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守銭奴、迷宮に潜る

きー子

03.はじめての迷宮探索

 そのあと、大層な騒ぎになった。というか俺のせいだった。ほとんど急き立てられるようにして申請の用紙を自筆で出して、退散することとなった。幸い、男にも非はあったということで騎士団が駆けつけてくるようなことはなかった。痛い目を見たのは相手の方だったから五分五分か。始末は酔客同士の喧嘩といったところだろう。

 実のところ、半分くらいは考えなしでやったわけではない。つまるところ俺はすこぶる腹が立っていて、ついでに申請さえも許されず門前払いを食らいそうな調子であったのだ。そこで一丁ぶちかましてやれば俺の気分が晴れるうえに度胸がない腰抜けでなくそれなりに腕もある、と簡単に示すことができるではないか。残りの半分の理由はもちろん、単なる勢いである。周りにキレやすい若者という印象を与えたのは少々よろしくない気もしたが、あまり問題はない。もともと一人でやるつもりだったからだ。二人になると、分け前が減る。

 我ながら、二十五の男がやることではないと思った。前職だったら一発でクビだ。いや、面接時に絡まれたようなものだから許されないだろうか。ダメだろうな。なんだろう。この十年でストレス耐性が下がっちゃったのだろうか。森の暮らしは脱糞するほど不便だったのでそんなずはないのだが。やはり全ては貧乏が悪い。今度からは気をつけよう。それなりに。

 寒空の下に放り出されてしまったので、道すがら人づてに話を聞きながら情報を集める。迷宮探索者は俗にクロウラーとも呼ばれているそう。意味はよくわからないが、呼びやすいのは確かだ。それでその探索者を束ねているのが、迷宮探索者ギルド。それはつまるところ、迷宮を探索する人員を把握しておきたい執政院の下部組織であるらしい。どこのゴロツキとも知れない人間を迷宮に通すわけにはいかないが、信頼あるギルドを通しての申請さえあれば馬の骨であろうとも迷宮に入ることが許されるという具合。問題がある場合はギルドを訪ねる段階で門前払いを食らうということ。つまり俺のようなやつだ。

 探索者は基本的に個人単位ではなくクランと呼ばれるいわば徒党単位で管理されていて、クランの実績────ギルドへの貢献度合いや到達階層などの有意な功績によって執政院からの覚えもよくなるという。良いのか悪いのか、いまいちよくわからない。

 管理とはいったものの活動にあれこれ口出ししたりはしないし、世話を焼いてくれるわけでもないようだ。まれに執政院からの指令が下りてきて全探索者に知らされることがあるものの、それにしたって強制力はない。あくまで利害関係の付き合い。魔物の有用な部位を持ち帰れば買い取ってくれて、それを必要とする取引先に卸したりして利鞘で運営資金を捻出しているとのこと。とてもいい。金の臭いだ。買い叩かれそうな気がしないでもないが。

 申請書は今日にでも執政院に回され、すぐに迷宮に入ることが出来るという。それなら最初から執政院が仕事をすればいいんじゃないかと思った。人手がないのだろうか。手続きは下請けに回しておいて一括で処理するほうが効率がいいということかもしれない。なんにしろ、迷宮に入れればそれでいい。しかし時は夕刻。少しずつ日が沈みかけている。迷宮に入るよりも宿を取るべきかもしれない。探索は明日からにしよう。

 そう考えて、宿屋を探そうと歩き出して気づいた。

 宿を取る金なかった。


 しかたがないので迷宮に潜ることにした。いや、願ったり叶ったりなのだが。

 迷宮は都市の中心に位置していて、これの入口を何人かの衛兵が守っている。聞いてみれば入るのに必要なのは名前のみ。後は簡単な人相の特徴さえ一致していればそれで構わない。確認は呆気無く取れて、中に入ることが許された。

「それにしても、君、一人なのかい」
「なにか問題でも」

 軽鎧に、鉄兜を目深に。穂先を天に向けるように槍を構えた衛兵さんは、なんだかいかにもだった。物腰は執政院とかいう偉そうなところに属しているわりに丁寧で柔らかい。

 おっさんとはえらい違いである。

「問題はないが、あまり良くもないな。魔物は一人で向かってきちゃくれない。なるべく共にするクランを募ることをすすめるよ」
「考えておきます」

 そのほうが儲けが増えるならそうしよう。いっそ分け前を七対三として、荷物持ちだけの人員がほしいところだ。死なれたら余計に困るので実現はしなさそうだが。

 親切な衛兵さんに礼をいって、踏み入る。入り口は苔むした蔦が絡む朽ちた石造りの門戸だ。門をくぐるとすぐに階段があって、かなり急な段差と狭い通路がうねりのように繋がっている。上は天蓋に鎖されているものだから、かなり暗い。旅の荷物からランプを取り出しかけたところで、ふと視界が開けた。まさに階段を降りきった、その時であった。

 視界がばっと開ける。そこは青々とした瑞々しい草木に異形の生物、魔物がはびこる"迷宮"であった。狭苦しく埃臭い墳墓のような印象はまるでなく、むしろ大自然の産物とさえ思われよう異界がそこにあった。空には黒い太陽がさんさんとかがやき、大気中には迷宮の外と比べ物にならないほどの濃厚な魔力マナが感覚される。

 魔力というものは世界のどこにでもある、らしい。あいにく魔術師ではない俺には、それがほとんど感覚できない。薄すぎるのだ。爺さんと一緒に暮らしていた森も普通の場所よりは濃いらしいが、さっぱりわからなかった。才能がなかったのだろう。しかし今、はじめてにも関わらずそれを"在る"と感じることが出来ている。否が応でもこの地の特異性を感じずにはいられない。

 さらには魔物が生み出され巣食う場所だけあって、迷宮という地はひどく空間と時空がねじくれているらしい。おかげで夜はあるものの、外の時間とまるで異なることが多い。黒い太陽──爺さんいわく"逆陽さかび"と呼ばれるそれも不気味だ。輪郭だけが白くてそれが唯一の光なのだろうが、光量なんかは普通の太陽とまるで違ったところがないから余計に気味が悪い。

 なるほど、見るのと聞くのとはまるで違う。俺は木剣を片手にかかげて散策し始める。

 足元には一面の鮮やかな草原。時々、土の掘り返された後がある。隅は苔むしていたり、毒々しい色の花が咲いていたりする。花には蝶のような生き物がたかっている。その辺の岩を転がせればむやみにでかい虫がいた。気持ち悪かったので叩き潰す────魔物のようだが、幼生なのだろう。金になりそうな部位なんかはさしてなかった。脚やら粘液やらが剣先にこびりついてげんなりする。

 とにもかくにも、どこを見渡したって魔物がいるのであろう痕跡がわんさかあった。日々いやというほど狩られているだろうと思うのだが、まるで物ともしていないような繁殖っぷりである。こいつらが地上に上がってきたらすぐに人間の支配領域を食いつぶしてしまいそうだ。爺さんいわく魔物というやつは迷宮特有の豊潤な外界魔力と逆陽あってこその存在だから、実際にそうはならないそうだが。

 迷宮の構造はといえば視界の開けた広間がいくつもあって、その境を狭まった通路がつないでいるという形式だ。広間といっても面積はまちまちだが、景色そのものはさして変わらない。幻想的というか、毒々しいというか、そういう森の風景である。アマゾンにいったらこんな感じだったんだろうか。

「キィッ!」

 不意に鳴き声がする──後ろからの風切音に反応して咄嗟に避ける。俺の身体があったところを通り過ぎて行くものを見切る。もぐらだ。青い体毛のもぐら。大きさは俺の腰くらいまで。率直にいってでかい。そいつは掘り返した地面から飛び出してきて、その爪で俺を狙ってきたようだ。

「どれ」

 着地したそいつはいまだ俺に背中を向けたままであった。ならしにはちょうどいいだろう。剣先を突きつけるように片手で木剣を構える。

 ──ヘルムート流に構えはない。しいて言うならば構えぬことこそ構えなのだ。爺さんの教えを回想しながら、体内の精気を感覚する。長いこと使っていなかったものだが、違和感は全くない。例え使っておらずとも、精気は常にそこにあるものだからだ。

 剣先に精気をのせて突き出す。もぐらの皮膚は存外固かったが、あっさりと貫通する。肉を引き裂く。内臓を食い破る。腹から剣先が飛び出す。ひどく悪趣味な団子が出来上がってしまった。

「ピギ────ッ」

 断末魔とともに一度痙攣して、動かなくなる。哀れみを誘う光景ではあったが、俺には金の種にしか見えない。早速剥ぎ取りにかかる。魔物にも同様に精気はあることが多く、特に武器とする部位や頑丈な部位が有用であることが多いらしい。爺さんペディアをどこまで信頼していいものかは分からないが、他に頼りにするものはないので大人しくしたがって爪を剥ぎとっておく。旅の荷から大きめの袋を取り出して放り込む。

「ギ、ィッ」

 どうも断末魔に引き寄せられるかしたのだろうか、同じ穴からもう一匹──物は試しと精気をのせずにぶっ叩いてみる。ガツンとまるで鉄を殴ったような感触。地面に叩きつけられた青いもぐらはのそのそと緩慢に立ち上がってくる。被害は少なくないようだが一撃で仕留められるほどでもない。これに何匹も囲まれたりしたら、なるほど、訓練を受けていない人間は楽に死ねるだろう。ギルドのおっさんの態度に少し納得。

「しッ」

 息を吐きながら間合いを詰めて振り下ろす。ただの打撃だが、それで青もぐらは地に叩きつけられる勢いで跳ね上がって五体を投げ出すように倒れ伏せた。頭の方は胴よりも少し柔らかかった。胴の皮膚も少し剥いでおけばいいかもしれない。ピクピクと痙攣している死体を処分して打ち捨てる。これはどうなるんだろう。まさか人力で掃除しているわけがないし、食われるか自然と分解されるんだろうか。

 総括。精気の総量には限りがあるから、精気を使わずにいれば滞在時間は長くなるだろう。効率は落ちても稼ぎが増える。しかし荷物持ちが俺ひとりである以上、結局のところ帰還しなければならないのは同じだ。下手に節約するよりも迅速に稼ぎまわって往復回数を増やすかするほうが得策だろうとあたりをつける。そして、なにより──

 周囲を見渡す。気づけば他の広間に通じる狭い通路には魔物がわんさといた。悠長にもぐらの相手をしているうちに囲まれていたらしい。迅速な処理を必要とする場合もある、ということだった。

 不気味な鱗粉を飛ばす蝶とも蛾ともつかぬ羽根虫、蔦を伸ばしてくる不気味な花、あからさまに牙を覗かせる紫色の芋虫のような魔物。どれも縮尺が狂っているように大きい。羽根虫といっても掌大をうわまるし、花のほうは1Mをこえるだろう。芋虫はせいぜい俺の膝くらいまでしかないが、やたらと長い。最高に気色悪い。ちょっと堪えられない見た目だった。

 どれも精気をのせた剣の一振りで屠っていく。自走する花からは花びらと蔦。芋虫からは牙となんだかゴムっぽい肉質。羽根虫は翅が剥ぎ取れたのだろうが、あいにく粉々にしてしまった。これでは使いものになるまい──これからは上手くやっていかなければならない。

 それから暫く狩り続けた。精気をフル活用してペースを上げていくが、部位そのものはそれほどかさ張るわけでもないから、袋がいっぱいになった時にはすでに辺りが暗くなり始めた。空を見げると逆陽の白い輪郭までもが暗く陰っている。それはもう完全に真っ黒い空に隠れてしまっていた。

 途中からはコツを掴んで、羽根虫の翅もいくつか回収できた。精気を先端に絞って狙いを定め、剣先で胴体だけを突くようにすれば綺麗に翅だけが残ったのだ。これで一文にもならなかったら笑いものだが、精気の扱いには習熟できそう。俺が爺さんに教わったのはあくまで基本的な使い方だけであった。状況や用途に応じた調整なんかは実戦で慣らせ、ということだったのだろう。

 一日目の収穫としては上場。探索自体はあまり進んでいないが、階層を進めるのは慣れてからでいいだろう。俺の目的は探索ではなく金稼ぎだ。というわけで、ひとまず引き上げることにした。入り口にあった階段を登って外に出ると、迷宮と変わらず周りは真っ暗。どうやら深夜であるらしい。時間の感覚がどうも狂っている。次からは火時計でも持ちこむべきかもしれない。

 いっぱいになった袋を肩からさげる俺を見て、先ほどと同じ衛兵さんがちょっと驚いていた。俺も驚いた。まさかあれから立ちっぱなしなのかと思ったら、休憩を挟んで当直の夜警についているとのこと。思ったよりはブラックじゃなかったようだ。

「しかし、君、初日だろう? 一人で、それとは」
「一応、それなりに剣は使えるので」

 簡単な世間話を交わしてその場を離れる。流派なんかを興味深そうに聞かれたが、あまり言う気にならなかった。田舎剣術とあの荒くれに言われたのが地味にきいているのかもしれない。

 よく考えたらあの爺さん、世捨て人みたいな生活だったもんな。そりゃあ世間に知れてるわけがない。

 さて、真夜中である。どうしたものかと思う。宿屋はと思うが、今の俺にはまだ金がなかった。一仕事したつもりになっているから金があるような気がしたが、もちろんそんなことはなかった。というわけで、ほとんどダメ元で探索者ギルドへ向かう。

 開いてた。

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