カノジョの好感度が上がってないのは明らかにおかしい
第31話 弱いから
「馨くん……? 大丈夫?」
近くから優しく心地よい声が聞こえた気がしたが、俺の思考は一切その声に向けられなかった。俺は今にも崩れ落ちそうになる体を支えるのに必死で一切何も考えられなかったと言ってもいい。そのくらい俺の全身は不安、いや恐怖に怯えていた。
消える。またリセット。消滅。消去。消失。寂滅。消散。消える。消えていく。また、またこれだ。
あぁ、もういいや。もういいよね。
俺は自分をそう正当化し、諦めた。だって何したってどう行動したって何を積み重ねたって結局は消えていくんだ。それをいつまでも続けていくなんて馬鹿げてる。それこそ狂っているというものだ。
「もう、嫌だ」
俺は一言そう言った後、床に崩れ落ちた。俺の目の下の床はなぜか濡れて染みができている。
頬に感じる床の感触はとても硬く、冷たかった。だが、俺はこれでいいのだと思う。あまりに暖かかったら後の冷たさが辛く感じるから。
「馨くんはどうしたいの?」
突然、それは聞こえてきた。優しく、それでいて凛としている母のような声。
「私は何が起きてるかわからないけど……」
そう続ける声の主は、俺の頭をゆっくり抱えると自分の膝上へ置いた。そこから頬に伝わってくるあたたかみに俺は全身溶かされてしまうのではないかという危機感に襲われたが、一瞬にしてその感情は安心感という別の感情に入れ替わった。
「馨くんが必死に頑張ってるのはわかる。だから……」
「自分が、自分自身がどうしたいか、それを一番に考えて動けばいいんじゃないかな? ごめんね、無責任だね。でもこのくらいしか馨くんの役に立てることはなくて」
彼女はそう言い、少しふふっと笑った。
俺自身がしたいこと。俺が、俺自身がどうしたいのか。そんな風な未来を築きたいのか。
全て、心の中ではわかってた。でも自信が無くて、怖くて、俺はそれから目を逸らしていただけだった。
だけど、もう俺がやるべきことは決まってる。これが正しいことかなんてわからないしわかりたいとも思わない。俺がそうしたいのだからそれでいいのだ。独善だと、独りよがりだと言う奴らには言わせておけ。全て俺が決める。
俺はそう心を決めると、六実の膝枕から飛び起きた。一言六実にありがとうと告げ、俺は部屋の外へ。
階段を2段飛ばしで登り、注意しようと近づいてくる風紀委員に後でいくらでも叱られるからと言って見逃してもらい、俺は2-1までやってきた。
「望月凛! 凛、いるか!」
「どうした馨。そんなに息を切らして」
「ちょっと来てくれ!」
俺は凛の顔が見えた瞬間、彼女に駆け寄って手を取った。凛は相当驚いているようだったが、俺は構わず全力疾走を始める。
意外と壊れやすそうな凛の腕を引き俺は階段を駆け上った。ぜえぜえと息は切れかけているが今はそんなの気にしていられない。
そして、俺は最上階の扉を開き、外へ出た。 それと同時に授業開始を知らせるチャイムが鳴る。
「……なんのつもりだ、馨」
「ちょっと話したいことがあってな」
俺はいつもより少し低めにそう言った。額からは汗が噴き出し、手は俺の意思を無視して震えている。
「凛、落ち着いて聞いてくれ。俺は今からとんでもない事を言う。だけど、しっかり聞いてくれ」
俺のその言葉に凛は姿勢を正し、一つ頷いた。
全身の毛穴という毛穴が全て開き、汗が出てきているのを感じる。肌は粟立ち、手は未だに震えている。
だけど、俺は言わなければならない。この言葉を。彼女に伝えなければならない。
俺は震える手を深呼吸して止め、気持ちを落ち着けた。
「もう、俺に近づかないでくれ」
俺のその一言を最後に、屋上には沈黙が流れた。
俺はただ俯き、凛はいつもの態度からは想像できないほどの驚愕を顔に浮かべている。それは、ただの驚き。失望や悲しみに行き着く前の驚きだろう。
そして、彼女の唇がわなわな震え始める。
「馨、なぜだ? なぜそんなこと言う……」
「凛が離れてくれないと……大変な事になるんだ」
「大変なこと? 大変なことってなんだ。もう少し私にもわかるようにーー」
「うっさいな!!!!」
何かを探すかのように視線を動かしながら俺に再び説明を求めてきた凛に、俺はそう怒声を浴びせた。
「言わなきゃわかんないのかよ!! お前が邪魔なんだよ! 鬱陶しいんだよ! 消えて欲しいんだよ! もう顔も見たくもないんだよ! 」
「そんな、わけ……馨は……」
「だから黙れ!!!」
……何と彼女は続けるのだろうか。俺は一瞬気になったが、俺はあえてその言葉を遮った。その先を聞いてしまったら、もうこれを続けられなくなりそうだから。
「喋り方もおかしいんだよ! 女なのに男みたいな喋り方でさ!!!」
凛の喋り方が好きだ。女の子なのに強く、芯を持って生きようとする気持ちが伝わってくる。
「笑い方も気持ち悪いんだよ! 吐き気がするほどで我慢するこっちの身にもなってくれよ!!!」
凛のたまに見せる微笑みが好きだ。いつもは大人びているのに急に幼い頃に戻ったような感じがする。
「馨……?」
「性格が嫌いだ! 立ち振る舞いが嫌いだ! 服装が嫌いだ! 俺は、お前が……大っ嫌いだ!!!」
俺がそう言い切ると、凛は何かに打たれたかのように一瞬で無表情になった。言った俺はといえば、肩で息をしながら自分が言ったことの酷さを考えていた。
「勝手に消えて、突然現れ、今度は私に消えろだと? ふざけるな……」
凛はそれだけただ呟くと、俺の横を通り過ぎ、屋上から立ち去った。
「ティア、好感度」
「はい、43パーセントです」
「まだそんなに……信じたって無駄ってことぐらい気づけよ……」
俺はそう言い、空を見上げる。
見事、今回の凛の好感度を下げよう作戦は成功。その証拠として凛の好感度は43パーセントまで下がった。これであとは凛と会わないならいい。だけど……
「……わがままだと、思うか……?」
「はい、わがままです」
俺が空から目を離さずに呟くと、そんな言葉だけが帰ってきた。当たり前の返答だろう。
俺は凛に忘れられたくなくて、もう消えてほしくなくて彼女を傷つけた。俺の都合で彼女の胸に傷を負わせたのだ。自分が傷つきたくないから。
 だってそうだろ。他人と自分、どちらかが傷つかなければいかないとしたら誰だって他人に傷ついてもらう。
 自分より他人が大事なんて言う偽善者は本当の意味で傷ついたことがないんだよ。
「また、自分を正当化するんですか?」
ポケットから、静かな少女の声が聞こえる。
「……だめか?」
「……そうやって、他人に答えを求めてばかりですよね。馨さんって」
そう言うと、話は終わりだというようにプツリという音がして俺たちの会話は終了した。
正当化して何が悪い。俺みたいな弱い人間が無駄なことしても、結局それは全滅を招くだけだ。それなら俺だけでも助かる方がいいに決まってる。の、はずなんだが、そのはず、なのに……
「なんで泣いてんだよ、俺」
頬を、透明で濁った雫が曲線を描いて伝っていった。
近くから優しく心地よい声が聞こえた気がしたが、俺の思考は一切その声に向けられなかった。俺は今にも崩れ落ちそうになる体を支えるのに必死で一切何も考えられなかったと言ってもいい。そのくらい俺の全身は不安、いや恐怖に怯えていた。
消える。またリセット。消滅。消去。消失。寂滅。消散。消える。消えていく。また、またこれだ。
あぁ、もういいや。もういいよね。
俺は自分をそう正当化し、諦めた。だって何したってどう行動したって何を積み重ねたって結局は消えていくんだ。それをいつまでも続けていくなんて馬鹿げてる。それこそ狂っているというものだ。
「もう、嫌だ」
俺は一言そう言った後、床に崩れ落ちた。俺の目の下の床はなぜか濡れて染みができている。
頬に感じる床の感触はとても硬く、冷たかった。だが、俺はこれでいいのだと思う。あまりに暖かかったら後の冷たさが辛く感じるから。
「馨くんはどうしたいの?」
突然、それは聞こえてきた。優しく、それでいて凛としている母のような声。
「私は何が起きてるかわからないけど……」
そう続ける声の主は、俺の頭をゆっくり抱えると自分の膝上へ置いた。そこから頬に伝わってくるあたたかみに俺は全身溶かされてしまうのではないかという危機感に襲われたが、一瞬にしてその感情は安心感という別の感情に入れ替わった。
「馨くんが必死に頑張ってるのはわかる。だから……」
「自分が、自分自身がどうしたいか、それを一番に考えて動けばいいんじゃないかな? ごめんね、無責任だね。でもこのくらいしか馨くんの役に立てることはなくて」
彼女はそう言い、少しふふっと笑った。
俺自身がしたいこと。俺が、俺自身がどうしたいのか。そんな風な未来を築きたいのか。
全て、心の中ではわかってた。でも自信が無くて、怖くて、俺はそれから目を逸らしていただけだった。
だけど、もう俺がやるべきことは決まってる。これが正しいことかなんてわからないしわかりたいとも思わない。俺がそうしたいのだからそれでいいのだ。独善だと、独りよがりだと言う奴らには言わせておけ。全て俺が決める。
俺はそう心を決めると、六実の膝枕から飛び起きた。一言六実にありがとうと告げ、俺は部屋の外へ。
階段を2段飛ばしで登り、注意しようと近づいてくる風紀委員に後でいくらでも叱られるからと言って見逃してもらい、俺は2-1までやってきた。
「望月凛! 凛、いるか!」
「どうした馨。そんなに息を切らして」
「ちょっと来てくれ!」
俺は凛の顔が見えた瞬間、彼女に駆け寄って手を取った。凛は相当驚いているようだったが、俺は構わず全力疾走を始める。
意外と壊れやすそうな凛の腕を引き俺は階段を駆け上った。ぜえぜえと息は切れかけているが今はそんなの気にしていられない。
そして、俺は最上階の扉を開き、外へ出た。 それと同時に授業開始を知らせるチャイムが鳴る。
「……なんのつもりだ、馨」
「ちょっと話したいことがあってな」
俺はいつもより少し低めにそう言った。額からは汗が噴き出し、手は俺の意思を無視して震えている。
「凛、落ち着いて聞いてくれ。俺は今からとんでもない事を言う。だけど、しっかり聞いてくれ」
俺のその言葉に凛は姿勢を正し、一つ頷いた。
全身の毛穴という毛穴が全て開き、汗が出てきているのを感じる。肌は粟立ち、手は未だに震えている。
だけど、俺は言わなければならない。この言葉を。彼女に伝えなければならない。
俺は震える手を深呼吸して止め、気持ちを落ち着けた。
「もう、俺に近づかないでくれ」
俺のその一言を最後に、屋上には沈黙が流れた。
俺はただ俯き、凛はいつもの態度からは想像できないほどの驚愕を顔に浮かべている。それは、ただの驚き。失望や悲しみに行き着く前の驚きだろう。
そして、彼女の唇がわなわな震え始める。
「馨、なぜだ? なぜそんなこと言う……」
「凛が離れてくれないと……大変な事になるんだ」
「大変なこと? 大変なことってなんだ。もう少し私にもわかるようにーー」
「うっさいな!!!!」
何かを探すかのように視線を動かしながら俺に再び説明を求めてきた凛に、俺はそう怒声を浴びせた。
「言わなきゃわかんないのかよ!! お前が邪魔なんだよ! 鬱陶しいんだよ! 消えて欲しいんだよ! もう顔も見たくもないんだよ! 」
「そんな、わけ……馨は……」
「だから黙れ!!!」
……何と彼女は続けるのだろうか。俺は一瞬気になったが、俺はあえてその言葉を遮った。その先を聞いてしまったら、もうこれを続けられなくなりそうだから。
「喋り方もおかしいんだよ! 女なのに男みたいな喋り方でさ!!!」
凛の喋り方が好きだ。女の子なのに強く、芯を持って生きようとする気持ちが伝わってくる。
「笑い方も気持ち悪いんだよ! 吐き気がするほどで我慢するこっちの身にもなってくれよ!!!」
凛のたまに見せる微笑みが好きだ。いつもは大人びているのに急に幼い頃に戻ったような感じがする。
「馨……?」
「性格が嫌いだ! 立ち振る舞いが嫌いだ! 服装が嫌いだ! 俺は、お前が……大っ嫌いだ!!!」
俺がそう言い切ると、凛は何かに打たれたかのように一瞬で無表情になった。言った俺はといえば、肩で息をしながら自分が言ったことの酷さを考えていた。
「勝手に消えて、突然現れ、今度は私に消えろだと? ふざけるな……」
凛はそれだけただ呟くと、俺の横を通り過ぎ、屋上から立ち去った。
「ティア、好感度」
「はい、43パーセントです」
「まだそんなに……信じたって無駄ってことぐらい気づけよ……」
俺はそう言い、空を見上げる。
見事、今回の凛の好感度を下げよう作戦は成功。その証拠として凛の好感度は43パーセントまで下がった。これであとは凛と会わないならいい。だけど……
「……わがままだと、思うか……?」
「はい、わがままです」
俺が空から目を離さずに呟くと、そんな言葉だけが帰ってきた。当たり前の返答だろう。
俺は凛に忘れられたくなくて、もう消えてほしくなくて彼女を傷つけた。俺の都合で彼女の胸に傷を負わせたのだ。自分が傷つきたくないから。
 だってそうだろ。他人と自分、どちらかが傷つかなければいかないとしたら誰だって他人に傷ついてもらう。
 自分より他人が大事なんて言う偽善者は本当の意味で傷ついたことがないんだよ。
「また、自分を正当化するんですか?」
ポケットから、静かな少女の声が聞こえる。
「……だめか?」
「……そうやって、他人に答えを求めてばかりですよね。馨さんって」
そう言うと、話は終わりだというようにプツリという音がして俺たちの会話は終了した。
正当化して何が悪い。俺みたいな弱い人間が無駄なことしても、結局それは全滅を招くだけだ。それなら俺だけでも助かる方がいいに決まってる。の、はずなんだが、そのはず、なのに……
「なんで泣いてんだよ、俺」
頬を、透明で濁った雫が曲線を描いて伝っていった。
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