異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

4-9 朝日の行方と再会7

飛竜ワイバーンを討伐し、朝日が眠りに落ちてから数十分が経過した。
目覚めた朝日は横たえていた体を起こすと、未だに気だるさの残る身体の調子を確かめながら辺りを見回す。
「おや?お目覚めですか。おはようございます。マスター」
「……ああ」
彼の傍らにはサクリファイスが佇んでいた。
どうやら短い仮眠に入った朝日の代わりに見張りをやっていたようだ。
サクリファイスのそんな挨拶に朝日は短く返すと瞑目し、ぼやけていた意識をハッキリさせる。
「サクリファイス、オレは一体どのくらい寝ていた?」
「一時間に満たなかったかと」
「そうか…まぁ、流石に一時間程度じゃ魔力が回復しきるわけないか。で、何か変わったことはあったか?」
「マスターのバイタルには特に異変は見られませんでした。ただ、この空間に関しては…」
視線を少しばかりか逸らし言葉を濁すサクリファイス。
出会ったばかりの頃と比べると随分と人間味が増してきたのその言動に朝日は感心しつつも眉を顰める。
「ズゲズゲとものを言うお前が口篭もるなんて珍しいな。一体何があった?」
「…口で言うよりも目で見てもらった方が速いかもしれません。マスター、こちらを」
「なっ…!」
サクリファイスに促され、向けた視線の先には華夜が閉じ込められた水晶柱があった。
しかし、今朝日の視線は華夜本人ではなく水晶柱にはしる複数の亀裂に向いていた。
「さっきの戦闘の影響か…?」
「恐らく…」
そんなやり取りをしながら朝日は詳しく調べるべく水晶柱に手を添える。
「っ!?」
水晶柱に触れた瞬間、朝日の胸の内にわいてきた感情は驚愕だった。
違ったのだ。
先程感じた感覚と、今触った時の感覚が。
「心臓の、鼓動…?」
それは水晶柱の中から響き渡る小さな鼓動だった。
通常よりも少しだけ遅い鼓動。
それは紛れもなく水晶柱の中で眠るように目を瞑っている華夜のものだろう。
歓喜に震えている胸中とは裏腹に朝日の表情は冴えない。
「でも、なんで今?さっきは感じなかったぞ…」
それは単純な疑問だった。
先程、飛竜との戦闘の前にこの水晶柱に触れたとき、朝日は何も感じることはなかった。
多少魔力の通りがいいなー、ぐらいのものだった。
それがどうだろうか。
今回は触れたときは中から華夜の心臓の鼓動を感じ取ることができたし、僅かだが魔力を感じ取ることもできる。
一体先程の状態からどう転んでこうなったのか。
いや、結論は出ている。
ただ、それがあまりに現実的でないだけで。
「失礼ながら、マスター。マスターのいた世界から見てこの世界は『剣と魔法のファンタジー世界』です。でしたら、現実的非現実的などの尺度も変わってくるのでは?」
「ああ…そうだったな。失念していたが、それなら説明がつく」
サクリファイスの思考を読んだフォローでハッとした朝日は視線を水晶柱の中にいる華夜に注ぐ。
身につけている衣服は所々が擦り切れ、ボロボロになっていた。
体には幾つもの切り傷や出血した痕が見られた。
しかし、その切り傷には腐食した後が見られない。
聞こえなかった心臓の鼓動が聞こえ始めたことからして、恐らくだがこの水晶の中では時間が停止しているのだろう。
感覚で言えばコールドスリープに近いのかもしれない。
そして、今回の戦闘の余波によって入った亀裂により、それが解けかかっているのだろう。
先程の例でいえば凍り付いた体の一部が解凍され始めていると言えばわかりやすいか。
「とにかく、どうすればいいかは分かった。早くこの水晶柱をぶっ壊したい気持ちで一杯だが、ここは安全策でいこう。華夜にもしもの事があったら心配だ」
「と、言いますと?」

「感覚は掴んだ。後はそれを効率を上げて魔法に仕上げてみる」

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それから数時間後。
洞窟内部の床には華夜のいる水晶柱を中心として、朝日の組み上げた理論的かつ効率的に組まれた赤い魔法陣で埋め尽くされていた。
「これで、よしっ」
広い空間の一番端の方で魔法陣の最後の一節を掻き終えた朝日は、立ち上がると思いきり伸びをして背骨を鳴らす。
そして、自身の描いてきた赤い魔法陣を見て嘆息すると魔法陣を描くのに使った筆とインクを道具袋アイテムストレージに仕舞い込んだ。
普通、魔法陣を描くときには特別なインクを使う。
魔力が内包されたインクだ。
インクに魔物の血を配合したものらしくそれなりに高価なものだ。
なんでも、インクに魔物の血を混ぜることで魔力の伝達速度が上がり、魔法の威力が向上するようだ。
そして、今回朝日が使ったインクもまた特別なものだった。
魔物の血の代わりに自身の血液を配合した特製のインクだ。
魔力の保有量が多い自分の血液を混ぜたらどうなるのか試した結果に生まれたもので、魔力の伝達も魔法の威力も魔物性の物とは比べ物にならないものに仕上がった。
まあ、それでもインクして常用するとなるとさすがに憚られたので、こうして重要な時だけに使うことにしているのだが。
閑話休題それはさておき
魔法陣の最後の一節を描き終えた朝日は水晶柱の目の前までやってくる。
そして水晶の中にいる華夜の胸元、心臓のあたりに手を添えると朝日は魔法の詠唱を開始した。

「其れは千年の雪解け」

ゆっくりと話しかけるように。

「其れは永き夜の終わり」

願いを込めるように。

「其れ即ち目覚めの刻」

三年間、積もるに積もった想いを解き放つように。

「目覚めろ、『アウェイク』」

言霊を紡ぎ出した。

朝日の詠唱により完成された魔法は、瞬く間に魔法陣を伝い華夜の眠る水晶柱の姿を変えていく。
水晶柱はまるで蕾のように、花弁を一枚一枚開きながら、華を咲かせるようにその形を変える。
ゆっくり、ゆっくりと水晶柱が華を咲かせていると周りの関係のない水晶柱も同じように花を咲かせ始めたではないか。
それはまるで水晶の花畑。
水晶の花が放つ淡い光と魔法陣の発する輝きが生み出した幻想的な光景。
そして、華夜を包み込んでいた蕾。
その最後の花弁が開いた時、変化は起きた。
辺り一面の水晶の花が突如として砕け散ったのだ。
それは見ようによっては花吹雪のようにも見えたかもしれない。
しかし、朝日はそんな光景には目もくれず華夜のもとに駆けよった。
華の花弁の中心では華夜が安らかな寝息を立てながら眠っていた。
そして、その寝息が止まったかと思うと、華夜は途端に半身を起こし黒い瞳を薄く開いてあたりを見回す。
すると華夜の様子をじっと見守っていた朝日と目が合った。
「お兄、ちゃん…?」
まるでうわごとのように小さく呟いた華夜の言葉。
朝日はその言葉に小さく頷く。
どうやら、妹は覚えていてくれたようだ、自分のことを。
あの日から自分はこんなにも変わってしまったというのに。
朝日はそんな華夜の様子に目頭を熱くしながら、華夜の前にしゃがみこむと二度と離さないとばかりに華夜を強く抱きしめた。
「やっと、やっと逢えたね…華夜」


to be continued...

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