カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第59話 作戦決行

「第一回っ! 神谷魁人対策会議! イン文化祭!!」

「なんでお前そんなテンション高いの?」

きゃぴきゃぴとあざとく謎のタイトルコールをするティアに、俺はじとっとした軽蔑の目線を送った。

時は既に9時過ぎ。
こんな時間に騒いでいては帰宅した親に怒られかねない。

まぁ、この状況を説明すると、帰宅後、食事課題入浴を済ませた俺が神谷の件について、どうするかなぁ~と考えていたところ、毎度おなじみティアさんが楽しげに乱入してきたわけである。

「で、馨さん。具体的な対策は考えてあるんですか?」

「……対策って言ってもな……」

ティアの問いに俺は頭を掻いて視線を逸らす。

対策だのどうの言う前に、まずは今解決すべき事案の確認だ。

まず、劇の衣装・台本の完成。
この二つがなければ劇なんて成り立たない。
衣装はまぁ、飾りのような印象があるが、実際衣装がちゃんとしているだけでそれっぽく見えるものだ。

そして、次になんとかしたいのが、神谷魁人という存在自体だ。
早い話、彼をこの実行委員会から追い出せばいいのだが、そんなことできるはずもない。
というか、こいつは文化祭がどうのとか関係なく、鬱陶しい。
この劇を通じてなんとか黙らせることはできないだろうか。

実際の問題点としては、このくらいか。
そこまでティアに話すと、彼女はうぅーんと唸りだした。

「でも、馨さん。その二つが何とかできたとして、馨さん自身はそれでいいんですか?」

「それでいいのか、って訊かれてもな……俺は劇が無事終わってくれればそれでいいし」

そう言いきった俺に、ティアは訝しむような視線を送ってくる。

「本当に?」

「本当に」

「本当の本当に?」

「あぁ、本当に」

何度も確認するティアの視線が居心地悪く、俺は思いっきり視線を泳がせながら答える。
そんな俺を見て、ティアは大きく一つ溜息を。

「……このへたれラノベ主人公」

「……は?」

「もういいです。勝手にしてください」

「おい、ティア。何言って――」

俺がその言葉を言い切る前に、彼女はスマホのディスプレイから姿を消した。

ティアが、何を言いたいのかはわかる。
凛に言われたこととまったく同じことだ。

『俺はそれでいいのか』

ティアが俺に問うた言葉が未だ頭から離れず、そのもやもやを見ないようにして俺はベッドに倒れ込んだ。


    * * *


ティアとの話し合いのような何かの次の日。
俺は会議室内でそのタイミングを伺っていた。

今日もこの会議室内では劇の準備が行われていたが、その作業はなかなか進まない。
今は、必ず使うであろう小物の制作作業が行われているが、肝となる台本や衣装はほとんどできていない。
この二つのうちの台本。これに関しては俺に考えがある。

非常に、ものすごく不本意な方法ではあるが、確実に物語を進めることができる方法だ。

俺は彼女――六実小春の周りに人が居なくなった瞬間を見計らって彼女に近づいた。

「急にあんなこと言ってすまん。……いけるか?」

「ううん、大丈夫だよ。私もなんとかしなきゃって思ってたしね」

昨日の晩、彼女に送ったメールの内容を頭の中で反芻しつつ、彼女に最後の確認をする。
そんな俺に、彼女は何の屈託もない笑みを向けてくれた。

俺は、「助かる」と一言言い残し、彼女のもとを去った。

それから数分。神谷魁人が会議室にやってきた。
彼は何の迷いもなく、台本を考えている二、三人のもとに赴いた。

そして、平坦で何も進まない議論を交わしだす。

彼らの議論の内容をまとめるとこうだ。
神谷はなんとかして六実といちゃいちゃするシーンを増やしたい。
それに対し、台本の制作班はその意図に気付かないふりをして六実と神谷がいちゃつくシーンを減らそうとしている。台本を作っているのは、神谷がリーダーを務めるWPKのメンバーではないようで、しっかり神谷に反論していた。

そんな彼らに六実が近づいて行った。そんな光景を俺は小物づくりをしながら横目で伺う。

「神谷君たち、ちょっといいかな?」

そう六実が声をかけた瞬間、そこにいた神谷と台本班は爽やかでほにゃっとした笑みを彼女に向けた。
うん、わかるよ。その気持ち。

「台本、なかなか難しそうだね……」

「あ、あぁ。そうなんだ。この神谷君が六実さんとのシーンを増やしてほしいってうるさくて……」

「バ……! 、な、なにを言っている! 僕がいつそんなことを言った!」

さっき言ってたろ。
台本班の男子が六実にそう愚痴るのに対し、神谷は清々しいほどの嘘を吐く。
それに、台本班はにやりと口元を歪める。

恐らく彼らは、六実小春の登場を好機と見て、わざと神谷の先ほどまでの言動を彼女に告げたのだ。それに対して、神谷が否定してくれば台本に入れられる六実と神谷のシーンを減らすことができるから。

俺も最初はそこを狙ってこの作戦を立てていた。

……だが、まだ足りない。

ちらとこちらを見た六実に俺は頷いて作戦決行の合図を送った。

「え? 神谷さっき俺らに『小春様とのシーンをもっと入れたまえ!』みたいなこと言ってたよな?」

「そ……そんなこと一切ない! 嘘を吐くならもっとましな嘘をついたらどうだ! 大体お前たちは――」

「待って」

見るにも耐えない醜い議論を繰り広げる神谷たちに六実の凛とした声が割って入った。
そして、彼女は細い指で胸元を儚げに掴み、上目遣いで神谷と台本班の連中を見上げる。
濡れた瞳と揺れるまつ毛が怖いくらいに美しく、遠めに見ている俺もどきりとしてしまう。

「私……神谷君とのシーン、多くても、いいよ?」

彼女のその言葉に、神谷たちは呆けたようにただ黙ってしまった。

「……だめ、かな?」

それに、六実が追い打ちをかける。
そして、やっと神谷たちは再起動。

「ぜ、全然いいよ! 六実さんがしたいって言うなら! お、お前らもそうだよな?」

「お、おう!」

「そ、そうだな!」

六実の上目遣い+破壊力抜群のセリフに台本班の連中も意見を翻す。
そして、当の神谷と言えば、あまりの感激に横で神へ賛辞の言葉を並べ立てていた。純粋にキモイ。

「じゃあ、そういうことでお願いね」

そう言って六実は彼らから離れる。
そして、彼女は周りの目を憚りながら俺のもとに寄って来た。

「あんな感じでよかったかな?」

「あぁ、最高にかわいかった」

「え? ……や、あ……そ、そんなこと言われると、困る……」

「……あ……べ、別に深い意味はないから」

思わず出てしまった俺の言葉に六実はせわしなく表情をローリングさせた後、顔を真っ赤にして、あははーと空笑いした。そんな彼女を正面に見据えることができず、目をそらしている俺の顔も、ゆでだこ並みに真っ赤なはずだ。

「じゃ、じゃあ、私行くね」

「そ、そか。じゃあ」

そうして、計画の第一段階は幕を下ろした。



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