異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

2-27 黒い腕

「まだ死なねぇよ。だからそんな顔すんじゃねぇよ勇二、未希」
そう言った朝日は自身の黒い腕の感覚を確かめるように手を握ったり開いたりしている。
「朝日が寝坊なんて珍しいね」
勇二が瞳に涙を浮かべながらそう言う。
未希は隣で心底安心した様で肩を揺らし嗚咽を漏らし泣いていた。
「ああ、少しばかりか目覚めが悪くてな」
冗談めかした言い方をし、肩をすくめる朝日。
「心配かけたな。安心しろ、オレは生きてる」
そう言って二人を安心させると朝日は自分達から離れた場所に退避した剣の使徒を睨み付ける。
「よぉ、さっきは世話になったな。お返しならちゃんとしてやるから感謝しろ」
「…貴様は何者だ。その右腕は一体…。いや、その様なことはどうでもいいか、今ここで貴様が殺せばそのような疑問、関係ないのだからな」
使徒はそう言って朝日に向け手をかざす。
「今一度、死ぬがいい。『フィフスバレット』」
詠唱とともに発射されたのは朝日の作り出した攻撃魔法。
それは先ほど朝日の向けられたものよりも、より威力とスピードを増したものだった。
「朝日っ!」
勇二が思わず叫ぶ、が。
当の朝日は微動だにしない。
朝日は口角を吊り上げ、右腕の甲に触れる。
するとそこに紋章のようなものが現れた。
「さて、さっそくお披露目と行こうか」

「来やがれ『魔剣サクリファイス』!」

朝日がそう言った瞬間、彼の周りから大量の『闇』が噴出した。
朝日が右手の掌を下にして宙に掲げると、その闇はそこを起点に集まり始めた。
闇はまるで編み物でもするかのようにその形を成していく。
形作られたそれは、ガード部分に黒い結晶のはめ込まれた漆黒の剣。
しかし、その剣は完全なものではないのか、ところどころに揺らぎのようなものが生じていた。
そして剣が形を成したのと同時に朝日の纏っていたコートの色も右腕の切り口を中心に、まるで闇がコートを侵食するかのように黒く染まっていく。
勇二と未希、剣の使徒さえも言葉を失いその変化に目をくぎ付けにする中、朝日は右手に握った剣を横に一閃し‘魔法を斬り裂いた,。
「ふん、上々だな」
そう言って剣の握りを今一度確かめる朝日。
≪マスター、いかがですか≫
するとそこで剣から声が聞こえてきた。
「…お前その状態で喋れたのか」
朝日は驚いたような表情をして剣を見やる。
≪肯定。オプションで脳に直接、というものもありますが?≫
「なんでそのネタをって、そうか俺の記憶か」
≪肯定。マスターの世界には興味深いものが沢山あります≫
「あ、そう。とりまオプションの方はそのままで。下手したら一人で会話してる痛いやつになりかねん」
≪了解≫
そんな会話をしつつ、朝日はもう一度剣の使徒を見やる。
「……本当に何なのだ貴様は。いや、なんにせよ私のやるべきことは一つ、貴様らを殺す。それだけだ」
そう言って使徒は大剣を片手で構える。
「そうかい。それじゃあこっちも、それなりの態度で示させてもらうか」
そう言って朝日も同じように剣を構える、が。
「朝日のあの構え…」
勇二が朝日の剣の構えを見て何かに気づいたのかポツリとつぶやく。
「勇二?どうしたの?」
未希はそんな勇二のことを怪訝そうに見つめる。
「へ?ああ、いや何でもないんだけど、さ」
そう言って勇二は朝日を注意深く観察する。
今までの彼の剣の構えはすべて自分やウィリアム副団長の構えを真似した、どこか素人臭い構え方だった。
しかし今の彼の構えにはそれがない。むしろ今の彼の構えは長い年月を経て編み出された達人のものと言っていいほどに研ぎ澄まされたものであった。
(一体どういうことなんだろう、あの右腕が関係しているのは間違いんだろうけど)
そんなことを考えていると朝日の方に動きがあった。
「行くぞサクリファイス!」
≪了解しました≫
そう言って朝日は使徒のもとに駆けだした。
「『ブースト』」
朝日の詠唱と共に朝日の身体能力が向上する。
今回彼は魔方陣を用いずに魔法を発動した。
以前は詠唱無しでは発動できなかった魔法を詠唱破棄して発動して見せたのだ。
それはひとえに黒い右腕と魔剣との契約による恩恵だったりするのだが。
閑話休題。
朝日は駆けだした勢いのまま使徒に向かい突きを放つ。
使途はそれをかわそうと頭を傾けるが、
「なにっ!?」
その突きは使徒の頭に掠り傷をつけるに至った。
「っく!」
それに焦りを覚えた使徒は剣を振るい朝日との距離を取ろうとするが...
「ふんっ、遅い!」
振るった剣は朝日の剣によって弾かれた。
大剣の重みで体勢を崩しそうになったところを耐え、再び剣を振るう使徒。
しかしそれもまた防がれ流される。
「なぜだ!?なぜ効かん!」
そう言いながらも使徒は攻撃を続ける。
しかし...
「こんなもんかよ!剣の使徒!」
何度目かの攻撃を弾いたところで朝日は一度使徒の攻撃を真正面から受け止め鍔迫り合いの形をとる。
「なぜだ!いったいなぜ貴様は私の攻撃を弾くことが、防ぐことができる!?先程までの戦いでは明らかに私が圧倒していたというのに!」
そう言って使徒は剣に力を込め、こちらを押してくる。
「っは、知るかよそんなこと!不確定因子イレギュラーでもあったんだろ!」
朝日も負けじと押し返す。
「サクリファイス!行けるか!?」
≪肯定。マスター、いつでも行けます≫
朝日の問いかけにサクリファイスは即答する。
「よし、なら行くぞ!」
そう言って朝日は鍔迫り合いの体制で一歩前に踏み出し突きを放つ。
「闇よ、全てを喰らえ!『サクリバイト』!」
朝日がそう言った瞬間、魔剣の剣先からから大量の闇があふれ出した。
その闇はそのまま剣の使徒のもとに殺到し、使徒を喰らい始めた。
これがこの魔剣の能力。
サクリファイスの持つ闇の魔力は万物を喰らい尽くす。
人間でも、魔物でも関係ない、魔法すら喰らい、果てには魂までもを喰らう魔剣。
すべてを喰らう魔剣、『魔剣サクリファイス』。
喰らったものを糧とし、力を増幅させる。
故に生贄サクリファイス
それがこの魔剣の本質だ。
「なんだ、これは!?闇が私を!?」
そういって使徒は闇の中でもがいている。
勇二と未希は若干引き気味になってその光景を見ている。
「ほう?やっぱり大分しぶといな」
そういって朝日が闇の塊に近づこうとしたところ...
≪マスター!上空より敵を感知。後退してください≫
「っ!?」
朝日はサクリファイスからの警告を聞き後ろに飛び創造魔法クリエイトマジックで自分と二人を守る障壁を作り出す。
すると次の瞬間、闇の塊があった場所にナニかが落下していた。
それは使徒を覆っていた闇を一瞬で消し去った。
上空より落ちてきたそれは三人の人影。
それぞれが大盾、弓矢、杖を持っていた。
「はは、おいおい冗談だろ。四人の使徒が全員集合とか流石に笑えねえぞ」
朝日は思わずそう溢す。
目の前にいるのは先ほど戦っていた剣の使徒とは別の三人の使徒。
根拠はないが状況からしてそうとしか考えられないのだ。
「あらあら、中々勘のいい坊やがいたものねぇ」
杖を持った妖艶な女の使徒がそう言って体をくねらせる。
「………………」
大盾を持った大男の使徒は一言も話さずに、地面に倒れ込んでいる剣の使徒を抱きかかえる。
「杖、その辺にしておきなさい」
そう言ってたしなめるのは弓矢を持った女の使徒。
「てめぇらも俺たちを殺しに来たのか」
朝日は剣を構え直して問う。
答えたのは杖を持った使徒。
「いいえ?今回の件はコレの独断、私たちは全く関与してないわ」
そう言って後ろを向き、杖を振る使徒。
するとそこに大きな時空の歪みのようなものができる。
「待てっ、一体そいつをどうするつもりだ!」
「いえ、どうするも何も。こんな者でも一応私たちの仲間ですから。回収します」
あっけからんと言い放ったのは弓の使徒だ。
「それに、このまま交戦するのはそちらとて得策ではないのでは?」
続けて言われた言葉に朝日は口を閉ざす。
要するに、手を引いてやるからお前たちはこいつを寄越せ、ということだろう。
「っち、好きにしろ」
そう言って朝日は手に持つ剣を地面に突き立てる。
それを見た使徒たちは次々と歪みの中に入っていく。
「ふふ、それじゃあね。賢い勇者さん」
最後に残った杖の使徒がそう言って歪みの中に入るとその歪みは次第に小さくなり、消えていった。
「いなくなった、の?」
「ああ、そのようだ」
未希が思わずといった感じで発した言葉に朝日は頷きその場に座り込む。
「退けたんだ。僕たち生きてるんだ!」
そう言って勇二は満面の笑みを浮かべる、が。
「あれ、なんだろう。なんか眠くなってきた…」
そう言って目をこする勇二。
仕方あるまい、たった半日でここまでの激戦があったのだ。
心身ともに疲弊するのは当たり前といえよう。
「うー眠いー」
未希も強烈な眠気に襲われているのか舟を漕ぎ始めている。
「ったく。焚火の準備くらいはしてやるからさっさと寝ろ。二時間したら一度起こす」
さっきの戦場とは一転し、いつも通りの二人を見て朝日は大切なものを守れたという実感を感じ取っていた。
「うん、分かった」
「りょーかーい」
そう言って地面に横になり、すぐに寝息を立て始めた二人をしり目に、朝日は気付けばすっかり暗くなった夜空を眺める。
そこには満天の星空が輝いていた。

to be continued...

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