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守銭奴、迷宮に潜る

きー子

14.魔女の正体

「……こりゃあ、おまえら、ずいぶんなもんじゃねえか」

 ギルドへ戦利品を持ち込むなり、ほとんどゲルダが呆気に取られていた。驚愕といっても良さそうだ。おまけにどうも俺がいつも単独行を続けていたせいか、いやに耳目を集めてしまっている。大変に恥ずかしい。

「"魔女"の名は伊達じゃないな」
「ウィルさま、ほどでも、ありませんが……」
「いやそれはおかしい」

 褒めあってどうする。というか、全くもって謙遜もいいところであった。戦闘能力がなくとも彼女ならば一人でなんとかしてしまいそうな気さえする。何にしても、こちらが不服に思われなかったのは幸いか。

 恒例のごとく大荷物を抱えて清算に向かうゲルダを見送る。頬杖を突いて、半ば魂の抜けた気持ちでいる。色々と問題が片付いた反動で心が休息を欲していた。たとえ好転であっても変化とは疲労を強いるものである。

「ウィルさま」
「おう」

 にも関わらず返事をしてしまう俺がいた。なんだかこの一日でひどく慣れてしまった感がある。良いのやら悪いのやら。

「覚えて、おりますか?」
「少なくともおまえみたいな女と会って忘れるような記憶力をしてるつもりはない」

 言い切ってやるが、黒いフード越しにじっと見られているような気がする。目が見えていないのではないかと思うのだが、なぜかそうと分かる。眼力を感じる。

「十年前の、こと」
「それは流石に厳しいんだけど……」

 十年前となると、そもそも俺の自我が発達していないような気がしないでもない。それ以前の記憶となったらもうお手上げである。もしかしたら同じ故郷だったりするのだろうか。もう名前も覚えていない故郷だが。

「馬車に、乗り合わせまして」
「おう」
「山賊に、襲われたときの、こと」
「────えっ?」

 ほとんど生返事をしていたところに、物凄い爆弾を投げ込まれたような気がする。しかも絶対に聞き逃してはいけないというか、聞き逃せないたぐいの。

 山賊。馬車。ドナドナと荷馬車に揺られていた時の記憶。曖昧だが、確かにあった。だが、おかしい。なぜクロがそれを知っている。あの時に一緒にいた子どもはほとんど皆殺しになったはずだった。俺が爺さんに助けられて、それで女の子がもう一人いた。俺と同じくらいの年頃の。

 女の子?

「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「思い出し、ました?」

 フードの下でクロが瞳を輝かせている。ちょっと待った。万にひとつ、あの女の子が目の前の彼女だとして、なぜ名前を知っていた。俺はあの時以来、一度も言葉を交わした覚えはない。名乗りあってすらいない。聞いても忘れてたと思うが。名乗り────。

 いや、名乗っていた。確かに名乗っていた。俺の今生の方向を決定づけたことだから、覚えている。俺は確かに名乗っていた。爺さんに。それを聞いていたとしたら。

「まさか」
「はい」

 クロがにこやかに微笑んでいる。フードをかき上げるようにして、その面差しをのぞかせた。何せ暗中だったから記憶どころか覚えてさえいなかったが。面影を見出しようもなかったが。

「あの時の、ウィルさま、なければ。今の私はないでしょう、こと。助けて、くださったこと。よく──覚えて、います」
「俺は知らない。寝る。清算終わったら起こして」
「ちょ、ちょっと!」

 頭を抱えて突っ伏す。横から揺さぶり起こされる。現実逃避は許されなかった。まさか電波を受信しているわけじゃなかったなんて。しかも電波を受信していたほうがまだマシだった気がする。ちょっとサイコすぎるんじゃないかな。

「はしゃぐな。仲がいいのは結構だがな」

 そこに救いの手がきた。おっさん! その手には紙幣があった。しかも今まで中々見ることのないほどの分厚さがあった。俺の目が我知らず輝いているのを感じずにはいられない。

「しめて2000ENだ。──おまえら、どういう稼ぎをすりゃあこうなるんだ?」

 驚きを通り越して呆れてすらいるゲルダの様子だった。ありがたく受け取り、1000ENをクロに手渡す。六対四という取り決めではあったが、最後の迷惑料ということで構わないだろうと思う。

「いいです、よ。それは」
「俺に金のほか渡せるもんはないんだが」
「いえ」

 クロが首を横に振る。

「お財布は、ひとつでいいと、おもいません?」

 1000ENを突っ返される。2000ENになる。紙幣の束を神妙に見る。穴が空くほど見続ける。そして、頷いた。

「マスター。クランの手続き、頼む」
「──いいんだな?」

 ゲルダが目配せする。俺がうなずき、クロはにこやかに笑み。

 そのままカウンターから手際よく、いかにも古ぼけて神さびた木の杯を取り出す。ともすれば、こちらの意図を読んであらかじめ用意していたのかもしれなかった。並んだグラスのうち一本をあけ、杯へとなみなみ注いでいく。それは杯の底が見通せるほどの無色透明、ひどく澄んだ色合いの神酒であった。

「命と志を共とする誓いをここに、血肉を同じくするもの足らんことを──まあ心して飲めってことだ。ぐいっとやれ」
「台無しだなおっさん」
「誓いって、どきどき、です」

 たわけたことを言っているクロをよそに、杯を手に取る。宙にかかげ、一息。一気に傾け、半ばを飲み干す。さして強いとも感じなかった。酒に弱い俺でも咽ずにいられる。にも関わらず身体が一気に熱を持ったようになる。クロに杯を差し出す。

 クロは流れるように杯を回して口をつけ、少しずつ、ゆっくりと酒を干していく。それに応ずるかのように全身に感じる熱が、一部分──掌に集約していく。そこがひときわ強く熱を持ち、果てにかっと燃え上がり灼けつきそうなほどに高まり────やがて収まった。

「──ぁ、熱っ……」

 クロもそれは同様であるかのようだ。杯を置くと同時、みるみるうちに熱が一点へと集い、それは掌の甲へと収まる。痕に残るのは、さながら痣のような紋様。何とも知れぬ模様が刻みこまれている。

 色は血のように朱い。その形は──剣か、それとも逆十字か。いずれとも取れる象徴かたちが、くっきりと浮かび上がっていた。

 その紋章は、俺の方も同様であったらしい。俺の紋章は右掌の甲に。クロの紋章は左掌の甲に。ちょうど対照になったのは、一体どういうわけなのか。

「これ、は……剣、でしょうか」
「こうシンプルなのは、珍しいな。花やら獣やらが多いもんだが」

 ゲルダがしげしげと見つめてくる。そういえば、『ライラック』の面々はまさにその花なのだろうかと思う。いずれにしても、困った。はっきりとわかりやすいほうがクランの名前もそのままで済むと思ったのだが。

「クランの名はなんでもいい。今すぐじゃなくても構わん。適当に決めてもいいが、執政院への報告はクランの名前になるからあまり勧めんぞ」
「私は、よろしければ──ウィルさまに、おまかせ、です」

 クロがこくりと頷く。大いに困る。果たしてこれは剣か十字架と取るべきか。しばらく右手の甲を凝視したままうなり続ける。

 そして決めた。剣か、十字架か。どちらか。俺の答えはつまり、どちらとも取ることをやめたのだった。

騎士クルセイド、だ」

 つまり、いずれも内包する銘を。願わくば逆十字ならざる神の祝福こそあらんことを。などと、都合のいい時に祈りを捧げるのはいささかいかがなものかと思わないでもないが。

「似合いやしねえな」
「まったくな」
「騎士、なって、みます?」
「ならないけど!?」

 というか、なれない。そもそも、高い身分を得ることは一概に金持ちになることに繋がらないと思う。例えばこの町の領主は大層な金持ちだろうが、それはあくまで人から得た人のために使うことを余儀なくされる金であろう。自分で自由に扱える金ではないのではないか。

「ともあれ、これで安泰だろうよ。晴れの門出ってやつだ。呑んでいくか?」
「それより腹が減った」
「わたしも、です」

 ふたりして頷き合う。ゲルダがほとんど苦笑していた。改まって注文をして、それを伝えにいく背中をぼんやりと見るともなく見る。掌をかかげれば、いまだ見慣れない紋章が目に入ってきた。

 ふと、横を見る。期せずして、全く偶然に互い向き合っていた。ぱち、と瞳を瞬かせる刹那──わけもなくおかしくなって、笑った。

「しばらく、よろしく」
「是非もなし、です」

 右手の甲と、左手の甲。音もなく打ち合わせ、重ねた。

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