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守銭奴、迷宮に潜る

きー子

04.清算して、宿を求むる

 灯りはさすがにほとんど消えていて薄暗い。誰もいないかと思ったがそんなことはなく、席で酔いつぶれているクソ野郎どもやら、こんな時間に酒を酌み交わしているやつらがいたりする。それでこのギルドが酒場を兼任している理由がなんとなくわかった。探索者などという輩を町の酒場から隔離しておくためだ。ギルドには収入が入る、ガス抜きをさせて町の治安を悪くすることもない、おまけに街の酒場とは客層ごとにきちんと共存もできる。いいことずくめだ。あのおっさんはどうもずいぶん商売がうまいらしい。うらやましい話。

「ただいま、おっさん」
「おまえ、昨日の今日でよく顔を出せたもんだな……それとおっさんじゃない。ゲルダ。これでもギルド長だ」

 酒場のマスターかな? とは言わないでおく。

「しかもまあ、ひでえ風体じゃねえか。臭いもあんまりだ。あとで洗い場使っていけ。どうせとっちめられてきたんだろ────」

 どうも暗いせいでゲルダには見えていないらしい。どっかりと稼いできた成果である袋を置いてやる。今まで意識していなかったが、袋の口から明らかに異臭がする。くさい。

 思わず顔をしかめる一方、おっさんが少し目を丸くしている。

「まさか魔物の死体をまるごと入れてきたんじゃあねえだろうな……」

 ぶつくさ言いながらも袋の口を開いて覗きこんでいる。見ればすぐに分かることだろうに。それが事実大量の魔物の部位と見るや、ちょいと待ってろと制しておっさんは奥に引っ込んでしまった。たぶん、仕分けなり清算なりしているのだろう。大人しくカウンター座席で座って待つ。

 すると、隣にどっかりと豪快に座りこむ音がひとつあった。向き直る。

 荒くれ者めいた男がそこにいた。顎に包帯がある。表情はなんともいえない複雑さだ。怒りと屈辱と納得行かないのが入り交ざってる感じ。

「よう。いい度胸じゃねえか」
「あんたは」
「覚えてるみてえだな?」
「誰だっけ」
「おい!!!」

 頭をはたかれた。いたい。

「ドーソンだ! てめえが殴ったやつくらい覚えてろ!!」
「そうだった……」

 いや、名前はそもそも聞いていない気もするが。俺の中で終わったことになっていたので忘れかけていた。教訓はきちんと心に残っているで問題無いと思っていたのだが、そうでもなかった。

「お礼参り?」
「さあな。実力のほどを笑いにきてやったのさ」

 つまるところ、ここにいたのはたまたまか。張られていたとかじゃなくて良かった。面倒くさすぎる。

「それに、落とし前もつけてもらわねえとな」
「酒代おごるから」
「金がねえくせにぬかすな、バカ」

 適当にじゃれていると、奥の部屋からゲルダが戻ってきた。その手には金──紙幣がある。紙。こっちの世界でははじめて見る金だった。

「待たせたな──なんだ、お前ら」

 鉢合わせて厄介事になりそうな面が並んでいることを訝しんでいる様子であった。が、まあ、喧嘩になっているわけでもないので、気にしないことにしたらしい。

「清算してきた。部位ごとの内訳は聞くか」
「ぜひ」

 貴重な情報にほかならない。というわけで聞いてみると、やはりもぐらだの花だのはかなり買い叩かれていて二束三文もいいところ。絶対数が多いか、上質な互換品があるのだろうか。対して芋虫のゴム質はいい感じの値がついている。歩いてくるきのこの傘なんかも狩っておいたのだが、これはそもそもモノにならなかった。有用なのは胞子であるらしいが、手で触ると痺れたりして面倒とのこと。

 中でも翅が一番いい感じだった。地下一階にくすぶっている人間では回収しづらく、それなりの腕前の探索者はそれより下で稼ぐ。そのせいで生産が少なく、一方で工芸品や装飾品なんかの職人向けに需要が安定しているから、稼ぎとしては大きい。とてもいいことを聞いた──暫くは狙って稼ぐのもいいかもしれない。しかしやりすぎると値崩れを引き起こしそうだな、とも思う。安定した稼ぎというのは難しい。

「この商売は数だからな。翅ひとつでもせいぜい10ENエンだが、花びらの十倍以上には違いない。数が積もれば差は大きい──今回はしめて380ENだ」
「それ、どんなもんなの」

 価値がさっぱりわからない。

「木賃宿なら一日10EN。普通はもう少し張る。安物の防具なら全身揃えてもまだ余る。ただしこの町でしか通用しない金だ。まとまった金があるなら銀貨への両替も受け付けちゃいるが、相場は不安定で実際の額面ではどうしても目減りするな」
「なら、今はそれでいい」

 改めて紙幣で受け取る。100ENが三枚、10ENが八枚。金だ。こちらでは初めての稼ぎである。ちょっとした感動だった。しばらくそのままにらめっこしている。この幸せにひたっていたい。

「……熟練でも一人でそこまでは行かねえだろうよ。上出来にすぎる」

 ついでにお褒めの言葉もいただいた。おっさんなのであまり嬉しくないような気もするし、かえって嬉しい気もする。愛想もへったくれもない相手だからこそありがたいというものもある。

 椅子の音がしてふと隣を見ると、すこぶる微妙な顔でドーソンが立ち上がっていた。

「これで酒代払えるけど。いらんの?」
「……それなりに、まぐれでもなく使えるみてえだからな。端金で頂いちゃもったいないってもんだ」

 ひらひらと手を振って立ち去っていく。解せないやつだ。出て行くのを見送る。俺だけでなく、何人か別の探索者もそれを意外そうに見ている。評判はよろしくないのかもしれない。

 清算もすんだということで裏手にひっこんで、洗い場をお借りする。簡単なしきりが立っていて、布が垂れ下がっているだけ。床には水の流れる穴があった。簡素すぎる。

「ついでに、サービスしよッカー?」
「お断りします」

 両手を突き出してノーセンキュー。洗い場にいたのは昼にも見かけた陽気な姉ちゃんだった。彼女からたらい一杯のお湯を頂戴する。さすがに頼りない。今はサービスより新しい服がほしかった。もしも彼女が脱ぎだしたならその服のほうをありがたく頂戴することであろう。いや、ダメか。どこからどう見てもスカートだ。というかそんなことまでやっているのか、探索者ギルド。ギルドとはいったい。

「あ、これはチップ欲しさだからー。マスターには内緒ヨー」
「は、はい」

 むやみに明るいが有無をいわさぬ口調である。ビジネスライクな満面の笑顔。頼まれなくてもわざわざ言うわけがなかった。

 一通り身体を清め、着替える。替えと言ってもすでにたいがい着古してるので、魔物の血やらなにやらにまみれているさっきまでの服よりはマシという程度だった。明日はまず服を買いに行かなければなるまい。防具はなくても構わないが、服がないのはまずい。いっそ血避けのためだけにでも軽鎧をつけるべきかもしれない。衣服の出費はバカにならない。

 さっぱりしてからカウンターの方に戻ると、「そうだ」と不意にゲルダから声。

「もしクランの面子が見つかったら言いにきな。手続きと儀式をしなきゃならねえからな」
「しばらくは一人だと思うけど。わかった──……え?」

 儀式? 首をかしげざるをえない。その様子を見かねたのかおっさんはちょっとばかし苦笑しながら話しだす。

「ひとつの杯を共にすることで命を同じくするものである、と示すのさ。同じクランの人間は同じ紋章しるしを身体のどこかに持っている。神さまの思し召し、ってえヤツだ」
「結構、大仰なんだな」
 既にクランに属している人の間に割って入るのはかなり厄介そうな気がする。いずれにしてもアテはないし、そのつもりも無かったが。おっさんの方もちょっと困り顔である。

「運悪く、ちょうど一人でいる奴らは近ごろ顔を出してなくてな──もし、見かけたら伝えておこうか」
「いや、いらない」
「ところがそいつらには良さそうなのを見つけたら伝えてくれと言われてるんだ」
「俺の希望は!?」
「会うだけ会ってやってくれねえか?」
「うーん──」
「……代わりに仲介料を手間賃として渡させて貰う」
「よしやる」
「本当にお前それでいいのか?」

 おっさんが若干呆れ顔になっていた。自分から言い出したくせに。もちろん構わない。金が出るなら話は別である。金は全てに優先する。収入という響きには心震えるものがあるが、臨時収入はそれ以上だ。最高だ。

 そういうわけで代わりのついでに、今から取れる宿も聞いておいた。正直あまり期待していなかったものの、相当町のほうへのコネクションが広いのだろう、いくつかの宿を紹介される。特にこだわりはないので、適当に近いところへの紹介状を頼む。迷宮とギルドのちょうど中間、ほどよく町中といった感じの場所。立地はかなり良いと思う。空いているのが不思議なくらいだ。名前は"杉の雫"亭。

「……おい、ウィル」
「うん」
「いいんだな?」

 なぜ念押しされているのかわからない。何かまずいことでもあるのだろうか。

「飯がマズいとかなら別にしたいかな」
「いや……むしろ抜群だ、絶品といってもいい。そういうことはない、ないんだが」
「じゃあ、問題ない。ぜひ頼む」

 なにか言いよどんでいる様子だったが、問いただすのも面倒なので急かしておく。飯が美味いなら死にかけの婆さんが出てくるようなこともないだろう。というか実のところ、すでに相当眠いので早くしてほしいというのが正直なところであった。

 ゲルダは頷いて、紹介状と簡単な地図まで添えてくれた。親切すぎて少し気味が悪かった。ありがたく受け取っておく。

「それじゃあ、また頼む。マスター」
「お……おう」

 ゲルダの声も若干ひきつっていた。彼も眠いのかもしれない。夜は完全に更けてしまっていた。というわけで急いで宿屋へ向かう。いくら探索者向けとはいえ、いつ完全に主人が寝てしまうとも限らない。

 いざ見つけた"杉の雫"亭は商店が軒を連ねる隅にひっそりとたたずむ宿屋だった。木造でこじんまりとしているけれども手狭な印象はない。入り口の戸からはほのかな灯火が漏れだしている。人はいるようだった。ありがたい。念のため、木戸を軽くノックする。

「あらぁ~、こんな時間に! いらっしゃい、開いてるわよぉ」

 声が返ってきた。帰ろうかなと思った。女性の言葉遣いをしているそれは、ひどく野太い声であったからだ。

 俺、疲れてるのかな。帰りたい。切実に帰りたい。けれどもよく考えたら帰る家がなかったので、意を決して戸を開く。そこに"彼女"はいた。帳簿の置かれたカウンターを前に、灯火に照らされた面相を露わにしてそこにいた。

 白いブラウスに落ち着いた彩色のロングスカート。長めの茶髪に、丸目の顔立ち。年は三十代の半ばくらい。あっさりめの化粧で、対照的に口元にはくっきりと色の残る紅。背丈は俺よりも高そうで、180㎝くらいはあるだろう。彼女は立ち上がると内股で、軽く掌を振って愛想よく迎えてくれる。──その顎と鼻の下に、青々として残る、髭のあと。

「まっ! かわいい坊や、どんな御用かしら? オネエさんとお話したいわけじゃないわよねえ?」

 意識が飛ぶかと思った。

 引きつりかけた表情筋だったが、理性を総動員することでなんとか引き戻し、そっと紹介状を手渡す。よく考えたら何を書いているかわからないものを渡しているのは我ながら不用心すぎたが、仕方なかった。今の俺はものも言えないのだ。それを受け取る彼女……彼女の腕はかなり逞しかった。

「へぇ、ゲルダちゃんからの紹介ね。なになに、『有望株だからお手柔らかに』ですって。こんなカワイイお顔なのに、すごいのねえ~」
「やめてくださいしんでしまいます」

 両手を突き出してノーセンキュー。髭の残った顔で頬ずりされそうになったからだった。必死で遠ざける。俺は今必死なんだ。やめてくれその技は俺に効く。

 ぜえぜえと息を荒らげる俺を彼女が微笑ましげに見ていた。俺は全くもって安らがない。

「それで……そうねえ。どれくらいお部屋を取るつもり?」
「一泊で」
「あらそれだけ? 一泊食事付きで20EN、まとめて七泊八日でなら100ENにまけちゃうわよ!」
「七泊で」

 迷わず金に釣られる自分が少し恨めしい。というか安い。値段の方もひどく安い。生活が成り立つのだろうか。100EN紙幣をなんとか気力で取り出して押し付ける。最後の気力を振り絞って生きる。

「うふふ、新しいお客さまは久しぶりだもの、張り切っちゃう。お名前はこっちに書いて──字は書ける?」
「はいさ」

 書けはするのだが、この羽ペンというやつにどうしても慣れることが出来ない。おかげで俺の字はとんでもなく汚い。切実にどうにかしたい。

「ウィル。ウィルちゃんね。はいっ、これが鍵! 上がって一番左のお部屋よ」

 名前を呼ばれるとちょっとした寒気がする。今はただ眠りたい。鍵を受け取って礼をいい、のそのそと歩き出す。階段をあがっていると、後ろから声。彼女に背後を取られるのはなんだかひどく恐ろしい気がする。

「八時には朝ごはんにするから降りてらっしゃいよ! そうそう、私はメリア、メリアっていうの。暫くよろしくしてちょうだいね」
「は、はい」

 振り返る。ばちこーんと星が飛びそうなウィンク。まつげが長い。死にそうになりながら頷いて二階へ。倒れこむような勢いで部屋に入る。幸い部屋はすごく普通だった。ベッドがあり、クローゼットがあり、ちいさな机と椅子もある。窓は開いて換気ができるようになっている。というか、端的にいってかなり綺麗だった。ホコリひとつ見当たらないくらいの清潔さである。ベッドの布団も放ったらかしという雰囲気ではなく、しっかり乾燥しているしふわっと柔らかだ。迷宮から供給された上質な毛皮を使っているのだろうか。おかげで倒れこむなり泥のように眠れた。

 ──どっと疲れた一日だった。

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