カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第42話 夏休みにて、開戦なり

『なーつやーすみ~♪』

初めて秋葉原に降り立ったどこぞの妹さんよろしく俺は夏休みの開始を大いに喜んだ。
そう、喜んだのだ……なのに、

「なんだよこの状況……」

俺は、左手にハンドガンを携え、背には女の子を背負ったまま、うっそうとした森林の中を行軍していた。

この意味不明な状況を説明するには俺が目を覚ました直後から順を追って説明したほうがいいだろう。



俺は、心地がいい揺れの中、目を覚ました。
視界に入る天井は明らかにいつもとは異なっており、視界の端には風景が後方(その時の俺にとっては頭上か)へと流れていく光景が映っていた。

まどろみの中では一切の疑問さえ抱かなかったそれらに対し、意識がはっきりしていくうちに俺は明らかな違和感を感じ始めた。

「……ここどこだよ」

体を起こそうにも何かによって固定されているようで首や指先ぐらいしか動かせない。

それでも辛うじて視界に捉えたものや少しの揺れから俺はここが車の中であることを察した。

唐突に、その揺れは止まった。
恐らく車が停止したのだろう。

根拠のない安堵に俺が溜息をついたのも束の間。突然開け放たれたドアから、多くの男が車内に入ってきた。

そして、俺の拘束具を慣れた手つきで外すと車から出してえっさほいっさ何処かへ運んでいく。

寝起きの所為、もしくは他の理由があってか俺の体は思うように動かず、抵抗らしい抵抗も一切できない。

 何人かの男たちに担がれて運ばれるという異様な光景も永遠に続くわけもなく、彼らは俺をある台の上に乗せた。

「ちょっとお前ら、何者ーーっておい! 服を脱がすな!」

ようやく完全に意識が覚醒し、この状況について問い詰めようとした俺の言葉も虚しく、彼らはテキパキと俺の服を脱がせていく。

「もしかしてお前ら……そういう趣味を持つ……ぐはっ!」

俺が貞操の危機を感じ、そう問いかけてみると、んなわけあるかと言わんばかりに一人の男が俺の腹に拳をめり込ませた。

そんなこんなで俺は何故か着替えさせられたのち、仕上げと言わんばかりに硬く黒光りする何かを腰にいれられた。

(後で分かったが、ハンドガンをポケットにいれられただけらしい)

そして、彼らは俺の拘束を解くと、次々に何処かへ歩いていく。

しょうがなく俺もそれについていくと、そこには何十人もの男がハンドガンやサブマシンガン、さらにはガトリングガンを構え、ひしめき合っている。

突然発したきぃーんというハウリング音に、一同はある一か所に視線を向けた。

そこには少し高い台に登った一人の剛毅そうな男がマイクを持ち佇んでいた。

彼の短い咳払いに呼応し、俺は再び男の群れに持ち上げられ、運ばれていく。
既に、抵抗しても無駄なことは理解している俺はそれに一切の抵抗もしなかった。

その結果、俺は例の台の前へ運ばれた。

「朝倉馨。逃げずにここへ来たことはまず誉めてやろう」

負ける前の悪役のセリフを真剣な表情で語る彼だが、別に俺は自分の意志でここに来たんじゃないんですが……。
まぁそんなこと言ってもこれまた無駄なことぐらいわかりきっている。
俺はあえてひたすらに無言を返した。

「愚鈍なお前にはこの状況が何かなんてわからないだろうから、俺が説明してやる。」

アインシュタインでもわかんねぇよ。と、言ってやりたい衝動を必死に抑え、俺はさらに沈黙を変えす。

「まず、俺たちのことから説明しよう。俺たちは……『六実小春親衛隊』だ!」

「……そんなことだと思ったよ」

何故かキリッという効果音が出ていそうなほどのキメ顔を決める彼らに俺は思いっきりめんどくさそうな視線を向けた。

しかしまぁ、少し考えてみれば六実関連だということはわかる。
今までの平々凡々で、誰にも迷惑をかけず誰ともかかわらずに生活してきた自分ならこのような男子高校生の大群に拉致られるなんてことないだろう。

だが、今の俺には六実小春という見目麗しい彼女(?)がいる。
こんな俺にさらわれる理由があるとしたらこのことに対する嫉妬としか考えられないだろう。

さらに、男たち一人一人を見てみればまだ二十歳にも満たない、いや、俺と同じぐらいの青年ばかりではないか。恐らく、全員俺と同じ学校の生徒なのだろう。

「で? 皆さんは俺を拉致って何したいわけで?」

「そんな余裕な態度をとれるのも今のうちだけだ。すぐに涙を流して懇願するようになるだろうな。「助けてください」と」

死亡フラグ全開の小ボスよろしくニヤニヤしながらそのようなセリフを並べ立てる彼は、言葉をつづける。

「お前は今から俺たちと勝負をしてもらう。この、銃でな!」

彼はポケットに手を突っ込むとそこからハンドガンを取り出し、すぐさま天に向けると、勢いよくトリガーを引いた。
直後、鳴り響く銃声。

「軽いな」

俺は呟く。
本物にしてはその銃声は軽く、玩具じみていた。恐らくはサバイバルゲーム用のガスガンだろう。それもかなりちゃっちいやつ。

あきれる俺の表情を、彼がどう受け取ったのか知らないが、男は意地の悪そうな笑みを浮かべると、横の生徒とアイコンタクトをとった。
そして、その生徒の間を縫って一人の女の子が出てくる。

「……六実?」

たははー、というような苦笑いを浮かべて現れたのは誰でもない、六実小春本人だった。
何故か白いショートドレスに身を包んでいる彼女は俺をすぐに見つけると、ごめんっ、つかまっちゃった、とでもいうように、胸の前で両手を合わせた。

「感づいているかもしれないが、朝倉馨、お前にはいまからサバイバルゲームを行ってもらう。ルールは簡単だ。この山のてっぺんにある俺たちの拠点からこの小春様を奪還し、この広場まで連れてくればお前の勝ちだ。正式に、六実様との交際を認めてやろう」

「てめぇは六実の親かよ……」

「しかーーし! 一度でも被弾すればお前は敗北! 小春様との接触を一切禁ずる!」

驚くほどありがちな展開にぽかーんと口をあんぐり開ける俺のことなどいぞ知らず。男たちは山の奥へ移動を開始した。

「開始は8時ちょうどだ! それ以前にこの広場を出たならお前は不戦敗とする。せいぜい頑張ることだな!」

そう言うと、男は身を翻し山の奥へ消えていった。
続いて六実も少し複雑そうな顔で俺に手を振り、山の奥へ。

しかし、彼女の眼には俺のことを心の底から信じる、強い光があった。

――馨くんなら、大丈夫だよね。

遠くから、そう聞こえた気がする。

まぁ、馬鹿なお遊びかもしれない。以前の俺ならやってられるかとすぐにでもこの広場を飛び出しただろう。
しかし、今は違う。
あいつに、六実に格好悪いところを見せるわけにはいかない。信用を裏切るわけにはいかない。

「――あぁ、大丈夫」

どこからか聞こえた声に、そう返し、俺はポケットのハンドガンを握った。


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