美人が冷遇されている世界で真実の愛を探す
美人が冷遇されている世界で真実の愛を探す
集落の空は真っ赤に染まっていた。
砕かれた土壁の隙間から外を覗くと、亜人達が群をなして侵攻してくる。
「お……終わったかも」
亜人達は普段3~4匹のグループで行動しており、正面からの戦闘は厄介だが逃げるのは容易い。
だが、今のこの個体数、間違いなく将軍クラスの個体が誕生し、統率を取っているのだろう。
経験上、将軍に指揮されると戦士や魔術師の実力も底上げされ、治癒師も狙いにくい位置に隠れるらしい。逃げる隙もなく、生き残るのは絶望的と言われている。
集落中から集められた兵達は、亜人の戦士に容易く切り伏せられる。
どうやら装備の質も高そうだ。
そして、魔術師から放たれる炎の魔法が、家々を焼き払う。
「――っ、無事でいてくれ」
俺は震える膝をパンと叩くと、自宅にいるはずの妻のもとへと急いだ。
どちらかといえば、俺は異端とは言わないまでも少数派だったのだろう。
亜人達の脅威が増した昨今、集落として武を重視する方向に舵を切るのは何も間違っていない。強いものが尊敬される傾向があるのも仕方がないと思う。
そんな中、俺は文官として働いていた。
体格に恵まれなかったのもあったが、単純に向いていたのだと思う。命の危険がないぶん給料も安いが、集落には絶対必要な存在として、やる気に満ちて働いていた。
美人の妻をもらい、可愛い娘もでき、これから頑張っていこうと。そう思った矢先に今回の襲撃だ。
なんとしても、妻と娘だけは逃がそう。
幸い俺の家の近くにはまだ亜人達も到達しておらず、のんきに散歩しているじいさんまでいた。
周囲に逃げるように呼び掛けながら、俺は玄関の戸を開いた。
「亜人達が攻めてきた、逃げ――」
そこから先、俺は言葉を発することが出来なかった。
妻は、見知らぬ男の上に全裸で跨がっていた。
振り返り、無言で俺を見つめる妻の顔には、驚愕と少しの罪悪感、大きな侮蔑が浮かんでいる。
近くで爆発音が聞こえ、妻と間男がビクッと震える。
間男の顔をまじまじと見た。
見知らぬ男のハズだが、なぜか見覚えがあるような――
そこまで考えて、音が消えた。
視界が真っ白に染まり、体の感覚が無くなる。
(あぁ、娘と同じ顔なんだ、あの男)
――思考が途切れた。
「*****~♪」
ぼんやりとした意識の中、今世の母親の顔を見つめる。
残念なことに母の顔はとても醜いのだが、無垢な愛情と柔らかい子守唄は心地良い。
しばらく本能のまま生活していたが、ある時ふと理解した。
どうやら俺は、妙な世界に生まれ直してしまったらしい。
成長と共に、否が応でも前世との違いを感じてしまう。
まず、魔術が存在しない。知っていれば赤子でも使えるような小魔術が、発動する気配すらないのだ。
その代わりといってはなんだが、魔道具が非常に発達している。生活の細々したところまで魔道具が浸透しているのだ。
テービ? テレビ? 名称はまだちゃんと聞き取れていないが、映像の流れる黒い板の魔道具が最近のお気に入りだ。
次に、知的生命体が単一種族しか存在していない。
前の世界では、獣人・エルフ・ドワーフから亜人まで様々な種族が入り乱れていて、種族によってはたまの交流があったものの、それぞれ排他的に暮らしていた。(亜人は好戦的だったが)
すげージャンプする梨の妖精みたいなのに騙されかけたこともあったが「あれは中に人が入っているんだよ」と近所の子が教えてくれたし、誰にどう聞いても他の知的生命体はいないようだった。
最後に、これが一番違和感のある違いだが、「美しい」「醜い」の概念が前世と全く逆なのだ。
もちろん、必要以上にブヨブヨと太っていれば醜いと判断されるのはこの世界でも一緒だし、胸の大きさや背の高さ、髪の量といった一般基準も、好みはあれどそれほど違和感はない。
違うのは、思わず剣を抜きたくなるような亜人顔の者が美しいともてはやされ、天使と見紛うほど美しい者が醜いと虐げられていることだ。
醜いと思っていたうちの両親や俺自身も、この世界では美男美女と判断されるらしい。
霞がかった前世の記憶がはっきりしてくるうちに、俺はいろいろと考えた。
美しかった妻の不倫や、娘が間男の子だったという真実にはじめは腐っていたのだが。
「美人が冷遇されてるってことは……この世界の美人って、チョロい?」
大変失礼な結論に至ったのは、小学生も半ば。
前世の妻は強い男が好きだったんだろうけど、今世ではより多様な価値観が存在している。
美女を落とすためという不純な動機ながら、俺は勉学・運動・ファッションなど、出来る限りの努力をすることを決めた。
中二の春学期が終わろうとしていた。
学校帰りに見つけたのは、美人の幼馴染がトボトボと歩いている後ろ姿だった。基本的に明るいやつで、周りに顔のことを言われても元気に切り返して笑いを取るようなやつだ。
ヘッポコなのはいつものことだが、今日は柄にもなく落ち込んでるようだ。
「おーい、美々香」
「……凛太郎?」
爽やか(に他人には見えるらしい)な笑顔を浮かべながら手を降ると、一瞬こっちに目を向けてため息をつく。
一応立ち止まってくれたから、話をする気はあるらしい。
「……私、最近自分の名前嫌になっちゃって」
「俺は好きだけど。 じゃあなんて呼べばいいんだ?」
並んで歩きながら会話を続ける。
同じマンションに住んでいるけど部活動は違うから、学校帰りに一緒になるのはずいぶん久しぶりな気がする。
本当は目の保養のため、もっと遭遇したいものだが。
「呼ばなくていいんじゃない」
「それは困る」
はぁ……ともう一度ため息をついて、下を見つめながら呟く。
「最近は『シューシュー』って呼ばれてるかな」
「へー」
可愛い愛称だな、とは思うが、それにしては美々香の表情が優れないんだよな。
「ま、俺は美々香って呼ぶけど」
「……なんで?」
「なんとなく」
「ふーん」
愛想のない返事をしながら、どことなく嬉しそうな美々香。
マンションのエレベーターで別れるまで、ポツリポツリとどうでもいい話を続けた。
少しはいつものヘッポコぶりが戻ったようで、なによりだ。
数日後、放課後の教室。
俺はある女を呼び出していた。
「凛太郎くん、話ってなんですか?」
体をクネクネさせ俺の前にいるのは、美々香と同じクラスの女で、顔は……なんと言うか、この世界的な意味での美人だ。俺の好みではない。
「美々香のことなんだが、最近様子がおかしくないか?」
瞬間、クネクネが止まる。
俺の精神衛生上はそっちの方がずいぶん良い。
「わざわざ呼び出して、用件はその、シューシューのことですか?」
「そうだけど」
「……酷いです、わざわざ放課後に呼び出したりしたら、期待しちゃうじゃないですか」
今度は目をウルウルさせて熱い視線で見つめてくる。
期待って何を? もー、分かってるくせにー。って感じのフラグでも立てたいのか。
えーっと……よし、流すか。
「ところで、シューシューって呼び方、どういう意味なんだ」
真っ直ぐに女を見つめると、女も見つめ返してくる。
「こ、この前、一緒にシュークリームを食べに行って――」
「ダウト。 悪いけど、事前に情報収集してんだ」
俺はポケットからボイスレコーダーを取り出すと、カチッと再生ボタンを押した。
『傑作だよねー、あのアダ名』
『美々香が名前負けだからって、醜い臭いで醜臭はないわー』
『あたしなら絶対呼ばれたくなーい』
『アハハハハ』
カチッと停止ボタンを押す。
女は青ざめたままこちらを見ている。
「あいつは優しいやつでさ……雨に濡れた捨て犬、マンションでは飼えないからって散々悩んで、犬のために傘を置いて自分は濡れて帰って、その上で自己嫌悪するような、バカみたいなやつなんだよ」
俺は女に一歩ずつ近づく。
その度、女は一歩後ろに下がる。
「顔のこと貶されてもさ、いつもニコニコ笑ってて、そのくせそういう日は小学校からの帰り道、すげー遠回りして帰るんだよ。俺の手をつかんだままさ」
女は壁に背を付ける。
俺は壁に片手をついて、女の逃げ場をなくす。
壁ドン、みたいな状態だ……心底どうでもいいが。
「いつも明るいあいつが、暗い顔して歩いてんだ。
分かれよコトの重大さを!
あいつがお前に何かしたのか?
お前みたいにアダ名で人を傷つけでもしたか!?
お前みたいに集団でこそこそ嘲笑ってたか!?
醜いのは、あいつじゃなくてお前だろうが!!!」
俺の剣幕に、女は既に涙目だ。
だが、最後にこれだけは言わせてもらおう。
「……俺の美々香に、手を出すな」
「だーれがお前のだっ!!!」
バンッと教室の扉が開き、入ってきたのは美々香本人。
予想外の展開に、今度は俺が固まる。
真っ赤な顔をした美々香が、俺と女の間に割り込み、女を庇うように俺に対峙した。
「凛太郎! え、えーっと、お、おすわり!!!」
「あ、はい」
ある意味いつも通りなヘッポコ美々香の様子に少しホッとしつつ、適当な椅子に腰かける。
というか、さっきの言葉、全部聞かれてたのか……?
うぉ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞコレ。
三人で落ち着いて話をした。
というか、話がしっちゃかめっちゃかだったから、俺が整理した。
「まず、美々香と女は親友で」
「そうです」
「ちゃんと綾ちゃんって呼んで」
美々香から突っ込みが入るが無視。
俺は不要に女の名前を覚えないことにして――痛てて頬っぺたつねんなバカ美々香。
「アダ名は1週間限定の罰ゲームで」
「です」
「考えたの自分だし」
あと数日したらアダ名は取り下げるつもりだったらしい。
マジで俺の一人相撲じゃねぇか。
俺は頭を抱えながら続ける。
「落ち込んでたのは全く別件」
「です」
「うん」
本当にアダ名の件じゃなかったらしい。
イジメとかも特にないってさ。
しかも、もう解決したって言うし。(意味深に俺を見ながら)
「で、美々香は俺のもの、と」
「ですです」
「なんでよ!!!」
ちなみに、綾ちゃんには勘違いで暴言を吐いたことを誠心誠意謝ったんだけど、「あんな熱い告白聞いちゃったら責められないし、逆に感動しちゃいました」と完全に応援モードに移行したっぽい。涙目だったのも感動してただけみたいだし。
美々香は真っ赤になって立ち上がる。
そして人差し指をピンと伸ばし、胸を張って宣言する。
「こ、今回のはノーカン! またチャンスあげるから出直してきて!」
えー、と言う綾ちゃん。
俺ももうぶっちゃけちゃったし、いいと思うんだけど。
「あ、あたしは凛太郎がブス専だって昔から知ってたのよ! 保育園の先生しかり、友達のお母さんしかり、美人には目もくれずにブスにデレデレ鼻の下伸ばしてんのをずーっと見てきたの! だから……ブスの中の一人じゃなくて、あたし自身をみて真っ正面から告白してほしいのよ!」
「夢のシチュエーションがあるらしいんです」
「なるほど」
「綾ちゃん!?」
真っ赤になってアワアワしている美々香は確かにちょっとチョロいとこもあるけど。
ただその様子を見ながら、この世界の美人はチョロいぜ、なんて事は二度と思わないようにしようと誓った。まぁ、偉くもなんともない、ものすごく当たり前のことなんだけどね。
あれから10年。
紆余曲折あったけど、俺はサラリーマンになって、美々香は小学校の先生をやっている。
今は育児休業中だけど。
「ただいま、美々香、凛之助」
「おかえりー、今日はカレーだよ!」
生まれたばかりの息子は俺によく似ている。まぁそうでなくても浮気など疑いもしていないけれど。
妻と息子の顔を見るたびに、幸せを噛み締める日々だ。
前世でのゴブリン族の集落での生活、かつての美人妻・ゴブ恵や娘・ゴブ美のことは、もうずいぶんと思い返すことがなくなった。
そして、亜人だらけのこの世界にもずいぶんと慣れたものだ。美的感覚のズレだけはどうしても許容できないが。
今はただ、五分原凛太郎として、この世界で愛を育んでいきたいと思っている。
砕かれた土壁の隙間から外を覗くと、亜人達が群をなして侵攻してくる。
「お……終わったかも」
亜人達は普段3~4匹のグループで行動しており、正面からの戦闘は厄介だが逃げるのは容易い。
だが、今のこの個体数、間違いなく将軍クラスの個体が誕生し、統率を取っているのだろう。
経験上、将軍に指揮されると戦士や魔術師の実力も底上げされ、治癒師も狙いにくい位置に隠れるらしい。逃げる隙もなく、生き残るのは絶望的と言われている。
集落中から集められた兵達は、亜人の戦士に容易く切り伏せられる。
どうやら装備の質も高そうだ。
そして、魔術師から放たれる炎の魔法が、家々を焼き払う。
「――っ、無事でいてくれ」
俺は震える膝をパンと叩くと、自宅にいるはずの妻のもとへと急いだ。
どちらかといえば、俺は異端とは言わないまでも少数派だったのだろう。
亜人達の脅威が増した昨今、集落として武を重視する方向に舵を切るのは何も間違っていない。強いものが尊敬される傾向があるのも仕方がないと思う。
そんな中、俺は文官として働いていた。
体格に恵まれなかったのもあったが、単純に向いていたのだと思う。命の危険がないぶん給料も安いが、集落には絶対必要な存在として、やる気に満ちて働いていた。
美人の妻をもらい、可愛い娘もでき、これから頑張っていこうと。そう思った矢先に今回の襲撃だ。
なんとしても、妻と娘だけは逃がそう。
幸い俺の家の近くにはまだ亜人達も到達しておらず、のんきに散歩しているじいさんまでいた。
周囲に逃げるように呼び掛けながら、俺は玄関の戸を開いた。
「亜人達が攻めてきた、逃げ――」
そこから先、俺は言葉を発することが出来なかった。
妻は、見知らぬ男の上に全裸で跨がっていた。
振り返り、無言で俺を見つめる妻の顔には、驚愕と少しの罪悪感、大きな侮蔑が浮かんでいる。
近くで爆発音が聞こえ、妻と間男がビクッと震える。
間男の顔をまじまじと見た。
見知らぬ男のハズだが、なぜか見覚えがあるような――
そこまで考えて、音が消えた。
視界が真っ白に染まり、体の感覚が無くなる。
(あぁ、娘と同じ顔なんだ、あの男)
――思考が途切れた。
「*****~♪」
ぼんやりとした意識の中、今世の母親の顔を見つめる。
残念なことに母の顔はとても醜いのだが、無垢な愛情と柔らかい子守唄は心地良い。
しばらく本能のまま生活していたが、ある時ふと理解した。
どうやら俺は、妙な世界に生まれ直してしまったらしい。
成長と共に、否が応でも前世との違いを感じてしまう。
まず、魔術が存在しない。知っていれば赤子でも使えるような小魔術が、発動する気配すらないのだ。
その代わりといってはなんだが、魔道具が非常に発達している。生活の細々したところまで魔道具が浸透しているのだ。
テービ? テレビ? 名称はまだちゃんと聞き取れていないが、映像の流れる黒い板の魔道具が最近のお気に入りだ。
次に、知的生命体が単一種族しか存在していない。
前の世界では、獣人・エルフ・ドワーフから亜人まで様々な種族が入り乱れていて、種族によってはたまの交流があったものの、それぞれ排他的に暮らしていた。(亜人は好戦的だったが)
すげージャンプする梨の妖精みたいなのに騙されかけたこともあったが「あれは中に人が入っているんだよ」と近所の子が教えてくれたし、誰にどう聞いても他の知的生命体はいないようだった。
最後に、これが一番違和感のある違いだが、「美しい」「醜い」の概念が前世と全く逆なのだ。
もちろん、必要以上にブヨブヨと太っていれば醜いと判断されるのはこの世界でも一緒だし、胸の大きさや背の高さ、髪の量といった一般基準も、好みはあれどそれほど違和感はない。
違うのは、思わず剣を抜きたくなるような亜人顔の者が美しいともてはやされ、天使と見紛うほど美しい者が醜いと虐げられていることだ。
醜いと思っていたうちの両親や俺自身も、この世界では美男美女と判断されるらしい。
霞がかった前世の記憶がはっきりしてくるうちに、俺はいろいろと考えた。
美しかった妻の不倫や、娘が間男の子だったという真実にはじめは腐っていたのだが。
「美人が冷遇されてるってことは……この世界の美人って、チョロい?」
大変失礼な結論に至ったのは、小学生も半ば。
前世の妻は強い男が好きだったんだろうけど、今世ではより多様な価値観が存在している。
美女を落とすためという不純な動機ながら、俺は勉学・運動・ファッションなど、出来る限りの努力をすることを決めた。
中二の春学期が終わろうとしていた。
学校帰りに見つけたのは、美人の幼馴染がトボトボと歩いている後ろ姿だった。基本的に明るいやつで、周りに顔のことを言われても元気に切り返して笑いを取るようなやつだ。
ヘッポコなのはいつものことだが、今日は柄にもなく落ち込んでるようだ。
「おーい、美々香」
「……凛太郎?」
爽やか(に他人には見えるらしい)な笑顔を浮かべながら手を降ると、一瞬こっちに目を向けてため息をつく。
一応立ち止まってくれたから、話をする気はあるらしい。
「……私、最近自分の名前嫌になっちゃって」
「俺は好きだけど。 じゃあなんて呼べばいいんだ?」
並んで歩きながら会話を続ける。
同じマンションに住んでいるけど部活動は違うから、学校帰りに一緒になるのはずいぶん久しぶりな気がする。
本当は目の保養のため、もっと遭遇したいものだが。
「呼ばなくていいんじゃない」
「それは困る」
はぁ……ともう一度ため息をついて、下を見つめながら呟く。
「最近は『シューシュー』って呼ばれてるかな」
「へー」
可愛い愛称だな、とは思うが、それにしては美々香の表情が優れないんだよな。
「ま、俺は美々香って呼ぶけど」
「……なんで?」
「なんとなく」
「ふーん」
愛想のない返事をしながら、どことなく嬉しそうな美々香。
マンションのエレベーターで別れるまで、ポツリポツリとどうでもいい話を続けた。
少しはいつものヘッポコぶりが戻ったようで、なによりだ。
数日後、放課後の教室。
俺はある女を呼び出していた。
「凛太郎くん、話ってなんですか?」
体をクネクネさせ俺の前にいるのは、美々香と同じクラスの女で、顔は……なんと言うか、この世界的な意味での美人だ。俺の好みではない。
「美々香のことなんだが、最近様子がおかしくないか?」
瞬間、クネクネが止まる。
俺の精神衛生上はそっちの方がずいぶん良い。
「わざわざ呼び出して、用件はその、シューシューのことですか?」
「そうだけど」
「……酷いです、わざわざ放課後に呼び出したりしたら、期待しちゃうじゃないですか」
今度は目をウルウルさせて熱い視線で見つめてくる。
期待って何を? もー、分かってるくせにー。って感じのフラグでも立てたいのか。
えーっと……よし、流すか。
「ところで、シューシューって呼び方、どういう意味なんだ」
真っ直ぐに女を見つめると、女も見つめ返してくる。
「こ、この前、一緒にシュークリームを食べに行って――」
「ダウト。 悪いけど、事前に情報収集してんだ」
俺はポケットからボイスレコーダーを取り出すと、カチッと再生ボタンを押した。
『傑作だよねー、あのアダ名』
『美々香が名前負けだからって、醜い臭いで醜臭はないわー』
『あたしなら絶対呼ばれたくなーい』
『アハハハハ』
カチッと停止ボタンを押す。
女は青ざめたままこちらを見ている。
「あいつは優しいやつでさ……雨に濡れた捨て犬、マンションでは飼えないからって散々悩んで、犬のために傘を置いて自分は濡れて帰って、その上で自己嫌悪するような、バカみたいなやつなんだよ」
俺は女に一歩ずつ近づく。
その度、女は一歩後ろに下がる。
「顔のこと貶されてもさ、いつもニコニコ笑ってて、そのくせそういう日は小学校からの帰り道、すげー遠回りして帰るんだよ。俺の手をつかんだままさ」
女は壁に背を付ける。
俺は壁に片手をついて、女の逃げ場をなくす。
壁ドン、みたいな状態だ……心底どうでもいいが。
「いつも明るいあいつが、暗い顔して歩いてんだ。
分かれよコトの重大さを!
あいつがお前に何かしたのか?
お前みたいにアダ名で人を傷つけでもしたか!?
お前みたいに集団でこそこそ嘲笑ってたか!?
醜いのは、あいつじゃなくてお前だろうが!!!」
俺の剣幕に、女は既に涙目だ。
だが、最後にこれだけは言わせてもらおう。
「……俺の美々香に、手を出すな」
「だーれがお前のだっ!!!」
バンッと教室の扉が開き、入ってきたのは美々香本人。
予想外の展開に、今度は俺が固まる。
真っ赤な顔をした美々香が、俺と女の間に割り込み、女を庇うように俺に対峙した。
「凛太郎! え、えーっと、お、おすわり!!!」
「あ、はい」
ある意味いつも通りなヘッポコ美々香の様子に少しホッとしつつ、適当な椅子に腰かける。
というか、さっきの言葉、全部聞かれてたのか……?
うぉ、めちゃくちゃ恥ずかしいぞコレ。
三人で落ち着いて話をした。
というか、話がしっちゃかめっちゃかだったから、俺が整理した。
「まず、美々香と女は親友で」
「そうです」
「ちゃんと綾ちゃんって呼んで」
美々香から突っ込みが入るが無視。
俺は不要に女の名前を覚えないことにして――痛てて頬っぺたつねんなバカ美々香。
「アダ名は1週間限定の罰ゲームで」
「です」
「考えたの自分だし」
あと数日したらアダ名は取り下げるつもりだったらしい。
マジで俺の一人相撲じゃねぇか。
俺は頭を抱えながら続ける。
「落ち込んでたのは全く別件」
「です」
「うん」
本当にアダ名の件じゃなかったらしい。
イジメとかも特にないってさ。
しかも、もう解決したって言うし。(意味深に俺を見ながら)
「で、美々香は俺のもの、と」
「ですです」
「なんでよ!!!」
ちなみに、綾ちゃんには勘違いで暴言を吐いたことを誠心誠意謝ったんだけど、「あんな熱い告白聞いちゃったら責められないし、逆に感動しちゃいました」と完全に応援モードに移行したっぽい。涙目だったのも感動してただけみたいだし。
美々香は真っ赤になって立ち上がる。
そして人差し指をピンと伸ばし、胸を張って宣言する。
「こ、今回のはノーカン! またチャンスあげるから出直してきて!」
えー、と言う綾ちゃん。
俺ももうぶっちゃけちゃったし、いいと思うんだけど。
「あ、あたしは凛太郎がブス専だって昔から知ってたのよ! 保育園の先生しかり、友達のお母さんしかり、美人には目もくれずにブスにデレデレ鼻の下伸ばしてんのをずーっと見てきたの! だから……ブスの中の一人じゃなくて、あたし自身をみて真っ正面から告白してほしいのよ!」
「夢のシチュエーションがあるらしいんです」
「なるほど」
「綾ちゃん!?」
真っ赤になってアワアワしている美々香は確かにちょっとチョロいとこもあるけど。
ただその様子を見ながら、この世界の美人はチョロいぜ、なんて事は二度と思わないようにしようと誓った。まぁ、偉くもなんともない、ものすごく当たり前のことなんだけどね。
あれから10年。
紆余曲折あったけど、俺はサラリーマンになって、美々香は小学校の先生をやっている。
今は育児休業中だけど。
「ただいま、美々香、凛之助」
「おかえりー、今日はカレーだよ!」
生まれたばかりの息子は俺によく似ている。まぁそうでなくても浮気など疑いもしていないけれど。
妻と息子の顔を見るたびに、幸せを噛み締める日々だ。
前世でのゴブリン族の集落での生活、かつての美人妻・ゴブ恵や娘・ゴブ美のことは、もうずいぶんと思い返すことがなくなった。
そして、亜人だらけのこの世界にもずいぶんと慣れたものだ。美的感覚のズレだけはどうしても許容できないが。
今はただ、五分原凛太郎として、この世界で愛を育んでいきたいと思っている。
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コメント
ノベルバユーザー603850
こんな彼氏欲しい! って、思っちゃいました。
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