異界の勇者ー黒腕の魔剣使いー

心労の神狼

0-1 人生の終わり

ある夏の平日の昼頃、三人の少年達は路地裏を走っていた。
彼らが追いかけているのは一匹の黒猫だった。

「朝日!そっち行ったよ!」

塀の上を走りながら猫を追いかけるのは中肉中背の少年『杉崎すぎさき 勇二ゆうじ

「分かってる!それよかお前はそこから降りろ!見てるこっちがヒヤヒヤする!」

塀の上を平気な顔で走る勇二を睨みながら近づいてきた猫に手を伸ばす細身の少年、『東山とうざん 朝日あさひ

「大変だよ二人とも!もうお昼だよ!大遅刻だよ!」

二人の後ろを慌てて追いかけながらそう忠告(?)したのは小柄な少女『宮内みやうち 未希みき

「だー!また逃がした!おい未希、今度はそっちだ!」
「え!?って、むぎゃ!?」
「ああ!?猫さんの肉球が未希の顔面に!」


……さて、あえてもう一度言おう。
今日は平日で、今はその正午丁度である。
普通の学生ならば今頃学校で眠気と空腹に耐えながら授業を受けているであろう時間帯だ。
ではなぜ現役高校生である彼らが今現在猫を追っているかと言うと...
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彼らはいつも通りの場所で待ち合わせをし、いつも通りの時間に出発した。
しかし、そこで問題が起きた。
いつもの通学路を歩いていると、そこにビラ配りをしているお爺さんがいたのだが...

「おはようございます。お爺さん、どうかしたんですか?」
「ん?おお、勇坊に未希嬢ちゃんじゃないか!今から学校かい?」

お爺さんに近づいて軽くあいさつを交わす勇二。
どうやら、お爺さんは勇二と未希の知り合いらしく親しげに笑いかける。

「そうだよ。あ、それよりもそのビラは?」
「ああ、これかい?ちょっとした人捜し、いや猫探しだよ」
「あれ?勇二、この猫って……あの、この猫ってお爺さんの家の猫ですか?」
「ああ、そうだよ。一昨々日の晩から姿が見えなくてな、流石に心配になって探し始めたところなんだ。どこかで見てないかい?」

そう言ってお爺さんは勇二と未希、そして朝日に猫の写真がでかでかとプリントアウトされたビラを手渡す。

「ん?この猫、さっき路地裏に入っていった猫じゃないか?」

ビラを見た朝日はその写真に写る猫の模様に既視感を覚え記憶の中を軽く探るように瞑目する。

「うん。やっぱりそうだ。爺さん、この猫なら向こうの路地裏にいると思うぞ」
「おお!それは本当か!?」
「ふふふっ!朝日は僕たちと違って注意深いからね!こういったことは朝日にお任せなんだよ!」
「威張ることじゃねぇからな?」

胸を張って口元に笑みを浮かべる勇二に朝日は頭痛がしてきた気がして、額を抑え溜息を吐く。

「あ、でもあの路地って結構入り組んでて迷いやすいよね」
「ああ。そう言えばそうだな」

勇二の言葉に思い出したような顔で軽く頷く朝日。

「しかも最近また質の悪い不良たちが歩き回ってるらしいよ」
「へー、それは知らなかった」

勇二の発言が増えるにつれて朝日の表情が徐々に曇っていく。
気のせいか相槌の言葉も若干棒読みになっている。

「あ、あと凶暴な野良猫がボスとして君臨してるとかって聞いたよ?」
「……その心は?」

ダメ押しの勇二のその言葉に根負けしたように朝日が項垂れて勇二の言葉を仰ぐ。


「その猫探し、僕たちがお手伝いします!」


その言葉を聞いた瞬間、朝日は全てを悟り、時間通りに学校につくことを諦めた。
この少年との付き合いはたった3年程なのだが、その3年でとてもよく分かったことがある。
この杉崎 勇二という少年は大のお人好しで人助けが大好きなのだ。
ふと視線を向けると、彼の横ではニコニコと満面の笑みを浮かべて勇二を見つめる美希がいた。
「はぁ……」と、大きく溜息を吐きながら、朝日はなるべく早く学校にたどり着くために、猫をどうやって手っ取り早く捕まえたものかと思考を巡らせるのだった。
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そして現在。
三人は必死になって猫を追いかけているわけであるが、この猫中々にすばっしこいのである。
まず手始めに、朝日達が最後に見かけた路地裏に行ってみた。
すると、早速件の猫がいた。
猫は路地の真ん中で毛づくろいをしている真っ最中だった。
早速、猫を捕まえようと未希が突進と見まごうような勢いで飛びかかる。
が、迫りくる未希(危険)を察知したのか、猫は未希の影が自分に覆いかぶさる前にその場を走り出した。
見つけた直後に逃げられる、といった波乱の展開で幕を開けた猫探し。
今まで何とか猫を見失わずについてこれているが、ここに至るまでに大きな道に抜けたり、再び路地裏に入ったりと全く捕まらないのである。
猫を追いかけているうちに大きな道路が見えた。

「あそこで捕まえよう」

後ろ走りし、こちらを見ながら話しかけてくる勇二、器用な男である。
そうしているうちに裏路地を抜け道路に出た。
すると、どうしたことか。
先ほどまで元気に走り回り朝日達をコケにしていた猫が道路の真ん中でうずくまっているではないか。
その猫の様子に驚いた三人は一斉に猫のもとへと駆け寄った。
屈んで猫の様子をよく見てみると、どうやら先ほど走っている途中でどこかに引っかけたのか足に怪我をしたようだ。
にゃ~、と力なく鳴く猫に応急処置をしようとカバンを開く美希。
それをすぐ近くで見守る勇二と朝日。
しかし彼らは猫に気を取られ忘れていた、ここが道路であることを。
普段でこそ人通りもまばらで車もそうそう通ることのない道であったが今日は違った。
朝日達には関係のない話ではあるが、今日は朝日達が住んでいる街の隣街で開かれるお祭り、その準備があったために彼らが今いる道路は普段の三倍ほどの交通量となっている。

「未希、どうにかなりそう?」
「うん。この感じなら後で病院で診てもらえば大丈夫だと思う」

彼等がそうしているうちにも彼等のすぐそばにまで『死』は明確に迫りつつあった。

「っ!?勇二!未希!避けろ!!」

それにいち早く気付いた朝日が二人に声を掛けるも時既に遅し。
気が付いた時、彼等はアスファルトの上で力なく横になっていた。
朝日は周りの状況を確認しようと起き上がろうとする、が力が入らない。
いや、それどころか相当な勢いで倒れ込んだはずなのに痛みすら感じなかった。
どうやら先程の衝撃で脳がやられてしまったようだ。
体中からあらゆる感覚が失われつつあるのが分かる。
辛うじて感じ取れたのは頬を伝うドロリとした生暖かい感覚。
視界を落とせば硬いアスファルト上に真っ赤な液体が広がっているのが見えた。

「……お前ら、生きてるか?」

満身創痍な中、朝日はかすれた声で二人に声をかけてみたが、返事は帰ってこなかった。
返事の代わりに聞こえてきたのは何かを引き摺るような音。
どうやら二人も似たような状況らしい。
いや、声を出せるだけ自分の方が幾分かマシなようだ。
朝日はふと先程の猫のことが気になりあたりを見渡そうと身じろぎするが、やはりできない。
そうしていると、目の前に先ほどの猫が現れた。
どうやら未希の応急処置は間に合ったらしく、猫の足には包帯がまかれていた。

「間に合ったんだな。よかった……」
「なぁーお」

その猫は既に殆んど感覚が無くなっている朝日の手に頭を擦り付ける。
それを確認して安心したからか、瞼がだんだん重くなってきた。
このまま寝てしまえば確実に死ぬ、本能がそう告げる中、更なる眠気が襲ってくる。
あぁ、ここで死ぬんだなとぼんやり考えていると、ふと脳裏に大切な『記憶』が蘇った。
すべてを失った日。
自分が、既にすべてを失っていたことを知った日。
此処にはいない大切な『妹』と、自分が勝手に交わした約束を...
気づけば、朝日は悔しさの混じる声で小さく呟いていた。


「ごめんな、『華夜かや』…」


最後の力を振り絞りやっと出た謝罪の言葉、この言葉は妹に、華夜に届いただろうか?
それが東山朝日の最期の遺言ことばとなった。

to be continued...

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