異世界八険伝

AW

5.エリ村はエルフの隠れ村

 これ、村かぁ?
 なんだか森の中ジャングルジムだね。

 森の一部が切り開かれて建物がぽつん、ぽつんとある感じだ。人口50人くらいって話だから、相当に小さな村なんだろうね。建物は20軒もないように見える。全て木造の平屋、ログハウスに近いような質素な作りをしている。

 教会っぽい建物を出たボクは、特に宛がある訳でもなく、回りをキョロキョロ見渡しながら村の縁沿いを歩く。学校の体育館ほどの中央広場を囲むように建物が並び、舗装されていない剥き出しの地面には、自然豊かな野草が道を縁取るように生えている。

 膝丈より少し長いくらいのスカートの中を、そよ風が駆け抜けていく。とってもスースーして気持ちいい。それに、すっごく森の香りがする。ここには、都会では決して味わえない癒しがある。

 魔物の侵攻を感じさせない牧歌的で平和な村の風景に、ボクは自然と笑顔になり、鼻歌を歌いながらスキップしていた。


 建物の裏手には、1アールくらいのよく手入れが行き届いた共同農園らしきものが見える。そこで農作業をしている何人かが手を休めてこちらを窺っている。

 余所者が珍しいのかな。こんな森の中だもんね。

 笑顔で手を振り、軽くお辞儀をしながら通り過ぎると、彼らはニコニコしながら作業に戻っていった。しばらく様子を眺めていると、馬で畑を耕し始めた。この世界にも馬がいるんだね! まるで中世の田舎の農村のような光景だ。


 ぐるっと一周した後、村の中央付近にある広場のような場所に辿り着く。

 そこには円形に造られた花壇があり、それを囲うようにいくつものベンチが並んでいる。そこで3人の子ども達が遊んでいる。背格好からすると小学校の中学年か高学年くらいかな? 今の自分とは歳が近いかもしれない。こっそりステータス見てみるかな?

[鑑定眼!]

 あれ? 見れないよ?

 はぁ~。ボクはどんだけ魔力が低いんだよ。さすがに凹む――。

 それとも、バグだったりする? 詫び何とかを貰えたりする? そんな訳ないよね――。

 もう怒った!
 ステータス開いて鑑定眼を鑑定しちゃうぞ!

 あ、出来た!
 物体が無くてもできるんだね~。

 なになに~?
 生物を鑑定する場合には、使用者自身の魔力値が対象を上回っている必要があるって?

 うわぁ、あれだ!
 素の魔力のステータス自体が高くないとダメなやつだ。魔力アップの装備でステータスを底上げしてもダメみたい。ここはやはり鉄の棒を装備しておくしかないかな。

 エルダートレントのスタッフは封印!
 また会う日まで、さようなら!

 ということは、この子ども達よりもボクの方が魔力が低いってことは確定なのか――。
 早く魔力を上げなきゃ、鑑定が本当に死にスキル化しちゃうよ。


 あ、目が合っちゃった――。

 ん~、恥ずかしいけど挨拶してみるかな。


「こんにちわ~! 」

 あっ、1人逃げた。
 やっぱり作り物の笑顔は怖いか――。

 ちがう!?
 これだ、この鉄の棒が原因だ!!

 絵面的にヤバイよね、女の子が鉄の棒を振り回して挨拶とか。どこの暴走族メンバーですか?って感じがする。

 村の中では武器は仕舞おう、そうしよう。
 アイテムボックスの中へとさようなら~。



「キャーッ!! 」


 ガシャン!!


「アユナ~!!! 」
「誰か、助けて~!!! 」






 えっ!?

 あっ!!







 さっき逃げた女の子が、馬にぶつかって倒れてる!

 何が起きた!?

 これって、絶対に僕のせいだよね!?

 何とかしなきゃ!!



 馬は既に大人の人が捕まえているから大丈夫だ。

 倒れている子の側に駆け寄ると、白髪の少女と緑髪の少年がボクに救いを求めるような眼差しを送ってきた。

 よく見ると、苦しそうに歪んだ顔に掛かる金髪が血に染まって真っ赤になっている――やばい、頭を強く打ってるんだ。



「大丈夫!? 」

「っ……」

 息は、ある!

「動かないで!! 」 


 どうしよう、医学の心得なんてないよ!!

 応急処置すら分からないよ!!

 病院はどこ? 救急車は呼んだ? 119番だっけ? って、ここは異世界の小さな村だった、電話なんてないじゃん!!

 落ち着け、落ち着け自分!


 そ、そうだ!

 ポーションがある!!

 ボクはアイテムボックスから速攻でポーションを取り出し――たのはいいけど、あぅ~使い方が分からない!!


[鑑定眼!]

[ポーション:生命力を少し回復させる効果がある。患部に直接かけるか、飲むことで――]


 ボクはコルクの栓を口に咥えて引き抜き、1本丸ごと女の子の頭にぶっかけた。

 どうだ!?


「ぅ~……」

 足りないんだ!!


 もう1本の栓をこじ開け、今度は無理やり彼女の口の中に押し込んで飲ませる。


「どう? 」

「はぁ~……ふぅ~……も、もぅ、大丈夫です……ありがとう……お姉さん……」

「良かった! さっきは驚かせちゃってごめんなさい!! 」


 ふぅ、何とか無事だったみたい――。

 勇者が初日から殺人犯とか黒すぎる。危ない、危ない!




 あ、大人達も集まって来た。子ども達が呼んできたのかな。やっぱり怒られちゃうかな――。

 よく見ると、皆さんの耳が長い!!
 でも、人間よりちょっと長いくらいだから、遠くから見たくらいじゃ気付かないよね。

 あ、ピンときた!

 ここって、エルフの隠れ里みたいな所か!
 だから、ボクをジロジロ見たり、逃げたりしたんだね。よし、ちゃんと謝っておこう。冒険開始早々、いきなり嫌われて追い出されたくないし。


「この度は――この子を危険な目に遭わせてしまい、すみませんでした!! 」

 ペコリと身体を半分に折る。
 銀色のサラサラな髪が顔に被さってきて、なんだかくすぐったい。

「いやいや、うちの馬が悪いんだよ。蜂に刺されたみたいでいきなり走り出したんだ。でもアユナちゃんが無事で良かった! 君は旅の人かい? 助けてくれて本当にありがとうね! 」

「アユナ~!! 良かった~!! 」
「うぇ~ん! 」

 子ども達が泣いて抱き合っている。

 嗚呼、罪悪感で息苦しい――でも、ちゃんと説明しなきゃだめだよね。

「はい、リンネと申します。先程エリザベートさんに召喚された者です。さっき旅の人になったばかりですが――」

「「「えっ!? 」」」

「はい? 」

 ボク、何かいけないこと言っちゃった!? さっき旅の人になったばかりってとこ? まだ村の外にも出てないのに生意気過ぎた?

「召喚って、あなたが勇者様!? でもでも、リザ姉が男の人だって言ってたよ? 」

 そっちか!
 子ども達のうち、一番年長っぽい男の子が食い付いてきた。

「それなんですが――リザさんにも言ったんだけど、男の人は召喚後に消えちゃって、ボクが新たに召喚されたみたいです~」

「ボク? 」

 おっと、今度はそこを突っ込むのか!
 ボクっ娘は時代の最先端、田舎村では刺激が強すぎたか。

「あ~なんか、クセで。昔から男の子とばかり一緒に遊んでいたせいかも――」

 男の子とばかり遊んでたとか……多分、間違ってはいないけど、聞く側からしたらイメージ最悪発言過ぎたかな。少し空気が重くなっちゃった――。


「そっかー。勇者様だったんだね! せーのっ、「「ようこそエリ村へ!! 」」」

 大丈夫だった! 完全に杞憂でした! みんな良い人で良かった!!

「はい、こんにちは! こちらこそ、宜しくね!! 」


 スカートの裾を掴んで可愛くお上品に挨拶したら、メチャクチャ可愛い可愛い言われてる。恥ずかしいから、そういうのは本人に聞こえないように言ってほしいかな――。

 だって、自分の感性で作ったキャラが評価されるのは嬉しいけど、素顔じゃないだけに複雑なんだよね!



 一連のやり取りを見ていた大人の男性エルフさんが話し掛けてきた。

「可愛い勇者様だね~! 狭い家だけど、アユナの治療をしてくださったお礼をさせて下さいな! 」


 この人、あの子のお父さんらしい。凄く優しそうでジェントルマン的な雰囲気が漂うイケメンさんだ。

 そして――ボクはこのまま、アユナちゃんの家へお持ち帰りされた。



 ★☆★



「そうですか――ポーションを2本も。危うく大怪我するところを助けてもらって言葉も出ません! 本当にありがとう!! 」

「あ、お気になさらず! エリザベートさんから5本いただいていますから! 」

「5本も!? さすが勇者様ですね! 」

 ポーション5本と聞いて、両親とも目を丸くしてびっくりしている。アユナちゃんは、実感が湧かないのか、可愛い口をぽかんと開けている。

 いろいろな話を聴くうちに、どうやらアユナちゃんは一人っ子で両親は共働き、それでもかなり貧しい生活をしているということが薄々分かってきた。

 芋や野菜を育て、森で山菜や果物、薬草などを採取して生活の糧を得る。食生活はとても質素で、肉類は1ヶ月に1度食べるかどうかくらいらしい。衣類や家具は他の家庭からのお下がりだったり、またはDIYな自作だったり。

 ボクの居た飽食時代の日本という国から見ると、耐え難い生活。だけど、豊かさが幸せとは限らないからね。日本にも自給自足の生活に憧れる人は多いし、同情とか哀れみとかの感情を抱くことは失礼なんだと思う。正直、この辺の感情コントロールと表現は難しい。

 幸せとは何だろう。

 食べたいものがいつでも食べられること? なりたい職業に就けること? 好きな人と自由に結ばれる身分差別のない社会? 1日中遊んで暮らせる生活?
 異世界や異文化に触れたとき、今まで抱いていた価値観が揺らぐ。何が正しいのか分からなくなる。そんなとき、どう考え行動するのが正解なのか、そして理想なのか――。

 因みに、ポーション1本は10リル。薬草から加工するそうなのだが、村の中ではエリザベートさんしか加工スキルがなくて、大変な貴重品らしい。ポーションを1本買うのに1ヶ月分くらいの出費だと聴いて、胸が痛くなった。何だか、520リルも貰った自分が申し訳ない気持ちになる。

 お礼にと言われて出された蒸かし芋を大喜びで食べるアユナちゃん一家。ボクも、異世界の芋を手掴みで食べてみた。

 ほんのりと土の味がする……。

 エリ婆さんから乾燥肉などの保存食、携帯食をたくさんいただいた自分が本当に申し訳ないっ!
 ただ、同情でこの家族にお金や食べ物を渡すのは違う気がする。正しい優しさではない気がする。だから、ううん、だからこそ、ボクには何も言えなかった――。


 この村のほぼ全財産をボクは受け取ってしまったのではないか。どれだけ期待されているのかを、改めて知った。気付かされた。

 まだお昼頃だと思う。頑張って魔物を退治して、皆を少しでも安心させてあげよう。魔王云々は分からないけど、少しでも平和になれば、交易も増えるよね! 平和が幸せに繋がっていることだけは自信を持って言える! まずは、そこから一歩を踏み出そう。徐々にでも、皆を幸せにできたらいいな――。


 さぁ、出発だ。
 あ~、たくさん食べてもトイレに行かないで済むのは助かるわ~! さすが神スキル!!

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