異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー
4-19 無知と理由
「と、以上が私と兄さん、兄妹の話となります」
話を締めくくるようにそう言った華夜。
華夜は自身の目の前にあったティーカップに新しい紅茶を淹れると、椅子の背もたれにもたれ掛かり淹れ直した紅茶を飲んで一息つく。
勇二の補足を交えながらの説明が始まってから二時間ほど経過していた。
「……やはり、少しショックが大きかったですか?」
そう言った華夜の視線の先には今にも泣きそうな顔をした未希がいた。
「私、だけなんだよね?」
「は?」
「知らなかったの私だけだったんだよね」
俯き、視線を足元に向けていた未希の口からそんな言葉が零れる。
その瞳には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうなほどだった。
それを見た華夜は慌ててその言葉を否定する。
「一応言っておきますが、未希さんは悪くありませんよ?今回の件は兄さんと勇二さんの怠惰が原因なんですから」
「だけど私、何も知らなかった」
「それを言ったら、私も兄さんに会うまで自分達が兄妹じゃないことなんて知りませんでしたよ」
「でも……!」
納得できないといった様子で食い下がる未希。
「ぷぎゃ!?」
しかし次の瞬間、未希は頭に鈍い痛みを感じてその場で頭を抱えた。
隣では見かねた勇二が手刀を振り下ろしていた。
「ゆ、勇二…?」
「未希?気持ちは分からない訳じゃないけど、少し落ち着こう?」
「う、うん」
勇二の手刀を受けたところをさする未希に勇二はゆっくりと諭すように語り掛ける。
「僕は、この話を聞いたら未希が朝日と前みたいに仲良くできないんじゃないかって、それが原因で未希が傷つくんじゃないかって思って、それで黙ってたんだ」
「…え?」
「もともと話すつもりではあったんだけどね…?そう思ったら行動に移せなくて、ごめんね?」
「……勇二は悪くないよ?」
「いや。これには僕に非がある。だから、ごめん」
「勇二……」
だったら、と未希は勇二に向けて頭を差し出した。
「さっきのチョップ痛かったから、さすって?それにチャラにしてあげる」
「それで、いいの?」
「いいの!ほら早く!」
「えっと…じゃあ、失礼します?」
一応、断りを入れて未希の頭に触れる勇二。
「あっ」
小さく漏れたその声は一体だれのものだったのか。
勇二の優しい手つきに未希はいつかのように小さく目を細める。
二人っきりの(全く無自覚な)桃色空間が形成される中、華夜は呆れた様子で二人を眺めるのだった。
-------------------------------------------------------------
それから数分後。
勇二に頭をなでられて落ち着いたのか、未希はいつもの調子を取り戻していた。
華夜のジトっとした視線に気が付くまで離れなかったのはここだけの話だ。
もちろん離れるときはお互いに顔を真っ赤にしていたことも補足させていただこう。
「ごめんね、華夜ちゃん。少し取り乱しちゃった」
そう言って口元に僅かな笑みを浮かべる未希。
普段通りの彼女の笑顔に少しだけ部屋の空気が緩む。
「それにしても、あの時の女の子が華夜ちゃんだったんだねー」
「……覚えてたんですか?」
「ははは。華夜ちゃん、未希は物覚えは悪いけど人の顔と名前はすぐに覚えるんだよ。隠れた特技の一つだね」
「勇二さん。何気に酷いこと言ってます」
ジト目で勇二を睨み付ける華夜。
その視線に耐えきれなくなったのか勇二は思わず視線を逸らす。
「まあ、いいですけどね。私も兄さんからは『未希は覚えが悪い。ありゃもう完成された馬鹿だ』とうかがっていたので」
「朝日の方が酷かった!?」
「兄さんですし」「朝日だしね」
揃って同じことを言う二人。
もし朝日が聞いていたら小一時間ほど説教をされそうだ。
「あ、補足しますと兄さんは未だに記憶損失状態です。記憶を取り戻したわけではありません」
「……やっぱり、まだなんだ」
華夜の補足説明に反応したのは勇二だった。
「やはり、勇二さんは知っていましたか」
「まあね。一応、朝日が残した本に書いてあったからね。華夜ちゃんと再会した今なら戻っててもおかしくないと思ったんだけどね…」
「ええ。兄さんもそれを予想していたようなのですが…ダメだったようです」
「うん?華夜ちゃん、それってどういうこと?華夜ちゃんがその話を聞いてるってことは、朝日の記憶が戻ったっていうことなんじゃないの?」
華夜と勇二のそんな会話を聞いていた未希は首をかしげながら疑問を唱える。
「うーん。なんと説明したらいいのでしょう?」
「これに関しては少しややこしいからね。後で朝日に直接聞いた方がいいかもね」
未希の質問に困ったような顔をする華夜。
そんな華夜をみて勇二が助け舟を出す。
「そっか。あ、そういえばさ。話を聞く限り、華夜ちゃんと朝日は昔は仲が良かったんだよね?」
「えぇ。私が『こちら』に来る前、兄さんが記憶を失うまでは、ですが」
そう言って昔を懐かしむように目を細める華夜。
未希は華夜の細められた瞳の中に、寂しさや悲しさなどの複雑な感情が入り混じっているのを見逃さなかった。
「さっきの話を聞く前にも思ってたんだけどさ、朝日と華夜ちゃんって微妙な距離感があるよね。別に避けてるわけではないんだけど、お互いがお互いの間に壁を作っちゃってるっていうか」
「そう、ですか?」
「うん。私もさっきの話を聞いたら、それも仕方ないかなぁって思うけどさ」
でも、と未希は続ける。
「華夜ちゃんはさ、『向こう』に居たときみたいに朝日と仲良くしたいんだよね?」
「ッ…!」
未希の言葉に華夜は小さく肩を震わせる。
「……なんで、そう思うんですか?」
「だって、朝日と話してる時の華夜ちゃん。すごくソワソワしてるもん」
勇二と話す時の私みたいに、と小さく呟いた言葉は幸いにも誰の耳にも届かなかった。
「そーゆー癖って自分じゃ意外と気づかないものだよねぇ」
そう言ってあっけからんと笑う未希に華夜は小さく、寂しそうな笑みを浮かべる。
「だって、あの人は……もう私の知ってる『お兄ちゃん』じゃありませんから」
「へ?」
「あの人は私の知ってる兄さんじゃないんです。理由はただそれだけなんです」
「じゃあ、今の朝日は一体誰?」
「……抜け殻です。兄さんの姿形をまねた偽物です」
そう言って皮肉気な笑みを浮かべて虚勢を張る華夜。
「ううん。華夜ちゃんはそんなこと、全く思ってないよね?」
しかし、未希はそんな華夜の虚勢をきっぱりと切り捨てた。
その瞳には僅かばかりの怒りがあった。
「華夜ちゃん。そんなひどいこと、言っちゃダメ。心にも思ってない、そんな嘘はついちゃだめだよ?」
「……はい」
優しく諭すような未希の言葉に帰ってきたのは声の震えた小さな肯定の返事だった。
「ねぇ、どうしてそんな嘘をついたの?」
「それは……」
よっぽど言いにくいことなのか言い淀む華夜。
シンと静まり返る室内。
「その…」
華夜が口を開き何かを言おうとした次の瞬間、外で何かが落ちたようなドンッという音がした。
三人は一度視線を見合わせると道具袋から自身の獲物を取り出し勢いよく扉を開け外に出た。
そして、雨の降り注ぐ外に出た三人はその先で驚きの光景を目の当たりにした。
「兄さん!」「「朝日!?」」
飛び出したその先にいたのは濡れた地面に力なく横たわる朝日だった。
to be continued...
話を締めくくるようにそう言った華夜。
華夜は自身の目の前にあったティーカップに新しい紅茶を淹れると、椅子の背もたれにもたれ掛かり淹れ直した紅茶を飲んで一息つく。
勇二の補足を交えながらの説明が始まってから二時間ほど経過していた。
「……やはり、少しショックが大きかったですか?」
そう言った華夜の視線の先には今にも泣きそうな顔をした未希がいた。
「私、だけなんだよね?」
「は?」
「知らなかったの私だけだったんだよね」
俯き、視線を足元に向けていた未希の口からそんな言葉が零れる。
その瞳には涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうなほどだった。
それを見た華夜は慌ててその言葉を否定する。
「一応言っておきますが、未希さんは悪くありませんよ?今回の件は兄さんと勇二さんの怠惰が原因なんですから」
「だけど私、何も知らなかった」
「それを言ったら、私も兄さんに会うまで自分達が兄妹じゃないことなんて知りませんでしたよ」
「でも……!」
納得できないといった様子で食い下がる未希。
「ぷぎゃ!?」
しかし次の瞬間、未希は頭に鈍い痛みを感じてその場で頭を抱えた。
隣では見かねた勇二が手刀を振り下ろしていた。
「ゆ、勇二…?」
「未希?気持ちは分からない訳じゃないけど、少し落ち着こう?」
「う、うん」
勇二の手刀を受けたところをさする未希に勇二はゆっくりと諭すように語り掛ける。
「僕は、この話を聞いたら未希が朝日と前みたいに仲良くできないんじゃないかって、それが原因で未希が傷つくんじゃないかって思って、それで黙ってたんだ」
「…え?」
「もともと話すつもりではあったんだけどね…?そう思ったら行動に移せなくて、ごめんね?」
「……勇二は悪くないよ?」
「いや。これには僕に非がある。だから、ごめん」
「勇二……」
だったら、と未希は勇二に向けて頭を差し出した。
「さっきのチョップ痛かったから、さすって?それにチャラにしてあげる」
「それで、いいの?」
「いいの!ほら早く!」
「えっと…じゃあ、失礼します?」
一応、断りを入れて未希の頭に触れる勇二。
「あっ」
小さく漏れたその声は一体だれのものだったのか。
勇二の優しい手つきに未希はいつかのように小さく目を細める。
二人っきりの(全く無自覚な)桃色空間が形成される中、華夜は呆れた様子で二人を眺めるのだった。
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それから数分後。
勇二に頭をなでられて落ち着いたのか、未希はいつもの調子を取り戻していた。
華夜のジトっとした視線に気が付くまで離れなかったのはここだけの話だ。
もちろん離れるときはお互いに顔を真っ赤にしていたことも補足させていただこう。
「ごめんね、華夜ちゃん。少し取り乱しちゃった」
そう言って口元に僅かな笑みを浮かべる未希。
普段通りの彼女の笑顔に少しだけ部屋の空気が緩む。
「それにしても、あの時の女の子が華夜ちゃんだったんだねー」
「……覚えてたんですか?」
「ははは。華夜ちゃん、未希は物覚えは悪いけど人の顔と名前はすぐに覚えるんだよ。隠れた特技の一つだね」
「勇二さん。何気に酷いこと言ってます」
ジト目で勇二を睨み付ける華夜。
その視線に耐えきれなくなったのか勇二は思わず視線を逸らす。
「まあ、いいですけどね。私も兄さんからは『未希は覚えが悪い。ありゃもう完成された馬鹿だ』とうかがっていたので」
「朝日の方が酷かった!?」
「兄さんですし」「朝日だしね」
揃って同じことを言う二人。
もし朝日が聞いていたら小一時間ほど説教をされそうだ。
「あ、補足しますと兄さんは未だに記憶損失状態です。記憶を取り戻したわけではありません」
「……やっぱり、まだなんだ」
華夜の補足説明に反応したのは勇二だった。
「やはり、勇二さんは知っていましたか」
「まあね。一応、朝日が残した本に書いてあったからね。華夜ちゃんと再会した今なら戻っててもおかしくないと思ったんだけどね…」
「ええ。兄さんもそれを予想していたようなのですが…ダメだったようです」
「うん?華夜ちゃん、それってどういうこと?華夜ちゃんがその話を聞いてるってことは、朝日の記憶が戻ったっていうことなんじゃないの?」
華夜と勇二のそんな会話を聞いていた未希は首をかしげながら疑問を唱える。
「うーん。なんと説明したらいいのでしょう?」
「これに関しては少しややこしいからね。後で朝日に直接聞いた方がいいかもね」
未希の質問に困ったような顔をする華夜。
そんな華夜をみて勇二が助け舟を出す。
「そっか。あ、そういえばさ。話を聞く限り、華夜ちゃんと朝日は昔は仲が良かったんだよね?」
「えぇ。私が『こちら』に来る前、兄さんが記憶を失うまでは、ですが」
そう言って昔を懐かしむように目を細める華夜。
未希は華夜の細められた瞳の中に、寂しさや悲しさなどの複雑な感情が入り混じっているのを見逃さなかった。
「さっきの話を聞く前にも思ってたんだけどさ、朝日と華夜ちゃんって微妙な距離感があるよね。別に避けてるわけではないんだけど、お互いがお互いの間に壁を作っちゃってるっていうか」
「そう、ですか?」
「うん。私もさっきの話を聞いたら、それも仕方ないかなぁって思うけどさ」
でも、と未希は続ける。
「華夜ちゃんはさ、『向こう』に居たときみたいに朝日と仲良くしたいんだよね?」
「ッ…!」
未希の言葉に華夜は小さく肩を震わせる。
「……なんで、そう思うんですか?」
「だって、朝日と話してる時の華夜ちゃん。すごくソワソワしてるもん」
勇二と話す時の私みたいに、と小さく呟いた言葉は幸いにも誰の耳にも届かなかった。
「そーゆー癖って自分じゃ意外と気づかないものだよねぇ」
そう言ってあっけからんと笑う未希に華夜は小さく、寂しそうな笑みを浮かべる。
「だって、あの人は……もう私の知ってる『お兄ちゃん』じゃありませんから」
「へ?」
「あの人は私の知ってる兄さんじゃないんです。理由はただそれだけなんです」
「じゃあ、今の朝日は一体誰?」
「……抜け殻です。兄さんの姿形をまねた偽物です」
そう言って皮肉気な笑みを浮かべて虚勢を張る華夜。
「ううん。華夜ちゃんはそんなこと、全く思ってないよね?」
しかし、未希はそんな華夜の虚勢をきっぱりと切り捨てた。
その瞳には僅かばかりの怒りがあった。
「華夜ちゃん。そんなひどいこと、言っちゃダメ。心にも思ってない、そんな嘘はついちゃだめだよ?」
「……はい」
優しく諭すような未希の言葉に帰ってきたのは声の震えた小さな肯定の返事だった。
「ねぇ、どうしてそんな嘘をついたの?」
「それは……」
よっぽど言いにくいことなのか言い淀む華夜。
シンと静まり返る室内。
「その…」
華夜が口を開き何かを言おうとした次の瞬間、外で何かが落ちたようなドンッという音がした。
三人は一度視線を見合わせると道具袋から自身の獲物を取り出し勢いよく扉を開け外に出た。
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