音楽初心者の僕がゲームの世界で歌姫とバンドを組んだら

りょう

Track.47 カナリア四重奏〜トラブル〜

 しばらくの休憩の後、ナナミ達がログインしてきた。二人にもリアラさんとの事を話すべきか考えたけど、それはリアラさんに止められた。

「今このタイミングで話したら、からかわれて練習にならないと思うんです」

 理由はそんな感じだった。アタル君はともかくとしてナナミはこの手の事に関してはうるさそうなので、とりあえずライブが終わるまでは黙っておく事になった。

 そして時は過ぎ、本番前日。

 僕達は前回もしたように前日合宿を行った。最終調整を行うためだ。僕とリアラさんのデュエットも、ここ数日の努力の甲斐もあり無事形にする事に成功する。

「流石と言うべきやなカオル。いよいよ本気になったんか? バンドに」

「本気になれたのかまでは分からないけど、多分僕の中でも何かが変わり始めているんだと思う」

「それはいい事ですね。俺そういうの羨ましいです」

「羨ましいだなんて、そんな」

 たまたまたキッカケがあっただけに過ぎないかもしれないけど、僕の心は少しずつ変化していた。これを言葉で説明するのはきっと難しい。だけど皆がそう思ってくれているなら、僕は少しだけ誇りたい。

 こんな自分でも変わる事ができるんだって。

「あ、そういえば皆に話してなかった事があるんだけどいいかな」

 そしてここで僕は明日の事で、大切な事を思い出す。それは祈の事。

 先日病院で彼女と話した時に、成長した証を見せるためにある提案をした。

『この日のこの時間に、この生放送を見て欲しいんだ』

 実は初ライブが終わった後に、あれらがネット上で生配信されていた事を知った。キッカケは偶然マセレナードオンラインについて調べていた時に目に留まったのだ。
 流石に車椅子の祈にゲームをしろとまでは言えないので、この方法をとる事にした。

『この生放送と立花君に何の関係があるの?』

『それは見れば分かるから、とにかく見て欲しい』

 竜介達との件と同じように、今の僕の姿を見てくれれば分かり合えると思った。そんな簡単にうまくいくような話ではないのは分かっているけど、それでも僕は何とかしたい。
 一度失ってしまった彼女の笑顔を取り戻すために。

 ■□■□■□
「カオル、あんたも色々と苦労してるんやな」

 一通り話をした後にナナミがそう声を漏らす。これを苦労という言葉に当てはめるのは少し違う気もする。何せこの件に関してはどちらかと言えば、僕の罪でもあるのだから。

「でもその人、見てくれるんですかね」

「見てくれるよきっと。僕は信じているからさ」

 僕が目を逸らすのをやめたように、彼女にも目を逸らさないで見て欲しい。今の僕の姿を。

「それならもっと練習をしなきゃいけませんね。そろそろ再開しますよ」

 この話は一旦お開きになり、僕達は明日へ向けての準備を再開する。時間は既に夕刻を過ぎている。明日のためにも早く寝なければならないので、残っている時間は少ない。

(成功させるためには、納得のいくまで練習しないと)

 デュエット曲を練習するために僕はリアラさんの隣に行く。だけどその時に僕はある事に気がついた。

「では最初から通しでやりましょう。皆さん準備はいいですか?」

 当たる君とナナミはその言葉に頷く。だけど僕には頷く事ができなかった。

「練習を再開する前に、ちょっとリアラさんおでこを貸してください」

「ど、どうしたんですか急に」

「いいから、ちょっと屈んでおでこを触らしてください」

 リアラさんは僕が先程から話している間、ほとんど口を挟んで来なかった。僕はあえてそれは気にしなかったのだけれど、今彼女の隣に立って気づいた。

「そこまで言うなら分かりましたよ」

 リアラさんが僕の前で屈んで、そのおでこを触る。そしてやはりと思いながら、ため息をついた。

「ど、どうしたんやカオル。いきなりため息なんかついて」

「カオルさん?」

「こんな事になるから無理はさせたくなかったんですよ。リアラさん」

 彼女からはこもった熱を感じ、そして顔からは沢山の汗が流れていた。彼女の吐く息も少し熱い。彼らが示す一つの事実は、明日が本番の僕達にとってあまりにも絶望的な出来事だった。

「な、な、何を言っているんですか、カオル君。私はいたって普通ですよ」

「ならこのすごい熱さのおでこ、どう説明できるんですか?」

「そ、それは……」

「それってまさか、カオル。リアラはもしかして」

「すごい高熱を出してる。多分医者に見てもらったほうがいいくらいの」

『え!?』

 僕とリアラさんが恋人同士になってから数日、リアラさんとほとんど一緒の時間を過ごしていた。だけどその時は彼女の異変に気づかなかった。いや、気づいてはいたけど気づかないフリをしていたのかもしれない。気づいてしまったら全てが台無しになってしまうから。

「カオル君、何を言っているんですかぁ……。私熱なんか……」

 そしてその僕を嘲笑うかのように、リアラさんは僕に身を嘲るようにして倒れた。僕はそれを何とか受け止める。

「り、リアラさん?!」

「た、大変や! アタル、今すぐ冷やすものもってくるんや」

「は、はい!」

「カオル、ウチは布団を持ってくるからあんたはリアラを見とくんや」

「分かった!」

 ナナミの指示でそれぞれが動き出す。僕はリアラさんを一度だけ安全な体制で寝かせた。

(起きてしまった……最悪な事態が)

 本番まで残りわずか、ここで僕達カナリアは大きなかべにぶつかる事になってしまった。

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