BOXes 20@1

神取直樹

色彩は事足りてとし

「で、どうするこの後」
 右肘に包帯を巻きつけた了が、カウンター席で晶に問う。黒のタートルネックが銀髪を映えさせ、懸命にコートの染み抜きを試みている晶がその隣に居た。
「黙れ!集中できない!」 
「そんなん取ってて意味あるかい!話聞け!」
 だが染みは抜けなくても、元々の色が黒であることを考えればちょっとクリーニングに出せば良いだろう。
 もしそうだとしても、如何せん彼が心配するのはそこではない。針で開いた穴をどう修復するかだ。汚れが落ちてもダウンコートの穴はほとんどどうすることも思いつかない。
「あぁ……無理だ……結構気に入ってたのに……」
「お前本当に危機感ってのがないよな」
「うるせぇエセ紳士」
「黙れゴミ」
 いつものような言い合いを始めると、それを遮るように夜が二人の間に割って入った。
「とまあ、冗談はさて置き」
 そう言うと、片手に酒瓶を持ったままもう一つの手でジャックを指差す。
 ジャックは戦闘前と変わらず、ブルーライトに照らされていた。変わったことと言えば、疲れが見え始めているということぐらいだろうか。
 出続けるエラーの文字。それを見守るのは五人程度。元から室内で待機していた後四人は、戦闘員の手当てに力を入れている。
「どんだけむずいンだよ。というかあれ以上やらせたらヤバいだろ。また位置とか確定されて」
「それは無い」
 晶が指摘すると割り込んできたのはヒヨ。しきりにテーブルで咀嚼音を立てるイヴの隣で、新聞か何かを読んでいた。
 彼は一通り食事を終えたイヴの手と口を拭き、姿勢を立て直す。
「奴等、何で室内まで入って来なかったのか解るか。その上俺を殺しに来なかったし、奴等の目的は情報漏洩を止めることじゃなかったんだろう。中にいると気が付かなかったわけでもないんだろうしな。それに、コレはお前たちを知っていると言ってたらしいじゃないか」
 ヒヨがコレと指差したのはイヴの目の前に散乱している肉塊のことだ。最早、原型を留めていないが、それは確かに先程まで生きて晶達に向かってきた女性である。それをほんの数分前までイヴが食していたのだが、それを咎める者はいない。
 だがよくよく考えてみればヒヨの言っていることも解る気がする。晶と了にはその心当たりがあった。
「国に雇われているってか、国に仕えてるって話してたからな。十一年前のことを知ってても不思議じゃない。今更それを追ってくる意味も分かんないけど」
 了が呆れた顔で答えた。
――――もう十一年経っているのに、思い出すのはあまり良くない。
 腹の中で何かが渦巻くような、何かを抉られたような感覚が襲う。頭が痛い。酒を飲みすぎたのかもしれない。そう思って、近くの水道から水を取り、飲み干す。
「大丈夫?」
 沙汰が血液の付いた包帯を纏めながら、頭をかしげていた。
「あぁ、大丈夫だ」
「なら良いよ。それにしても、どうしてあの子起きないんだろう」
 沙汰の顔が向く方向を了と晶も見つめ、二人同時に理解した。
「忘れてた」
 国の女が来たのも原点は彼だ。虫に集られ、倒れ、気絶したままの青年。十一年前、皇居の近くにいたという氏名年齢経歴もわからない。ただ、解るのは【霊媒体質】であることだけだ。
 霊媒体質は霊や妖怪と言った類いに好まれやすい。言ってしまえば、霊が大好きな能力をダダ漏れしている状態である。その為、それを吸いに虫や霊等が集る。
「でもよ、そろそろ起きてても良いんじゃないか? 呼吸は安定してたし、爆発音もしてただろう?」
 了の言葉は正論である。青年は何故か起きて来ない。ちょくちょく沙汰が見に行っているらしいが、起きる様子もないという。
「…………」
「晶?」
「ちょっと行ってくる」
 突然、晶が席を外して仮眠室へ向かう。
 刹那、聞き覚えの無い叫び声がPandora全体に響き渡った。
「あの、すみません! 本当にすみませ……いだだだだだだだだ! 待って下さいそこ乳首! 痛い痛い! 凄くイタタタタ……!」
 何が起きているかはわからないが、トーンの高い声が悲痛を訴えている。助けに行くべきか、それともそのまま放置して自分が助かるべきか。それを最初に考えなければならない。
「……行ってくる」
「がんばれー」
 了が立ち上がると、息を飲んで周りは見つめている。晶の奇行を止めるのは双子の兄としての責任だ。これもそう考えた結果の行為。だが、そんなこともつゆ知らずに晶は何かやっているのだろう。叫び声は止まない。
 彼がすることは基本的に予測不能で、狂気的だ。イヴのように大体パターン化しているのならまだ良いが、突然意味のないことをしようとしたりするので、仲間たちも手が付けられない。
 ふと、扉を開けようとした瞬間、叫びが止まった。
「……っ!」
 まさかとは思うが、息すら止まったのではないかと勢いをつけて扉を開いた。


「…………何してんだ」
 そこにいたのはベッドの下に隠れる青年。それを晶が覗く形になっていた。
「あ。よく来たな。起きたぞ」
「起きたぞじゃねぇよ。何が起きたんだよ。何したんだよお前」
 近づいてみれば、青年のすすり泣きが聞こえる。よほど恐ろしい目にあったのだろう。同情すら湧いてきたが、青年は覗きこんだ了を見て更に体を震わせる。
「ヒッ」
「あぁ、すまない。俺はコイツの兄だ。大丈夫か?」
「スミマセン嘘ついてスミマセンスミマセンスミマセンスミマセン……」
 何かに祈りを捧げるような格好で、手を合わせ、懺悔とも取れる言葉を続けている。
「晶」
「なあに了」
「責任はお前が取れよ」
「モガッ」
 ヒュッと音がする勢いで、了の左腕が晶の顎へと吸い込まれていった。
 倒れてそのままのそれを無視し、了は首をかしげる。怖がり様は置いておいて、コイツは何者だろうか。もし、国側の人間だというなら、どう向き合おうか。そもそも自分をハッキリ見てどう思うだろうか。
 頭の中で色々なものがグルグルと回る。
 青年の目を見ようと屈み、ベットの下に呟いた。
「ちゃんとこちらを見ろ。痛めつけたのは悪かった。ただ、起きて事情を話してほしかった。俺たちもお前にほとんどのことを話すことが出来る。まず、お前をここに連れてきたこと――――」
「知ってます。それは」
 青年がゆっくりと語りかけるように口を開く。
「僕、霊媒体質ですから」
 晶の倒れている方とは逆から、身を地上へと出した。青年は乱れていた胸元を少しだけ顔を赤めらせ、直す。白い皮膚と黒い髪。初めて見ることが叶った瞳は深みのある緑。
「知ってるのか」
 青年は笑う。
「自分が特別だということは、生まれてこの方ずっと教えられていますから」
「なら、その眼も?」
「貴方だって普通じゃないのでしょう?」
「成程、うちの馬鹿弟よりは頭が回るらしい」
 観念したよ、と言うと、了は目元に指をかざす。否、眼球に人差し指を触れさせ、瞳を覆っているそれを取り出す。そこで顔を覗かせたのは深紅。
「色も普通じゃなければ、見えてるものも違うがな。弟と全てが反対だ」
 未だ気絶して起きない晶を足で蹴飛ばし、踏みつけた。
「まあ、大きな話は後にしよう。まずはコイツを起こさなきゃならない」

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