カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第41話 優しく、温かい
いや、やっぱり、明らかになにかがおかしい。
時は月曜日、六実と二人で映画館に行った二日後だ。
いつもと変わらない昼休み。俺はこれまたいつもと変わらず屋上で昼食を摂っていた。
本日のメニューは少し奮発して焼きそばパンにサンドイッチも加えてみた。
購買のサンドイッチはレタスがしゃきしゃきしていてとても美味だという噂は前々から聞いていたのだが、少し値が張るものだから今までは手を伸ばしずらかったのだが、今日の俺は何を思ってかそれを買って食っている。
で、俺がたまに、いや、よくよく思い出せばかなりの頻度で感じているこの違和感の話に移ろう。
俺が今日何に違和感を感じていたかというと、いつもと同じく六実小春という一人の少女に対してだ。
彼女はいつにもまして、哀しい微笑を湛えていた。
もちろん、それも気になるのだが、俺が気になったのはそれだけじゃない。
もう一つ、俺が違和感を覚えたのは、クラスの面々に対してだ。
なんといえばいいだろうか。
今まであったものが唐突に抜け去っていた時のぎこちなさ。
そういうものが教室にはあった。
それが何を表しているのかなんてわかりっこないのだが、俺はそれが気になってしょうがないのだ。
思春期特有のバカな妄想なのかもしれない。
だけど、俺の心には、その消え去った何かに対する怒りや憎しみが未だしっかりと刻まれていた。
それが何に対してなのかもわからないのに。
「か~おるん♪ なに黄昏ちゃってるの?」
突然、俺の眼前に小さな顔が現れた。
長いまつげに、少し悪戯っぽい瞳。
少し青みがかった髪を、耳にかける仕草が妙に艶っぽい。
俺の顔を覗き込む彼女は、我が校の生徒会長、青川静香である。
「お前には関係ねぇよ」
「かおるんつれないなぁ。何かあったんでしょ? 話してみなよ」
「だから何もねぇって」
そう、なにもない。なにも、ない、はず。
俺のぶっきらぼうな態度が気に入らなかったのか、青川はむっと不満そうな顔を見せると、俺を覗き込んでいた顔をもとに戻した。
「……嘘だね」
「なんでそう思う?」
「教室でのかおるんと小春ちゃんの様子を見てればそのくらいわかるよ」
「のぞいてたのかよ」
青川の言う通り、六実はいつもに比べて元気がないようだった。
いや、いつもより六実は明るく、ニコニコと微笑みを振りまいていた。
でも、俺にはそれが無理をしているようにしか見えなかったのだ。
ふとした時に見せる哀しい笑顔。
あれを見るだけで俺は心臓を握りつぶされるかと思うほど辛くなる。
「まぁ、とにかく、小春ちゃんに訊いてみなよ。まずそこからじゃない?」
「んなのわかってるっての……。でも……」
「でも?」
「あいつ、もし何かあったとしても俺には話してくれないだろ」
「あ、知ってるよ、私。かおるんみたいなのを、『へたれ主人公』っていうんでしょ?」
「……は?」
突然に発した青川の言葉に俺は思わず訊きかえしてしまった。
「ばっかだなぁ、かおるんは。そんなの訊く前からうじうじ考えたって何も始まらないじゃん。男ならあたって砕けろっ!」
「俺は告白する前の男子かよ」
しかし、青川の言うことにも一理ある。
何もしないうちからあれやこれやと悩んだって何もわかりゃしない。
まずは何かしら行動を起こしてみないと……。
「じゃ、そういうことで~。頑張りなよ?」
「おい! 青川!」
青川は、にこりと俺に微笑むと、そそくさ屋上から去って行った。
俺の、サンドウィッチを手に持って。
「あいつ、最初っからあれ目当てだったんじゃないだろうな……」
***
考え事があると、時間というものは早く過ぎていくようだ。
いや、時間の流れは年をとるごとに早くなっていくというから……もしかして俺、最近急速に老けてきたのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。昼休みから時間は過ぎ、現在は放課後だ。
ぺちゃくちゃと教室の真ん中で話をしていた何人かの女子たちは、とうにもう帰ってしまったようだ。
それもあるとは思うのだが、教室はあまりに静かすぎる気がする。
特に、教室の後方。
そこはぽっかりと穴が開いたように人がはけておりそこから例の違和感は来ている気がする。
……なにが、そこから消えたのだろう。
「ま、考えても無駄、か……」
俺はそう呟くと、なんだか身体がとてつもなく怠く、机に突っ伏してひと眠りすることにした。
……そして、俺が目を覚ました時には、教室はあたたかい斜光に包まれていた。
あぁ、結構寝てしまったな。
ほんの少しだけ、他のクラスメイトが帰ってしまうころまでのつもりが、半時間ほど寝てしまっていたらしい。
特に急ぐ理由もないのだが、俺はほんの少し手早く帰り支度を整えると、教室をすこし急ぎ足で出た。
廊下の窓から差し込む光はとても優しく、昼間の刺々しい日光とは全く違う色を持っていた。
「あ、馨くん!」
俺がその温かい光に気をとられていると、正面から一人、サイドテールを揺らしながら少女が歩いてきた。
「六実、なんでこんな時間に?」
「今日日直だったんだ。それで、今教室にノートを運んでる途中」
よく見ると、彼女の手には山のようなノートが積まれていた。
「そうか。お疲れ」
「うん。気を付けて帰ってね」
そうして、俺は何とも言えない気まずさの中、六実とすれ違った。
いいのか、これで。
何も聞かないまま今日を終えてしまって。
彼女のあの微笑。
稀に見せる哀しい笑顔。
あの理由を聞かないまま終わってしまって……。
でも、まだ明日だってある。
いくらだってチャンスは……
……いや、だめだろ。
「六実!」
俺は、あとのことなんて考えず、ただそう叫んだ。
彼女はゆっくりこちらを振り向き、どうしたの、と問う。
「えぇっと、その……手伝うよ、それ」
そう言い終えるや否や、俺はすれ違ったばかりの六実に早足で近づき、半分ほどのノートを持った。
「え? ……あ、ありがと」
少し俯き気味でそう言う六実の顔を俺は直視できず、彼女の一歩前を俺は歩き出した。
さっきまでは気にならなかった足音が、二人分になった瞬間に俺の頭にガンガンと響きだす。
いつも通りの歩き方も変じゃないだろうかと気になってしょうがない。
なにか話さないと、と焦れば焦るほど、口が金魚のようにパクパクするだけでなにも声は出ない。
「馨くん、無理しなくていいよ?」
唐突に、後ろから六実の声が聞こえた。
「こうやって、ふたりで歩くだけで私は……幸せ、だから」
六実のその言葉に、俺は思わずにやけてしまいそうになる。
優しく、温かい。この斜光と同じように。
彼女が何を思っているのか、俺は知りたい。
彼女の何が、あそこまで哀しい笑顔を生んでいるのか。
でも、だけれど。
こうやってただ何もなく、静かな時間を共有するというのもいいもの、なんだな。
俺は、温かい光に包まれて、ただただ、穏やかな微笑みを湛えていた。
***
「いやぁ、いい雰囲気でしたねぇ」
「うっせ。いいだろ、別に」
ひゅーひゅーとわざとらしくはやし立てるティアは極力無視しつつ、俺は自転車を押していた。
閑静な住宅街には歩く人もあまりおらず、普通にティアは喋っている。
教室までノートを運び終えた後、俺と六実はともに途中まで一緒に帰り、そして、ちょうど今さっき別れたところだ。
にこやかに手を振る六実と別れた直後、待ってましたとでも言うようにティアがわいわい騒ぎだした。
ったく、邪魔以外の何者でもない。
「あー。馨さん、今私のこと邪魔とか思ったでしょ?」
心読むなよ、これじゃ無視してる意味ないじゃねぇか。
「なら普通に喋ればいいじゃないですか」
そんなの嫌に決まってるだろ。お前純粋にうざいし。
「ひ、ひどい! 女の子にそんなこと言うなんて……!」
「おいティア! 普通に俺の頭の中と会話してんじゃねぇ!」
「おぉ、やっと喋ってくれましたか」
くそ、そこまで計算済みだったか。
「そのと~り♪(タケモトピアノ社長風に)」
もう、ここまで完璧に心を読まれると、なんだかどうでもよくなってきて、俺はただひたすらに自転車を押すことに集中した。
「あ、そういえば馨さん。小春さんの好感度、知ってますか?」
「……いくつだ?」
俺は少し考えたものの、やっぱり好奇心ってやつには勝てず、そう訊いてしまった。
「なんとですね……36%です」
ティアのその言葉の直後、住宅街にはゆっくりとした沈黙が流れた。
かぁーかぁーという、間延びしたカラスの声が耳に入ってきたものの、それは逆の耳からそのまま出ていった。
「ほとんど変わってねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!」
かぁ、かぁ、ぁ、ぁ、ぁ……
風呂場で叫んだ時のように俺の声は反響し、ゴミ捨て場に溜まっていたカラスが一斉に飛び立った。
時は月曜日、六実と二人で映画館に行った二日後だ。
いつもと変わらない昼休み。俺はこれまたいつもと変わらず屋上で昼食を摂っていた。
本日のメニューは少し奮発して焼きそばパンにサンドイッチも加えてみた。
購買のサンドイッチはレタスがしゃきしゃきしていてとても美味だという噂は前々から聞いていたのだが、少し値が張るものだから今までは手を伸ばしずらかったのだが、今日の俺は何を思ってかそれを買って食っている。
で、俺がたまに、いや、よくよく思い出せばかなりの頻度で感じているこの違和感の話に移ろう。
俺が今日何に違和感を感じていたかというと、いつもと同じく六実小春という一人の少女に対してだ。
彼女はいつにもまして、哀しい微笑を湛えていた。
もちろん、それも気になるのだが、俺が気になったのはそれだけじゃない。
もう一つ、俺が違和感を覚えたのは、クラスの面々に対してだ。
なんといえばいいだろうか。
今まであったものが唐突に抜け去っていた時のぎこちなさ。
そういうものが教室にはあった。
それが何を表しているのかなんてわかりっこないのだが、俺はそれが気になってしょうがないのだ。
思春期特有のバカな妄想なのかもしれない。
だけど、俺の心には、その消え去った何かに対する怒りや憎しみが未だしっかりと刻まれていた。
それが何に対してなのかもわからないのに。
「か~おるん♪ なに黄昏ちゃってるの?」
突然、俺の眼前に小さな顔が現れた。
長いまつげに、少し悪戯っぽい瞳。
少し青みがかった髪を、耳にかける仕草が妙に艶っぽい。
俺の顔を覗き込む彼女は、我が校の生徒会長、青川静香である。
「お前には関係ねぇよ」
「かおるんつれないなぁ。何かあったんでしょ? 話してみなよ」
「だから何もねぇって」
そう、なにもない。なにも、ない、はず。
俺のぶっきらぼうな態度が気に入らなかったのか、青川はむっと不満そうな顔を見せると、俺を覗き込んでいた顔をもとに戻した。
「……嘘だね」
「なんでそう思う?」
「教室でのかおるんと小春ちゃんの様子を見てればそのくらいわかるよ」
「のぞいてたのかよ」
青川の言う通り、六実はいつもに比べて元気がないようだった。
いや、いつもより六実は明るく、ニコニコと微笑みを振りまいていた。
でも、俺にはそれが無理をしているようにしか見えなかったのだ。
ふとした時に見せる哀しい笑顔。
あれを見るだけで俺は心臓を握りつぶされるかと思うほど辛くなる。
「まぁ、とにかく、小春ちゃんに訊いてみなよ。まずそこからじゃない?」
「んなのわかってるっての……。でも……」
「でも?」
「あいつ、もし何かあったとしても俺には話してくれないだろ」
「あ、知ってるよ、私。かおるんみたいなのを、『へたれ主人公』っていうんでしょ?」
「……は?」
突然に発した青川の言葉に俺は思わず訊きかえしてしまった。
「ばっかだなぁ、かおるんは。そんなの訊く前からうじうじ考えたって何も始まらないじゃん。男ならあたって砕けろっ!」
「俺は告白する前の男子かよ」
しかし、青川の言うことにも一理ある。
何もしないうちからあれやこれやと悩んだって何もわかりゃしない。
まずは何かしら行動を起こしてみないと……。
「じゃ、そういうことで~。頑張りなよ?」
「おい! 青川!」
青川は、にこりと俺に微笑むと、そそくさ屋上から去って行った。
俺の、サンドウィッチを手に持って。
「あいつ、最初っからあれ目当てだったんじゃないだろうな……」
***
考え事があると、時間というものは早く過ぎていくようだ。
いや、時間の流れは年をとるごとに早くなっていくというから……もしかして俺、最近急速に老けてきたのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。昼休みから時間は過ぎ、現在は放課後だ。
ぺちゃくちゃと教室の真ん中で話をしていた何人かの女子たちは、とうにもう帰ってしまったようだ。
それもあるとは思うのだが、教室はあまりに静かすぎる気がする。
特に、教室の後方。
そこはぽっかりと穴が開いたように人がはけておりそこから例の違和感は来ている気がする。
……なにが、そこから消えたのだろう。
「ま、考えても無駄、か……」
俺はそう呟くと、なんだか身体がとてつもなく怠く、机に突っ伏してひと眠りすることにした。
……そして、俺が目を覚ました時には、教室はあたたかい斜光に包まれていた。
あぁ、結構寝てしまったな。
ほんの少しだけ、他のクラスメイトが帰ってしまうころまでのつもりが、半時間ほど寝てしまっていたらしい。
特に急ぐ理由もないのだが、俺はほんの少し手早く帰り支度を整えると、教室をすこし急ぎ足で出た。
廊下の窓から差し込む光はとても優しく、昼間の刺々しい日光とは全く違う色を持っていた。
「あ、馨くん!」
俺がその温かい光に気をとられていると、正面から一人、サイドテールを揺らしながら少女が歩いてきた。
「六実、なんでこんな時間に?」
「今日日直だったんだ。それで、今教室にノートを運んでる途中」
よく見ると、彼女の手には山のようなノートが積まれていた。
「そうか。お疲れ」
「うん。気を付けて帰ってね」
そうして、俺は何とも言えない気まずさの中、六実とすれ違った。
いいのか、これで。
何も聞かないまま今日を終えてしまって。
彼女のあの微笑。
稀に見せる哀しい笑顔。
あの理由を聞かないまま終わってしまって……。
でも、まだ明日だってある。
いくらだってチャンスは……
……いや、だめだろ。
「六実!」
俺は、あとのことなんて考えず、ただそう叫んだ。
彼女はゆっくりこちらを振り向き、どうしたの、と問う。
「えぇっと、その……手伝うよ、それ」
そう言い終えるや否や、俺はすれ違ったばかりの六実に早足で近づき、半分ほどのノートを持った。
「え? ……あ、ありがと」
少し俯き気味でそう言う六実の顔を俺は直視できず、彼女の一歩前を俺は歩き出した。
さっきまでは気にならなかった足音が、二人分になった瞬間に俺の頭にガンガンと響きだす。
いつも通りの歩き方も変じゃないだろうかと気になってしょうがない。
なにか話さないと、と焦れば焦るほど、口が金魚のようにパクパクするだけでなにも声は出ない。
「馨くん、無理しなくていいよ?」
唐突に、後ろから六実の声が聞こえた。
「こうやって、ふたりで歩くだけで私は……幸せ、だから」
六実のその言葉に、俺は思わずにやけてしまいそうになる。
優しく、温かい。この斜光と同じように。
彼女が何を思っているのか、俺は知りたい。
彼女の何が、あそこまで哀しい笑顔を生んでいるのか。
でも、だけれど。
こうやってただ何もなく、静かな時間を共有するというのもいいもの、なんだな。
俺は、温かい光に包まれて、ただただ、穏やかな微笑みを湛えていた。
***
「いやぁ、いい雰囲気でしたねぇ」
「うっせ。いいだろ、別に」
ひゅーひゅーとわざとらしくはやし立てるティアは極力無視しつつ、俺は自転車を押していた。
閑静な住宅街には歩く人もあまりおらず、普通にティアは喋っている。
教室までノートを運び終えた後、俺と六実はともに途中まで一緒に帰り、そして、ちょうど今さっき別れたところだ。
にこやかに手を振る六実と別れた直後、待ってましたとでも言うようにティアがわいわい騒ぎだした。
ったく、邪魔以外の何者でもない。
「あー。馨さん、今私のこと邪魔とか思ったでしょ?」
心読むなよ、これじゃ無視してる意味ないじゃねぇか。
「なら普通に喋ればいいじゃないですか」
そんなの嫌に決まってるだろ。お前純粋にうざいし。
「ひ、ひどい! 女の子にそんなこと言うなんて……!」
「おいティア! 普通に俺の頭の中と会話してんじゃねぇ!」
「おぉ、やっと喋ってくれましたか」
くそ、そこまで計算済みだったか。
「そのと~り♪(タケモトピアノ社長風に)」
もう、ここまで完璧に心を読まれると、なんだかどうでもよくなってきて、俺はただひたすらに自転車を押すことに集中した。
「あ、そういえば馨さん。小春さんの好感度、知ってますか?」
「……いくつだ?」
俺は少し考えたものの、やっぱり好奇心ってやつには勝てず、そう訊いてしまった。
「なんとですね……36%です」
ティアのその言葉の直後、住宅街にはゆっくりとした沈黙が流れた。
かぁーかぁーという、間延びしたカラスの声が耳に入ってきたものの、それは逆の耳からそのまま出ていった。
「ほとんど変わってねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!」
かぁ、かぁ、ぁ、ぁ、ぁ……
風呂場で叫んだ時のように俺の声は反響し、ゴミ捨て場に溜まっていたカラスが一斉に飛び立った。
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