八咫の皇女は奇病を食む ~おてんば娘の討魔奇譚~

Mt.hachi_MultiFace

十八:「朝から生会議 主に二人で 時々三人」

「御手をば!」
 その、いつものように壱子の挨拶で食事が始まった朝。
 茉莉の用意した食事を粛々と平らげた三人は、これまた粛々と食器を片付け、女将の起きぬ前にその日一日の予定について話し合うことにした。その口火を切ったのは、平間である。
「まず始めに、質問があれば挙手願います。それでは今日の予定ですが、まず森へ入って調査を行いたいと思います」
 すかさず茉莉が手を挙げる。
「はい、茉莉殿」
「森に入ったら、死ぬのではありませんか?」
「その通りです。ですが、森に入らねば調査できませんので、入ります。はい、茉莉殿」
「もう一度言いますが、森に入ったら死ぬのでは?」
「そうかもしれません。ですが、ひとまず私の考えを聞いてください」
 そう言うと、平間は傍らに用意しておいた一枚の紙を広げる。紙には、いくつかの図とそれについての簡単な説明書きが記されていた。
「あの森の呪いについてですが、何らかの要因によって引き起こされている疾病しっぺいであると考えて間違いありません。そもそも、これまでの調査資料から分かっていることをまとめますと、疾病の要因は大きく分けて二つあり、一つは体の外から異物が入った場合、もう一つは体そのものが何らかの変化を遂げているものです。私たち和倉係ではこれらをそれぞれ、外因性疾患と内因性疾患と呼称しています」
 今度は壱子が手を挙げた。
「はい、殿下」
「体が何らかの変化を遂げる、とはどういうことじゃ?」
「確かに、それはなかなか想像しにくいですよね。異物が入る事で起こる疾病は、熱が入る熱傷や、種々の毒が入ることで死に至ったすることなど、様々な分かりやすい例が存在します。それに対し、体がおのずから変化する例は、あまり一般的ではありません。ですが近年の研究成果として、皇都内で死亡した老人のおよそ半分の物の臓腑ぞうふ*から、体内を食い破ろうとするこぶのようなものが自然発生的に出現していることが分かりました。詳しくはまだ調査中ですが、今のところは頭の片隅に留めておいていただければと思います。はい、殿下」
「私付きの侍女に生まれつき左腕が短い者がいたが、あれはそれとは違うのか」
「非常にいい質問です。おそらくその方は、腕に奇形を持っていたのでしょう。その奇形も生まれるまでに体が形成される過程で生じるものであるため、二つ目に分類されます。ですが、皇国領内で発生する奇形は地域的特異性が非常に高い、すなわち、特定の地域でのみ高い頻度で発生することがわかっています。このことから、奇形も母体が何らかの外部の影響を受けて生じるもの、つまり一つ目の、何らかの異物が入った事による疾病にも分類できるのです。以上の説明でよろしいですか?」
「うむ、良く分かった」
 満足げに言う壱子を、茉莉が驚いたように見る。
「え、わかったんですか……あれで」
「ああ、どうかしたか?」
「……そうですか」
 あとで個人的に聞きに行こう、と思った茉莉であった。再び平間が口を開く。
「さて、それでは話を進めます。今回は『森へ入った者が謎の病にかかっている』ことから、明らかに森にある何かが影響を与えていることが分かります。そのため、この“勝美森百日病かつみのもりひゃくにちびょう”は先ほどの二つのうちで言えば一つ目、外因性疾患だと思われます」
「つまり、外から悪い物が入ってくるやつじゃな」
 壱子が合いの手を入れる。なるほどなるほど、と茉莉がうなずいた。きっと、壱子なりの気遣いであろう。
「はい。そこで、その悪いものとは何かを調べるのが今回の目的です。選択肢として考えられるのは、空気、水、食物、人、そして動植物ですが、ここからいくつか削ることが出来るでしょう。どれだと思いますか? はい、茉莉殿」
「人ではないでしょうか!? 森に人はいないので!」
「正解です。加えて、『森に入った人と接触したが、自身は森に入っていない人』が病気にかかっていないこともその根拠になります」
 茉莉が、ほっとしたように胸をなでおろす。次いで、壱子が手を挙げた。
「なあ、その食物と言うのはどうなのじゃ? 皿江穂は、森で取った動物を食したと言っておったが、ぴんぴんしているぞ」
「それについては、その話だけで判断することは出来ません。この疾病には毒素が悪く働く最低の量、すなわち“閾値いきち”が存在する可能性があるからです。例えば鉛は、一般の人が生活の上で接する分には無害ですが、鉛で汚染された水を日常的に飲むといった過剰な接触を行うと、貧血などの悪影響を及ぼすことが知られています。今回の皿江穂殿の話も同様で、一回食べただけではその閾値に達することは無く、結果として発病を免れた可能性があることから、彼の例だけで食物原因説を除外することは出来ません」
「なるほどのう」
「あの、いいですか!」
 茉莉が挙手する。
「はい、どうぞ」
「あの、やっぱり森に入るのは危ないと思うのですが……」
「そうですね。そこで昨晩の話に戻ります」
「……凪、か」
「ええ、あの者が最後に言ったことを、憶えていますか」
「『服をしっかり着ろ、特に下半身は』で、あったな」
「そうです。あの者が何者かは分かりませんが、殿下の銅鏡には我々の与り知らぬ何らかの術が用いられています。それにあの者は、自らを“神のようなもの”とも言っていました。単純に信用することは出来ませんが、信じてみる価値はあると思うのです」
「いや、あれは本物じゃ。私が保証する。私が皇宮を抜けられたのも、ほとんどあ奴が教えてくれた事のおかげじゃしの」
 平然と言う壱子に、茉莉は戸惑った。
「ちょっと待ってください。教えたって、壱子さまはあの凪という者に昨日初めて会ったんですよね?」
「うむ、じゃが――」
 そう言うと壱子は髪飾りの銅鏡を取り外す。それ外れるんですね、と平間は思ったが、口にはしなかった。

「これはな、母上が亡くなる一年ほど前にお守りとして貰ったのじゃが……ある時、これに何か質問を投げかけると反応することがある、と言うことに気付いたのじゃ。例えば――」
壱子は銅鏡をぶら下げて言う。
「まず、“私は、皇女であるか”」
 すると、銅鏡は上から見て右周りに回転し始めた。
「次に、“私は、男であるか”」
 今度は逆側、左回りに銅鏡は回り始めた。
「最後に、“茉莉には想い人がいるか”」
「なんでそんなこと聞くんですか!?」
「まあまあ、見ておれ」
 壱子が言うと、銅鏡はぴたりと静止した。
「このように、是であれば右に、非であれば左に回り、そして昨日凪が言うていたように、客観的に見るだけでは分からない物、どちらとも言えるか言えぬものには応じず静止する。また、まだ起こっていないことについても口を閉ざしていたな」
 壱子は銅鏡を机に置く。平間が問うた。
「それで、その銅鏡の答えの精度はどの程度なのです?」
「うむ、答えの全てを調べたわけではないが、正誤が分かっているものは全て正しかった」
「全て、ですか」
「間違いなく全てじゃ。じゃが、こやつも万能ではない。例えば“私が今いる村の名は?”などの、自明であっても是非のみで答えられぬ問いには応じない。であるから、ある低度答えの目星をつけた段階でなくては意味が無いのじゃ。まあ、とは言えしらみつぶしに聞き続けることもできるがの」
 ふう、と壱子は一息つき、続けた。
「じゃから、凪の言うことは信用できると思っておる。そしてあ奴が去り際に言っていた言葉も、じゃ」
「つまり……どういうことです?」
 茉莉が、不安げに言う。
「つまりまあ……たくさん服を着込めば、森に入ってもきっと大丈夫、と言うことですね」
「そう言うことじゃな」
「茉莉殿、行きましょう」
「いこう」
「ええ……いやです……」
 茉莉がそんな悲痛な声を上げたしばらく後、彼女は半ベソをかきながら森に入ることになる。


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