カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第58話 みんな、ってやつ

突然訪ねてきた凛を家まで送った、その次の日。

今日から本格的に劇の練習が始まった。
クラスの方でも模擬店を開くようだが、俺にとっちゃ関係ないことだ。
……仕事しようとしても、「あ、いや……大丈夫だよ?(笑)」みたいな感じでどうせ断られるし。

ごほん。
そんな中学でのトラウマ話などどうでもいい。

この、放課後に行われている実行委員主催の劇練習。これが、一向に練習が進んでいなかった。

と、言うのも、衣装作りも裁縫できる人がいないことから一向に進まず、台詞の読み合わせも皆が皆緊張しっぱなしで一向にうまくいかず、さらにさらに台本作りさえも最後まで完成していないようで、一向に光が見えない。
……ほんと、一向に進まないな。どんだけ~!?……IKKOだけに。

なんて、益体もないことを考えている場合ではないのだ。

俺は現在作業が行われている会議室内を見回した。

その中で、真っ先に視界に入る人物。それは神谷魁人だ。
そいつは、ぎざったらしくメガネを指で押し上げながら、各作業班にねちねちと指図を出していた。

……そう。作業が一向に進まないのは、彼、神谷が原因と考えられる。

衣装に対しては、「小春様にそのような下劣な格好をさせる気か!」と怒鳴り、読みあわせをしていれば、「小春様の出演される劇に、お前のような大根役者はいらない!」とこれまた怒鳴り、さらに、完成していた台本に対してまでも、「勇者が小春様といちゃい――ごほん。親睦を深めるシーンをもっと入れたまえ」などとのたまっているのである。

こいつ、ただの邪魔でしかねぇ。
というか、最後の一つなんて自分の願望を通したいだけだろ。このクズ。

「おい、朝倉。お前のセリフだ。台本を読むくらいもできないのか?」

神谷を内心で思いっきりディスっていたせいで、進行中の読み合わせで自分の番が来たのに気付かなかった。
そのせいで嫌みったらしく神谷に叱られてしまう。

「お前のような下種が小春様と同じ空気を吸っているというだけで僕は不快なんだ。これ以上僕を怒らせないでくれ」

「……っ」

度を超えたその言葉に俺もさすがにイラッときた。
だが、ここで突っかかっても何も生みやしない。
そのことをちゃんとわかってる優しい馨くんは舌を噛んでイライラを押しとどめました。えらいでしょ?

……だが、それ以上に不快なものがある。

神谷が、俺に罵言を吐くたびに聞こえてくる周りからの薄ら笑い。
そして、それに快感を感じているかのように嗜虐的な笑みを浮かべ、増長する神谷。

この光景に、俺は新しい事実を知った。

彼ら彼女らが、ここまでに結束できている理由。
俺は今までそれを、ただ六実を想う気持ちから成り立っているものだと勘違いしていた。

しかし、事実は違った。
もちろん、六実の圧倒的なカリスマ性が彼らをあそこまで心酔させているというのもあるだろう。
だが、それと同等に彼らをまとめ上げる集団心理。

それは、俺という共通の敵の存在。そして、それを攻撃するという一連の行動にあるのではないだろうか。
どこか、自意識過剰めいたことを言っているが、「みんなと同じことを思い、みんなと同じことをする」という、ごくごく初歩的な行動が、彼らをより団結させているのだと今俺は確信した。

……なんて幼稚で…………恐ろしいのだろうか。

「みんな」がやっているから。「みんな」と同じになりたいから。

その、「みんな」が朝倉馨を攻撃しているから、自分も朝倉馨を攻撃する。
その狂気的まである集団の思想が、俺を取り巻く理不尽な環境を形成しているのだ。


人間なんて、そんなものか。
俺はふっと小さく溜息を吐いて、台本をつらつらと読み進める。
ちょうど今は、魔王と勇者が姫をかけて戦うラストシーンだ。

「愚かしい人の子よ。お前たちにこの美しい姫は身に余る。彼女はこの大魔王が預かっておくのが正しい選択なのだ」

この悪意のある台詞に、思わず本番のことを想像してしまう。
多分、このセリフを言った瞬間、観客席から果てしないブーイングが飛ぶんだろうなぁ……
そんなことを考える俺のことなど意ぞ知らず、神谷は真に迫る演技で返してくる。

「黙れ、残虐を極めたる魔王よ。お前のどす黒い思いに姫が汚されることなど決してない!」

神谷はそう叫びながら、いかにも剣を腰から引き抜くようなしぐさをとる。
それに対して周りからは感嘆のどよめきが。
そして、神谷はどこか恍惚とした笑みを浮かべた。

……そう言うのが腹立つんだよ。
俺は人知れず、小さな溜息を吐いていた。


    *  *  *


長い練習の後の短い休憩。
俺は部屋の端っこでちびちび緑茶をすすっていた。

放課後の練習時間は限られているので、今日はそろそろお開きかもしれない。

早く帰りたいなぁ……なんて思っていると、隣に誰かがすとんと座った。
ちょっと……距離近いんですけど……? という迷惑げな視線を送ると、そこには本校生徒会長の青川が。

「どう? うまくいきそう?」

「見てりゃわかるだろ……散々だ」

俺のそのセリフに、青川はあははー、と空笑い。

「神谷君はねぇ……。言ってることが妙に筋が通ってるから性質たちが悪いんだよ」

「ごもっともだ。まぁ思いっきり私情を挟んでるシーンもあったけどな」

「それも、反論すれば数の暴力で押しつぶされちゃうんでしょ?」

青川のその問いに、俺は無言で頷く。

そう、神谷のうざ――じゃなくて、性質たちの悪いところが、後ろに多くの仲間がいるということだ。
俺から見れば、ただの共犯意識を持った烏合の衆だが、彼らとしては大層お美しい仲間意識を持っているつもりなのだろう。

そんな奴らが、リーダーを攻撃されれば反撃しないわけがない。
しかも、その攻撃した奴がカースト最底辺でぼっちでさらに六実を寝取っ――じゃなくて、えっと……奪った(?)相手ならなおさらだ。

「で、会長さまはこの状況をどう打破するおつもりで?」

俺は神谷もかくやというほどの嫌みったらしい語調で青川に尋ねる。

「ん? 何言ってるの? 私は何もしないよ? ……かおるんが、どうせどうにかしてくれるんでしょ?」

あまりにも当然のように言われたので、一瞬理解できなかった。
しかし、俺も馬鹿じゃない。すぐに青川が意図するところを理解した。

「つまり、俺にリベンジのチャンスをくれるってことか。お前、最初っからこの状況になることを予想してた……とか言わないよな?」

俺がそう問うと、彼女はぺろりと舌を出し、小さく微笑んだ。

……まったく、やってくれる……。
ここまで舞台をそろえられると、やるしかないじゃねぇか。

窓の外には、目が眩むくらい眩しい太陽が浮かんでおり、沈んでいくはずなのにこれから登っていくのではないかという感想を俺に抱かせた。

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