BOXes 20@1

神取直樹

あやふやの双子≪初編2≫

 車を走らせ約二十分。MN区の高級住宅街の中にある隠れ家的バーの前に車を止めた。
 人が一人入れるくらいの階段に、狭い通路。それが地下まで続いている。昼間に営業されている一階のカフェはもう閉店したらしく、CLOSEと書かれた看板が立てられていた。無機質な廊下を進んでいくと【pandora】と書かれた扉がある。
 それを晶は右手で開け、左手で青年を抱え直した。
「やっと来たか!」
 了が晶を見た瞬間、そう叫ぶ。 
 扉を開ければそこは別世界。無機質な感じを全く受けない様々な物が置かれ、様々な人が様々なことをしている。
 一人はパソコンの前でブルーライトを浴びながら何やら作業し、一人はぬいぐるみの輪の中で新しいぬいぐるみを作成していた。その他にもカウンターの中でオカルトの週刊誌を読むバーテンダー等、一癖も二癖もありそうな人物が多々存在している。
 晶を呼んだ了は日本人らしい黒い髪に、白いジャケットを着こんだ男。晶と違って頭を隠すこともなく、至って普通の着こなしだ。彼が着けているピアスは晶と同じ型の物だが、髪で隠れて見えていなかった。
 了は睨むのを止め、晶を確かな目で見つめる。
「左手のそれが病人か」
「あぁ。沙汰、看病よろしく。俺は夜に用がある」
 持っていた青年を近くの円状のソファに投げ、近くにいた学生服の少女、沙汰に目で指示する。沙汰は青年を軽々と持ち上げ、ベットのある仮眠室へと連れて行った。
 さて、晶が虫に遭遇した事の発端である夜といえば、晶を見つめて逃走の準備を図っている。先程まで酒を嗜んでいたらしく、カウンターには一つの御猪口が倒れている。臭いからして彼の大好きな日本酒だろう。
「夜、まずは俺に言うことがあるだろう」
「え、えっと。いや、あのね。手違いでさ。手違いというかSNS運営の所為というか……バグでお前にだけメッセージが入らなくなってて……」
「言い訳はよろしい。まあ、おかげであの病人を助けられたわけだし、許すつもりだがな」
 ん? と、夜は不思議そうな顔で晶の顔を覗いた。
「そういやあの人、ただの病人じゃないんだろ? 妙に体力が削られてるし、まさか虫に集られたのか?」
 夜はとても察しが良い人間だ。今までその洞察力で生き抜いてきたと言っても過言ではない。
「あぁ、面白いことに死んで間もない娘がくっついていた。流石にあんなのが虫を大量に放出できるとは思わないから、あの病人自体に何かがあるのだと思ってな。研究材料にもなりそうだから連れてきたんだ」
「ふうん。なら、イヴ?」
 その声を聞きつけて振り向いたのは白髪の男。否、白髪の少女イヴである。
 彼女はテーブルの一角に得体の知れない爬虫類や節足動物の死骸を置き、本を片手にそれを頬張っていた。その手を止めて、目だけで晶たちを伺うと、食べかけの蜘蛛をテーブルに戻して口を動かす。
「私が思うに、その人霊媒体質なんだよ。虫だって霊の欠片みたいなものだしね。寄せ付ける人は寄せ付けるものだよ。というかあの人、ちょっと確認させて?」
「何故?」
「私、見たことあるかもしれない」
 沙汰が出てきた部屋の扉へ動物の体液まみれのまま進んでいく。流石にそれは勘弁してくれと、バーテンダーが出てきて、先に服を着替えろとシャワー室へと誘導した。
「ヒヨさんスミマセン」
 了がバーテンダーのヒヨに謝ると、一言。
「流石に仮眠室まで汚されると手の施しようがないんだ」
 ヒヨこと片山比寄は、そう残してイヴの着替えとなる服を取りに行く。彼はイヴの身元引受人ということもあり、世話焼きであった。テーブルを片付け、一通り掃除をすると、部屋から着替えて来たイヴを捕まえて青年のいる部屋へとまた誘導をかける。
「大丈夫かあの人等」
「ヒヨさんいるなら大丈夫じゃね?」
 双子の会話は淡々と繰り広げられるが、後ろから見ている夜や沙汰にはどちらが話しているのかわからない。ただ、姿はほとんど違い、フードを被るのが晶。被らずに平常なのが了である。晶はいつもフードを外さないため、それだけでよく見分けがつく。
 しかし、本当は二人とも平常時でも解るのだが。
「うっし!解ったぞ!」
 突然出てきたイヴがまたヒヨに誘導されて晶達の前、カウンターの中に入る。晶のフードの中をチラチラと覗き、ほほ笑んだ。
「皇居あたりで見たんだよ。懐かしい」
「皇居?」
 了が問うと、イヴは忙しく首を彼の方に向け、また口を開いた。
「多分、出てくる頃に一度だけ。十一年も前だからあやふやで誰かまでは解んないなぁ」
 そう言った瞬間、パソコンの多い隅の方が、一気に明るくなる。眼鏡をかけた少年ジャックが、液晶画面を全部使用しての作業を開始する。
「勝手にジャックが調べ始めてるけど俺これを止めるべきなの? それとも放任して良いの?」
「良いんじゃないか?」
 手が省ける、と了が呟いた瞬間に、耳を揺るがすようなけたたましい警報音が響く。音の元はジャックの手元、スピーカーである。
「どうした!」
 了の問いにジャックは何も答えず、両手と脳をフル回転していた。画面にはエラーと表示されたウィンドウ。確実に何かに失敗したのだ。
「……流石国だね。そんな簡単には入れさせないか」
 冷や汗隠すように独り言を呟くと、ショートの赤毛にヘッドフォンを通す。
「パスワードしくじったから、そのうち国のチームが来ると思う。仕方がないし、俺はパスワード解読を急ぐから戦闘はリーダー達に任せるね」
「「了解」」
 Pandoraに、重い空気が漂う。彼らにとって戦闘はいつものことだが、今回はおそらく国に雇われている能力者である。
 能力者とは、俗に言う霊能力をベースとした超能力などを使う者のことであり、晶達もそれに属していた。特にPandoraにいる彼ら全員は霊視は当然のこと、異常なまでに高い演算能力から殺傷能力の高いサイキックまで、様々な種類の能力をそれぞれ有し、操ることが出来る。
 だが、それは一般には知られていないことであり、彼らのように裏で生きる者の特権のようなものでもある。そして、裏で国に雇われて来るとしたら、それ相応の強さの能力者だ。
 パスワードの解読を開始して五分。
「あー……来るよ」
 バーの裏手から爆発音と打撃音。
 戦闘員である全二十名中半分の十名は、音の方向である裏口に向かう。その他はコンピュータの前に集まりジャックを見守る。いつもの戦闘時の体制だ。
「どうもお早う御座いますお国の方々」
 晶の声は合図となった。

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