負け組だった男のチートなスキル

根宮光拓

第十三話 絶望の果てに

 あれからコウスケは時間の経過を忘れるほど泣き喚いた。心を蝕む絶望という黒い感情を必死に流すように。
 常に真っ暗なこの洞窟内で、もはやコウスケには時間の感覚は失われていた。

 涙が枯れ果てた頃、コウスケは洞窟内に響く音を捉えた。その音というのは、実に原始的な、カサカサといったような音だ。
 それにコウスケは、目、耳、鼻の感覚を強化している状態だ。並みの人間よりも音には敏感になっている。

 コウスケは目をその音のする方へ向ける。

 このコウスケのいる洞窟の一角は、一つの部屋のように広い空間が広がっていた。細い穴も奥に見えることから、この洞窟はまだまだ先があるのだと予想できる。
 そして、視力を得たことによって気が付いたことだったが、この空間には人骨で溢れかえっていたのだ。理由は定かではないが、恐らく洞窟の冒険で遭難した人々。だとは考えられない。そう考えるには、あまりにもこの場にいる人骨たちの装備が軽装過ぎるからだ。
 ならばこの洞窟は、身寄りのない人々の死体安置所的な場所なのだろう。事実、コウスケも死んだと思われた可能性が高いのだから。一つ否定するとすれば、安置ではなく投棄に近いという点か。

 話は戻るが、音の正体についてだ。
 当然ながら、ここが洞窟である以上、何らかの生物がいることは間違いない。こんなにも死体エサが放置されていくのだ。それを狙う獣類がいると考えたほうが良い。
 そして、コウスケの視界にある生物が映った。パッと見るとただのネズミであるが、よく見ると目が赤く、小さな角が額から生えている。コウスケの記憶には、地球にはあんな生物はいない。つまり、あのネズミのような生物は、魔物である可能性が極めて高いという結論にたどり着いた。

「鑑定」

 枯れた声でコウスケは呟く。
 魔物に対し初めて鑑定を使うが、正常に作動してくれた。


名前  カーケスキャベッヂ
種族  魔獣
スキル 超感覚 危険察知  

 とはいえ、余りにも簡素な内容だった。魔物にはレベルの概念がないのかも知れない。とはいえ、初期値が分からないコウスケにとって見れば、レベルで惑わされずに済んだので、逆に良かったとも言えた。
 さて、あの魔物の強さは、今まで魔物を鑑定してこなかったツケで分からない。だが、容姿、スキルを見る限り、食物連鎖の頂点にいるような魔物ではないと予測される。

 その魔物は鼻をヒクヒクさせながらコウスケの方へ近づいてくる。コウスケエサを発見したのだ。
 このまま生きたまま食われるなんていう地獄を味わいたくないコウスケだが、成す術がないのも事実だった。武器となるような物もなく、あったとしても持つ手がない。
 次第にそいつは近づいてくる。
 そして、コウスケに触れるかどうかのところまで近づいてきた。

「ファイア」

 ボワッとネズミの体が燃える。魔法を唱えたからだ。
 本来なら、危険察知というスキルを持ったこのネズミには通用しなかったはずなのだが、今のコウスケは死体(隠蔽)であったため、それが作動しなかったのだろう。

「ギュヴゥ」

 金切り声を上げ、ネズミは無我夢中でコウスケの肉を噛み千切る。
 痛みで気が遠くなるが、歯を食いしばり、その噛まれた箇所を強化する。
 キーンと脳内に刺さるような痛みが襲う。だがその代わりにネズミは肉を食いちぎれなくなった。
 そのネズミは燃え尽きた。

「はぁはぁ」

 急いで強化を解除する。
 すぐ傍には燃え尽きたネズミの魔物。


名前  魔獣の肉


 鑑定した結果だ。
 死ぬと、生物ではなく物と同じ扱いになるようだった。

 果たしてこれは食えるのか。まずコウスケは思った。
 この洞窟に来てからどのくらい時が過ぎたか分からないが、確実に飢餓が迫っている。
 そこで、コウスケはその鑑定結果のビジョンを詳しく表示しようと、腕を出そうとするが、腕がないことを思い出す。気を取り直して、顎でその名前に触れた。


『魔獣の焼き肉』
魔獣の肉。食用には向かないが、毒はない。人体には無害とされているが--


 その説明を見てコウスケはホッと息を吐く。
 一先ず空腹は免れそうだった。
 ついでにそこらへんに生えているキノコも鑑定してみる。

『洞窟の闇キノコ』
魔物が巣くう洞窟によく生えているキノコ。基本的に毒はないがある特定の条件を満たすと突発的な体の変化をもたらす可能性がある。

 この空腹でコウスケの頭はまともには働いていなかった。ある特定の条件に当てはまることなんて起こるわけがないと直ぐに頭の隅に追いやり、二つとも食した。

 それからまた時間が過ぎ、コウスケの意識はほとんど残っているとは思えない状況になっていた。それでもまだ意識を保っていられるのは、強化によって痛覚を味わうという無茶な方法を取っていたからだ。
 だが、それもそろそろ効かなくなって来ていた。
 肉は時々来る、魔物を食らっていたが、何せ水がない。
 水の方が食べ物より、大切なのは明らかで、コウスケは既に声を発する力さえ残っていない。このまま死んでしまう。本能がそう告げていた。
 だが、それとはまた別の死が近づいてくるのを耳が捉える。
 ドスンドスンと今までとは違った足音。
 その音の主をコウスケの強化された視界が捉える。

 その姿を一言で形容するなら恐竜だ。
とはいえ、本で見た時は格好良いといったような憧れがあったが、実際に目をするとなると、死、という言葉しか浮かばない。爪、牙、目、全てが鋭い。加えて物凄い獣臭を放っている。まさに生物を殺すために生まれてきたような存在だ。
 嗅覚を強化していたコウスケは思わず顔を顰める。
 それと同時に、これまでの理不尽な人生に無性に腹が立った。

 さらに死を目の前にして今まで心の奥底にしまっていた、たがが外れた。

――奇跡なんて起きない。降りかかる災いなんて自分の力でコワセバイイ。

 コウスケの心にあった黒い感情の目が確かにその時、芽吹いた。
 今まで受けてきた不幸。その全てが黒い種子となり心を苗床とする。さらに襲い掛かる理不尽な出来事。その種が芽吹くのは必然だった。
 そして災いの対象へ視線を向ける。
 痛みなんてどうでも良い。コウスケは全身に強化を施す。

「あぁぁああああ!」
「グオオオオ!」

 両者とも声を荒らげた。これではどっちが獣か分からないな、と自嘲気味に笑みを浮かべる。
 だが、次の瞬間には人間らしい理性を吹っ飛ばした。
 そんな時、かすかに脳内に声が響いたのが聞こえた。

 『状態スキル「――化」を獲得しました――』

 次の瞬間、コウスケは痛みなど無かったかのように立ち上がる。とはいえ、片方の足は捻じれているのでバランスは悪いが、それでも立ち上がる。

 この際、格好なんてものはどうでも良い。
 肩を噛み付かれた。どうでもいい。
 頭突きを食らわせた。視界が血で霞む。どうでもいい。
 蹴りと同時に、足が砕ける感覚がした。どうでもいい。

 コウスケは目の前の敵を倒すことを最優先にし、その他の要素は隅へ追いやった。

 コウスケが持ち得る攻撃手段は、蹴り、頭突き、噛み付き、体当たり。
 対して、魔物の攻撃手段は、噛み付き、切り裂き、体当たり。
 両者とも自分の体を使っての攻撃だった。当然、身体能力に劣るコウスケは分が悪い。だがその劣った部分をコウスケは強化で補い、それに伴う痛覚なんて気にせず攻撃を続ける。
 加えて、体格の大きな魔物は、この狭い洞窟内では小回りがきかない。なので場の有利はコウスケにあった。

 その戦いは、時の流れを感じさせないこの洞窟で、どのくらい続いただろうか。
 両者は、既に満身創痍だった。コウスケは初めからボロボロだったが、今はそれよりも遥かにひどい状態だった。額は割れ、足の骨も粉々。その状態で立てているのがおかしいぐらいだった。
 だが、それは相手の魔物も同じだった。もはや圧倒的勝者としての面影は消えうせ、全身血まみれ、牙もいくつか砕け、片目も潰れている。普通の魔物、獣なら逃げ出す傷なのだが、この魔物は真っ直ぐとコウスケの方を向き、未だに闘争本能を剥き出しにしていた。

 再び、繰り広げられる己の肉体を使っての殴り合い。
 もはや、人と魔物の戦いではない。

 長い間の死闘を繰り広げた二つの生物だったが、決着はすぐに訪れた。

「ああぁぁあああ!」

 コウスケは今出せる最大の叫び声を放ちながら、魔物の懐へと飛び込んだ。
 そして、次に今持ち得る全ての力を出すべく、再び言葉を紡ぐ。

「鑑定! 強化ぁぁああ」


名前   ファイクラウルス
種族   魔獣
状態   視力低下 骨折多数 内臓破損
スキル  限界突破 超感覚   転化



――強化によって項目の増えた目の前に広がる細かな情報をスラスラと読み飛ばして、とうとう目当ての項目が見つかったコウスケは口の端を少しだけ上げた。



弱点 右脇腹


「そこだぁあああああああ!」

 ステータスに記されていた箇所目掛けてコウスケは頭から突っ込んだ。

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