カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第56話 5件目の連絡先
「ではこれで、今日の会議は終わりたいと思います。皆さんのおかげで役決めもスムーズに進めることができました。次回の話し合いもよろしくお願いします。ありがとうございました」
教卓の前でそう話す会長さん、青川に対し全員が「ありがとうございました」と返した後、各クラス委員は散り散りになって生徒会室を退室し始めた。
隣に座っていた六実も俺に小さく手を振り、たくさんの女子たちと帰っていく。
周りをはばかりながら小さく囁かれた「また明日ね」という彼女の言葉に、俺がにやけていると、俺の座る椅子を誰かが蹴り飛ばした。
それによって俺は当然椅子から転げ落ち、後頭部を強打。
鈍い痛みが頭全体を走る。
「おやおや、すまなかった。君の存在があまりにも矮小すぎて僕の目に映らなかったみたいだ」
そんな、嘲弄を含んだ台詞の飛んできた方向を俺はきっと睨み返した。
その視線の先に佇む彼、神谷はそんな俺の表情に、ご満悦といった様子で鼻を一つ鳴らした。
腕を組み、メガネを指で押し上げる仕草が恐ろしくうざったい。
「立てるかい? さぁ手を貸してあげよう」
神谷は芝居がかった仕草と共にそんな台詞を吐くと、床に転がる俺に向かって手を差し出した。
しかし。
彼のその手にはどこから取り出したのか一枚のゴム手袋が。
気色の悪いほど吊り上った神谷の口角に、俺は怒りを通りこし、恐怖まで覚えた。
「このくらい自分で立てるっての」
一言そう返し、俺はふらつく体をゆっくりと起こした。
さっき打った頭のせいだろう。視界はぼやけ、意識はふわふわとしている。
「そうかい。さすがは、小春様の“お付き人”だけあるな」
「“お付き人”?」
「そうさ。まぁ、その意味はゆっくり自分で考えるんだな」
神谷はそう言いたいことだけ言うと俺の横を通り過ぎ生徒会室の扉に手をかけた。
だが、彼はそこで動きを止め、振り返った。
「言い忘れていた。魔王様は勇者に殺される宿命を背負っているものだ。肝に銘じておけ」
そして、彼は生徒会室を去った。
* * *
「なんで俺が魔王役なんだよ……」
「しょうがないでしょ、かおるん。役がそれしか残ってなかったんだから」
斜光の差し込む生徒会室。
俺は書類仕事を淡々とこなす青川の前に座り、ただ駄弁っていた。
頬杖をついて気だるげな俺とは対照的に、陽の光を背に浴びる青川は、背筋をぴんと伸ばし、凛とした表情でひたすらプリントにペンを走らせている。
美術館に飾られていてもよさそうなその出で立ちに思わず見とれてしまいそうになる。
……ごほん。そんなことは今現在まったく重要ではない。
そう、俺――朝倉馨は生徒会で行う演劇において魔王たる役を演じることになったのである。
役決めの時は、適当に最初存在感を消しておいて、最後当たりするする~っと照明にでも入ろうかと思っていた。
……だが、物事はそう簡単に運ばす、神谷という不確定要素によって俺の完璧な計画は狂ってしまった。
したがって、わき役はすべて埋まり、勇者役を神谷、魔王役を俺が務めることになったのである。
さらにさらに。
俺の演じる魔王は、六実が演じる姫に散々な仕打ちをし、勇者にずったずたに狩られるというまことに最悪な役なのである。
もっと言うと、その勇者はラストで姫とのキスシーンまであるのだ。
俺はそのことを思い出し、無意識にこぶしを握りしめていた。
……べ、別に六実をとられて悔しいとかそういうのじゃないんだからねっ!
……ただ純粋にその勇者を殺したいだけだ。うん。
そんなバカなこと考えていたのを読み取ったのか、青川は突然、くすりと微笑んだ。
「かーおるん。心配しなくても大丈夫だって。キスシーンも実際にはふりだけだし魔王討伐シーンも本当にかおるんをやっつけるわけじゃないんだよ?」
「そんなのわかってるっての」
「じゃーなんでかおるんはそんなに悔しそうなのかなぁ?」
悪戯っぽく目を細める青川に俺は言葉を詰まらせる。
まったく、こいつは。いつもすべてお見通し、とでも言いたいのだろうか。
「悔しくなんてねぇよ」
「そう? ……私は悔しかったけどなぁ……」
「は? なんで青川が」
俺のその問いかけに、彼女は一度俺を見遣り、椅子を180度回転させた。
窓に向かう形になった彼女は、「眩しっ」と呟き、手で光を遮りながら言葉を繋ぐ。
「あの時。残りの役が勇者と魔王になった時だよ。あの時かおるんが『俺が勇者をやる!』ぐらい言ってくれればおもしろ……じゃなくて、かっこよかったのになぁ、って思って」
「そんなことしたらあの男子諸君が俺に襲い掛かってくるに決まってんだろ」
「それが面白いんじゃ……なんでもない」
「おい、ほぼ言ってるから。もう誤魔化そうとかしなくていいから」
苦笑い交じりにそう返す俺に、青川も小さく微笑み返す。
こんな、どうだっていい、ありふれた会話がとても大切なもののように思えて、俺は次の言葉をどう紡ぐか、迷ってしまった。
「あ、そうだ」
そんな俺の感想もいぞ知らず、青川は次の話を何の躊躇いもなく切り出した。
「かおるんって、望月凛さんの連絡先知ってる?」
「ん? あぁ。知ってるけどなんで?」
突然出てきた凛の名前に、俺は驚きを隠せず訊きかえす。
そんな、俺の様子が面白かったのかどうかは知らないが、青川はにやりと口元を歪め、指を唇に当てると、「ないしょ♪」と秘密めかして言った。
……というか、青川さんそんなにあざとかったですっけ?
「とにかく頂戴よ」
「ちょ、おまっ――」
伸びてきた手を躱すことができず、俺は握っていたスマホを青川に奪われた。
ちょっと触れた指先が細く、女の子らしくてどきっとしたなんて誰にも言えない……
などと、馬鹿げたことを考えていた俺を尻目に、青川は俺のスマホをすいすいと操作。
と、その時。
彼女の表情が一瞬にして凍り付いた。
「かおるん……?」
「な、なんだよ……」
青川は、絶望に満ちた瞳を俺に向けると、右手のスマホをそっと俺に向けた。
「スマホの連絡先が4件しかないんだけど……? 故障かな……?」
「いいえ仕様です。そーゆー小芝居で俺のメンタル削ってくるのマジやめてくれない?」
「あれ? ばれてた?」
あはっ、と笑う青川に、今度は俺が冷やかな視線を送る。
ちなみに、その4件というのは父、母、六実、凛である。
うん、俺ね。人間関係は狭く深くあるべきだと思うんだよ。
……あれ? 前まったく反対のこと言ってた気がするな……。
「はい、かおるん。ありがと」
そう言うと、青川は超近距離からスマホを俺に投げてよこした。
それを俺は難なくキャッチ。
おぉー、とパチパチ手を打つ青川は無視して、俺はスマホに目を遣る。
青川の発する電磁波か何かで壊れてないかな……などと内心本気で心配しつつ、俺はスマホのスリープ状態を解き、ディスプレイを起動させた。
そこに映る、連絡先一覧はたった5件だけだった。
教卓の前でそう話す会長さん、青川に対し全員が「ありがとうございました」と返した後、各クラス委員は散り散りになって生徒会室を退室し始めた。
隣に座っていた六実も俺に小さく手を振り、たくさんの女子たちと帰っていく。
周りをはばかりながら小さく囁かれた「また明日ね」という彼女の言葉に、俺がにやけていると、俺の座る椅子を誰かが蹴り飛ばした。
それによって俺は当然椅子から転げ落ち、後頭部を強打。
鈍い痛みが頭全体を走る。
「おやおや、すまなかった。君の存在があまりにも矮小すぎて僕の目に映らなかったみたいだ」
そんな、嘲弄を含んだ台詞の飛んできた方向を俺はきっと睨み返した。
その視線の先に佇む彼、神谷はそんな俺の表情に、ご満悦といった様子で鼻を一つ鳴らした。
腕を組み、メガネを指で押し上げる仕草が恐ろしくうざったい。
「立てるかい? さぁ手を貸してあげよう」
神谷は芝居がかった仕草と共にそんな台詞を吐くと、床に転がる俺に向かって手を差し出した。
しかし。
彼のその手にはどこから取り出したのか一枚のゴム手袋が。
気色の悪いほど吊り上った神谷の口角に、俺は怒りを通りこし、恐怖まで覚えた。
「このくらい自分で立てるっての」
一言そう返し、俺はふらつく体をゆっくりと起こした。
さっき打った頭のせいだろう。視界はぼやけ、意識はふわふわとしている。
「そうかい。さすがは、小春様の“お付き人”だけあるな」
「“お付き人”?」
「そうさ。まぁ、その意味はゆっくり自分で考えるんだな」
神谷はそう言いたいことだけ言うと俺の横を通り過ぎ生徒会室の扉に手をかけた。
だが、彼はそこで動きを止め、振り返った。
「言い忘れていた。魔王様は勇者に殺される宿命を背負っているものだ。肝に銘じておけ」
そして、彼は生徒会室を去った。
* * *
「なんで俺が魔王役なんだよ……」
「しょうがないでしょ、かおるん。役がそれしか残ってなかったんだから」
斜光の差し込む生徒会室。
俺は書類仕事を淡々とこなす青川の前に座り、ただ駄弁っていた。
頬杖をついて気だるげな俺とは対照的に、陽の光を背に浴びる青川は、背筋をぴんと伸ばし、凛とした表情でひたすらプリントにペンを走らせている。
美術館に飾られていてもよさそうなその出で立ちに思わず見とれてしまいそうになる。
……ごほん。そんなことは今現在まったく重要ではない。
そう、俺――朝倉馨は生徒会で行う演劇において魔王たる役を演じることになったのである。
役決めの時は、適当に最初存在感を消しておいて、最後当たりするする~っと照明にでも入ろうかと思っていた。
……だが、物事はそう簡単に運ばす、神谷という不確定要素によって俺の完璧な計画は狂ってしまった。
したがって、わき役はすべて埋まり、勇者役を神谷、魔王役を俺が務めることになったのである。
さらにさらに。
俺の演じる魔王は、六実が演じる姫に散々な仕打ちをし、勇者にずったずたに狩られるというまことに最悪な役なのである。
もっと言うと、その勇者はラストで姫とのキスシーンまであるのだ。
俺はそのことを思い出し、無意識にこぶしを握りしめていた。
……べ、別に六実をとられて悔しいとかそういうのじゃないんだからねっ!
……ただ純粋にその勇者を殺したいだけだ。うん。
そんなバカなこと考えていたのを読み取ったのか、青川は突然、くすりと微笑んだ。
「かーおるん。心配しなくても大丈夫だって。キスシーンも実際にはふりだけだし魔王討伐シーンも本当にかおるんをやっつけるわけじゃないんだよ?」
「そんなのわかってるっての」
「じゃーなんでかおるんはそんなに悔しそうなのかなぁ?」
悪戯っぽく目を細める青川に俺は言葉を詰まらせる。
まったく、こいつは。いつもすべてお見通し、とでも言いたいのだろうか。
「悔しくなんてねぇよ」
「そう? ……私は悔しかったけどなぁ……」
「は? なんで青川が」
俺のその問いかけに、彼女は一度俺を見遣り、椅子を180度回転させた。
窓に向かう形になった彼女は、「眩しっ」と呟き、手で光を遮りながら言葉を繋ぐ。
「あの時。残りの役が勇者と魔王になった時だよ。あの時かおるんが『俺が勇者をやる!』ぐらい言ってくれればおもしろ……じゃなくて、かっこよかったのになぁ、って思って」
「そんなことしたらあの男子諸君が俺に襲い掛かってくるに決まってんだろ」
「それが面白いんじゃ……なんでもない」
「おい、ほぼ言ってるから。もう誤魔化そうとかしなくていいから」
苦笑い交じりにそう返す俺に、青川も小さく微笑み返す。
こんな、どうだっていい、ありふれた会話がとても大切なもののように思えて、俺は次の言葉をどう紡ぐか、迷ってしまった。
「あ、そうだ」
そんな俺の感想もいぞ知らず、青川は次の話を何の躊躇いもなく切り出した。
「かおるんって、望月凛さんの連絡先知ってる?」
「ん? あぁ。知ってるけどなんで?」
突然出てきた凛の名前に、俺は驚きを隠せず訊きかえす。
そんな、俺の様子が面白かったのかどうかは知らないが、青川はにやりと口元を歪め、指を唇に当てると、「ないしょ♪」と秘密めかして言った。
……というか、青川さんそんなにあざとかったですっけ?
「とにかく頂戴よ」
「ちょ、おまっ――」
伸びてきた手を躱すことができず、俺は握っていたスマホを青川に奪われた。
ちょっと触れた指先が細く、女の子らしくてどきっとしたなんて誰にも言えない……
などと、馬鹿げたことを考えていた俺を尻目に、青川は俺のスマホをすいすいと操作。
と、その時。
彼女の表情が一瞬にして凍り付いた。
「かおるん……?」
「な、なんだよ……」
青川は、絶望に満ちた瞳を俺に向けると、右手のスマホをそっと俺に向けた。
「スマホの連絡先が4件しかないんだけど……? 故障かな……?」
「いいえ仕様です。そーゆー小芝居で俺のメンタル削ってくるのマジやめてくれない?」
「あれ? ばれてた?」
あはっ、と笑う青川に、今度は俺が冷やかな視線を送る。
ちなみに、その4件というのは父、母、六実、凛である。
うん、俺ね。人間関係は狭く深くあるべきだと思うんだよ。
……あれ? 前まったく反対のこと言ってた気がするな……。
「はい、かおるん。ありがと」
そう言うと、青川は超近距離からスマホを俺に投げてよこした。
それを俺は難なくキャッチ。
おぉー、とパチパチ手を打つ青川は無視して、俺はスマホに目を遣る。
青川の発する電磁波か何かで壊れてないかな……などと内心本気で心配しつつ、俺はスマホのスリープ状態を解き、ディスプレイを起動させた。
そこに映る、連絡先一覧はたった5件だけだった。
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