嫌悪感が入り交じった複雑な感情が胸を締め付ける。
毎回こんなに死にそうな思いをしてまで戦うものなの?
毎回こんなに嫌な思いをしながら戦うものなの?
ゲームならば、最初の魔物は1発KOが基本で、単なる単純作業のはずだった。そこには死を感じさせる危機感もなければ、命を奪うことへの苦しみもなかったはず。
こんなに辛い思いをするんだったら、もう、キャラメイクで、残虐非道なムキムキ男にすれば良かった――いや、でも……それはそれで悪夢だ。はぁ~、辛い、辛すぎるよ!
その後、ボクは異世界に来てから初めて泣いた。
誰も居ない一人ぼっちの森の中、いろんな感情が入り混じって流れ出た涙――それは、とても大きな雫となって流れ落ちた。
一頻り涙を流して落ち着いた後、獣の叫び声を聞いて現実に戻る。
そうだ、レベルは上がった!?
ステータス――えっ、上がってないじゃん!!
取得経験値2倍とは言っても、さすがに兎1匹じゃレベルアップは無理なのか……。
けど、この黒兎は最弱モンスターではないよね?
これ以上強い魔物に遭遇したら勝ち目はないよ、ホントにホントの命懸けだよ……。
「あっ!! 」
黒兎を見つめていると、その姿が霧のように消えてしまった――。
そう言えば、エリ婆さんが何か言ってた気がする。魔物は空気中の魔素が集まって生まれた――つまり、死んだら空気中に分解されて消えると。
よくある「魔物解体」作業がなくて安心したよ。狩人や肉屋さんならできるんだろうけど、ボクには到底無理。皮を剥いだり、内臓を取り出したり……想像するだけでも残酷過ぎて、絶対に無理だ!
ん?
死体が消えた所に……何かある!
ピンポン球くらいの、光る石が落ちてる!
[鑑定眼!]
[初級魔結晶:最低ランクの魔結晶。合成や売買対象となる]
なるほど、これがドロップアイテムだね!
どれだけ価値があるかわからないけど、たくさん拾ってお金稼ぎしなきゃ! ボクってば、意外とコツコツ頑張れるタイプだと思う。うん、すっごく地味キャラ。
★☆★
初バトルから2時間後――。
あれから3匹の黒兎を倒したボクは、念願のレベルアップを果たした!!
ドロップアイテムも、初級魔結晶が4つ。これは倒したら確実に出るみたい。
他にも[ブラックラビットの角]が1つ。ありゃ、黒兎じゃなくてブラックラビットでしたか。なぜ横文字!? 無駄に長いだけじゃん!
そう言えば、1匹だけど角が生えてる兎がいた気がする。戦うことに必死過ぎてあまり意識はしていなかったけど、強さはあまり変わらなかった記憶がある。もしかしたら、これがレアモンスターという奴だろうか。
さてさてさて!
結界近くの安全な場所まで戻り、ステータスをいじくります!!
ステータスを上げたら少しだけ休憩して、元気が残っていればまた狩りに出掛けるよ。今日はレベル3まで頑張るのだ!!
今晩はアユナちゃんの家に泊めてもらう約束してるもんね。時間ギリギリまで頑張る!!
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