異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

2-24 絶体絶命

勇二と未希が朝日のもとにやっとのことで駆け付けたとき見たのは、絶望的な状況の朝日だった。
片手に半ばで折れた剣を持ち、何とかギリギリ使徒の攻撃を躱しているという状況だった。
ギリギリまで使徒の攻撃を引き付け、そして躱す。
しかし、躱しきれなかったのか体中にいくつもの傷を作り血まみれになった親友の姿を見て勇二は思わず駆けだそうとする、が。
「勇二、待って」
未希に止められた。
幸い二人は先頭に夢中でこちらには気づいていない。
「未希、どうして…」
「少し黙って、少しでも戦いやすくなるように私が支援するから」
そう言って未希は手に持つ杖を勇二に向かって軽く振りながら詠唱を開始する。
「女神リクシルよ、彼のものに加護を…『ブレス』!」
今までの無茶苦茶な詠唱とは違った詠唱で発動されたのは女神の加護。
どの属性にも属さないこの能力限定の魔法。
どうしていきなりこんな魔法が使えるようになったのかはわからない。
だがそんなことは些細なものだというように、未希は勇二に魔法をかけ続ける。
「身体が、さらに軽くなった?」
その効果は身体強化。
朝日の使う『ハイ・ブースト』には及ばないが、それでも通常の『ブースト』よりも効果が高いものだ。
「勇二、行ってらっしゃい!」
そう言って勇二の背中を押す未希。
勇二は一度それに頷き手に持つ変化した銀色の剣を強く握り朝日と使徒の間に割り込む。
さっきまでの状態ではとても無謀と思えたこの行動が、今は決定打になる。そう確信したのだ。
そして、勇二が二人の間に入った瞬間、使徒は明らかな動揺を見せた。
そこに勇二は上がった身体能力による斬撃を放ち朝日を無理やり抱え後ろに後退する。
「その、姿、は?そ、れより、おま、え、なんで、来やがっ、た」
朝日は傷が痛むのか言葉は途中で切らしながらも勇二のことを睨み付けそう言い放つ。
しかし勇二はいたって真剣な顔。
「バカ、そんなこともわかんないの?全く朝日は…」
そう言って朝日を地面に横に寝かせ立ち上がる勇二。
すると同時に未希が後ろから出てきた。
「未希、朝日に最低限の治療をしたらこっちに参加して」
そういうや否や使徒のもとへと歩き出す勇二。
「待て、おま、えがあい、て出来る、ような、やつ、じゃ」
口の端に血をにじませながら必死に勇二を止めようとする朝日。
だが勇二は止まらない。
這ってでも止めようと動き出そうとすると効果が切れて久しい『ハイ・ブースト』の反動とそのあとから負った傷に思わず顔をしかめる朝日。
悔しそうな顔をする朝日に未希は後ろから声を掛ける。
「朝日、大丈夫だよ。心配しないで?」
「だれ、が、しんぱい、なん、て」
普段通りのやり取りだが、今の朝日には余裕も気力もない。
こんな状態でも意地を張り続ける友人に未希は回復魔法とある魔法をかける。
「癒せ、『ヒール』…少し休んでて、朝日」
魔法の効果を受けた朝日の身体の傷の殆んどがふさがった。
朝日はここぞとばかりに動こうとしたがまだ反動が残っているのか動けない。
朝日に回復魔法を掛けた未希は早足になりながら勇二のもとに行き、隣に立つ。
戦いはまだ始まっていない。
「む?貴様らは先ほど逃げ出した者たちではないか。どうした、わざわざ戻ってきて。見捨てたのではなかったのか?」
そう言って余裕のある態度でこちらに話しかけてくる使徒。
その様子に勇二は眉をしかめ、言葉に確かな怒気をのせ、言葉を返す。
「悪いけど、君の軽口に付き合うつもりはないよ。朝日を傷つけた事、後悔させてあげる。未希!」
「うん!行くよ!」
そうして勇二は反撃を開始した。
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「はっ!」
たった一歩で使徒のもとへと駆けた勇二は掛け声とともに剣を振りかざす。
しかし、それは使途が横に避けたことで空をかく。
「そこっ!風よ!『ウィンドバレット』!」
そこへ未希の魔法が殺到する。
「ふん、小賢しい」
が、それも使徒の剣の一振りでかき消される。
「っく!ならこれはどうだ!」
そう言って勇二が繰り出したのは今ある身体能力をフルに使った連続の突き。
しかし...
「この程度か。先ほどの若者はたった一人で私を愉しませてくれたぞ」
勇二の放った突きはいとも簡単に使徒に掴まれた。
「っこの!」
勇二は手に持った小盾の刃を展開させそれを使徒の顔を目掛け投げつける。
「っな!?」
その行動に意表を突かれたのか使徒は一瞬剣から手を放す。
その隙に勇二は使徒のもとから離れる。
その額には冷や汗がにじんでいた。
「勇二大丈夫!?」
未希が駆け寄ってくるのを勇二は手で制す。
「うん、大丈夫だよ。それよりも未希、そろそろ時間がないよ」
そう言って勇二は自分の姿を見下ろす。
その時、一瞬、一瞬だけ自分の姿がブレた。
恐らく、この姿でいられる時間が残り少ないのだろう。
「出し惜しみはできない、か」
そう言って剣を構えなおす勇二。
その言葉には覚悟と少しの焦りがあった。
見ればあちらも剣を構えこちらを見ている。
しかし、構えが先ほどとは違うのだ。
「ふん、貴様等の実力はよく分かった。このままでは少なからず魔王様の障害となる」
故に、と続ける。
「貴様等はここで終わらせる!まずは貴様だ!」
そう言うと使徒は一瞬で勇二の前に現れ脇腹に回し蹴りを放つ。
ゴキッ、という骨の折れる嫌な音がした。
勇二は蹴られたそのままの勢いで吹っ飛び木に激突した。
「勇二っ!」
それを見た未希は使徒に向け、大量の『ウィンドバレット』の弾幕を張った。
「ほう?感情の昂ぶりによる無意識下での無詠唱魔法、それも複数同時に、か」
そう言いながら使徒はゆっくりと未希のもとへと近づいていく。
未希の張った弾幕など全く気にかけていない。
「っ!?来ないで!」
未希の魔法が止む頃には使徒は目の前に来ていた。
未希はせめてもの抵抗として手に持った杖を振りかざす。
使徒はよけようともしなかった。
言外に避ける意味はないと言っているのだ。
ガン、という金属がなにかとぶつかったような音がした。
「これで満足か?」
そう聞こえた時には未希はすでに使徒により蹴り飛ばされていた。
同時に未希のチカラによる変身も解けた。
未希が飛んで行ったその場所には勇二がいた。
見れば彼の変身ももう解けている。
勇二は今ある精一杯の力を出し未希を抱きとめる。
「勇二…大丈夫?ごめんね」
「未希…僕は大丈夫だよ」
そう言って勇二は未希の顔を見てニコリと笑う。
そんな勇二に僅かに赤面する未希。
ここが戦場で絶体絶命の状況でなければいつも通りの風景だ。
「勇二?」
すると勇二はおもむろに未希の頭を撫でまわす。
未希は不安そうな顔をする。
「未希、ごめんね」
すると、次の瞬間勇二の口から出た言葉は謝罪だった。
なにに対しての謝罪かは言うまでもない。
未希は無言で勇二を強く抱きしめる。
その瞳からは涙が零れ落ちていた。
「最後の別れは済んだか、勇者」
二人が視線を向けるとそこには使徒が立っていた。
「安心するがいい、あの若者もすぐに送ってやる」
そう言いながら使徒は大剣を二人の前で掲げる。
「ここで死ね!哀れな勇者よ!」
使徒はその言葉とともに剣を振り下ろす。
勇二と未希は二回目の死を覚悟し目をつむる。
(朝日、ごめん。ごめんね。)
勇二が内心呟きながらその時を待つ、が。
いつまで経ってもその時が来ないのを疑問に思い、目を開けて使徒のいるほうを見やる。
するとそこには...
「った、く。俺と、したこと、が何やっ、てんだろうな」
使徒に背を向け、右腕を犠牲にし、隻腕となり二人のことを庇うかのようにそこに立つ親友の姿がそこにあった。
「朝日!?なんで…」
その場に倒れこむ朝日を受け止めそう問う勇二。
すると朝日はニヤリと笑う。
「ダチを、助けん、のは、あたり前、だ、ろ?」
その言葉を言い終わった瞬間、朝日は言いようのない眠気に襲われた。
「朝日!朝日!しっかりして!朝日!?」
勇二の半ば絶叫とも思えるその声にも応じる事も無く、朝日は吸い込まれるように眠りについたのだった。

to be continued...

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