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守銭奴、迷宮に潜る

きー子

10.電波女が仲間になった

 その場では誰も呼んでいないはずの、俺の名前を知っていた少女に思わずひっくり返った次第であった。真っ当ならば詐欺の手合を疑うところであったが、今回ばかりは話が別だ。ゲルダが彼女の信頼をよく保証したからであった。

「"魔女"について回って各地の迷宮を巡ったそうだ。魔物への知見も確かに違いない。お前らがどういう間柄かは知らんが、早々触れられるものじゃあない。やってみるのもいいんじゃねえか、と思う」
「関係は俺も知らない」
「無関係では、ないです」

 強硬である。だが、名乗っていないはずの名前を知っていたのは事実であった。彼女は執政院に顔がきくそうだから調べれば知ることも出来るだろうが、わざわざ俺なんかを調べる理由が全くないと思う。

 どうしたものかと考える。不穏な少女ではあるが、俺の強欲な部分が細かいことは気にするなと言っている。実際、彼女の能力は確実に探索に益するものだろう。消耗が低減するだろうし、初めて見る魔物に対しても優位に立てる。戦闘は出来ないにしても多少の荷物を預かってくれるだけでもありがたい。迷宮に潜った経験が豊富ならば、逃げに走る判断力もあるはずだ。俺の戦い方は一撃離脱に尽きるので、守るのに苦労するようなこともない。

 ……あれ、こう考えると良いこと尽くめだな。信頼にとぼしいが、それは俺の方もたいがいだと思う。というか、ギルド長直々のお墨付きがあるのだから俺よりよっぽど信用できるだろう。さらにいえば俺は他人から狙われている身の上である。これでもかというほどケチがついていた。あれ、これって俺のためというより彼女のために断るべきではないだろうか。

「ウィル、さま」
「さまはやめてくれ」
「ウィル、くん」
「……ウィルでいい」

 年下扱いか。と思ったが、実際年下かもしれない。

「見ての通り、俺はヘタを踏んでいる真っ最中だ。あんたには縁起悪いぜ」
「それも、知っています」

 承知のうえで──いや、そうだ。彼女は俺の傷が人の手によるものだと看破していた。つまり、また襲撃を受ける可能性さえ考慮に入れてのことだった。襲撃する側とグルという可能性はゼロではないが、ゲルダの言葉がそれを大部分否定する。

「今はこのざまだが、こいつも腕は確かだ。一対一ならベテランよりよっぽどやるかもしれん」
「頼もしい限り、です」
「不能らしいが」
「不能ちゃうわ」

 言いつつ、少しだけ安堵する。あの姉ちゃんはよくやってくれているらしい。とはいえ、否定するのは忘れない。女性の前で何いいだすんだこのおっさん。

「ともあれ、ウィル、お前にはいい機会だ。いつまでも一人じゃもたねえ。まずは短期で契約してみたらどうだ」

 頷く。試験的に組むというのはいい案だと思った。更新の確認は一日ごとに定め、様子見ならば契約の継続を。やっていけないと感じたならば破棄を。本格的にやれると感じた場合にも契約を破棄し、改めてクランを結成する。そういうことになった。

 稼ぎの分け前については揉めるかと思われた。取りあえず前線で戦う人間として主導権を取り、七対三とふっかける。

「私は、いくらでもいいですよ」

 夜に咲く花のような笑み。良心回路をえぐり抜かれる罪悪感に由来する痛みを感じたので六体四に引き下げた。かえって少女を恐縮させてしまった。ゲルダの呆れたような顔がとてもしみる。

 ともあれ、杯をすっかり干したころにはなんとか話がまとまった。もはや周りの視線など気にしている余裕はなかったが、傍から見たらなかなか奇妙な絵面だった気はしないでもない。さてと空になった杯を置く。そろそろ良い時間になっているはずだった。

「あ。ウィル、さま」
「さまはやめてくれ」
「お名前、お聞かせねがえ、ますか」

 さらっと流しやがった。彼女はすでに知っているはずだが、確かに名乗らないのは礼を失していた。思えば俺は彼女の名前も知らない。契約内容をまとめた紙にサインがあるが、とても流麗な筆記体なので読めない。俺のは汚すぎて読めない。いずれにしても過ぎるのは考えものだ。

「ウィル。ウィル・ヘルムートだ」
「クロ・エルヴェイル。"魔女"と、よばれる、そうです」

 頷き合って、立ち上がる。明日は昼ごろにギルド前へ集合し、武器を調達した後に迷宮へ向かう手はずとなった。なんでもお婆様、つまり先代の"魔女"が懇意にしていた鍛冶屋があって、そこは女性が振るうための武器を主としているらしい。戦士に相応しい大柄な女性と俺の体格はだいたい同じであるから、調度良い剣が置いてあるかもしれないとのこと。女性用というのは少し気になったが、別に忌避するほどのことでもない。

 出ていく前に恒例のごとく洗い場を借りる。流石に時間が時間なのでいつもの姉ちゃんはいなかった。表面的な傷は大きなもの以外すでに塞がっているので、よく寝れば身体に支障は無いだろう。ただし精気は万全までは回復しないだろうな、とも思う。

「まあ、上手くやれや」

 激励のようで投げっぱなしのゲルダの言葉を頂いて外に出る。酒と傷に火照った身体には冷たい風が心地よい。

「ウィル、さま」
「うん」

 訂正するのが面倒になってきたので唯々諾々と頷く。

「また──」
「ああ、また明日」
「また、お会いできて、嬉しいです」
「あんたこええよ!」

 しみじみと呟くクロを置いて歩き出した。口元に薄っすらと笑みをたたえて彼女はちいさな手を振っていった。思えば、彼女は宿はどうするのだろう。メリアさんを振り切るためにはいっそクロの宿に世話になるのが賢明なのではないかと思ったが、よくよく考えたら金を部屋に置いたままであった。いずれにしても一度は帰らねばならぬ運命であったらしい。闇にとけるような少女の黒い影を見送り、宿へと行く。足取りは重い。

 街路に軒を連ねる建物の壁にはランプが立てかけられているが、火が灯っているものはすでにひとつとも無かった。月明かりばかりを頼りにして宿へと戻る。"杉の雫"亭にもやはり灯りはない。

 無言でゆっくりと扉を開く。くるるがわずかに軋みを上げた。玄関口もやはり真っ暗であって、少しばかり安心して一息つく。

「ウィルちゃん」

 声もなく思いっきり背筋が跳ねた。身体ごと跳ね上がるかと思った。その野太い声は間違いなくメリアさんのそれに疑いなかった。ほとんど死刑宣告を食らったような気持ちで俺は声のした方へと向き直る。というか、なんで俺はこんなに脅えているんだろう。我ながら解せない。いっそ堂々としていよう。そう、開き直りだ。

 そう思って、歩みよる。玄関口の受け付けに、メリアさんがいた。より正確にいえば、寝ていた。受付の椅子に座り、机に突っ伏すような姿で眠っている。化粧が崩れてちょっとした怪談になりそうな顔が目の前に来る。つまるところ、今の声は寝言であったらしい。驚かさないでほしいと切に思った。ちょっと豪快な寝息がしばし流れる。

 そしてふと疑問に思う。なぜこんな時間にメリアさんはここにいるのか。客に応対出来るようにしていたのかもしれないが、眠気の限界を押してまでやることとは思えない。下手をすれば今の彼女のような姿を晒すはめになるのだからなおさらだった。

 だが、ちょっと考えてすぐに得心がいった。

「待っててくれたんですか」

 思い至り、つぶやく。もちろん答えはなかった。だから本当のことはわからない。

 ともあれ自分の部屋から毛布を引っ張りだし、その大きな背中にかけておいた。風邪をこじらせられても困る。彼女が倒れる姿もちょっと思い浮かばないが、心配にこしたことはない。いっそ彼女の部屋に放り込んでおこうかと思ったが、メリアさんの体格は余裕で俺より立派なので断念した。無理して起こしてしまう愚を犯すこともあるまい。

「──おやすみなさい」

 そのまま自室にとんぼ返りして、ベッドに倒れこんだ。寝る前に金勘定を忘れない。これの半分くらいは武器の代金に溶かすのかと思うと、かなり憂鬱だった。せめて起きたときには傷が癒えていることを祈って、寝た。


 目覚めるのは昼かと思ったが、十分に朝といえる範疇だった。十年の習性は存外に強固であるらしい。身に染み付いていて取れることがない。斜めに仰ぎ見る太陽の日差しを浴びながらぐっと伸びをする。

 いざ身体の様子を見てみると、傷口はほとんど塞がっているといってよかった。精気も大部分──八割くらいは立ち戻っているように思われる。俺の見立てではもっと厳しいかと思ったのだけど。なんだろう。なにせ連日の連戦続きであるから回復力も上向いているのだろうか。とすれば、最大量の上昇も少しは期待できるかもしれない。

 下に着ていた服は脇腹ごと貫かれたため、見事に大穴が空いてしまっていた。運良く古着だったので、バラバラにしてそのまま手拭いにしてしまう。言葉の上では存在していないが、この世界でももったいないの精神性は生きている。

 コートの裏地にはびっしりと血がこびりつき、固まっていた。悲惨な有様である。それを見ていると怒りがこみ上げてくるが、ふと思い立って短刀の柄をへらのようにして押し当てると、汚れがボロボロと崩れる落ちるように取れた。ちょっとでなく感嘆してしまった。アミエーラにはよくよく礼を言っておかねばなるまい。

「あ、ウィルくんだぁ」

 部屋を出るなり人と鉢合わせてしまった。悪いこともしていないのに気まずい気分。ふわふわのブロンドが輝かしいフラウがそこにいた。若干瞳は眠たげに細められたままぽやっとしている。

「おはよう」
「昨日は遅かったねぇ」
「ちょっと、呑んでたもんで」
「朝帰りぃ?」
「違いますが!?」
「だって、香水のにおいがするよぉ」

 やだこの人こわい。鋭すぎる。ブロンド女は馬鹿だと言ったやつをすみやかに突き出してほしい。

「メリアさんのつけてる奴じゃないか」
「うぅん。匂いが違うもの」
「俺には違いが全く分からん」

 思わずしかめ面になる。別に香水の匂いは嫌いではないが、さして好きでもない。フラウはさして追及をするつもりでもなさそうだが、表情はにこにこと笑みを絶やしていない。うまい具合に探りを入れられている感じだった。そもそも契約の話はひた隠しにするようなことでもないが、きっかけがきっかけだ。大手を振って話したくはなかった。

「ふふ。頑張ってねぇ、私は信じてないからぁ~」
「何をだよ」

 俺の人間性をか。

「ウィルくんがふにゃちん野郎だってことぉ」
「女の子がんなこと言わんでください」
「ウィルくんよりは年上よぉ」

 年はあまり問題ではない。あなたには慎みというものがないのかと思った。迷宮探索者クロウラーにそれを求める俺もかなり間違っているだろうが。いや、別に求めているわけでもないのだが。もう少しその……手心というか……。

「あっと。私はもう行かなきゃ。またねぇ」
「あいよ」

 今日は『ライラック』の面々は朝早いようだ。ひらひらと手を振って見送りつつ、改めて身だしなみを見る。特に不自然なところはない、と思う。いざ行かぬと階下に向かえば、朝も早くから濃い顔の出迎えをいただいた。メリアさんがそこにいた。

「おはようございます、メリアさん」
「あらっ! ウィルちゃん、遅かったじゃなぁ~い? 昨日はどうしちゃったのかしら」
「ギルドのほうで酒を召してまして────メリアさんが心配性なんです」
「あら、そぉんなことないわよ?」

 丁々発止やりつつ食堂の方に案内してもらう。朝食を取り置いてもらっていたらしい。極めてありがたい話である。心して食す。スクランブルエッグ、腸詰めを茹で上げ、パンに挟み込んだもの。弁当代わりにでも出来る代物だから、朝が早くても問題ないという用意周到さ加減だった。この人の心遣いには本当に頭が下がる。なにがいいって、冷めてもおいしいのがとてもいい。

「一人で迷宮探索なんて、普通じゃあ考えられない無茶なんだから。あたしも探索者だったからようっくわかるわぁ」
「無茶はしないようにしとります────えっ」

 この人も探索者だったのか。いや、体格からして現役でやっていても全く不自然ではないが。彼女が斧でも振りかぶって襲いかかれば魔物だって裸足で逃げ出すだろう。俺だって逃げる。当然逃げる。

「あらっ、驚いてくれたわね! 昔はがんがんならしてたのよぉ」

 今はその余生みたいなものねぇ、とメリアさんがどこか遠くを見るようにしてうそぶく。その目は過去を見ているのだろうか。あるいは、かつて共にした仲間のことだろうか。というか、彼女の仲間となるとどういう所帯なのだろうか。ちょっと恐ろしい想像になりそうな気がしたので、つとめてパンを口に押し込む。うまい。とてもおいしいから、細かいことは気にしない。そしてこれを食べられなくなるのは惜しいな、とも思う。やはり迷惑はかけられない。

「まっ、今はウィルちゃんみたいな新人ちゃんを見守るのがなによりねぇ。心配するのも楽しみのうちよぉ」
「心配はさせませんよ。特に金払いには」

 いって、100EN紙幣を置いていく。一瞬、メリアさんが目を丸くしていた。なんのための金かは、言うまでもなく。

「今日で五日目でしたでしょう。前払い、貰っといてください。もうしばらく世話になります」

 呆気にとられていた様子の彼女が不意に頷くと、満面の笑みがあった。あまり可愛くはなかった。どちらかというと怖かった。こうなると化粧があろうとなかろうと大して変わらんな。

 立ち上がりかけたところで、彼女の頬が目の前に迫っていた。頬ずられる刹那だったので思わずのけぞった。これまでにないほど良い動きをしてしまったと思う。

「やめろ!」
「あらっ、薄情じゃない~?」
「否、やめて! お願い!」
「冗談よ。はい」

 そういって包みを手渡された。お弁当だった。今食べたパンと同じようなものがひとつ、チリビーンズっぽいものがあえられたパンがひとつ。昨日の夕飯だったのだろうかなどと考えつつ、ありがたく頂く。全くもって頭が上がらなかった。

「行くんでしょお? 今日も」
「はい」

 頷いたとき、不意に冴え冴えと鋭い瞳が向けられる。──もしかしたら全て、手負いの身であったことも含めてお見通しなのかと考えた。考えただけだった。いずれにしても止められることはなかったから、後はわざわざ言うほどのこともなく。

「行ってらっしゃいな」
「行ってきます」

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