異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

2-28 その後

「さて、大体こんなもんか」
朝日はそう言って作業の手を止め、立ち上ってあたりを見渡す。
彼らが今いる空間は朝日が魔法で生み出した土造りの小屋だ。
「ったく、あんなことの後だってのにグッスリ寝やがって」
朝日はそこで穏やかな寝息を立てて眠る二人を見て呆れ気味にそう呟く。
「……まあ、こいつらの事だ。オレが付いてなくても大丈夫だろ」
朝日は土で作られたテーブルの上に乗せられた本を見やる。
この本は朝日がもしもの時のために書き綴ったものである。
自分がいなくても行動に困らないようにとの考えだ。
冒険のノウハウや役立つ知識、トラブルの対処法、これから向かうべき進路、更には朝日の開発した魔法の魔法陣まで記してある。
「っと、これも置いていくか」
そう言って道具袋アイテムストレージから取り出したのは朝日愛用の腕輪だ。
先程の戦いの後、朝日は斬り飛ばされた自分の腕を回収し、腕輪と一緒に道具袋の中に収納しておいたのだ。
(自分の腕を自分で回収するのがこんなに微妙な気分になるとは思わなかったけどな)
その時のことを思い出してか朝日は何とも言えない表情になる。
「さて、他に忘れ物はないよな?」
≪マスター、些か心配性すぎる気がするのですが≫
朝日がそんな独り言をつぶやいていると右腕の甲に紋章が浮かび上がり薄く光る。
「準備は万全にしておいて損はねえからな。ってか、やっぱりその状態でもしゃべれんのか」
そんなことを言いながら、朝日は今一度、自分の黒い右腕をまじまじと見つめる。
この黒い腕は朝日の欠損した右腕を『創造魔法クリエイトマジック』と魔剣サクリファイスの『闇』によって形成され、その存在を補ったものなのだ。
普通の契約ではこのようなことは有り得ない。
今回に関してはイレギュラーといえよう。
因みに余談だが、朝日のコートが黒く染まったのもこれに関係していたりする。
朝日は手に入れた闇の魔力と創造魔法を使い、それをコートの生地の内部を闇の魔力でできた糸に置き換え、コートを黒く染め、丈夫なものに作り替えたのだ。
まぁ、あの戦いの後、当のコートは闇の魔力に耐え切れずに霧散してしまったのだが...
閑話休題。
そうして朝日の右腕にはこのように黒い腕が生えているわけだが。
今現在朝日は魔剣と文字通りの意味で一心同体の状態といえる。
つまるところ、それは朝日が魔剣の能力を扱えるようになったことを意味する。
魔剣サクリファイスは人間、魔物関係無く、すべてを喰らい。喰らったものを糧とし、力を増幅させる。
それがこの魔剣の能力だ。
しかし、いくら体の一部が魔剣となったと言え、すべての能力をを使える訳ではなくあくまで制限付きだ。
この魔剣はどんなものでも喰らう。
例え、死した者の魂であっても。
朝日が行使できる能力は、喰らった魂を読み取り自身の力とすることだ。
戦闘中、朝日の剣の構え方が変わったのはそのためだ。
「ほんと、面白いこともあるもんだよな」
そんなことを言いながら朝日はもう一度自身の荷物を確認していく。
「それじゃあ、こいつら起きる前に行くか」
そう言って朝日は道具袋から真新しいコートを取り出す。
≪…マスター、本当によろしいので?≫
「…いいんだよ。これで」
そう言った朝日の顔はどこか寂しげだった。
朝日が先程からしている準備は一人旅をするためのものだ。
この旅は一度二人と離れ、互いの成長を促すための旅だ。
使徒との戦いでボロボロになるまで叩きのめされた。
だから今度は絶対に負けないように強くなろう、というのが旅をする理由だ。
しかし、力をつけるために旅に出るなら、今まで通り三人を旅をすればいいのであって別に二手に分かれる必要性はないのだ。
一応、魔剣の力を完全に制御するためだとか、そんな言い訳もあるのだが...
二手に分かれて旅をする本当の理由は...
「やっと見つけたんだ。なんとしてでも探し出す」
そう言って朝日は首から下げたロケットペンダントを強く握る。
その表情は先ほどとは打って変わり、何かを決意した者の顔だった。
先の戦いで剣の使徒を‘喰らった,とき、朝日は偶然あるものを見つけた。
それはこの世界に来るより以前から必死で探し続けたものだった。
絶対に探し出すと誓った、誰よりも愛おしい‘妹,の手掛かりだった。
朝日が一人で旅に出ようとする理由はここにあった。
「…多分こいつらに、一人で行くって言ったら怒るんだろうよ」
その道も考えたことはあった。
でも、これだけは自分自身の力で成し遂げたかった。
これは、兄としての義務だ。
だから絶対に譲りたくない。
そんな意志があったのだ。
「···よし、じゃあ行くか」
朝日はゆっくりと小屋の出口まで歩いていく。
喰らったときに手に入った記憶によると妹、華夜がいるのは自分たちがこれから向かう予定だったリユニオンの街の逆方向の町、その近くの洞窟だという。
手に入ったのはそのくらいの情報だが、今の朝日には十分すぎる情報だった。
ふと、朝日は一度後ろを振り返り、いまだに寝ている二人を見る。
「行ってくる。次会うときはリユニオンの街だ」
そういって朝日はコートを翻し、静かに小屋から出て行った。

......こうして七代目勇者たちの旅が始まった。
片や、己の大切のものを探し出す旅に。
片や、人を助け、力をつけるための旅に。
彼らが再会を果たすのはそれから数か月後のことだ。
その再開がどのような形になるかはまだ誰も知らない。

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