カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第64話 祭りの残滓

祭りの終わりには、なぜこうにも物寂しい雰囲気があるのだろうか。
今年はオープニング・エンディングのみ参加となった俺でさえ、周囲の雰囲気にのまれて感傷的になっている気がする。

ふと周りを見回せば、談笑しながら片付けをする者や、ベンチで1日を振り返る者、さらには後夜祭の準備に取り掛かるものなどたくさんの生徒が目に入った。
彼らが皆一様に、友達と笑い合いながら作業をしている。だけど、それなのに。彼らからは終わりゆく祭りを惜しむどこか陰鬱とした雰囲気が漂っていた。

あんな笑顔を、どこかで――
と、そこまで考えた時、ベンチに一人座る俺に何者かが近づいて来た。

「馨くん、お疲れ様」

「あぁ、お疲れ」

六実小春。
彼女はニコリと微笑んで俺の横にちょこんと腰掛けた。
ちらとそちらを伺えば、彼女は微笑をたたえたまま片付けをする生徒たちを見守っている。

「なんだか、楽しかったね」

「……そうだな、悪くなかった。神谷の吠え面も拝めたしな」

そんな俺の答えに六実は苦笑い。いつもは俺の目をしっかり話す六実だが、今日は俺ではなく遠くの生徒たちを見つめたまま話している。

「あんな結末でよかったのか?」

「え? ……そうだね。やっぱり馨くんはそう訊いてくるよね」

「どういう意味だよ」

「あっ、ごめん、気にしないで」

彼女はそう言って意味ありげに空笑いした。何気なく訪ねた俺の言葉に、彼女は何を感じ、なぜそう答えたのだろうか。
そう考えかけて、俺はやめた。

「……よかった、と思うよ」

少しの沈黙の後、やおら話し始めた六実に俺は沈黙を返す。

「たくさんの人が、あの後褒めてくれたし、聞き限りじゃ評判も良かったしーーあと、私が望んだ結末、だし」

その言葉には思わず六実の方を向いてしまった。それでも、彼女は俺の方なんて向かない。俺に見えるのは少し朱に染まった彼女の横顔だけだった。

そこで、俺は気づく。
遠くで作業をしたり談笑をしたりする生徒たちの笑顔。あれに似ているのは、きっと六実の教室でたまに見せる、哀しい微笑みだ。

あの微笑みに込められているもの。
ずっとそれを考えて来た。だけど、やっと今わかった気がする。

……たぶん、みんな諦めているのだ。祭りという幻想にも似た時間が終わったことを。

当たり前だ。1日限りの祭りなんて終わるのが当然で、それを諦めるも何も自分の努力でなんとかなるものではない。祭りは否応もなく終わっていくのだから。

だけど、それでも――と、心の中でみな感じるのだ。そして、その感情に現実的な理性がブロックをかけ、結果的に諦めの虚笑が生み出される。

それが、あの遠くの生徒たちが浮かべる微笑みの正体、だと俺は思う。

なら?  六実はどうしてあの様な哀しい笑みを浮かべるのだろか?  彼女は何を諦めることを強いられているのだろうか?

そう問いかけようとしても、表情を持たない彼女の横顔を見れば俺の口は一切動かなくなった。

その間を埋めてくれようとしたのだろうか。今度は六実から話しかけて来た。

「馨くんは後夜祭行くの?」

「いいや、あの端っこでうずくまってるだけの時間を過ごすのはもう勘弁だ」

「あ……  もしかして私、トラウマ掘り返した?」

「まぁな。でも安心しろ。俺の学校生活なんて地雷原並みにトラウマ埋まってるから。100回掘って100回トラウマ掘り返すぐらいの密度だから」

「馨くんの学園生活ってある意味世界一壮絶かもしれないね……」

半分呆れ、半分哀れみといった表情の六実から、哀しい微笑みが無くなっているのに気づき、俺は思わず頰を綻ばせてしまった。

だから、それを誤魔化す様に次の言葉を継ぐ。

「六実は?  後夜祭行くんだろ?」

「うん、まぁね……。だから、馨くんも一緒に、って思ったんだけど」

「悪いな。それだけは勘弁してくれ」

特に今だけは。と言外に付け加える。
なぜかって?  そりゃあ、あの劇によって六実が神谷と付き合ってるっていう噂が消え、その直後に俺と六実が一緒に後夜祭なんか来ればアホな男子どもが俺を八つ裂きにくるからに決まっているだろう。

そこまで感じ取ったのか、六実は「そっか、ごめんね」と俺に囁いた。

「んじゃ、俺は帰るわ。今日は……ありがとな」

そう言って、俺はすくと立ち上がった。それにならって六実も立ち上がる。

「うん、わかった。えっと……帰り道には気をつけてね」

「あぁ、サンキュ。じゃな」

この後、本当に六実の言うことをしっかり聞いていればと俺は後悔した。
もし本当に帰り道に気をつけていれば、近道をするため人気のない道を選び、何者かに拉致されることなんてなかっただろうから。


         *    *    *


あぁ、またこれか。

俺は、一切何も視認できない暗闇の中、心の中で呟いた。

学校で六実と別れた後、俺は学園祭の後だなんて嘘のように、いつものごとく一人寂しく帰路をたどっていた。……いや、寂しくなんてなかったな。いつもはわいわい騒いでるやつらが道にいなかったおかげで心ウキウキわくわくだったまである。

そんな感じで、軽く鼻歌でも歌いながら俺はご機嫌に帰っていたわけだ。あんな風に劇もまぁまぁ成功したのだし、少しぐらい浮かれるのはしょうがないことだろう。

しかし、それは突然現れた。

いや、正確にはそれ自体はほとんど目で追えなかったのだが、突然飛び出してきた黒い影に俺はタックルか何かを食らわされ、一瞬で意識を失った。

そして、気づいたら一切何も見えない状態に。
体の感覚からするに、俺は椅子に座っており、手を後ろで縛られているようだ。

……またさらわれたんですね、俺。

おそらく、今日の劇で俺と六実の関係が終わってない、ということを知った過激な六実ファンの仕業であろう。

この前さらわれたときは、凛と六実に助けてもらったが、彼女たちは後夜祭に行って助けに来てくれるわけないし、青川も文化祭の後処理で忙しいだろうし――って。

「なんで俺、助けてもらうことばっかり考えてんだろな」

こんな状況になって、まず考えるのが女の子に助けてもらうことだなんて……。
今更な感じはあるが、とてつもなく自分が情けなくなってしまう。

「俺がそれだけ、あいつらに頼ってる、ってことだよなぁ……」

「あいつら、って誰かな?」

俺が思わずつぶやいたその一言に、柔らかな声音が応じた。
っておい、誰だよ。

直後、かぶせられていたらしい穴のない覆面が俺の頭から外された。
と、同時にまばゆい光が俺の眼を刺した。

思わず手で光を覆い隠そうとして、自分の腕の拘束が解かれていることに気づく。
そして、回復していく視野の中。そこにいたのは、優しく微笑む三人の女の子だった。

「六実……、凛……、青川……」

「ごめんね、こんな手荒なやり方で。馨くんを驚かせたくってさ」

「なんて顔しているんだ、馨。狐に包まれたような顔をして」

「ドッキリ大成功♪ びっくりしたでしょ、かおるん」

一人は申し訳なさそうに、一人は呆れ交じりに、一人はいたずらっぽく、とても素敵な笑顔をたたえていた。

「お前ら……なんで……」

「だって、かおるん普通に誘っても来ないでしょ? だから、ドッキリも兼ねて拉致っちゃおう! って話になってね」

へぇ~、なるほど~。そういうことかぁ。
――って、ならないから。どうしてそんな結論にたどり着くの?

しかし、青川にそんな常識論は通用しない。彼女と言い争うなら、彼女と同等ぐらいの非常識論武装をしていかないと。ということで俺はいつものように、よくわからない状況に巻き込まれたら必ず最初に行うこと、状況確認をすることにした。

「で? ここどこなの? ていうかお前ら後夜祭は?」

「ここは私の家。みんなで打ち上げするなら、私の家がちょうどいいかな、って。後夜祭は――」

「後夜祭なんて、元から行くつもりはなかったさ。打ち上げは、主役とやらないと意味ないだろう?」

「……っ、主役、か」

六実がいうように、ここはどうも彼女の家らしい。しかし、この前来た時の記憶と照合すると、かなり雰囲気が違って見える。おそらく、カラフルな飾りや、奥に見えるごちそうが楽し気な雰囲気を醸し出しているからだろう。

しかし、主役とは……
全然そんなつもりはなかったのだが、あんな展開の劇になると、やっぱりそうだよなぁ……主役かぁ……。

「あれれ? かおるん照れてる? 主役なんて言われて照れちゃってる?」

「うっせ。ていうか、そんな主役様を縛り上げて拉致るなよ」

「馨、自分で主役様なんて言って恥ずかしくはないのか……?」

「恥ずかしいよ! そのジト目やめろ!」

「はいはい、折角作ったのにごはん冷めちゃうよ。食べよっ」

「ほら、かおるんのせいで怒られた」

「俺のせいっ!?」

そうやっていたずらっ子のようにニッと笑う青川には思わずため息をついてしまう。
しかし、なぜだか、嫌えないし、むしろこいつと一緒にいる時間は心地いい。
まぁ、からかうのはいい加減にしてほしいけど。

そして、もう少し奥に目をやればいつの間にか凛は席について緑茶をすすっていた。
そのマイペースさにすこし苦笑いしてしまうが、普段の毅然とした態度との何気ないそんなギャップが凛の魅力なのかな、なんて思ってしまう。
これからもよろしくな、我が友。――なんて、心の中でつぶやいたのが聞こえたのだろうか。
彼女は一瞬こちらに目を向けて、一つ鼻を鳴らすとすぐに目線をそらした。

その二人の間、忙しなく料理を配膳している六実。
はっきり言って、彼女のことはこの三人のなかで一番わからない。
あの哀しい微笑みもそうだし、今まであったいろんな出来事の中。
彼女の不自然な行動に疑問を抱いたことは一回二回ではない。
あの、どこか幼ささえ感じさせるかわいらしい容姿の裏に、一体何を抱えているのだろう。

「馨くん? どうしたの? 食べよ?」

椅子に座ったまま動かない俺を不自然に思ったのか、六実はそう声をかけてきてくれた。

「あぁ、今行く」

だけど、今だけはいいだろう。
この、いつかきっとなくなってしまう関係に、心を委ねても。
消えて見えなくなる前に握りしめることなんてできないけど、だけど、それでも。
もがいて、手を伸ばして、その端っこを、少しだけでも見ることができるなら。
たとえ、永遠に手に入れられないと――いつか消えてしまうとわかっていても、一瞬だけ勘違いをすることくらい許されるだろう。

時はまだ6時過ぎ。
陽は地平線の向こう側へ見えなくなったけど、まだその光の残滓は、優しく地上を照らしてくれていた。




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