カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第70話 呪い

「遅刻して、その上早退なんて、とんだ不良生徒ですね」

「そうだな。それは否定できない」

俺を咎めるように言うティアに、俺は苦笑いしつつそう応じる。
スマホのなかの彼女の言う通り、俺はまだ昼休みだというのに学校を抜けてきてしまった。
それは何故かというと、少しでも早くあの六実の日記を確認し、真実を知りたかったからだ。

かといって、この真実というのが何の、どんな、何のための真実かはわからないのだが。
だが、俺の中の何かが、その真実を求めよと、ひたすらに叫んでいるのだ。

「それで、馨さん。どうして、第三者が六実さんを消した、なんて結論に至ったんですか?」

自転車の中のスマホから、ティアがそう問いかけてくる。
ちなみに彼女は、俺が学校を出発したあたりでスマホのディスプレイに顔を出した。

「その結論が正しいかどうかは置いておくとして、俺が知っている条件ではその確率が一番高いと思って」

「もうちょっと噛み砕いてくれますか?」

「んー……呪いは呪いに掛かっている人同士では効果を出せない。反面、六実は凛と青川から忘れられている。
この事実があるんだから、凛や青川に六実の呪いがかかった、と考えるより、六実が他の何者かによって消された、と考える方が自然だろ?」

「へぇ、なるほど」

「……なんだよ」

「いいえ、なんでも」

長々と講釈を垂れた俺に、ティアはやけに冷めた返事。
それが気になって尋ねても、またそっけない返事を返されただけだった。

そんな風にティアと話しながら自転車を押しているときだった。
長い道の正面、そこにひとりの少女が佇んでいた。

金髪で、緑色の瞳を輝かせる少女が。

「あの子……」

間違いない。あの子は朝の、あの時の少女だ。
ただ、空を見上げるその少女。俺がその子に少しずつ近づいていき、そのまますれ違おうとした……その時。

「こんにちは。また会いましたね」

一瞬、だれの声かわからなかった。
幼さを全身に帯びた、目の前の少女の声には部相応な、あまりにも無機質な目だったからだ。

「あ、あぁ」

「どこへ行かれるのですか?」

「家に帰るところだ」

「もう、ですか? 学校は?」

「お前こそ学校は」

「問いに問いを返すのはあまり褒められたことではありませんよ」

「……すまん」

いやいやいや、なんで謝ってるの、俺?
しかし、なぜだろう。彼女の全身からにじみ出る威圧感の様な物に気圧されてしまっている。

「まぁいいです。朝倉馨さん、あなたは今、これを求めているのでは?」

「なんで俺の名前を……って、それ!」

そう言う彼女が右手で俺に見せたのは、一冊のノートだった。
俺が昨夜、六実の家から無断で持ち帰ったあのノート。

「なんでお前がそれを……」

「そんな顔をしないでください。あと、お前じゃありません。ちゃんと名前があります」

彼女は変わらず無表情だが、その中に少し不機嫌さが見えた気がした。
なので、一応名前とやらを尋ねておく。

「……なんて言うんだ?」

「ティアです。本名はティアマトといいますが、ティアと呼んでいただいて構いません」

「ティア……?」

偶然にも、その彼女と俺のスマホの中に棲みつく少女の名は同じだった。
……偶然……だよな。

「私の目的は、この本をあなたのもとに届けることなので。さようなら」

そう言うと、目の前のティアマト――スマホのティアと区別するためそう呼ぶことにする――は本を俺に押し付けて、俺の横を通り過ぎていった。

「ちょっと、ま……て……?」

俺の横を通り過ぎた彼女を振り返って呼び止めようとしたのだが、そのときにはもう、ティアマトの姿はなかった。
残されたのは、俺の手元のノートだけ。

「……幽霊……なんかじゃないよな」

うん、そんなわけない。たった今俺が持っているノートが一番の証拠だ。

「ティア? お前、何か知ってるのか?」

「……馨さん、底の公園で六実さんのノートを読みましょうか。真実を、知りたいのでしょう?」

「――! あ、あぁ」

そう言った彼女の声、視線、雰囲気全てが先ほどとうってかわって、まるでナイフのように鋭く冷ややかだった。
これ以上踏み込むことを、言葉無くして語っていることぐらい、俺にもわかった。

「さて! 馨さん、どんどん読んじゃいましょう! クラスの女の子の秘密の日記をどんどん盗み見しちゃいましょう♪」

「ちょっと待って。なんだかそんな言い方されると罪悪感が……」

公園に着くや否やそんな軽薄なセリフを吐いたティア。
俺もそれに、「いつも通り」の返答をする。

「なーに言ってるんですか。勝手に持ち出した時点で犯罪ですって」

「……それもそうか。じゃ、昨日読んだところの確認からいくぞ」

「ラジャー!」

そう言って、俺はベンチに腰掛け、ノートを開く。
まず、一番に俺が気になったのはこの部分だ。


『……あと、例の彼のことを思いだした。
彼の名前は、朝倉馨だ。』


六実が中学一年生の時の、4月29日。その日の日記に書かれていた文章だ。
この文章を見る限り、俺と六実は以前に会ったことがあるということになる。
俺の記憶の中では、六実に初めて会ったのは今年の4月。それ以前に会っていた記憶なんかない。

そして、その記述に並んで気になるのが、日記の中に、「こうかんど」という言葉と共に出てきた、「人が消える」という表現。
この部分を見るに、六実が俺のような呪いに掛かっていることは明白だろう。ティアのような奴も出てきているし。
しかし、気になるのは「人が消える」という表現だ。

俺の呪いを確認しておくと、
「好感度を上げすぎると、その人との関係がリセットされる」
というものだ。
人の好感度を上げすぎてしまうと、その人から俺は忘れ去られてしまうのである。

この呪いを文章で表現するなら、俺は「人から忘れられる」と書くはずだ。
なのに、六実の日記には「人が消える」と書いてある。

「意味がわかんねぇ……」

「馨さん、あの時の会長さんの言葉、覚えてます?」

「青川の?」

えぇっと、たしか「俺の知ってる呪いがすべてじゃない」か。

「……わかった」

「本当ですか?」

「あぁ」

思わず、俺は口元を歪めてしまう。

「呪いは多分、俺みたいな人から忘れられてしまうっての以外にも種類があるんだよ」

「ふぅん。証拠は?」

「他に何種類あるのかはわからないけど、六実が書いてる「消失」と、俺みたいな「忘却」この二つがあるのは確かじゃないか?」

そこで、もうひとつ頭に浮かぶことが。
あの、青川に告白したチャラ男、倉敷勇人が消えたあのとき。
もしや、もしや青川も六実と同じ、「消失」タイプの呪いに掛かっているのではないだろうか。

「なるほど。お見事です、馨さん」

俺の推察に、ティアはそう答える。少し、憐れみの様な物を俺に向けながら。

「……そうだよな。お前は最初から全て知っているのか」

「えぇ。その上で、馨さんのナビゲートをするのはなかなか大変なのですよ?」

「そうか。……いつも、ありがとな」

「いいえ。私は、馨さんのナビゲーターですから」

そうして、ぱっと彼女は笑顔を咲かせた。
その屈託がなくて、やはりどこか悲しそうな笑顔は、俺の胸をぎゅっと掴むようだった。

その時。
ティアが移るディスプレイが、急に着信画面に移り変わった。
そこに書かれた名前は。

「……六実」


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