カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第66話 その部屋
がちゃり。
そのドアが閉まる音と共に女子三人衆はここ、六実の家を旅立った。
広い二階リビングに残されたのは、冴えない容姿の腐った眼をした高校男子一人。
……誰だよこれ。女子の家にポツリと独り立ってるなんて、キモいだろ。謎すぎるだろ。
あ、これ俺だったわ。
とりあえず、なにをするでもないので打ち上げ会場の片づけでもしておく。
家でもよくやっている仕事なので、ちゃっちゃと終るはずだ。
「……馨さん、何やってるんですか?」
「片付け」
「いや、そんなの見りゃわかりますけど……」
突如、喋りだしたテーブルの上のスマホ。そのティアは「どうして女の子の家で一人さびしく片付けなんかしているのか」と俺に尋ねているのだろう。
しかし、その問いに答える前に、その作業は終わってしまった。
普段から地道にレベル上げしている俺の家事スキルにかかれば、このくらい造作ない。
いや、むしろ姑さんになって、棚の上の埃を指でとって、「これのどこを掃除したのかしら?」ぐらいいうことはできる。……姑にはならねぇか。
とにかくまぁ、片づけは終わり、部屋ぴかぴか。
それ自体はとてもいいことなのだが、その代償に俺はやることが無くなった。
クッ……! これが等価交換というやつか……!
そんな風に、内心で独りギャグをかますぐらいしかやることが無くなってしまった。
さて、どうしたものかと周りを見回しても、この部屋にはテレビ一つもありはしなかった。
そこで、俺は『スマホで暇をつぶそう』作戦に移行。本当に、スマートフォンがある時代に生まれてよかった。
と、俺がスマホをとって、スリープを解こうとする。
……しかし、なんど側面のボタンを押そうとディスプレイに光はともらない。
「おい、ティア」
「はいっ? なんでしょう?」
ただひとこと俺が問いかけると、ディスプレイにティアが現れた。ちゃんとディスプレイは機能しているので、スマホが壊れているわけではないらしい。
と、いうことは。
「なんでお前、スマホロックしてるんだよ」
「ほえ? ……――なんて、とぼけても意味ないですよね。
だって、もったいないじゃないですか。ただ自分一人で女の子の家にいるんですよ? どうです? 何も感じないんですか? わくわくとかしないんですか?」
ティアがにやにやといやらしい笑みを浮かべつつ、俺に言い寄る。つーか近い近い。こっちに寄り過ぎてスマホのディスプレイお前の顔で埋まっちゃってるから。
「――で、結局何が言いたい」
「えっとですね。……スマホなんかで暇つぶしせずに、今この状況を楽しんでください!」
ぷつり。
やけに元気よくそう言いきったティア。その直後、ぷつりという音と共にスマホのディスプレイは落ちた。こうなると当然、まったくスマホは機能しない。
「……はぁ……」
と、大仰に溜息を吐いてみるが、もちろん「どうしたの?」なんて訊いてくれるあいてなどいないわけで。
俺はあきらめて、再び暇つぶしを模索し始める。
だが、天井のシーリングファンを見つめても、人を駄目にするソファーにだらぁ、と寝転がっても、やっぱり落ち着かない。
「しょうがない……か」
この、なにもない二階にいても暇で、落ち着かない。と、なれば一階に下りるしかないだろう。
い、いや、わかってるよ? 人の家を勝手に探索とかしちゃいけないんでしょ? わかってるよ。だけど、この状況はしょうがないでしょう? あんまり暇なんだもん。スマホも使えないんだもん。一階に行くしかないんだよ。……ないんだよ。
と、自分を真っ向からクズっぽく理屈っぽく謎理論で正当化しつつ、階段を下る。
……やばい。なんだかわくわくしてきた。
一段一段と降りていけば、ちゃんと俺は一階に辿り着くことができた。
電気をつけるスイッチが見当たらないので、真っ暗の中を進んでいく。
少し不気味さを感じるが、壁伝いに進んでいけばぶつかったりすることはないだろう。
少しの不安と高揚を胸に感じつつ、廊下をゆっくりと進んでいく。
這いあがってくる床の冷気を足に感じつつ、さらに進む。
そうして、長く短いその道をしばし言った頃。
目の前に一枚の扉が現れた。そこにはネームプレートが。『こはる』と、そこには刻まれていた。
「もしかして、ここ、六実の部屋か……?」
そう認知した瞬間、俺は手を扉へ手を伸ばしていた。
そして直後、その逆の手で伸ばす手を止めた。
どうして俺は反射的に手を伸ばしてしまったのか。
――そこに、何かがあると感じたから。
その何かってなんだよ?
――六実の、あの哀しい微笑の理由。教室で見せる、あの微笑の理由だ。あの理由がこの部屋の中にあると直感した。
なんで俺は、それを知りたい?
――彼女はなぜ、あれほど充実していながらあれほど哀しい微笑を浮かべたのかわからないから。……いや、違う。そうじゃない。
なんで俺が、彼女の微笑の理由を知りたいのか。
――今まで起きた、全ての矛盾。その答えが、きっとあの微笑だから。
六実小春の、変動が激しくその意味が判らない好感度。
この六実小春の家に、前来た時。突然に逆上し、俺を家から追い出した彼女の態度。
それに、あれもそうだ。ティアが小川紗空となったときのこと。明らかに彼女はティアとつながりを持っていた。なぜ、六実小春はあの時ティアと結託することができた?
夏休み、俺がサバイバルゲームをしたときのこと。俺は何故あんな場所にいた? 俺は誰とサバイバルゲームをしたんだ? それは未だに思い出せない。これは明らかにおかしい。
他にもあげるとすれば、六実と二人きりで行った映画鑑賞。
思い返せばあれはデートだったのではないだろうか、なんて考えてしまうが、なにかがおかしい。
俺の記憶では、彼女と俺と、もう一人、誰かがともについて来ていたような気がしてならないのだ。
だが、それが誰なのか、なんてわからないし、本当にそのもう一人がいたのかもわからない。
以前、六実に訊いたときは『二人きりだった』と彼女は答えたし、やっぱり俺の思い違いなのか?
だけど、それでも。
六実が転校してきて、俺に意味の解らない告白をしてきて、それからあったたくさんのこと。
その中で、明らかにおかしい点がたくさんある。それらに疑問をぶつければきりはない。
――だが俺はその疑問点、矛盾点に何かしらの意味があるようにしてならないのだ。
ふと、回想から現実に戻る。
目の前には扉。そのドアノブには右手をかけている。そして、左手はその右手を掴んで制止していた。
しかし、俺は左手の力を抜き、右手から離した。
かちゃり、と小気味のいい音がして扉は開いた。
一度手首を返せば、その後は扉が誘うようにそこは開かれていった。
その奥にあるのは。
「……なんだよ、これ」
思わず絶句した。
いや、絶句という言葉の本当の意味を俺は今知ったのかもしれない。
驚き、疑問、そんなものを通り越した圧倒的な衝撃。それが俺の眼球を前から後ろへ貫いたようだった。
その部屋の中には、ベッド、机、本棚、本、バッグ、ぬいぐるみ、時計、それら様々な女の子の部屋にあるようなものはほとんどすべてといっていいほどそろっていた。
しかし、普通の女の子の部屋とは明らかに違う点が一点だけ。
それら、全ての物たちは、破壊され、散乱していたのだ。
机は脚がおられ、その破片は粉々だ。ベッドは布部分が引きちぎられ、下の台はひしゃげている。バッグ、本、ぬいぐるみは割れて、壊され、ぐちゃぐちゃになって、ばらばらになって、床に広がっていた。
この部屋の中だけ、台風が荒れ狂った後のようだった。
だが、たった一つだけ、恐らく原型を保っているものがあった。
部屋の奥のそれに、俺は引き寄せられるように近づいていく。
「写真……家族写真か」
左右に父、母と思われる大人が二人。その間で小さな女の子が満面の笑みを咲かせていた。
窓から差し込む月の光。
その光は写真立てのガラスに反射して、キラキラときらめいた。
ふと、足元にあった薄い本が目に入る。
その本は、他の本と同様、紙の部分がびりびりに引き裂かれていたものの、表紙だけは他と違って、何度も何度も読み込んだようにボロボロだった。
ゆっくりしゃがんでそれを拾う。それは本というより、どこにでもあるようなノートだった。
その表紙には「diary」とかすれた文字で書かれている。
その1ページ目をめくろうとした瞬間。
「馨くん?」
後ろから不意に声をかけられた。
反射的にそちらを振り向くと、一つの人影が暗闇の中、俺を見つめていた。
「馨くん、こんなところでなにしてるの?」
それ――いや、彼女は、ニコリと笑うと俺に問いかける。
「……あ、いや、……トイレを探してて」
「そっか。お手洗いなら、階段を下りて、左に曲がったところだよ?」
「……おう、サンキュ」
そう返して俺は、部屋を出た。その彼女の脇を通って部屋を出た。
そして、廊下を歩き、お手洗いの扉を開ける。
「それにしても、馨くんって記憶力がないんだね」
瞬間。後ろから、そんな限りなく冷たい声が聞こえた気がした。
そのドアが閉まる音と共に女子三人衆はここ、六実の家を旅立った。
広い二階リビングに残されたのは、冴えない容姿の腐った眼をした高校男子一人。
……誰だよこれ。女子の家にポツリと独り立ってるなんて、キモいだろ。謎すぎるだろ。
あ、これ俺だったわ。
とりあえず、なにをするでもないので打ち上げ会場の片づけでもしておく。
家でもよくやっている仕事なので、ちゃっちゃと終るはずだ。
「……馨さん、何やってるんですか?」
「片付け」
「いや、そんなの見りゃわかりますけど……」
突如、喋りだしたテーブルの上のスマホ。そのティアは「どうして女の子の家で一人さびしく片付けなんかしているのか」と俺に尋ねているのだろう。
しかし、その問いに答える前に、その作業は終わってしまった。
普段から地道にレベル上げしている俺の家事スキルにかかれば、このくらい造作ない。
いや、むしろ姑さんになって、棚の上の埃を指でとって、「これのどこを掃除したのかしら?」ぐらいいうことはできる。……姑にはならねぇか。
とにかくまぁ、片づけは終わり、部屋ぴかぴか。
それ自体はとてもいいことなのだが、その代償に俺はやることが無くなった。
クッ……! これが等価交換というやつか……!
そんな風に、内心で独りギャグをかますぐらいしかやることが無くなってしまった。
さて、どうしたものかと周りを見回しても、この部屋にはテレビ一つもありはしなかった。
そこで、俺は『スマホで暇をつぶそう』作戦に移行。本当に、スマートフォンがある時代に生まれてよかった。
と、俺がスマホをとって、スリープを解こうとする。
……しかし、なんど側面のボタンを押そうとディスプレイに光はともらない。
「おい、ティア」
「はいっ? なんでしょう?」
ただひとこと俺が問いかけると、ディスプレイにティアが現れた。ちゃんとディスプレイは機能しているので、スマホが壊れているわけではないらしい。
と、いうことは。
「なんでお前、スマホロックしてるんだよ」
「ほえ? ……――なんて、とぼけても意味ないですよね。
だって、もったいないじゃないですか。ただ自分一人で女の子の家にいるんですよ? どうです? 何も感じないんですか? わくわくとかしないんですか?」
ティアがにやにやといやらしい笑みを浮かべつつ、俺に言い寄る。つーか近い近い。こっちに寄り過ぎてスマホのディスプレイお前の顔で埋まっちゃってるから。
「――で、結局何が言いたい」
「えっとですね。……スマホなんかで暇つぶしせずに、今この状況を楽しんでください!」
ぷつり。
やけに元気よくそう言いきったティア。その直後、ぷつりという音と共にスマホのディスプレイは落ちた。こうなると当然、まったくスマホは機能しない。
「……はぁ……」
と、大仰に溜息を吐いてみるが、もちろん「どうしたの?」なんて訊いてくれるあいてなどいないわけで。
俺はあきらめて、再び暇つぶしを模索し始める。
だが、天井のシーリングファンを見つめても、人を駄目にするソファーにだらぁ、と寝転がっても、やっぱり落ち着かない。
「しょうがない……か」
この、なにもない二階にいても暇で、落ち着かない。と、なれば一階に下りるしかないだろう。
い、いや、わかってるよ? 人の家を勝手に探索とかしちゃいけないんでしょ? わかってるよ。だけど、この状況はしょうがないでしょう? あんまり暇なんだもん。スマホも使えないんだもん。一階に行くしかないんだよ。……ないんだよ。
と、自分を真っ向からクズっぽく理屈っぽく謎理論で正当化しつつ、階段を下る。
……やばい。なんだかわくわくしてきた。
一段一段と降りていけば、ちゃんと俺は一階に辿り着くことができた。
電気をつけるスイッチが見当たらないので、真っ暗の中を進んでいく。
少し不気味さを感じるが、壁伝いに進んでいけばぶつかったりすることはないだろう。
少しの不安と高揚を胸に感じつつ、廊下をゆっくりと進んでいく。
這いあがってくる床の冷気を足に感じつつ、さらに進む。
そうして、長く短いその道をしばし言った頃。
目の前に一枚の扉が現れた。そこにはネームプレートが。『こはる』と、そこには刻まれていた。
「もしかして、ここ、六実の部屋か……?」
そう認知した瞬間、俺は手を扉へ手を伸ばしていた。
そして直後、その逆の手で伸ばす手を止めた。
どうして俺は反射的に手を伸ばしてしまったのか。
――そこに、何かがあると感じたから。
その何かってなんだよ?
――六実の、あの哀しい微笑の理由。教室で見せる、あの微笑の理由だ。あの理由がこの部屋の中にあると直感した。
なんで俺は、それを知りたい?
――彼女はなぜ、あれほど充実していながらあれほど哀しい微笑を浮かべたのかわからないから。……いや、違う。そうじゃない。
なんで俺が、彼女の微笑の理由を知りたいのか。
――今まで起きた、全ての矛盾。その答えが、きっとあの微笑だから。
六実小春の、変動が激しくその意味が判らない好感度。
この六実小春の家に、前来た時。突然に逆上し、俺を家から追い出した彼女の態度。
それに、あれもそうだ。ティアが小川紗空となったときのこと。明らかに彼女はティアとつながりを持っていた。なぜ、六実小春はあの時ティアと結託することができた?
夏休み、俺がサバイバルゲームをしたときのこと。俺は何故あんな場所にいた? 俺は誰とサバイバルゲームをしたんだ? それは未だに思い出せない。これは明らかにおかしい。
他にもあげるとすれば、六実と二人きりで行った映画鑑賞。
思い返せばあれはデートだったのではないだろうか、なんて考えてしまうが、なにかがおかしい。
俺の記憶では、彼女と俺と、もう一人、誰かがともについて来ていたような気がしてならないのだ。
だが、それが誰なのか、なんてわからないし、本当にそのもう一人がいたのかもわからない。
以前、六実に訊いたときは『二人きりだった』と彼女は答えたし、やっぱり俺の思い違いなのか?
だけど、それでも。
六実が転校してきて、俺に意味の解らない告白をしてきて、それからあったたくさんのこと。
その中で、明らかにおかしい点がたくさんある。それらに疑問をぶつければきりはない。
――だが俺はその疑問点、矛盾点に何かしらの意味があるようにしてならないのだ。
ふと、回想から現実に戻る。
目の前には扉。そのドアノブには右手をかけている。そして、左手はその右手を掴んで制止していた。
しかし、俺は左手の力を抜き、右手から離した。
かちゃり、と小気味のいい音がして扉は開いた。
一度手首を返せば、その後は扉が誘うようにそこは開かれていった。
その奥にあるのは。
「……なんだよ、これ」
思わず絶句した。
いや、絶句という言葉の本当の意味を俺は今知ったのかもしれない。
驚き、疑問、そんなものを通り越した圧倒的な衝撃。それが俺の眼球を前から後ろへ貫いたようだった。
その部屋の中には、ベッド、机、本棚、本、バッグ、ぬいぐるみ、時計、それら様々な女の子の部屋にあるようなものはほとんどすべてといっていいほどそろっていた。
しかし、普通の女の子の部屋とは明らかに違う点が一点だけ。
それら、全ての物たちは、破壊され、散乱していたのだ。
机は脚がおられ、その破片は粉々だ。ベッドは布部分が引きちぎられ、下の台はひしゃげている。バッグ、本、ぬいぐるみは割れて、壊され、ぐちゃぐちゃになって、ばらばらになって、床に広がっていた。
この部屋の中だけ、台風が荒れ狂った後のようだった。
だが、たった一つだけ、恐らく原型を保っているものがあった。
部屋の奥のそれに、俺は引き寄せられるように近づいていく。
「写真……家族写真か」
左右に父、母と思われる大人が二人。その間で小さな女の子が満面の笑みを咲かせていた。
窓から差し込む月の光。
その光は写真立てのガラスに反射して、キラキラときらめいた。
ふと、足元にあった薄い本が目に入る。
その本は、他の本と同様、紙の部分がびりびりに引き裂かれていたものの、表紙だけは他と違って、何度も何度も読み込んだようにボロボロだった。
ゆっくりしゃがんでそれを拾う。それは本というより、どこにでもあるようなノートだった。
その表紙には「diary」とかすれた文字で書かれている。
その1ページ目をめくろうとした瞬間。
「馨くん?」
後ろから不意に声をかけられた。
反射的にそちらを振り向くと、一つの人影が暗闇の中、俺を見つめていた。
「馨くん、こんなところでなにしてるの?」
それ――いや、彼女は、ニコリと笑うと俺に問いかける。
「……あ、いや、……トイレを探してて」
「そっか。お手洗いなら、階段を下りて、左に曲がったところだよ?」
「……おう、サンキュ」
そう返して俺は、部屋を出た。その彼女の脇を通って部屋を出た。
そして、廊下を歩き、お手洗いの扉を開ける。
「それにしても、馨くんって記憶力がないんだね」
瞬間。後ろから、そんな限りなく冷たい声が聞こえた気がした。
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