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守銭奴、迷宮に潜る

きー子

19.情報収集パート

 迷宮を脱すると、すでに日が暮れていた。下山は無事に果たしたもののクロが相当くたびれきっていたので、先に宿へ送っていくことにする。山頂にあった"繭"についての話を聞くのも後回しである。というのも、クロにとっても確認したいことがあって、いまだはっきりした段階ではないのだという。もう少し噛み砕いてからかいつまんだ話をしたい、という次第であった。俺はクロに任せていた荷物を肩代わりして抱え上げる。否応なく両手がふさがる。ちょっと迷宮内ではできない真似だった。

「なので、ウィル、さま」
「ああ」
「夜、部屋に、きてください」
「もう夜だからな」
「夜に、きてください」
「強調しなくていいから! 行くから!」

 そういうことになった。そう言うクロはといえば、すこぶる眠そうであった。髪の下に秘めた瞳をしばたかせ、瞼を軽くこすりさえしている。ランプ二周分の探索時間は無理ではないが、どうにも負担が厳しそうである。気候や気温などの環境的問題はクリアしたものの、地形の影響などを考慮に入れてなかったのは失策だ。もっとよく気遣う必要があった。隣の歩幅に歩みをあわせ、そのちいさな姿を見ながら考える。靴だな。いい靴がいる。今クロの履いているそれは黒い木靴で、森を歩くには不自由しないが山に向いているとはとても言えないものだった。

「なにか、見て、ます……?」
「足、痛まないか」
「こ、子どもじゃないです」
「実際は?」
「……す、すこしだけ」

 心配するなということだろうがそうはいかない。重すぎる負担は身体を壊す。あるいは致命的なミスを招く。起こってからでは手遅れなので、未然に防ぐためには負担を減らすほかないのである。今のままでは地下二階層に連続して挑むのは難しいだろう。暫定的な解決方法として、地下一階層の探索を挟んでいくことも考えておく。突入は地下一階層から、道なりに進んで残った時間で地下二階層の探索にはげむのもいいかもしれない。稼ぎは当然目減りするものの、無理を続けるよりはずっといい。

「あと、俺は十五だ。俺のほうが年下だな」
「えっ」

 クロが目をまんまるにしている。眠気が覚めたという感じであった。言ってなかったっけ。言ってなかったかもしれない。俺の前世を含めた実際の年齢なんかはさておくとして、この世界に生まれてから十五年しか経っていないのは間違いのないことである。

「それは、その」
「うん」
「が、がんばります」

 なにをだ。

 クロを無事に宿まで送り届けたあと、俺はそのまま取って返して探索者ギルドへ。肩にのしかかる荷物がいい加減重かった。この重みを早いところ片付けたい。そして金にしたい。ゲルダの感心したような呆れたような顔に迎えられながら、どさりと戦利品の袋をカウンターに置く。至っていつもどおりである。

「……今日はなんだ、竜でも獲ってきたってえのか?」
「いるわけないだろう、そんなもん」
「いいや。かつてはいたらしいぞ」
「じゃあ、昔の話だ」

 つまり、今はいないということだ。かわいげのねえ奴だとうそぶくゲルダの背中を見送って頬杖をつく。俺にかわいげなどあっても仕方がない。むしろある方がよほど困る。

 しばし暇にあかして視線をさまよわせ、ギルド内の壁を見渡していく。壁の高いところにちらほらと人相書が張り付けられているのが見えたからだった。あまり目立たずひっそりと張り出された人相書は、周りをぐるりと見渡しても何枚もない。人探しもあればお尋ね者の張り紙もあって、ひどく雑然としていた。おまけにまばらである。それと意識しなければほとんど気づかないだろう。酒を入れたりしていればなおさらだった。

 普段なら俺も気にするわけがなかったが、今日に限っては話が別である。迷宮で騎士マリウスに見せられた人相書のことがあったからだ。しかしどうにも同じものが見当たらない。顔のつくりまで克明に覚えているわけではないが、特徴的な身なりのよい格好は一目見ればすぐにわかるはずだった。

「……おまえ、今度は熊をひとりでやってきやがったってのか」

 いつの間にかゲルダが戻ってきていた。我ながらひどい気の抜けようである。色々あって疲れているのかもしれない。よくない兆候である。金を目にすれば元気になると思う。金である。おもむろに掌を突き出す。

「ひとりじゃない。ふたりだ」
「どっちにしろイカれてらあな。……"くろいあくま"は一匹で1000ENになる。今日の分だ、持っていけ」
「なんだと」

 目をむいた。破格である。ほとんどの魔物は一匹どころか十匹狩ろうとも100ENに届かないものが多い。この生業の稼ぎとは、すなわち数を狩ることだ。そのことは第一階層での経験からすでに知悉している。そのつもりであった。しかし例外というものは常に存在するらしい。思わず笑顔になる。というか、にやけている。ちょっと人には見せられない顔だ。クロがいなくてよかったと神妙に思った。

「──普通、あれは下山してきたやつを集団で包囲して倒すもんだ。ふたつ程度のクランが共同で当たるのが妥当だな」
「そういうことは先に言ってくれないか!」
「お前には"魔女"がついているだろうが」

 なるほど。ぐうの音も出なかった。そんなのを目の前にして開口一番"ウィルさまなら"とは、中々言ってくれるものだと思う。あと、そろそろ様はやめてほしい。今更ながらに冷や汗が止まらない。漏らしてないだろうか。下履きを触る。大丈夫だった。良かった。

 改まって、今日のぶんの稼ぎを受け取る。純資金にして10000ENが目の前に迫りつつあった。探索中の経費や新しく買う予定の装備をかんがみても、数日中に達成できるだろう。そこから先は銀貨に両替していくことを考える。つまるところ、リスク分散というやつである。損失をこうむる可能性はむしろ増えるが、全滅するよりはいくらかマシだ。

「その顔はやめておけ」
「はい」

 ゲルダからたしなめられてしまった。たいそう気持ちの悪い顔になっていたに違いない。全く人前で金勘定をするものではなかった。ひとりで指先を舐めながら数え上げるのが粋というものである。下衆ともいう。胸をしずめて静かに深呼吸する。そして落ち着いたところで、やっと思い出した。ゲルダに聞きたいことがあったのだった。

「ゲルダ。マリウスって騎士のおっさんに会ったんだが」

 名前を出しただけでゲルダの顔が苦虫を噛み潰したようなそれになった。藪蛇をつついた感じがすごい。帰ろうかと思った。はっきりいって聞きたくなかったが、すんでのところで踏みとどまって聞く。

「どうしたん」
「……あれとは犬猿の仲だ。俺がギルドの運営を請け負った時からな。奴の所属──第四騎士団は迷宮の正式な調査をになう、わりあい新設の部隊にあたる」

 つまるところ、島がかぶっているというわけだ。探索者ギルドは執政院の下部組織にすぎないが、果たした貢献は比類なく大きいように思われる。一方で第四騎士団とやらがどれほどの功績を上げているかは定かではないが、公に認められた立場だというところか。ここまでお膳立てされて仲が良かったら世界に戦争はない。

「胃薬とか飲もう」
「もう効かん」
左様さよか」

 もしかしたらゲルダは先代の"魔女"に胃薬を処方してもらっていたのかもしれない。間抜けな話だが、切実ではある。あわれ。

「で、どうした。言っちゃなんだが、奴らは事が起きて初めて動く立場のはずだが」
「そう。それだ」

 どこまで話したものかと考えて、結局全て包み隠さず話すことにした。地下二階層の山頂で騎士団と出くわしたところから始まり、人相書を突きつけられたこと。その爺さんの顔立ちやら身なりやらに加え、目下騎士団が捜索中らしいこと。どうやらその爺さんは迷宮内部にいるらしいと目撃証言があったこと、そして騎士団に妙な傭兵がともなっていたことまで全てである。ゲルダはひと通り聞き終わったあとで、物思わしげに額を押さえて口を開いた。

「あー……色々あるが、順番に行くぞ。まず、その傭兵とやらはわけがわからん。俺も知らん。執政院がなぜわざわざそんな奴を雇い入れているのかも不可解だ」
「まあ、そっちは期待してない」

 よっぽど腕が立つか、あるいは人探しに何らかの長があるのか。単にコネでもあるのかもしれない。実際、不可解ではあるが今は頭の中から放り出しておいてもいいように思える。

「で、その爺さんだが。心当たりがある」
「居場所を?」
「いいや。一週間ほど前から行方不明らしい。ダナン・ド・ヴォーダン。執政院の財務官をやっていた爺さんだ」

 迷宮内部にいるのだろうから探索者だと思い込んでいたら、ちょっとびっくりするくらいに違った。なにせお偉いさんであるから騎士団だって出張ってくる、ということだろうか。考えながらゲルダをふと見ると、その片手が猛烈な勢いで動いていた。見たことのない速さでペンを走らせている。手慣れた動作で羊皮紙をまとめると、適当に人を掴まえて持たせ、すぐさま外へと走らせる。思わず目が丸くなる。見習うべき仕事ぶりと言わざるをえない。

「ずいぶん、せわしいな」
「迷宮内部の話なら、指令が降りてきていいはずだ。恐らく、握り潰していやがる。あるいはもっと上もグルになっているか──ひょっとすれば、内輪もめかもしれん」
「その爺さんが何かやらかして、迷宮に逃げ込んだってことか」

 しかしそう考えると、迷宮を見張る衛兵にとっ捕まるか。犯行が発覚する前に入りこめば問題はない気もする。連絡系統の貧弱さはいかんともしがたいところがあるな。もしかしたら、あの傭兵がいる理由もそんなところかもしれない。調査を担当する騎士団と、外に拠点を置く執政院との連絡係。いかにも悪路に慣れた感じの泥臭い風貌であったから、あながち間違いではなさそうに思える。

「真剣に探し出したいなら、面子なんざ横に置いてるだろうよ。人探しってのは数だ。醜聞を嫌っている可能性は低くない」

 つまるところ、政治か。権威を保つのでいっぱいいっぱいという感じ。大変だなあとひとごとのように思う。というか、まごうことなく他人であった。探索者というやつの大半は流れ者にすぎないからだ。

「面倒くさいな。政治は」
「ああ。馬鹿の面倒をみるよりもよほどな」
「なんだと!」

 完全に馬鹿を見る目をしていた。思わず椅子から立ち上がりかける。

「事については向こうから吐かせてやる。情報もな。したら、お前らが見つけりゃ賞金が出るかもしれん」
「是非やる。是非ともやる」

 確かに俺は扱いやすいやつだった。ゲルダが呆れたような目になっている。それをこそ馬鹿を見る目というのかもしれない。なるほど、馬鹿には違いない。余計なお世話である。お世話ついでに聞きたいことがあったので、大人しく座りなおしておく。

「もうひとつ。その爺さん、腕は立つのか」
「聞かねえな。剣をさげているところも見たことがない。護衛が必要なときには必ず隣に武官がいた」
「魔術のたぐいは?」
「────分からん。だが、可能性はある」

 ゲルダが腕を組んでうなる。難しい顔をしている。とても考えられないが用心はしておけ、といったところだろう。魔術師がそうであると自ら公言しないのは、さして珍しいことでもないはずだ。

 そもそも、魔術という才能は極めて稀少であるらしい。知識の上では爺さんから聞いているものの、実際に見たのはドーソンに随伴していたあの魔術師だけである。そう考えるとなんだかちょっと嫌な感じがする。

 爺さんいわく、魔術師というものはなにより人間性を問われるという。それはなぜかというと、何の道具も必要とせず、相手に触れさえせずに難なく人を──生き物を殺すことが出来る力だからだ。人間には過ぎた力であるから、それは魔術と呼ばれるのだ。爺さんは簡単にそういってくれたものだが、やはり俺にはピンと来なかった。言うなれば、二十四時間肌身離さず指先が拳銃の引き金に張り付いていて離れない、といったところだろうか。俺ならあっさり気が狂うだろう。心の底から勘弁してほしい。

「探りを入れておこう。明日また来い。そこに面が並んでるかもしれねえからな」
「ああ」

 ゲルダがギルド内の壁を親指で示す。並んだ人相書の面々。果たして探し人か、あるいはお尋ね者か──どちらとしてやら。今夜はそんなところで宿へ戻ることにした。頷いて席を立つ。外に出て見上げた空では月が高くかがやいている。夜は、まだ深い。


 そういうわけで、宿に帰ってきた。約束であるからだ。約束は果たさねばならない。夜のうちに。

 もう明日の夜でいいんじゃないかなと一瞬思ったが、気力を振り絞る。メリアさんに応援されている気持ちになる。めちゃくちゃ萎える。ともかくギルドから戻ったその足で約束を果たすべく、自室の向かいの部屋をノックして声をかける。飾り気も何もない木の扉。

「ウィルだ。入っていいか」

 すなわちそこがクロの部屋だった。何秒としないうちに返事が来る。

「是非」
「なにが是非だ」
「是非もなしの、是非です」
「都合の悪いときもあるだろ」

 ともあれ、扉越しに問答していても仕方がない。許しもいただいたので遠慮無く戸を開く。室内ではクロが、ベッドの上に膝を立てて座っていた。そのちいさな手の中には、紐でつづられた山ほどの羊皮紙の束。細やかな指先がそれをしきりにめくり上げ、すっぽりとフードに隠れた視線を素早く走らせる。宿では大抵その格好に戻っているクロである。いかがなものかと思わないでもないが、それはそれで見ていて落ち着くので何もいわなかった。

 ふと、かすかな匂いがする。香水というほど鼻につくわけでもなければ、花の蜜のように甘い匂いでもない。しかし不思議と心が和らいだ。草っぽい。一応は女性の部屋に入って、草っぽいってなんなんだろう。クロの格好以上に俺の感性はちょっとどうかと思う。

「悪い。邪魔したか」
「い、いえ。全く」

 ならば幸いである。先んじては部屋の中の椅子を拝借、扉を閉めなおして座り、向かい合う。部屋の中は壁に立てかけられた灯りのおかげでそれなりに明るい。クロの顔もよく見える。ほとんどフードに隠れているが。

「ずっといても、です」
「ずっとはいねえよ!?」
「じゃあ、いつまで、ですか」
「話が済むまでだ。……何を見てるんだ?」

 ひとまず先制をいなして牽制から。クロの視線がちょっとかかげられ、羊皮紙を裏返すとそれが机の上に置かれる。整然と並んだ記述や引用文から見ると、研究文書のたぐいだろうか。紙面上には一枚の図が付記されている。強靭な紅蓮の鱗、靭やかな二枚の翼、人とは比べ物にならないほど野太い四肢に炎のごとく赤い双眸。ドラゴンだった。縮尺として人間が並んでいるが、身の丈はその十倍はゆうにあるだろう。魔物生態学という分野は寡聞にしてわからないが、竜とは実在する魔物なのか。ゲルダはああ言っていたが半信半疑である。竜と縁のある日だなと思いつつ覗きこむ。

「竜か。あの繭と、何か関係あるのか」
「あの繭は、"竜の卵"、です」

 囁くように潜めたちいさな声。盛大に吹き出した。むせた。牽制で距離を取ろうとしたところ懐に潜り込まれ、ボディブローからのアッパーカットをもろに食らった感じだった。思いきり気道のほうに何かが入ってしまった。咳きこみすぎて死にそうになる。予想どころか心の準備もしていないところに驚いたので、完全な不意打ちである。ふいに感じる手の感触。背中を撫でられてなだめられているのに気づいて、途端に老けこんだような感じがする。おじいちゃんの気分だった。

「だ、大丈夫、ですか」
「おう……」

 死にそうになりながら応じる。流石にこんなことで死にたくない。呼吸を落ち着かせる。

「で──確かなのか、それ」
「確かとは、いえない、です」

 言いながらそのちいさな手が流れるように紙束をめくる。それはどうやら一個の研究資料ではなく、複数の文献や資料、目撃情報などを集積した代物であるらしい。一生のうちに一度も見れなくて当たり前の存在であるから、いささか信ぴょう性に欠ける伝説的な文書も混ざってしまっているそう。しかしそんなものであれ、クロの"お婆様"がありったけの金を吐き出してかき集めたものというのだから驚きだった。それはほとんど人の生きた証のようなものだ。

「この目で見て、確かめたわけで、なし。けれども」

 この研究を信じるならば、確かと、言えるでしょう──クロはそう言い切って瞑目した。率直にいってしまえば、今さら信じるも信じないもなかった。是非もなし、というやつである。頷く。

「問題はあれが何かじゃない。あれのせいで支障があるかどうかだ」
「孵るか、どうか。それは、わからない、です」
「前提として孵るとしよう。どうなる」

 じっと見る。クロの視線がそろそろとかかげられ、見返してくる。見定めるようなそれだった。一瞬、思慮にふけるように瞳が閉ざされる。

「大きさがあのまま、でしたら、およそ3m。竜としては幼体、です」

 そしてはっきりと、見開かれた。静かに告げる。

「不可能では、ないです。ウィルさま、なら」

 確信的な断言であった。出来ることならば逃げたい、と考えている俺がいる。幼い竜は一匹でいくらになるだろう、と考えている俺がいる。食えるだろうか。なにより、寄せられる信頼を少しでなく面映ゆく思う。すこぶる気恥ずかしいので肩をすくめるにとどめた。いずれにしても、やらぬで良いなら越したことはないだろう。一攫千金よりも順当な稼ぎだ。明日からも無理に熊を狙っていくつもりが全く無いように。

 繭もとい"竜の卵"について、執政院とやらは把握しているのだろうか。していないならまだしも、しているのならば上手くない。手のつけようがないから放ったらかしにしていることになる。伝えるべきか考えて、保留する。到底タダでやるにはいかない情報だと思ったからだ。

 謎がとけたところで、俺からもゲルダに聞いた話をまとめて伝えておく。行方不明のダナン・ド・ヴォーダン。俺としては積極的に片付けたいと考える案件だった。というのも、解決しなければ迷宮内で騎士団とやらと鉢合わせる可能性が大いにある。それはひたすらに面倒くさい。ついでに賞金を貰えるかもしれないとくれば一石二鳥である。そういう次第で明日は地下一階層を通して抜け、地下二階層の浅層を探索するものとする。なにせ広大な迷宮内部だが、話さえ広がれば他の誰かがあっさりと見つけてしまうかもしれない。

「気長にやろう。クロは疲れも残ってるだろ」
「──は、はい」

 そう頷くクロはちょっと眠そう。無理もなかった。宿に送り届けてからも俺を待って起きっぱなしだったのかもしれない。長い髪の下にひそんだ瞳がぱちぱちとしきりに瞬いている。

「今日は寝るか」
「ここで、ですか」
「寝ない。ゆっくり休んでくれ」

 一向に寝る気はない。椅子を引いて立ち上がる。

「ウィル、さま」
「ああ」
「おやすみ、なさい」
「ん。おやすみ」

 ひらひらと手を振る。ついでに灯りを消していこうかと思って、やめた。扉を勢い良く開く。

 バタバタバタと何かが倒れてきた。ちょっとどころでなく驚く。俺の足元になにかが積み重なっている。見下ろしてみる。『ライラック』の面々──ただしアオイは除く、がそこにいた。三人が亀の親子か何かのように積み重なっている。一番下がアカネ、真ん中がフラウ、一番上がフィリアだった。思いっきり派手に倒れこんでいる彼女らと目が合う。数秒の沈黙。アカネがちょっと引きつったような笑顔を浮かべたまま口を開く。

「ウィルはん」
「なんや」
「事務的な話ばっかりなのは、ちと、どないやの」
「どうもこうもねえよ!」

 清々しいまでの出歯亀がそこにいた。

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