カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第55話 ジェノサイドイン会議室
くわぁ、と大きな欠伸をしながら俺は人気のない廊下を歩いていた。
まだ、秋に入ってはいないのだろうが、しんと静まり返ったこの廊下は実際の気温よりぐんと体感温度が低いようだった。
しかし、まだその寒さは肌寒い程度のものなので、それが俺の眠気を覚ましてくれるということは全く無かった。いっそのこと一気に気温が下がってくれればいいのに……。
そんなこと言っても一介の庶民が天候操作などできるはずもなく、俺は再び大きな欠伸をした。
そして、歩くことしばし。
俺は体育祭ぶりに生徒会室の扉を開いた。
「お、かおるんだ! 早いねぇ」
「飯食わずに来たからな」
その部屋の中には、にこやかに俺を迎える青川静香が居た。
その微笑みにはあの日見せた悲痛な表情の影もない。
だけど、彼女のこころの中には、きっと後悔や自分に対する軽蔑が渦巻いているのだろう。
それこそ、俺のそれとは比べ物にならないほど大きな。
だから、それを慰めるため――というわけでもないが、俺は手に持っていた一つの紙袋を青川へ差し出した。
「ん? どしたの?」
「いいから受け取れ。ちょっと遅くなったけどな」
その一言に、彼女は一つ頷き、興味津津と言った様子で開封作業を始めた。
そして、その中には色とりどりのアロマキャンドルが。
「うわぁ! これ……」
「なんだ、まぁ……いろいろと迷惑かけたしな。それも含めて、誕生日プレゼントだ」
「いいの? こんなに?」
「あぁ。そんな高いもんじゃないし」
そして、青川が包装からアロマキャンドルを取り出そうとしたその時。生徒会室の扉が勢いよく開かれた。そこには姦しく談笑する女子の群れが。
俺が彼女らから青川に視線を戻すと、彼女の顔から表情は消えていた。
「皆さん、各学級の委員で集まって座ってください」
その青川の呼びかけに女子たちは、はーいと間延びした返事を返し散りばった。
そんな中、俺もどこに座るかなと青川から離れる。
その時、背中から「ありがと」と聞こえたのは聞き間違いだっただろうか。
* * *
つつがなく会議は進行し、文化祭当日、並びに準備の係分担、スケジュール確認が終わった。
こんなにもスムーズに話し合いが進んだのは会長である青川の手腕によるものが大きい。
わがまま放題に自分の意見ばかり述べ続ける各クラスの委員長を上手くなだめたり論破したりなどただ一つの無駄もなく会議を進めていくその姿は美しいまであった。
しかし、先ほどまでの勢いはどこへやら現在会議は難航していた。
その議題というのは、このクラス委員と生徒会本部で上演するのだという、演劇の役決めだった。
まず、最初から順を追って説明しよう。
俺の通う学校では、文化祭の最後にクラス委員と生徒会本部、(それらをまとめて文化祭実行委員という)
が演劇をして、祭りを締めるという伝統がある。
で、今年もその例にもれず演劇をすることになったのである。
演題は、生徒会書記長著の中世ファンタジーもので、大まかなストーリーは勇者が魔王に連れ去られた姫君を助けだすという何ともテンプレなものだった。
そして、そこまでの説明が終わった後、役決めへ会議はシフトしたわけである。
現在決まっているのは、満場一致で採決された姫役である六実小春のみだ。
ちなみに本人は拒否していたが、周りからの圧力に耐え切れずしぶしぶ了承したらしい。
とまぁ、そんなこんなで、役が全く決まらないのである。
さっきまで辣腕を振るっていた会長さんは部屋の角で瞑目してらっしゃいますし。
いや……何やってんだよ青川。働きなさい。
そう内心に呟いた俺の声が聞こえたのか、青川は片目だけ開け俺を見たのち、にやりと不穏な笑みを浮かべた。
そのどこか毒々しさを感じさせる笑みに思わずどきりとしてしまう。
さて、会議の方に戻るとしよう。
今もめているのは、演劇で誰が勇者役を務めるか、ということらしい。
やはり、六実を助けるかっこいい勇者様は人気があるようで、重傷者の出る取っ組み合いが展開されていた。
おい、けが人出ちゃってるじゃん。
やめて! 私の為に争わないで!! あ、俺のためじゃなかったわ。
六実さん、このセリフお願いします。
なーんて、益体の無いことを考えているのは俺くらいのようで、他の委員たちは戦いに勤しむか、その戦いに燃える知人を必死に羽交い絞めして抑えていた。
ちなみに六実本人はひたすらきょろきょろあたふたしていた。うん、可愛らしい。
そんな、ジェノサイドが渦巻く中、一人の男が教卓の前に出て、一つ大きく手を打った。
黒縁のメガネと生真面目そうな引き結ばれた口元。筋肉質ながらもすらりとしたその長躯の男は、どこに出しても恥ずかしくない正真正銘のイケメンだった。
いや、どこにも俺は出さないけどさ。
「醜い争いはやめたまえ! 小春さまの御前でそんな醜態をさらして恥ずかしくないのか!」
その男子生徒の声が響いた瞬間、教室内で争っていた全ての者が動きを止め、驚愕、そして悔恨に顔を歪めた。
一体こいつは……と不躾な視線を俺が教卓の男子生徒に向けていると、彼は懇切丁寧に説明し始めた。
「僕はWall to protect Koharu、略称WPKのリーダー、神谷魁人である! 黙って見ていればいつまでもいつまでも……WPK第七条、小春様に醜態をさらすのは最も恥ずべきこととする! 忘れたとは言わせんぞ!」
えっと……? ……どうした、急に。
彼――神谷といったそいつは、教卓にこぶしを力強く叩きつけ、武蔵坊弁慶もかくやといった形相で会議室内の男子諸君を叱咤した。
いや、というかいろいろと情報が一気に入ってきて軽く俺の脳がショートしてるんですケド……。
瞬間、俺のスマホが電子的な通知音を発した。
『あの人はWPKのリーダー、神谷魁人です。WPKというのは、校内に幾つか存在する小春さんのファンクラブの一つで、その中でも最も今勢力が強いファンクラブです。彼自身はあのルックスとカリスマ性で多くのメンバーをまとめています。最近はそのWPKの中で、魁人さんと小春さんをカップルとし、目の保養にしようという、KAIKOHAというグループが台頭してきました』
スマホのディスプレイに移っていたのはそんな文字列と、可愛らしい三刀身のキャラだった。
まぁ、ティアも俺にこの状況を説明しようと頑張ってくれたんだよね。うん、ありがと。でも馨くんにこんな高度な暗号の解読は不可能です……。
そんな、wiki顔負けのお硬い文章を流し読みし、俺は再び神谷へ視線を向ける。
「君たちの目的は、猿のように自らの欲望を開放し、小春様に醜態をさらすことだったのか! いや、違うはずだ! あくまで小春様に紳士的な態度を見せるため、お前たちは敢えて脇役に徹することが最もいい選択肢だとは思わないか?」
神谷はそういって男子諸君をなだめようとするが、やはり彼らの反応は鈍い。
そりゃそうだ。六実とたくさん接することができるこんなチャンスをやすやすと逃す奴なんていないだろう。
さて、どうする? と俺が神谷に視線を送ると、彼は誰にもわからないほど、とても小さくほくそ笑んだ。
「お前たち、考えてみろ。……出しゃばって主演狙うより、「俺、わき役だけど全力で頑張ってます!」っての方が…………好感度上がるとは思わないか?」
その、歪な笑顔から発せられたその言葉を聞いた後、会議室内の男子諸君、+少しの女子はざわめいた。そして、その後。
「石役は俺だあああぁぁぁぁ!!!」
「雲役は俺がもらうぅぅぅ!!!」
「私こそ馬役に相応しいのよぉぉぉ!!!」
……こんなのが、あと20名ほど。
まぁ、これは状況を説明するわけでもないと思うが……一応、説明を。
本当に簡潔に説明すると、なんとも単純な神谷の煽りに多くの男子、女子が引っかかり、我先にと地味な役回りに立候補し始めたのだ。
これで、主人公たる勇者と、悪役たる魔王以外の役回りが決まってしまった。
「おやおや……これじゃあ、僕が勇者になるしかないか、な……」
教室の端で、神谷が腕を組み、そう歪な笑みを浮かべていた。
まだ、秋に入ってはいないのだろうが、しんと静まり返ったこの廊下は実際の気温よりぐんと体感温度が低いようだった。
しかし、まだその寒さは肌寒い程度のものなので、それが俺の眠気を覚ましてくれるということは全く無かった。いっそのこと一気に気温が下がってくれればいいのに……。
そんなこと言っても一介の庶民が天候操作などできるはずもなく、俺は再び大きな欠伸をした。
そして、歩くことしばし。
俺は体育祭ぶりに生徒会室の扉を開いた。
「お、かおるんだ! 早いねぇ」
「飯食わずに来たからな」
その部屋の中には、にこやかに俺を迎える青川静香が居た。
その微笑みにはあの日見せた悲痛な表情の影もない。
だけど、彼女のこころの中には、きっと後悔や自分に対する軽蔑が渦巻いているのだろう。
それこそ、俺のそれとは比べ物にならないほど大きな。
だから、それを慰めるため――というわけでもないが、俺は手に持っていた一つの紙袋を青川へ差し出した。
「ん? どしたの?」
「いいから受け取れ。ちょっと遅くなったけどな」
その一言に、彼女は一つ頷き、興味津津と言った様子で開封作業を始めた。
そして、その中には色とりどりのアロマキャンドルが。
「うわぁ! これ……」
「なんだ、まぁ……いろいろと迷惑かけたしな。それも含めて、誕生日プレゼントだ」
「いいの? こんなに?」
「あぁ。そんな高いもんじゃないし」
そして、青川が包装からアロマキャンドルを取り出そうとしたその時。生徒会室の扉が勢いよく開かれた。そこには姦しく談笑する女子の群れが。
俺が彼女らから青川に視線を戻すと、彼女の顔から表情は消えていた。
「皆さん、各学級の委員で集まって座ってください」
その青川の呼びかけに女子たちは、はーいと間延びした返事を返し散りばった。
そんな中、俺もどこに座るかなと青川から離れる。
その時、背中から「ありがと」と聞こえたのは聞き間違いだっただろうか。
* * *
つつがなく会議は進行し、文化祭当日、並びに準備の係分担、スケジュール確認が終わった。
こんなにもスムーズに話し合いが進んだのは会長である青川の手腕によるものが大きい。
わがまま放題に自分の意見ばかり述べ続ける各クラスの委員長を上手くなだめたり論破したりなどただ一つの無駄もなく会議を進めていくその姿は美しいまであった。
しかし、先ほどまでの勢いはどこへやら現在会議は難航していた。
その議題というのは、このクラス委員と生徒会本部で上演するのだという、演劇の役決めだった。
まず、最初から順を追って説明しよう。
俺の通う学校では、文化祭の最後にクラス委員と生徒会本部、(それらをまとめて文化祭実行委員という)
が演劇をして、祭りを締めるという伝統がある。
で、今年もその例にもれず演劇をすることになったのである。
演題は、生徒会書記長著の中世ファンタジーもので、大まかなストーリーは勇者が魔王に連れ去られた姫君を助けだすという何ともテンプレなものだった。
そして、そこまでの説明が終わった後、役決めへ会議はシフトしたわけである。
現在決まっているのは、満場一致で採決された姫役である六実小春のみだ。
ちなみに本人は拒否していたが、周りからの圧力に耐え切れずしぶしぶ了承したらしい。
とまぁ、そんなこんなで、役が全く決まらないのである。
さっきまで辣腕を振るっていた会長さんは部屋の角で瞑目してらっしゃいますし。
いや……何やってんだよ青川。働きなさい。
そう内心に呟いた俺の声が聞こえたのか、青川は片目だけ開け俺を見たのち、にやりと不穏な笑みを浮かべた。
そのどこか毒々しさを感じさせる笑みに思わずどきりとしてしまう。
さて、会議の方に戻るとしよう。
今もめているのは、演劇で誰が勇者役を務めるか、ということらしい。
やはり、六実を助けるかっこいい勇者様は人気があるようで、重傷者の出る取っ組み合いが展開されていた。
おい、けが人出ちゃってるじゃん。
やめて! 私の為に争わないで!! あ、俺のためじゃなかったわ。
六実さん、このセリフお願いします。
なーんて、益体の無いことを考えているのは俺くらいのようで、他の委員たちは戦いに勤しむか、その戦いに燃える知人を必死に羽交い絞めして抑えていた。
ちなみに六実本人はひたすらきょろきょろあたふたしていた。うん、可愛らしい。
そんな、ジェノサイドが渦巻く中、一人の男が教卓の前に出て、一つ大きく手を打った。
黒縁のメガネと生真面目そうな引き結ばれた口元。筋肉質ながらもすらりとしたその長躯の男は、どこに出しても恥ずかしくない正真正銘のイケメンだった。
いや、どこにも俺は出さないけどさ。
「醜い争いはやめたまえ! 小春さまの御前でそんな醜態をさらして恥ずかしくないのか!」
その男子生徒の声が響いた瞬間、教室内で争っていた全ての者が動きを止め、驚愕、そして悔恨に顔を歪めた。
一体こいつは……と不躾な視線を俺が教卓の男子生徒に向けていると、彼は懇切丁寧に説明し始めた。
「僕はWall to protect Koharu、略称WPKのリーダー、神谷魁人である! 黙って見ていればいつまでもいつまでも……WPK第七条、小春様に醜態をさらすのは最も恥ずべきこととする! 忘れたとは言わせんぞ!」
えっと……? ……どうした、急に。
彼――神谷といったそいつは、教卓にこぶしを力強く叩きつけ、武蔵坊弁慶もかくやといった形相で会議室内の男子諸君を叱咤した。
いや、というかいろいろと情報が一気に入ってきて軽く俺の脳がショートしてるんですケド……。
瞬間、俺のスマホが電子的な通知音を発した。
『あの人はWPKのリーダー、神谷魁人です。WPKというのは、校内に幾つか存在する小春さんのファンクラブの一つで、その中でも最も今勢力が強いファンクラブです。彼自身はあのルックスとカリスマ性で多くのメンバーをまとめています。最近はそのWPKの中で、魁人さんと小春さんをカップルとし、目の保養にしようという、KAIKOHAというグループが台頭してきました』
スマホのディスプレイに移っていたのはそんな文字列と、可愛らしい三刀身のキャラだった。
まぁ、ティアも俺にこの状況を説明しようと頑張ってくれたんだよね。うん、ありがと。でも馨くんにこんな高度な暗号の解読は不可能です……。
そんな、wiki顔負けのお硬い文章を流し読みし、俺は再び神谷へ視線を向ける。
「君たちの目的は、猿のように自らの欲望を開放し、小春様に醜態をさらすことだったのか! いや、違うはずだ! あくまで小春様に紳士的な態度を見せるため、お前たちは敢えて脇役に徹することが最もいい選択肢だとは思わないか?」
神谷はそういって男子諸君をなだめようとするが、やはり彼らの反応は鈍い。
そりゃそうだ。六実とたくさん接することができるこんなチャンスをやすやすと逃す奴なんていないだろう。
さて、どうする? と俺が神谷に視線を送ると、彼は誰にもわからないほど、とても小さくほくそ笑んだ。
「お前たち、考えてみろ。……出しゃばって主演狙うより、「俺、わき役だけど全力で頑張ってます!」っての方が…………好感度上がるとは思わないか?」
その、歪な笑顔から発せられたその言葉を聞いた後、会議室内の男子諸君、+少しの女子はざわめいた。そして、その後。
「石役は俺だあああぁぁぁぁ!!!」
「雲役は俺がもらうぅぅぅ!!!」
「私こそ馬役に相応しいのよぉぉぉ!!!」
……こんなのが、あと20名ほど。
まぁ、これは状況を説明するわけでもないと思うが……一応、説明を。
本当に簡潔に説明すると、なんとも単純な神谷の煽りに多くの男子、女子が引っかかり、我先にと地味な役回りに立候補し始めたのだ。
これで、主人公たる勇者と、悪役たる魔王以外の役回りが決まってしまった。
「おやおや……これじゃあ、僕が勇者になるしかないか、な……」
教室の端で、神谷が腕を組み、そう歪な笑みを浮かべていた。
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