カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第62話 イッツァショウタイム

目を覚ましたそこは、薄暗い部屋だった。
下から突き上げてくるような振動と遠くから聞こえる大量の歓声。
そんな、何とも騒がしい感覚をまどろみの中に覚えながら、俺は目を覚ました。

「目が覚めたか? ――まったく、文化祭の途中に眠りこける奴なんて初めて見たぞ?」

「え…………俺が気絶してた原因って、お前に殴られたからじゃ――」

「何か言ったか? 何か思い出したか?」

「いいえ、何も言って無いですしティアに突然抱きついて頬ずりしまくってた凛のことなんて全く覚えてないです」

そこまで言って、凛に気絶する寸前の強さで殴られた後、俺は自分の今置かれている状況を確認した。
寝ている状態なので、あまり首は動かないが、それでも必死に周りを見回してみる。あたりはほとんど真っ暗であまり何も見えない。たまに忙しげに通り過ぎていく人影も顔は窺うことができなかった。
あと、頭の下の柔らかい感覚……。恐らく凛がまた膝枕をしてくれているのだろう。それに気づいたとき、恥ずかしさですぐにでも飛び起きたい衝動に駆られたが、俺は考え直す。
女子高校生の膝枕なんて、人生で何度味わえるかわからない。なら、今はそれに気づいていないふりをして存分に堪能してもいいんではないだろうか。いや、そうすべきだろう。

しかし、運命とは無情なもので、俺がしっかり気が付いたことを確認すると凛は俺の頭を固い床に下ろした。
恨めしげに凛を見返す俺の感情など凛は察しきれないようで、不満そうな俺に凛は小首を傾げる。
そんな何気にかわいい仕草をする凛にずっと構っていくわけにもいかない。俺はよっ、と体を起こして胡坐をかくと、状況把握を再開する。

「んで? ここは?」

「まずは長い間膝枕をしてあげていた私に感謝の言葉を送るべきだと思うが、まぁいいだろう。ここは体育館ステージ横の器具庫だよ。文化祭中はステージ発表の準備室として使われている」

なるほど、先ほどからうろちょろしているのはステージ発表の準備や作業にひた走る生徒だったわけだ。
俺はそう理解したのち、無言で話の先を促した。

「それで、今はエンディングセレモニーのプログラム7番、軽音部のポップヒットメドレーがステージ上で行われている」

「えっと……エンディング?」

「あぁ、エンディング」

目をぱちぱちとしばたかせる俺に、凛は無表情で小さく頷く。

「えー……確か俺は、オープニングセレモニー直後に気を失ったような……」

「そうだな。あれから時間が経って、もうエンディングだよ。早いものだな」

「早いものだな、じゃねえだろ! なにしみじみしちゃってんの!? 俺、今年の文化祭最初と最後のセレモニーしか堪能できねぇのかよ!」

「馨、落ち着け。――友達のいないお前が文化祭を堪能できるわけないだろう?」

「…………そう、だったな……って! そういう問題じゃないから!」

なんだかいつもに増して達観してらっしゃる凛に怒鳴りつつも、こりゃ素直に謝る気ねぇなと判断した俺ははぁ、と溜息を吐いて一度落ち着く。

まとめると、俺はオープニングの直後に気を失って、こうやって目を覚ましたらもうエンディングになってた、ということらしい。……なんか納得いかねぇ。

しかし、いつまでもそうやって駄々をこねているわけにもいかない。

「エンディングが始まってるってことは、俺の出番もすぐだよな?」

「あぁ。馨が出る、実行委員会の劇は次の次だ」

凛が淡々とそう答えてくれた直後、器具庫に入ってきた一人の男の声が響いた。

「プログラム9番に出演される方は準備お願いします」

「そろそろか。では私は観客席に戻ろう」

「ん。またあとでな」

そう言って、扉に手をかけた凛だったが、あ、と何かを思い出したようにこちらを振り向いた。

「馨『が』出る劇とさっきは言ったが、あれは間違いだな。正確には、馨『も』出る劇だ」

凛は、そう言ってニヒルな笑みを浮かべると、器具庫を後にした。
……まったく……あいつには敵う気がしない。


        *    *    *


「――誰も知らない、小さな世界。誰も知らない、小さな王国。そこには、隣国まで噂がとどろくほど、美しい姫が暮らしていました。平和で、穏やかな彼女の姿に、国民はみな魅了され、そのせいか、その王国は争いなど一切ない、幸せな国でした」

物語は、このナレーションから始まる。
大がかりな城のセットから、可憐なドレスを身にまとって、姫役の六実が観客に手を振る。
この時点で、感激のあまり卒倒する生徒がちらほら。

まぁ気持ちはわからんでもないが、ここで倒れちゃもったいない! 
俺はひそかに観客の皆様を応援しつつ、舞台袖から劇の進行を見守る。

「――しかし、平和は長く続きませんでした。太古の昔に封印された魔王が復活し、魔物を従え王国に攻め込んできたのです」

城のセットに燃え盛る炎――に見立てたライト――が放たれ、城はあっけなく崩れ去る。――と見えるような演出であるが。
しかし、各クラスの精鋭が集まった実行委員会という組織力がなせる業か、いちいちエフェクトなどの完成度が高い。

「――無抵抗の女子供をためらいなく殺し、魔王軍は進行します。そして、ついに姫のもとまで魔王の魔の手は伸びてきました」

魔王の手だから魔の手なのかな? などと内心ツッコみを入れながら魔王である俺は舞台袖からステージに登場。いかにもな角やメイク、それに派手なマント。『THE・MAOU』って感じの格好をした俺は滑稽な姿のはずだが、演出が醸し出す雰囲気が助けてくれたおかげで観客は驚きに息を呑んだ、ように俺は感じた。

ここからは簡単なお仕事である。
適当に威厳持ってますよ感を出しつつマントを翻しながら、いろいろと仰々しいセリフを吐く。
それに健気な姫は「私は連れて行ってもいいから国民には手を出さないで」といった意のセリフを返す。あまりにも真摯な六実の姿に「改心します。申し訳ありませんでした」と魔王土下座を繰り出してしまいそうになったがなんとか我慢。
俺は台本通り最っ低なクズ野郎を演じて姫をかっさらっていった。

場所は移って今度は市街地。
そこのシーンも会長の青川のナレーションのもとつつがなく進んでいく。
そこでは怖気づく兵士たちを勇敢な勇者様である神谷が激励していた。
素晴らしい勇者様の言葉に兵士たちは元気づけられ姫の奪還部隊なるものが緊急で編成される。

しかし、このシーンでいきいきと演じているのは神谷ぐらいのもので、ほかの兵士たちはうざったいセリフを吐く勇者様にうへぇ、という表情を隠しきれてなかった。以前までなら、目をキラキラさせて神谷についていっていたのに。

まぁ、その後は怒涛のイベントラッシュだ。
巨大な魔獣を勇者が倒したり、魔物に襲われていた子供たちを勇者が助けたりとほとんどが勇者様を持ち上げるイベントなのだが。……まぁ、台本にも神谷が口出ししていたので当たり前といえば当たり前だろう。

あと、途中で勇者が姫へのポエムを野営地で謳うシーンがあったのだが……あれは酷かった。
セクハラで訴えられても文句は言えないような内容の気持ち悪い文章。それに自画自賛といかに他人が自分を褒め称えているかを詰め込んだ聞くに堪えない台詞。

観客、その他のキャスト共に神谷へのフラストレーションはほとんどマックス。
しかし、その神谷のすごいのがクズみたいなナルシセクハラポエムを完璧な芸術物と信じて疑わずに言い切るのだ。しかも言い切った後には満足げに斜め上を恍惚とした表情で見てちゃったりして。

恍惚とした笑みでも、凛のそれとここまで違うのかと驚いたものだ。

そして、今から始まるのはラストシーン。
魔王軍と勇者軍のラストバトルだ。
さぁ、クライマックスだ。勇者様と戯れに行くとしよう。





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