異世界でウサギダンジョン始めました

テトメト@2巻発売中!

第51層 流星のごとく


「きゅい!」

俺とシルフの眼前で落ちてきた白い流星は、俺の命を奪うべく振り上げられた棍棒へと飛んでいき・・・そのまま通り過ぎて落とし穴の中へと着地した。

「グギャァ!」
「っ!」

突然の乱入者に驚いた様子のゴブリンだが、だからと言って一度振り下ろし始めた棍棒が止まる事は無い。
これで終わりかときつく目をつむる俺へと振り下ろされた棍棒が・・・そのままブンと頭上を空振った。

「グギャ・・・?」
「え・・・?」

俺の最期を予期していた俺とゴブリンが予想外の結果にパチクリと目を合わせ、次にゴブリンが持つ棍棒へと目を向ける。

・・・いや。棍棒だった物、か。

柄しかないその木片は大部分が圧し折られて消滅しており、既に棍棒としての役目を果たせる状態じゃない。
ではその圧し折れた大部分はどこへいったのかと言えば・・・

「きゅい?きゅい!」
「グギャア!!」

お望みの物はコレ?とばかりに傍らに置いてある棍棒の片割れを指し示したウサギちゃんがリフティングの要領で棍棒を真上に蹴り上げ、続いて自分も軽く跳躍しながらの空中回転蹴りで棍棒を完全に木屑に変えてしまった。
・・・いや、固定されてるならまだしも空中にある棍棒を蹴りで粉砕ってどんな威力なんだよ・・・
え?あれ?俺がおかしいの?近接職ならあれぐらい出来るもんなの?・・・ダメだ。シルフは自分の事で手一杯でアイコンタクトする余裕すらなさそうだ。

「きゅい、きゅい」
「グギャア!!」

もふもふなおててをクイッとして「こいよゴブリン!武器なんか捨ててかかって来い!!」と挑発するウサギちゃんへと持っていた棍棒の残骸を放り投げたゴブリンが襲い掛かる。

「グギャア!」
「きゅい!」

小さなウサギちゃんを捕まえようとしたのか飛び掛かってきたゴブリンに対し、斜め前へと一歩踏み出したウサギちゃんが飛び掛かるゴブリンの腕へとそっともふもふのおててを添えたかと思うと、空中で加速したゴブリンが上下逆さまになって壁へと突っ込んでいった。

「グッ・・・ギャハァッ!」
「きゅい・・・」

ゴブリンをぶん投げた態勢で残心をするウサギちゃん。
えっと・・・なにごと?ウサギちゃんがちょっと触っただけでゴブリンが吹き飛んだんだが・・・まさか柔術?合気道?あの手で!?指無いよ!?いや、指はあるけどそうじゃなくって・・・!

「グギャァァァ!」
「きゅい!」

ウサギちゃんにあっさり投げ飛ばされた力量差が分からないのか認められないのか。ちょっとふらつきながら起き上がったゴブリンが再びウサギちゃんへと襲い掛かる。手を出すのが危ないという事は分かったのか、サッカーボールキックでウサギちゃんを蹴り飛ばそうとしたゴブリンだが、走りこみながら大きく足を振り上げたキックが当たるはずも無く、軸足にしている左足の外側にテクテク歩かれるだけで回避されてしまう。

「きゅい!」
「グギャ!?」

あえてゆっくり歩いて回避したウサギちゃんを追うようにキックの方向を無理やり変えたゴブリンは体が捻じれかなり不安定な態勢になっている。それを待っていたかのように・・・いや。実際待っていたのだろう。急加速したウサギちゃんがゴブリンの軸足へと足払いをかけた。

「きゅいきゅい!」

右から左へと薙ぐ様にゴブリンの足を払ったウサギちゃんは、その勢いを殺さずに体を回転させつつ、地面に片手を付いてブレイクダンスの様に態勢を変化させるとそのまま片手の力だけで跳び上がり、足を払われゆっくりと後ろに倒れつつあるゴブリンの背中を迎え撃つ様に蹴り飛ばし・・・自分の何倍もの大きさと重さを持つゴブリンを上空へ吹き飛ばした。

「グギャ!?グギャアァ!??」
「きゅい」

あわあわと四肢をバタつかせて無様に滞空するゴブリンとは対照的にすちゃっと華麗に着地したウサギちゃんがゴブリンへと右手を向け・・・

「きゅい!」
「グ、・・・ギャァアアアアアアアア!!」

ウサギちゃんがキュッと拳を握るとゴブリンは空中で爆発四散。
俺を殺しかけたゴブリンはウサギちゃんの活躍によりあっさりと撃破されてしまった・・・
というか最後の魔法だよな?近接戦があれだけ出来て魔法まで使えるのか?・・・あれ?俺よりも強・・・いやなんでもない。うん。俺はなんにも気づいてないです。

「ありがとな~ウサギちゃん。おかげで助かっちゃったよ」
「きゅい!」
「ふぃ~・・・なんとか波が引いてきたよ。ウサちゃん。お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」

えっへん!と踏ん反り返るウサギちゃんを心からの感謝を込めてなでなでしていると、今更になって再起動したシルフが内股になってプルプルしながらウサギちゃんをなでなでするためによたよたと近づいてきた。
・・・そこまでしてウサギちゃんを撫でたいのか・・・まぁ、気持ちは分からんでも無いが・・・

「じゅんにぃこっちの落とし穴みたいだよ?」
「お客さ~ん。生きてますか~?あ、いたいた」

そこへ穴の上から聞き覚えのある声が降ってきて、上を見上げるとダンジョンの入口で会ったウサギレンタル店の店長さんたちがいた。
お~!ウサギちゃんが帰ってきたから期待してたけど本当に助けをよんできてくれたんだな!おーい助けてくれ~!

「今ロープを下ろすから捕まるなり体に縛るなりしてもらえば引き上げますよ~」
「1人ずつでお願いね!」

さっきまでの戦闘の反動か緊張感の抜ける店長さんのてきとーな声とウサミミ少女の明るい声を聞いて体から力が抜けていき、生き残れたんだと言う実感が沸々と沸いてきた。いや、今回はかなり危なかった・・・今度からシルフにはオムツを履かせよう。そうしよう。

「あ。ロープきたきた。どうするシルフ?先に登る?俺は自力でロープを登るなんてアクロバットは出来ないから先に登って引き上げてくれると助かるんだが・・・」
「・・・ねぇ、お姉ちゃん。私1つ気づいた事があるんだけど・・・」

やっとこの落とし穴から脱出できるというのに俺へと投げかけられたシルフの声は不安と恐怖に彩られた震え声だ。
さっき俺が感じた違和感もあり、何か致命的な見落としをしているのではないかとシルフへ振り返った俺へと、シルフは掠れる声で絞り出すように言葉を紡いだ。

「ろ、ロープを登るにはロープを足で挟んで力を入れなきゃでしょ!?そんなの無理!でもお腹にロープを縛って釣り上げるとかもっと無理!!どどどど、どうしようお姉ちゃん!!」
「知らねぇえよ!!!もう脱出できるんだからどっかその辺の隅っこですればいいんじゃねーの!?というか別にロープを縛る場所がお腹じゃないとダメなんていう決まりは無いし、シルフの握力ならロープに掴まるだけで引っ張り上げてもらえるだろ!」

「ハッ!そうだね!お姉ちゃん頭いい!」
「シルフがアホなんだよ・・・」

尿意が限界過ぎて思考能力落ちてないかコイツ・・・いや、もともとか。

「んじゃ、体重的に俺から上げてもらうから。シルフはちょっと待ってろよ」
「うん。早くしてね。本当にお願いだから、フリじゃないからね!」
「きゅい!」

という訳で最初に俺と、俺にしがみついてきたウサギちゃんを引っ張り上げてもらい、次にみんなでシルフを引っ張り上げた。
シルフは力まない様に力まない様にとしていたみたいだが、やっぱり完全には無理だったらしくまた顔色が悪くなってるな。
まぁ、落とし穴の外には出れたことだし、好きな物陰に行ってして来ればいいさ。

「じゃ、じゃあ私ちょっとお花摘みに行って・・・くる・・・か、ら・・・」
「おう。早く行ってこい。・・・シルフ?」

お花摘みに行くと言っているのに何故かその場から動かずにプルプルと震えるシルフ。
いや?プルプルって言うより・・・ガクガク?なんでまたそんな変な動きを・・・
と思いシルフが見ている先。俺の背後へと目を向けると・・・

・・・ダンジョンの仄暗い暗闇に浮かぶ10対の瞳が俺達をジッと観察していた。

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