異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

3-36 災いの渦中へ

「それで、具体的にどういう状況なんですか?」
勇二達は今、いつか案内されたギルドの奥の小部屋(聞くところによると応接室らしい)で受付嬢から話を聞いていた。
もちろん話というのは、受付嬢の先ほどの発言についてだ。
「はい。その前に…ユージさん、アナタが買い取りに出したフォレストベアの素材の事を覚えていますね?」
「へ?あ、はい。覚えてますけど…でもなんで?」
「いえ。一応この件に関係することですので…」
「え?確かにこの辺りでは見かけない魔物だったけど…それがどうして関係するの?」
「この辺りでは見かけない魔物だからです」
首を傾げてそう尋ねる未希に受付嬢は簡潔に答える。
「ユージさん、あのフォレストベア、どこで倒したか覚えてますか?」
「…街付近の街道だったと記憶していますが、それが?」
「はい。実は先日、ギルドマスターがそのフォレストベアについて気になることがあると言って街付近の森や村に斥候部隊を派遣したんです」
「斥候、ですか…」
「ええ。普通、フォレストベアが生息してるのはもっと北のほうですからね。そんな魔物が大陸の端にあるこの街の付近にいたんです。嫌でも気になりますよ」
「それで、なにか見つかったんですか?」
「ええ。それも予想以上のものが。ここまで来れば何かわかりますね?」
「街に向けて迫りくる魔物の群れ…?」
勇二が呟くように言ったその言葉に受付嬢は無言で頷く。
「現状としては街に滞在している冒険者たちが各自現地に赴き魔物の討伐をしていますが…」
言いづらそうにしている受付嬢に勇二は自らその続きを口にする。
「流石に街に滞在している冒険者だけでは数が足りない、か」
「ええ。冒険者が立ち寄ることの少ない街ですからね…」
その言葉を受けた受付嬢はわずかに眉を下げて肩を落とす。
「で、そこで頭を抱えていたところに僕たちが来た、と?」
「はい。ギルドとしましても、このまま街に魔物の群れが襲撃してしまうのは避けたいので…お願いできますか?」
そう言って縋るような視線を向けてくる受付嬢に勇二はある疑問を口にした。
「行くかどうかは一旦保留にして、なんで僕たちに?」
「実はギルドマスターからの命令でして、見つけたら即このことを伝えろ、と。あの二人なら二つ返事で引き受けてくれるだろう、とのことです」
その言葉を聞いた勇二の脳裏には楽しげな表情でウィンクをするギルドマスターの顔が浮かんできていた。
「僕たちが逃げるってことは考えないんですか?」
「考えていないようですよ?異名持ちの冒険者が逃げ恥を晒すなんてことしないだろうって自信満々に言ってました」
「報酬は出ないんですよね?」
「はい。あ、でもギルドマスターからは正式に指名依頼としてもいいとのお達しが来ていますよ?」
そういって受付嬢が取り出したのは一枚の契約書だ。
「こちらにサインしていただければ、モンスターの襲撃が収まり次第報酬を支払うとのことです」
「なるほどね…あくまで襲撃が終わってからってことか…」
勇二はそう言って腰に下げたスペアの剣の柄に触れる。
別に勇二としてもこの件に首を突っ込むのはやぶさかではない。
ただ、何となくこの件に関しては嫌な予感がするのだ。
それがこの頼りない不慣れな剣のせいなのか、はたまた別の理由なのかはわからない。
だが、それはこの件を快く承諾するに至らない理由には十分なものであった。
「勇二?」
勇二が内心そんなことを考えていると今まで黙っていた未希が声をかけてきた。
「勇二が感じてる不安、私もなんとなく分かるよ。でも、さ」

「「後先考えずに行動するのはバカのやること、先を考えて行動するのはもっとバカな奴のやること」だよ?」

未希の言ったその言葉に勇二は一瞬思考を止めた。
その言葉はいつだったか、朝日が何気ない会話の中で言った言葉であった。
後先を考えずに行動すれば、それはいつしか後悔へつながる。
だが、先のことを考えて行動する者がいたとしたら、それもそれできっと後悔する。
そんな意味を込めた言葉だった気がする。
後先を考えて行動したことが必ずしもいい結果につながるとは限らない。
それでも構わず行動する者がいたら、そんな事をどうでもいいと切り捨てて災難に自ら身を投げる者がいたら、それはきっととんだ大バカ者だろう。
そんなことを言っていた気がする。
なら、勇二はあの時こう返した。
「それなら僕は大バカ者だ」と。
「分かりました。その依頼、受けます」
「…ありがとうございます。ギルドマスターにはしっかりと伝えておきます
「それで、僕たちは一体どこに向かえばいいんでしょう?」
「でしたら南側にある町をお願いできますか?先程、偵察隊から町が襲撃されているとの情報が入りました」
「よしっ!それじゃあ行こうか!」
勇二はそう言って未希の手を引いて立ち上がる。
「未希、ありがとうね?おかげで無駄に悩まずに済んだよ」
勇二はそう言って未希の頭を軽く撫でてやる。
未希もそんな勇二の方を見てニコリと微笑む。
「大丈夫。勇二は私が支えるから。勇二が走って、朝日が考えて、私が手伝う。それが私たちでしょ?」
「…だね」
そうだ、自分たちはいつもそうしてきた。
たかが不安がなんだ。
そんなの、別に気にかけるようなことでもないじゃないか。
考えるものがここにいないのだ。
それなら、今自分たちが取れる行動は一つだけ。
災いの渦中へ飛び込む、それだけだ。

「それじゃあ、いつも通り『面倒ごと』に巻き込まれに行きますか!」

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時を同じくしてリユニオンの街の南側に位置する町では阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
町の中を魔物が我が物顔っで歩き回り、ひとたび生きている人間を見つければ徹底的に殲滅する。
その場に生きている人間は存在しなかった。
そして、その中心には黒い鎧を着た男が一人佇んでいた。
その男は町の北側を仰ぎ見ると鎧の兜の下で静かに笑みを浮かべた。
「やっと動いたか。これでやっと私の受けた屈辱を晴らせるというものだ」

「なあ、『勇者』?」

to be continued...

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