カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい

陽本奏多

第38話 だけど、それでも……

青い空、白い雲。どこにでもあるようなそんな空の下、我が校の校庭では非日常的な光景が繰り広げられていた。
俺を囲んでいた生徒たちはスタートの合図後すぐに、手に持っていたお手玉を振りかぶり、そのまま俺の方へと全力投球。
もちろん、そんなものを黙って受けるほど俺は穏便な性格ではなく、(まぁどんなに穏便でもあのお手玉当てられて黙ってる奴なんていないだろうけど)玉が白組の連中の手から離れる直前に俺は人と人の間を掻い潜って奴らの包囲網から脱出した。

そう、これが我が校に代々伝わる「玉入れ」だ。
……とか言われてもなんのこっちゃといった感じだと思うので、一応説明しておこう。

この玉入れは、普通の玉入れと同じく籠にどちらのチームが多く玉を入れられるか競う競技である。
しかし、この競技に使われる籠は恐ろしいほど長い棒の先端に固定されている。したがって、普通に地上から玉を投げて入る訳もなく、生徒たちはやがてある作戦を決行しだした。
それは、敵チームの一人がすることになっている籠役にお手玉を思いっきり投げつけ、籠役を倒してから籠にお手玉を入れるという作戦だ。
もちろん、この作戦が使われ始めた当初はいろいろと問題もあったらしいが、今ではルールも少しずつ統制されてきてけが人も減っては来ているらしい。

とまぁルール説明もほどほどに俺は何やら叫びながらお手玉を投げつけてくる白組の連中に集中するとしよう。
籠をえっさほいさと運びながら走る俺に、奴らは慈悲の欠片も見せずひたすらお手玉を投げつけてくる。
先ほどから何発か背中にくらってはいるが、そこまで致命的な痛さではなく、俺は逃走を続けていた。

ちらりと後ろを見やれば追手は最初と比べると半分ほどに減っていた。恐らく、仲間の流れ弾をくらったのだろう。

俺はその尊い犠牲者たちの冥福を心の端で祈りつつ、ただひた走る。
しかし、帰宅部の俺に長時間走れるほどの体力があるわけもなく、敵はどんどん距離を詰めてきていた。
瞬間、俺は後頭部に鈍い衝撃を感じた。

それと同時に全身からふっと力が抜け、俺はゆっくりと地面に倒れ込んだ。
頭を地面にぶつけたせいか、くらくらとして思考もはっきりしない。
ただ感じるのは口に入った砂の、じゃりっとした歯触りだけ。

後ろから聞こえてきた足音はどんどんと大きくなっていき、やがてその音は俺の傍で止まった。

やばい。俺は本能的にそう感じ取ったが、何故か体が全く動いてくれない。
まぁ所詮は学校行事だしな。と、半ばあきらめかけていたとき、俺は自分が青白い光に包まれていることに気付いた。
これは……あいつか。

俺を追ってきた白組の一人がお手玉を振りかざした瞬間、俺……というか俺の体は、そこに在った玉入れ籠の棒部分で白組の一人を打ち叩いた。
その反動を利用して立ち上がった俺はとてつもなく長い棒を頭上で楽しげにくるくると回すと、にっと悪戯っぽく笑った。

ぽかんと口を開けて阿呆面を晒していた白組の連中は我に返った途端、再び俺への投擲を再開した。
しかし、これが面白いくらいに当たらない。

俺はすべての玉の軌道を読み、のらりくらりとした最小限の動きで玉を避けていく。
途中からはただ避けるのに飽きてきたのか側転やバック転なども織り交ぜ華麗な蝶の如く俺は舞っていた。
そんな中常に笑顔を湛えていた俺は、傍から見れば相当気持ち悪かったに違いない。

「じゃ、そろそろ終わりにしますね。いいですよね、馨さん」

俺の口は俺の意思に反してそう言った。
俺は心の中でそっとそれを肯定すると、それを感じ取ったのか俺の体は敵の玉を棒で打ち返しその投げた本人に当てて見せた。
完全な死角、後ろからの玉も俺はノールックで打ち返し、一人撃破。

そして、相手の一人へ急速に近づき、棒で足を払う。それをまるでバレーのトスのように軽く突き飛ばし、横にいた二人ともども倒した。
懲りずに投げ続けるお手玉を振り向きざまに打ち返し、俺は最後の一人に向かって走り出した。
そいつは顔を恐怖に染めながらもしっかりとしたコントロールで俺へ玉を投げた。
それが当たるか当たらないかという瞬間、俺は跳んだ。

棒高跳び、という種目をご存じだろうか。まさに今の動きはあれだった。
俺は敵の玉が当たる直前、玉入れ籠の棒を使って跳躍し、相手の背後に降り立った。

「はい、おしまい」

ポンと首筋を打ってやると彼は気絶し崩れ落ちた。
それと共に、体は俺の意識の下へ戻り、かくんと力が抜けて膝をついた。

「試合しゅうりょ~う! 買ったのは二年の朝倉馨先輩が大活躍を見せた紅組です!」

間延びした実況の声と共にぱんっと軽いピストルの音が校庭に響く。その後、客席からどっと歓声が上がった。

紅組の方を見れば、無事白組の棒役を倒せたようで、赤い鉢巻きの中心で一人白い鉢巻きが伸びていた。
あ~、なんというか……ご愁傷様。

とにかく、なんか勝ってしまったようだ。
応援席の方を見れば六実が本当に嬉しそうに、凛がどことなく誇らしげに、青川が面白いものをみたという風に微笑んでいた。
六実は俺と目が合うと、手をこちらに伸ばしてぐっと親指を立てた。
俺はそれに少し微笑み返すと、立ち上がり再び救護班のテントへと戻った。

「いやぁ、馨さん! 大活躍でしたねぇ」
「何言ってんだ。どうせおまえだろ?」
「あれ? わかってました?」

テントの椅子に腰を下ろした俺はスマホの中でニヤニヤ笑うティアに少し恐怖を感じていた。
今さっきの玉入れで俺があんなに動けたのは、俺にティアが乗り移った、というか俺の中にティアが入り、体の主導権を握ったからだと推測される。
もちろん、今回はこの上なく助かったのだが、考え方によっては相当危険な事実が発覚したということにもならないだろうか。

俺はティアに体の主導権を握られているとき、一切自分の行動を制御できなかった。
これをもし、ティアが悪用すれば……

「つまり、俺自身を人質にとったということか?」
「ぶっちゃけ、そういうことになりますね」

あの日、会議室で見せたあの寒々しい笑顔。
あれが何を意味しているのかは分からないが、ティアが何を言いたいかはわかる。

ティアは、俺の行動をコントロールしようとしているのだ。
つまり、もし俺がティアの意に背くようなことをすれば、俺の体へ乗り移り、朝倉馨という人間に危害を与える。それが嫌ならおとなしく私の言う通りにしろと言うことなのだろう。

「でも、勘違いしないでくださいね。私は、いつもいつでも馨さんの味方です」
「味方? 何言って――」
「言ってしまえば、私がしていることは馨さん自身が望んだことなのです。ほら、いつも言うじゃないですか。いい未来へのフラグ立てです。だから……」

だから、その言葉を境にティアは黙り込んだ。
先ほどまで仰々しく鳴り響いていた運動会独特のBGMはいつの間にか鳴り響いている。いや、違うか。俺がただひたすらにティアを見つめているせいで他の情報が脳に入ってきていないのだ。
そして、ティアは自らその沈黙を破った。

「だから、私をどうか信じてください。嘘も虚言も空言も妄語も造言もしますが、どうか、私を信じてください」

ここまで、必死そうなティアを見たのは初めてかもしれない。
ただスマホのディスプレイに映る絵なのに何故ここまで真摯さの様な物が伝わってくるのだろうか。
そうだ。そうだった。ティアは、いつもいつだって俺のことを考えてくれていたのだ。たとえ、その時にはわからなくとも、彼女の言動はいつだって俺を良い未来へ導いてきた。

「ったく……わかったよ。期待してるからな、お前が言ういい未来ってやつを」

少し視線を逸らしながらそう言った俺に、ティアは少し驚いていたようだったが、すぐにクスッと微笑み、「はいっ」と満点の返事を聞かせてくれた。

自分でも、何故こんな返事をしたか理解できない。今までのティアの言動を考えると、この返事は狂ったものとみられるのかもしれない。
だけど、それでも……。長い間一緒にいたせいだろうか。不覚にも、こいつを信じてみたいなんて思ってしまった。





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