異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー
4-25 治療開始
「朝日……?」
うわごとのように勇二の口から零れた言葉が部屋に小さく木霊する。
恐る恐るといった足取りで朝日に近づく勇二。
朝日に近づくにつれて強くなっていく『血の匂い』に勇二は顔を強くしかめた。
そして、遂に朝日のすぐ側まで来た勇二は朝日の容態を見て言葉を失った。
身体にかけられたシーツに染み出し、赤黒くなった血。
普段と比べて幾分も血色の悪くなった顔。
その額には大量の汗が浮かんでいる。
そんな状況に、朝日は時折悪夢にうなされるように呻き声を上げる。
そんな朝日の呻き声にハッとした勇二は扉の前で驚いた表情のまま固まっている未希に声を掛けた。
「未希!今すぐ朝日に治癒魔法を!」
「う、うん!」
未希は戸惑いながらも頷き返し道具袋から長杖を取り出しながら朝日のすぐそばまで駆け寄る。
最初こそ朝日の姿に言葉を失った未希だったが、自分の頬をペチンと叩き、喝をいれることで気を入れ替え、治療に取り掛かった。
「勇二、ちょっと朝日の身体の状態を確かめたいから、服を脱がすの手伝って?」
「おーけー」
治療をするにしても、まずは患部の消毒からということで早速勇二に指示を飛ばす未希。
勇二が朝日の横たえた身体を支え、その間に未希が服を脱がせていく。
「っ!」
上の服を脱がせ、朝日の上半身が露わになった時、未希は思わずその手を止めた。
未希の視線の先にあったのは朝日の背中に刻み付けられた、痛々しい傷跡。
引っ掻き傷や痣、火傷痕。
それは『過去の朝日が負った傷』であり『今の朝日が知らない傷』だ。
先程、話を聞いてその事実を知ったばかりの未希は、考え込むようにその場で俯いてしまう。
「……やっぱり、辛かったのかな」
「未希?」
未希の小さな呟きが聞こえたのか、声を掛けてきた勇二と視線が合う。
心配そうな目でこちらを見つめてくる勇二に未希は小さく首を振り、「なんでもないよ」とだけ答え、再び真剣な眼差しで朝日の体に視線を注ぐ。
そして、未希が次に見たのは朝日の体中に刻まれた傷跡、その上から刻まれた新たな傷だった。
いや、果たしてそれは傷と言っていいのだろうか?
朝日の体に刻まれた傷らしきもの。
それは体中に複数点在し、その周囲には針を刺したような跡が偶数個。
場所によっては黒く変色し、朽ちかけているモノまである。
それ以外にも無理やり癒着させたような跡が数か所あった。
「なに、これ……?」
想像を絶するその傷に、未希は青白い顔をして口元を手で覆う。
数か月前まではごく普通の女子高生だった未希には些かショッキングな光景だろう。
いくらこの世界での生活に慣れ、生傷や死体を見る機会が幾度もあったとはいえこれはあまりに酷すぎた。
見れば勇二も少しばかりか顔色が悪い。
「傷跡が、腐ってる。蛆には食われてないみたいだけど、どうしてこんな状態に……?いや、今はよそう。未希、治療を続けよう」
「で、でもどうやって…?こんな状態、治癒魔法じゃ……」
唐突だが、ここで少しだけ治癒魔法について解説しておこう。
治癒魔法とは本来、損傷した細胞を活性化させることで細胞分裂の速度を速め、自己治癒能力を高める魔法である。
一見、有能な魔法のようにも思えるがその実、大きな弱点が存在する。
例えば今回のように、活性化対象となるはずの細胞が死滅していた場合。
普通の怪我ならば、死滅した細胞は周囲の再生した細胞により身体の外に押し出される。
だが、今回はそうとはいかない。
なにせ、傷口付近の細胞のほとんどが死んでいるのだ。
もし、普段通りに魔法を行使した場合、いつもなら再生した細胞が勝手に押し出してくれていた壊死した細胞が他の細胞の回復の妨げになる可能性があるのだ。
いや、それだけではない。
このまま放置しておけば腐食したソレは徐々に周囲の細胞に侵食し最悪、感染症を引き起こす可能性がある。
つまり、この場合二人がとるべき行動は...
即ち、壊死した細胞の切除である。
「……このままじゃマズイ。なら、やるしかないか」
その結論に至った勇二は一瞬だけ悲痛そうな表情を覗かせると瞑目して顔を伏せ、心を落ち着かせる。
そして、遂に覚悟を決めたのか、腰のベルトに刺したナイフを引き抜くとゆっくりと問題の患部に近付けていく。
勇二のその行動をすぐ傍で見守っていた未希にはそれが見えた。
強張った表情と僅かに震えるナイフを握った右手が。
どうやら、勇仁は恐怖を感じているようだ。
下手をすれば朝日を傷つけてしまうかもしれないというこの状況に。
震えるナイフの切っ先が僅かに朝日の傷に触れる。
朝日にリアクションはない。
それを見た勇二はホッ息を吐く。
「よし、僕が朝日の傷口を切るから、未希はすぐに切った場所に治癒魔法をかけて」
「う、うん。でも勇二、大丈夫?」
「……大丈夫だよ。少なくとも、この治療が終わった後、朝日からどんな小言を言われるか考えられる程度には冷静だよ」
そう言っておどけて見せる勇二。
その表情は先程よりも少しばかりか柔らかく、手元を見れば、その震えもいつの間にか止まっていた。
「よし、それじゃあさっさと終わらせちゃおう!いち、にの…―――」
-------------------------------------------------------------
こうして勇二と未希による大がかりな応急処置が始まった。
初めてのことに二人は四苦八苦しながらも、的確な処置を進めていく。
それから数時間後。
朝日の部屋には全身の治療が終わり安らかな顔で眠りにつく朝日とその傍らで泥のように眠る勇二と未希の姿があった。
to be continued...
うわごとのように勇二の口から零れた言葉が部屋に小さく木霊する。
恐る恐るといった足取りで朝日に近づく勇二。
朝日に近づくにつれて強くなっていく『血の匂い』に勇二は顔を強くしかめた。
そして、遂に朝日のすぐ側まで来た勇二は朝日の容態を見て言葉を失った。
身体にかけられたシーツに染み出し、赤黒くなった血。
普段と比べて幾分も血色の悪くなった顔。
その額には大量の汗が浮かんでいる。
そんな状況に、朝日は時折悪夢にうなされるように呻き声を上げる。
そんな朝日の呻き声にハッとした勇二は扉の前で驚いた表情のまま固まっている未希に声を掛けた。
「未希!今すぐ朝日に治癒魔法を!」
「う、うん!」
未希は戸惑いながらも頷き返し道具袋から長杖を取り出しながら朝日のすぐそばまで駆け寄る。
最初こそ朝日の姿に言葉を失った未希だったが、自分の頬をペチンと叩き、喝をいれることで気を入れ替え、治療に取り掛かった。
「勇二、ちょっと朝日の身体の状態を確かめたいから、服を脱がすの手伝って?」
「おーけー」
治療をするにしても、まずは患部の消毒からということで早速勇二に指示を飛ばす未希。
勇二が朝日の横たえた身体を支え、その間に未希が服を脱がせていく。
「っ!」
上の服を脱がせ、朝日の上半身が露わになった時、未希は思わずその手を止めた。
未希の視線の先にあったのは朝日の背中に刻み付けられた、痛々しい傷跡。
引っ掻き傷や痣、火傷痕。
それは『過去の朝日が負った傷』であり『今の朝日が知らない傷』だ。
先程、話を聞いてその事実を知ったばかりの未希は、考え込むようにその場で俯いてしまう。
「……やっぱり、辛かったのかな」
「未希?」
未希の小さな呟きが聞こえたのか、声を掛けてきた勇二と視線が合う。
心配そうな目でこちらを見つめてくる勇二に未希は小さく首を振り、「なんでもないよ」とだけ答え、再び真剣な眼差しで朝日の体に視線を注ぐ。
そして、未希が次に見たのは朝日の体中に刻まれた傷跡、その上から刻まれた新たな傷だった。
いや、果たしてそれは傷と言っていいのだろうか?
朝日の体に刻まれた傷らしきもの。
それは体中に複数点在し、その周囲には針を刺したような跡が偶数個。
場所によっては黒く変色し、朽ちかけているモノまである。
それ以外にも無理やり癒着させたような跡が数か所あった。
「なに、これ……?」
想像を絶するその傷に、未希は青白い顔をして口元を手で覆う。
数か月前まではごく普通の女子高生だった未希には些かショッキングな光景だろう。
いくらこの世界での生活に慣れ、生傷や死体を見る機会が幾度もあったとはいえこれはあまりに酷すぎた。
見れば勇二も少しばかりか顔色が悪い。
「傷跡が、腐ってる。蛆には食われてないみたいだけど、どうしてこんな状態に……?いや、今はよそう。未希、治療を続けよう」
「で、でもどうやって…?こんな状態、治癒魔法じゃ……」
唐突だが、ここで少しだけ治癒魔法について解説しておこう。
治癒魔法とは本来、損傷した細胞を活性化させることで細胞分裂の速度を速め、自己治癒能力を高める魔法である。
一見、有能な魔法のようにも思えるがその実、大きな弱点が存在する。
例えば今回のように、活性化対象となるはずの細胞が死滅していた場合。
普通の怪我ならば、死滅した細胞は周囲の再生した細胞により身体の外に押し出される。
だが、今回はそうとはいかない。
なにせ、傷口付近の細胞のほとんどが死んでいるのだ。
もし、普段通りに魔法を行使した場合、いつもなら再生した細胞が勝手に押し出してくれていた壊死した細胞が他の細胞の回復の妨げになる可能性があるのだ。
いや、それだけではない。
このまま放置しておけば腐食したソレは徐々に周囲の細胞に侵食し最悪、感染症を引き起こす可能性がある。
つまり、この場合二人がとるべき行動は...
即ち、壊死した細胞の切除である。
「……このままじゃマズイ。なら、やるしかないか」
その結論に至った勇二は一瞬だけ悲痛そうな表情を覗かせると瞑目して顔を伏せ、心を落ち着かせる。
そして、遂に覚悟を決めたのか、腰のベルトに刺したナイフを引き抜くとゆっくりと問題の患部に近付けていく。
勇二のその行動をすぐ傍で見守っていた未希にはそれが見えた。
強張った表情と僅かに震えるナイフを握った右手が。
どうやら、勇仁は恐怖を感じているようだ。
下手をすれば朝日を傷つけてしまうかもしれないというこの状況に。
震えるナイフの切っ先が僅かに朝日の傷に触れる。
朝日にリアクションはない。
それを見た勇二はホッ息を吐く。
「よし、僕が朝日の傷口を切るから、未希はすぐに切った場所に治癒魔法をかけて」
「う、うん。でも勇二、大丈夫?」
「……大丈夫だよ。少なくとも、この治療が終わった後、朝日からどんな小言を言われるか考えられる程度には冷静だよ」
そう言っておどけて見せる勇二。
その表情は先程よりも少しばかりか柔らかく、手元を見れば、その震えもいつの間にか止まっていた。
「よし、それじゃあさっさと終わらせちゃおう!いち、にの…―――」
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こうして勇二と未希による大がかりな応急処置が始まった。
初めてのことに二人は四苦八苦しながらも、的確な処置を進めていく。
それから数時間後。
朝日の部屋には全身の治療が終わり安らかな顔で眠りにつく朝日とその傍らで泥のように眠る勇二と未希の姿があった。
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