異世界でウサギダンジョン始めました

テトメト@2巻発売中!

第28層 バケモノ


「うにゅぅ・・・ままぁ?うしゃぎしゃんは・・・?」

あら?我が家の天使のお目覚めね。
おねむな、おめめを擦りながら。歩いてくるノコは今日もとってもかわいいわね。
今すぐ抱きしめて、食べちゃいたいぐらい。
ふふっ。こんなことを考えてたらまた、あの人が拗ねちゃうわね。もう。パパになっても甘えんぼな所は変わらないんだから。

「おはようノコ。ウサギさん達はね。もう、お家に帰っちゃたのよ」
「え・・・?うしゃぎしゃんいないの・・・?」

あらあら。サクラちゃん達が帰っちゃったことを伝えたら、ノコの目に大粒の雫が浮かんじゃったわ・・・
でも、こればっかりはどうしようもないのよね。まさか、一緒に住んでほしいなんて言えないし。

「そうよ。でも、また遊びに来てくれるって約束しておいたからね。ノコがいい子にしてたらきっとすぐに遊びに来てくれるわよ」
「ぐずっ・・・うん!のこいいこりゃよ。だからうしゃぎしゃんはあそんでくれる?」

「ええそうね。きっとすぐに遊びに来てくれるわね」
「わーい!」

ふふっ。やっぱり我が家の天使には涙よりも笑顔が一番よね。
私の足にしがみ付いてきたノコをそのまま抱き上げて、サラサラの髪の毛を優しくなでてあげましょう。

ん~。ノコもだいぶ大きくなってきたわねぇ・・・こうやって抱き上げれるのも後どれぐらいかしら。
ノコの成長が嬉しい気持ちもあるけど、少しだけ寂しいわね・・・

「ん~。えへへ~・・・あっ!そうだ!うしゃぎしゃん。おはなをたべるんらって!まま。いっしょにおはなつみにいこ?」

くっ!まぶしい!そんな天使スマイルでお願いされたら断ることなんてできないじゃない!
かわい過ぎてほっぺスリスリしちゃう!

「うにゃ~うみゅ~うみょ~」
「ふふふっ。そうね。お花摘みにいきましょうか。でも、すぐに暗くなっちゃうから少しだけよ?」

「うん!」

本当は家族3人で行けたらよかったんだけど、あの人はまだ、寝室で寝ているのよね・・・
ちょっと搾り取りすぎたかしら。でもあの人からあんなに強く求めてられちゃったんだからしかたないわよね。

「うー?まま?おてがみかくの?」
「ええ、そうよ。ぱぱにお手紙書いてるの」

晩御飯の準備もしないとダメだから、いつものお買い物よりちょっと長いくらいのお出かけしかできないけど、一応ね。

「ぱぱにおてがみ!のこもかくー!」
「そう?じゃあ一緒に書きましょうね」

「うん!」

書きかけのメモを一旦捨てて、ノコが真似しやすいように、文字を大きく簡潔な文章に書きなおす。
ノコは最近私や、あの人のやることをなんでも真似したがるようになってきたわね。このまま、私とあの人の全てを吸収したらノコは天才少女になってしまうんじゃないかしら。
な~んて。ふふっ。

「んしょ、んしょ・・・できた!」
「ええ。上手に書けたわね~」

元の文を知っている私にもちょっとなんて書いてあるのか分からないけど、ノコがあの人の為に頑張って書いたってだけで、あの人なら泣いて喜びそうね。
もちろん私も、ノコが書いた手紙を抱えてベットの上で悶え転がる自信があるわ。

とりあえず、ノコの手紙は翻訳が無いと読めないでしょうから、となりに私が書いた手紙も並べておいて。それじゃあ花畑に行きましょうか。

-------------------------------------

「まま~!まま~~!まま~~~~!!」
「はーい。ちゃんと見てるわよ~」

「えへへ~」

町の外に出て徒歩5分。北門から目と鼻の先にある小さな丘の向こうにあるこの花畑には季節によって色々な花が咲いているのよね。
綺麗な場所だし、町から近いこの場所には危険なモンスターも居ないから町のみんなもよく遊びに来ているけど、今日は貸切みたいね。

「まま~~!」
「はいはい。今度はどんなお花を見つけたの?」

ノコもこの場所がお気に入りみたいで、綺麗なお花を見つけるたびに私に見せに来てくれるのよね。
それがもう。かわいくてかわいくて仕方ないのだけれど、帰りが遅くなるとあの人が心配するし、そろそろ家に帰りましょうか。

「ノコ~。そろそろ帰りま」

瞬間背筋にぞわりと悪寒が走った。

見られてる。

平和で安全な日常に埋没して久しく忘れていたこの感覚。
頭が忘れても体が覚えていた危険が迫っている警報。

もう随分と前に感じられるほど昔。まだ私が冒険者だったときに何度も私を助けてくれたこの感覚は今回も私を助けてくれた。

「ノコ!」
「わっ!」

ノコのか細い腕をとっさに掴み、力任せに引っ張って胸に掻き抱くと後ろに倒れこむように跳躍する。
その瞬間。さっきまでノコがいた場所へと、黒い影が跳び掛ってきた。

「グルゥ」
「ヘルハウンド・・・」

地獄の名を冠するオオカミ型のモンスター。
数多くの生き物を殺した、オオカミの中でも一握りの強者しかなれないと言われている種族。

私が全盛期の実力を発揮できれば1対1ならなんとかなると信じたいわね・・・
でも、ヘルハウンドが厄介なところは。

「「「「ガルゥウウウウ」」」」

コイツは群れを率いてるリーダーだってことなのよね。

ヘルハウンドが見つかったからか、辺りの花畑や、草むらから次々にブラッドウルフや、アイスウルフが姿を現してくる。中には目の前にいるのとは別のヘルハウンドまで居る。
これは・・・まずいわね。これだけたくさんのモンスターが町の目と鼻の先にいる。つまりはダンジョンの氾濫。なんとか町まで逃げ切れればいいんだけど・・・

ちらりと振り返った背後にも逃げ場を断つようにオオカミが姿を現している。そしてこれが氾濫ならばこの辺りにいるモンスターが見える範囲で全てということはないでしょうしね。

「まま・・・」
「大丈夫よ。なにがあっても。ノコはママが守るからね。ノコも知ってるでしょ?ママは強いんだから。だから。少しだけ目を瞑ってなさい」

「うん・・・」

目を瞑り、ぎゅっと私の胸に抱きついてくるノコを片手で抱きしめながら、キッと正面のヘルハウンドを睨みつける。

最近訓練もしてないから体は鈍ってるでしょうね。着ているものも防御力は期待できない普通の服だし、武器も無い。
敵は格上ばかりで数も多い。さらに時間の経過と同時にどんどん増えていく。
氾濫の情報が町に伝わっているのなら冒険者も兵士も防衛の準備に手いっぱいでしょうから救援も期待できない。

・・・でも、やるしかないわね。何があってもこの子だけは私が守る!

現在使える唯一の武器である魔法を詠唱しながらも現状の打開策を必至に考えつづけた。

だからすぐに異変に気づけた。

おかしいわね・・・全員でかかれば私達ぐらいすぐに始末できるのに、ただ周りを囲むだけで何もしてこない。おかげで詠唱する時間は十分に確保できたけれど・・・嫌な予感がするわね。このオオカミ達は、何かを待ってる?だとしたらそれは一体・・・

シノハの感じた疑問はすぐに解決される。
圧倒的な存在感を放つソレの登場によって。

ソレは全身を漆黒の体毛で覆い、体から闇色のオーラを立ち上らせている。
ソレは四つんばいの状態でも3m程はありそうな巨体のオオカミで、細身なシノハぐらいなら楽に丸呑みできそうなほどの大きな口を持っている。
ソレは真っ赤な瞳に、シノハの体ぐらいならば楽に貫通できそうなキバを持ち、頬まで裂けた口は愉悦の表情を表すようにシノハ達を嘲笑っている。

「~~っ!ウィンドアロー!!」

全身を襲う重圧。
ゆっくりとこちらに近づくその巨体がシノハ達の元にたどり着いた途端自分の命と、自分の胸に抱く小さな命。
その両方が簡単に失われるという確信の元に、シノハは全力で新たに現れたバケモノを攻撃する。

風の矢が効かないならば風の槍で。風の槍も効かないのなら火の矢で。火の矢も効かないのならば水の矢で。
1つで効かないのなら2つで。2つで効かないのなら3つで。3つで効かないのなら4つで。

持てる力の全てを使い。待たざる力すらも搾り出したシノハの全力は、しかし、バケモノの足を止めさせるどころか、バケモノの体毛1本傷つけることは叶わなかった。

「・・・っ!ハァ!」

体から魔力の最後の一滴まで搾り出したシノハの体はもはやまともに動くことさえ叶わない。
呼吸の仕方を忘れたように痙攣するばかりで酸素を取り込もうとしない肺に無理やり空気を押し込み、壊れたように動き続ける心臓の鼓動は耳のすぐ横でなっているように聞こえるほど五月蝿い。

「まま・・・?」

そして、恐怖は他者へと伝播する。
地震でも起きているようにカタカタと振るえ、ひゅーひゅーと空気が抜けるような粗い呼吸を繰り返す母の胸からは爆発するんじゃないかと不安になるほどの大きな鼓動音が鳴り続けている。
この状況で不安にならないはずが無い。

「ひぃ・・・!」

そして少女は見てしまった。
自分の背後。目と鼻の先に開かれた暗闇に。

その闇はハァハァと、生臭い息遣いと共に焼けるほどの熱気を吹きかけてくる。
その闇は少女のパパの腕よりも太い、黄色がかった白く鋭い突起物が規則的に並んでいる。

少女にはその闇が何なのか理解する必要は無い。
なぜなら、自分の大好きなママごと全てを飲み込もうとしているその暗闇は少女の短い生の全てを終わらせるものだと本能的に理解したのだから。

「たすけて・・・」

故にこの極限状態で少女の口からもれた言葉は少女の本心。
この少女を形作る根底から掬いだされた願いのみ。

「ままをたすけて!」

「死ね」

応じた言葉は短く2文字。

だが、その短い文字は、確かな結果を持って示される。

―――ズゥドム!!

「グガ――――」

今にも少女と母親を喰らおうとしていたバケモノの口は寸前で強制的に閉じられた。

突如空を蹴るようにして加速しながら落ちてきた人影に頭蓋を拳で貫かれて。

シノハの命を削る全力攻撃にも傷1つ付かず、多数のモンスターを従えるバケモノは断末魔の悲鳴を上げる暇さえ無く。あまりにもあっさりと絶命したのだ。

「ふぅ・・・」

時が止まったかの様に硬直する全員の真ん中で、バケモノの頭蓋から引き抜いた右手を汚そうに振っているその少年は、現状が飲み込めず抱き合う形で固まっている2人の元へ近づくと汚れていない左手を2人の方へ差し出した。

「来るのが遅くなってごめんな。助けに来たぞ」

「あ・・・あ・・・」

見覚えのある少年が現れたことに安堵したのか、直前まで感じていた死の気配が消えたことによって緊張が緩んだのか母親と少女両方の頬を透明の雫が伝い、ふらりと上体が倒れる。

「おっとっと。大丈夫か?まぁ後は俺達に任せてゆっくり休んでてくれ」

倒れそうになる体を支えられ、消えかける意識の中。優しく語りかけてくる少年の声とオオカミの悲鳴。楽しそうなウサギ達の鳴き声を最後に2人の意識は暗転した。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品