カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第43話 闖入者×3

どすっ、という音を立てて俺は地面に座り込んだ。

とにかく、俺が今すべきことは現状把握だ。
目的地である拠点はここから見えないが、恐らくそこまで遠くはないだろう。
現在の装備は……とポケットを探ってみたものの、出てきたのはハンドガン一丁のみ。
残弾数を確認するべくマガジンを銃から一度出す。

思っていたより入っていたBB弾に驚きつつ、俺はハンドガンのセーフティーを解除し正面の木へ標準を合わせる。本物のエアガンなど初めて握るが、今までさんざんシュミレーターで撃ってきた経験を生かせば何とかなるだろう。

かちり、わずかな感触が心地よく指に伝わるや否や、銃口からオレンジの弾が勢いよく射出された。
木に命中したそれは、少しの傷を幹に刻み、地面へ落下。

撃つ瞬間、身体全体に伝わった振動に少しの高揚を覚えながらも、俺は静かに左手を上げ、腕時計を覗く。
着替えさせられた時につけられたものだと思うが、黒の中に少しの緑が混じるデザインが妙にかっこいい。

……そんなことはどうでもいい。
現在の時刻は8時2分前。
いつもなら布団の中で爆睡している時刻だな……と少しげんなりしつつ、秒針の動きを俺はひたすらに見つめた。
森の中から聞こえる、葉が風に揺れる音、鳥の囀りなどは意識の中から遠ざかり、ただ聞こえるのは規則的に時を刻むカチ、カチという音のみ。

3……2……1……

「ゲーム、スタート……か」

俺はハンドガンを強く握り直し、先ほど多くの男たちが消えていった森の中へ歩みを進めた。

広場の踏み固められた土と違い、そこに在ったのはすこし湿った茶色の土だった。
右か、左か。あるいは背後に?
思っていた以上の緊張感に苛まれながら俺は少しずつ、少しずつ歩いていく。

その時。
視界の端っこに映る茂みがかさりと音を立てて揺れた。
射撃――いや……!
照準を合わせるべく上げかけた腕をもとに戻し、俺は素早く近くの木に背を預ける形に隠れた。

瞬間、先ほどまで俺がいた場所にオレンジ色の弾が飛来する。
敵は銃を構えたまま、自分を狙っていた。それは、俺と敵との射撃精度の差に直結する。
突然の敵に動揺し射撃する自分と先に敵の位置を把握し狙っていた敵。
撃ち合えばどちらが勝つかなどわかりきっている。

それに加えてあの弾速。
恐らく俺が持っているハンドガンなどではなく、射撃用のライフルだろう。

だが、そこまで距離は離れていない。
遠距離射撃にも対応するライフルでこのくらいの距離しか取らないということは敵がそこまで射撃に慣れていないということも同時に示している。

俺はそぉっと手ごろな少し大きめの枝をぽきりと折り、それを胸の前に構える。

そして、自身の左側へそれをふわりと投げ放った。
それと同時に自分は右側へとダッシュを開始する。

ダッシュの数瞬間後、響いた銃声とともに弾が飛来。しかし、それは俺の後方で空気を切っただけだった。

初弾を避けれたことに少しの安堵を覚えつつ、俺はダッシュを継続する。
敵がいると思われる位置を中心に、緩い弧を描くように、尚且つ盾となる木々を有効的に使える様なコースを。

「見つけた――!」

茂みの影、きらりと鈍く光る物を見つけた俺は、急激に進路を変えそれに直進する。
今までずっと横に動いていた俺に、照準を合わせ続けていた敵は突然自分に向かって進行してきた俺の動きに対応できない。
それを裏付けるように敵の弾丸が俺から大きく外れた木に着弾した。

急に軽く感じられたハンドガンを前方に片手で構え、数発発射。
ひぃっ、という短い悲鳴の後、混乱からか敵は茂みからその身を出し、逃げ出した。

もちろん、こんな絶好の機会を俺が見逃すわけがない。
一度停止し、しっかりと両手でハンドガンを構える。

目標はただ逃げていく一人の男。

俺はゆっくりと引き金を引き、射出された銃弾がしっかりと敵の背中を捉えた。

「ぐはっ」

着弾の衝撃で彼は体を反らせたのち倒れ込んだ。
心の中でぐっ、とガッツポーズをした後、俺は彼のもとに駆け寄った。

「一つ取引がある」

ハンドガンを彼に向けたまま、俺はできるだけ低く、冷たい声でそう言い放った。

「話すことなんかねぇ……さっさと殺せ!」

「殺さねぇよ。お前、六実のこと好きか?」

「も、もちろん! 彼女のためなら溺死でも焼死でも落下死でもなんでもできる!」

六実という言葉が出てきた瞬間、彼は急に元気になり、熱く様々な死に方を語り始めた。ちょっと怖い。
しかも、そんなこと本人の彼氏の前で言えるなんてな…… 
こんな風に人を変えてしまうなんて、六実、恐ろしい子。

「じゃあ、お前は六実に少しでもよく思われたいよな?」

にやりと口元を歪めてそう言うと、彼はぶんぶんと強く首を縦に振った。

「なら、俺がそれに協力してやろう。つまり、六実にお前のことをよく言ってやる」

「ほ、ほんとか!?」

「あぁ。お前の装備をすべて俺に渡してくれればな」

俺がそう言い終えるや否や、彼は全ての装備を外し、俺に差し出した。
まともな判断力を持った者ならこのような行動に走ることはないだろう。まともならこんな、仲間の首を絞めるようなことするわけがない。
だが、六実は人の判断力をも鈍らせるのだ。
六実、やっぱり恐ろしい子。

ともかく、これで貧弱な装備を少しだがましにすることができた。
彼から得ることができたのは、一丁のライフルと一つの手榴弾。
ライフルはスコープの付いたスナイパー仕様。手榴弾は恐らく時限式で、爆発時にBB弾をまき散らすのだろう。

武器をくれた彼に別れを告げ、俺は再び歩き出す。
しかし、神様とやらは俺に静かな時間など与える気はないようで……。

ざざっ、と俺の後ろから幾つもの足音が聞こえた。

――しまった……! 気を抜い――

「かおるーっ!」

「かーおーるん!」

「おにぃーさまぁ!」

瞬間、聞こえたのは俺に対する銃声、ではなく三人の女の子の真に迫った、あるいは甘ったるい声だった。

「凛、それに青川!? あと……ティア、か」

「馨! お前大丈夫なのか!? 謎の集団に拉致され、その挙句服を脱がされ――」

「大丈夫! いろいろと大丈夫だから!(俺の貞操とか……)」

俺の肩を両手でつかみ、前後にがんがんと揺さぶる凛をとりあえずなだめ、今一度彼女らに向き直る。

「というかお前ら、なんでここが?」

「かおるんの妹ちゃんから連絡があったの。『お兄様が大変だぁ~~!』って」

「いやまぁ、それは大体予想ついてたけど……」

俺はえっへんと平らな胸を張る金髪美少女、ティアを見遣った。

「お前、どうやって俺の場所を……?」

「そりゃあ、お兄様の体内に――じゃなくて、私の愛のなせる業ですよ♪」

「おい今なんて言いかけた」

なんかやばいことを言いかけたこいつは紛れもなくいつも俺のスマホの中にいるティアだ。
しかし、今の容姿はいつもと異なり、金髪のお嬢様風。
彼女のこの容姿は、以前、六実、凛と遊園地に行くことになった時に俺の妹として同行するため作った容姿だ。作った――というのも、彼女は姿をどのようにでも変えることができるのだ。

いや、良く考えたらなんなんだろうな、こいつ。
今まで散々とんでもないことをやらかしてきやがったから姿を変えることぐらい何でもない事のように感じていたが、相当すごいよな。
……保健所とかに連絡して引き取ってもらうべきだろうか。

「で、馨はこんなところで何をしているんだ? ……! もしかして、野外プレ――」

「なわけあるか! ……六実だよ。この山のどこかに、六実が捕まってるんだよ」

少し、視線を下げてそう言う俺の雰囲気を感じ取ったのか、彼女らは驚いたように目を見開き、その後俺に憐れみにも似た視線を向けた。

「かおるんは彼女を助けに行ってるんだよね。なら私たちがすることは一つじゃん」

「そうですね」

「あぁ、そうだな」

彼女たちはお互いにアイコンタクトを取り、そして――

『私たちも手伝うよ』

何一つ曇りない、透き通った笑顔でそう言ったのだった。



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