TraumTourist-夢を渡るもの-
1-14 嫉妬の化身
自分が造り出した異界。
ズィノバー家の党首、"紅刃"と恐れられる、ズィノバー・カーゼンレベルの相手以外に崩されることがないと自信を持っていた異界が崩れる。
だが、カトラとロット、相対する憤怒が異界が崩れた後、抱いた感情は奇しくも同様のものであった。
すなわち、
「「「向こうの異界で何があったっ!?」」」と。
確かに異界が崩されたのはカトラにとって大きな精神的ダメージを受けるものであった。
しかし、崩れた後、渉と結華が傲慢と戦っている筈の異界から現れた強大な気配を前にしてはそんな些事などどうでもよくなる。
明らかに自分、渉、ロット、結華の中でも最も足手まといであった筈の結華の気配がユニークスキルを使用して自分に死を覚悟させたウォートのそれより強力なものになっている。
「許せない許せない許せない許せないユルセナイ!」
しかし、問題もあった。
その強大な気配が発する殺気。
その矛先がアロガン、ウォートよりも、渉とここに居ない誰かに向いている。
あまりに強大な気配に晒され、その場の誰もが指先一つ動かすことが出来なかった。
いや、一人を除いては。
「なんだその力はっ!」
誰もが動くことが出来ない中、ユニークスキルを使用したウォートは唯一、その能力の性質上行動が可能であった。
ウォートの持つユニークスキル、"怒りの相"。
これは自らの怒りが平常時と比べて高まれば高まるほど、自分の全ての能力が上昇するというものである。
効果時間は怒りが続くまで。
そういった能力を持つウォートにしてみれば、結華の先程まで見せなかった正体不明の力は、侮られていたという結論に辿り着き、怒りに。
また、その矛先が敵である筈の自分たちに向いていないことも、お前たち程度相手にするまでもないということに結び付き、これまた怒りの増幅に繋がる。
現実は結華のこの能力は渉とイザベラに対する嫉妬から生まれたものであり、ウォートの考えは全く的を射ていない。
それでもウォートの思い込み次第で能力は上昇するため、ユニークスキルの強力さが見てとれる。
怒りに怒りを重ね、ウォートはこれまで無いほどに、それこそ夢の誘いの首魁、暴食に届き得るほどにまでなった力を感じ、それでいてその力に振り回されることなく自分の直感に従い、結華の無力化を図る。
その速度は先程までウォートとほぼ互角に渡り合っていたカトラの眼を以てしても、瞬間移動と見紛う程であった。が、
「悪く思、」
ドサッ
うな。
ウォートは言葉を言い切る前に地面に倒れ伏す。
彼の目の前にいた結華は、いつの間にかその後ろに立ち、右手で手刀の形を作っていた。
この場の誰にも認識できなかったが、ウォートが拳を振り上げるより早く結華も動き、拳が振り上がる前にウォートは意識を失っていた。
暴食に届き得る実力を得たウォートですら遠く及ばない結華の力。
その耐え難い恐怖からユニークスキルを発動したまま硬直していたアロガンは即座に生き延びる道を探す。
まず倉庫機能から煙玉を取りだし、視界を奪う。
同時にユニークスキルを解除し気配を消し、この世界で自害用に購入していた毒薬をあおる。
毒により直ぐに体の自由がなくなり、現実世界の自室で目が覚める。
恐怖を実感する前に暴食の元へ赴き、結華のことを伝える。
恐らくおめおめと逃げ帰ったことで何らかの罰は受けるが、あの化け物のことを伝える方が大事である。
アロガンは恐怖で潰されそうになる気持ちを何とか繋ぎ止め、足を早める。
ここまでのシナリオが頭に浮かぶまで0.1秒。
そこから行動に移るまで0.05秒。
結華はウォートを挟んで向こう側に立ち、こちらを向いていない。
このチャンスを逃すことなく倉庫機能から煙玉を取りだし、地面に叩きつける。
そこでアロガンも意識を失う。
最後に見たのは目の前に立つ能面のように無表情な彼女だった。
ドサッ
アロガンが力無く崩れ落ちる音が辺りに虚しく響く。
少しの静寂の後、ウォートとアロガンは砂となって崩れ去る。
「ははっ、まじか。この姉ちゃんたった一発で夢の誘いの第四位と第五位を殺しやがった。
まったく、渉の奴一体何したんだよ。」
カトラがそう呟いた頃、カトラとロットから離れた場所、結華の近くに立っている僕は混乱していた。
えっ!?目の前であの人たちが砂になったんだけど?
これがこの世界での死ってこどだよな?
ってことはあれだけ強かったアロガンとそれ以上のウォートを今の結華は上回ってる!?
しかもずっと「許せない許せない」って呟してるし。
もしかして結華を隔離したことを怒ってるのか?
それもそうか。
実際結華はこれだけ実力があるんだ。
本来の力を出しきる前にお前は待ってろなんて戦力外通告されたら僕だってイラッとくるし。
僕は良かれと思って結華を隔離したことが却って結華の反感を買ったのだと思い(注:勘違い。)結華に近づく。
「結華?意識は・・・なさそうだね。
ごめん。結華にそんな力が有るなんて気がつかなかったんだ。」
「渉の奴何する気だ?」
「わからん。が、女の勘じゃが何やら大きな勘違いしとるような・・・」
結華の遥か後ろでカトラとロットが何やら話しているが如何せん距離があるせいで聞こえない。
だが、そんなことより今は目の前の結華のことだ。
「そんな力があるのに戦いから遠ざけてごめん。」
「・・・なんて、許せない許せない許せない許せない許せない」
結華の言葉が少し変化する。
僕の考えは間違っていなかったみたいだ。(注:全くの勘違い。)
「そうだよね。
僕が間違ってた。
これからも、って言っても夢の誘いは結華がやっつけちゃったからもう障害は無いだろうけど、何かあったとき助けてくれないかな?」
「勝手に・・・なんて、許せない。
・・・って言ったのに・・・なんて、許せない。」
「えっ?」
結華の表情に変化が現れる。
これまで能面のような顔が少しずつ歪み、瞳には涙が浮かぶ。
「ご、ごめん!
そんなに力がないと思われてた事がショックだなんて思わなかったんだ!
・・・そうだよね。
結華も夢を渡るものだったなら僕たちがエージェントだった頃も結華なんだよね。
っていっても蓄積の指輪を持ってる訳じゃないから覚えてないか。
あの時も結華は完璧主義者で僕に失敗を見られるのを避けてたよね。」
結華から放たれていた殺気が僕の言葉と共に徐々に収まっていく。(注:物凄い勘違い。)
「何か殺気が収まってますね。お嬢様の女の勘も当てにならないですね。」
「いや、多分あれは渉が全く別の道に突っ走っていってるから戸惑ってるだけだと思うが。」
結華の殺気が収まりつつあり、カトラとロットは既にリラックスムードだ。
「ちがうの。
さっきのは、私の醜い嫉妬。
ノート、夢を書いてきてって、渡したでしょ?
読んだの。」
そういって結華は倉庫機能から少し血に汚れた、見覚えのある一冊のノートを取り出す。 
僕はノートを受け取り開く。
目が覚めると寂れた町のボロボロの家だった。
どうやら今回は孤児から開始のようだ。
・
・
・
・
・
孤児なりに知恵を絞っていると結華と一緒に先生に裏の世界に誘われた。
初の任務は要人の暗殺。
失敗したが先輩エージェントが尻拭いしてくれた。
・
・
・
・
・
次の標的は業界最大手の製薬会社。
僅かに感じる嫌な予感を胸に結華と共に潜入する。
あらかじめ用意したIDカードにより苦もなく潜入に成功。
警備を無力化しつつメインサーバーのある管理室へ。
そこでこの依頼は僕と結華を消すための罠だったことを先生から聞かされる。
どうやら実力がありすぎる僕たちを縛る物がなくて上層部が消すことに決めたそうだ。
先生の提案で射殺ではなく毒殺。
バリケードを張ったことが仇となり部屋からの脱出は困難。
諦めて結華の告白を・・・・(告白しちゃったっ!!もう少しでキス出来たのにっ!)
諦めて結華と共に死亡。
そこに書いてあったのは僕がこの世界に来る前、最後の日に見た夢。
恐らく登校中車に跳ねられた時に持っていたこれを結華は回収して読んだのだろう。
僕が態々書き換えた最後の一文を書き足してることから現在世界に戻ってから追加したんだろう。
ノートを読み終わり、少し、いや、かなり頬を赤くした結華を見て、もう一度ノートの最後を読み、僕は漸く間違いに気がつく。
僕はイザベラと平和に暮らすんだっ!
ドンッ
僕の頭にフラッシュバックする数分前の光景。
ノートに書き足された一文。
頬を染めた結華。
「ちがうの。さっきのは私の醜い嫉妬。」という言葉。
ここから導き出される答え、すなわち。
「えっ!?まじで?
キレたのそこ?
そんな理由であの人達瞬殺されたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
長い沈黙。
長い、それはとても長い沈黙だった。
数時間、数日にも感じられる長い沈黙。
いや、実際は数秒かもしれない。
だがそれほどまでに長く感じた沈黙。
原因は目の前で表情を失った結華から再び放たれる殺気が原因だろう。
「・・・次こそ死んだな。」
「カトラよ。
この世界にいる間は命を助けてやるんじゃなかったのかの?」
「無茶言わないで下さいよ。
ほら、見てくださいこの足の震え。」
「はは、奇遇じゃのぅ。
妾も下半身がひんやりしてきたわ。」
「お嬢様・・・。」
沈黙する世界にカトラとロットの声がよく響く。
というかロットよ。
漏らしたのか・・・。
「あの、ゆい」
「・・・・許せない許せない許せない、ユルサナイ」
あ、まずい、許せないが許さないに変わった。
僕は即座に行動に移る。
膝を付き、腰を曲げ、頭を地面にくっつける。
日本人お馴染み、DOGEZAの姿勢だ。
「結華さん、結華さま。
ほんとごめんなさい。
あの結華さまは僕の願望が産み出した偽物だと思ってました。
結華さまが本当に僕ごときに好意を抱いているとは露知らず、この世界で目移りしてしまったこと、平に、平にご容赦を!」
僕は謝る。
それはもうみっともないくらい謝る。
誰だって死にたくないだろう?
僕だってそうだ。
この世界で死んでも現実世界で甦る?
貴方はそれが痛みを伴わない死だと思いますか?
答は否!
死には等しく痛みが付きまとうものだ!
なので僕は謝る。謝り倒す。
明日という痛みのない平和な日常のために。
「結華さま、目移りしたと言ってもこの世界だけでございます。
現実世界に戻れば私めは貴女だけのもの。
心を入れ換えたく存じ上げます。」
その言葉で結華の殺気は上昇を止める。
「ホントウニ?」
片言が怖すぎる。
だが僕は挫けない。
「一度は移ってしまったこの心。
今更一から信じろとは言いません。
ですが、これだけは信じていただきたい。
この世界に来てからも結華のことは忘れたことはない。」
僕のストレートな物言いでようやく結華の殺気が収まる。
「・・・信じるよ。
だって渉は私の王子さ・・・」
パタタ
結華の言葉が不自然に途切れ、平伏する僕の頭に滴が降ってくる。
泣いてるのか?と思ったがまだ頭を上げるのは早いと思い、僕は体勢を変えない。
5秒、10秒。
何秒待っても結華の言葉は続かない。
頭を下げたまま眼を開くと地面は朱に染まっていた。
「っ結華!?」
サァァァァ
上げた顔にタイミングよく降り注ぐ大量の砂思わず眼を閉じ、その場を飛び退く。
顔から砂を払い、開けた目に写ったものは少し離れた場所に広がる二山の砂。
そして先程まで僕が土下座していた場所に広がる砂。
その砂の上に立つ、昔のフランスの貴婦人が着るような山吹色のドレスに鎖骨ほどある綺麗なブラウンの髪、170ほどの長身に女性らしい凹凸の少ない体。
肘まである白かったであろうレースの毛袋は三人分の血で赤く染まっている。
何かに酔いしれるような表情は手袋の血と合間って狂気的な何かを感じさせる。
「・・・お前がやったのか?」
そう言葉を絞り出すのがやっとだった。
女はスッと僕の方に視線を向けるとその狂気的な笑顔を崩さずゆっくりと手袋を外す。
「自己紹介もせずいきなり無粋ですわね。
そのような殿方は女性におモテにならなくてよ?」
女はそう言い外した手袋を足元に捨て、どこからか取り出した新しい手袋をはめる。
「いきなり不意打ちで三人も殺すのは無粋じゃないのか?」
僕の言葉に女はウフフと口に手を当て優雅に笑う。
「まぁ、邪魔を無くしただけですわ。
見たところズィノバーの者の様でしたので殺しただけですわ。
私、貴方に用がありましたの。
邪魔が入っては興醒めでしょう?」
僕は女の言葉を聞きつつ隙を探す。
だが、その見た目に反して暴走した結華以上に隙が見当たらない。
正面から正々堂々戦っても4対1で勝てたかどうかわからない気がする。
「起こしただけならまぁいい。
油断したのが悪いしな。
何よりも貴女と正面からぶつかっても勝てる気がしない。
用件を聞こう。」
「まぁ、賢い方は好みですわよ。
用件は簡単ですわ。
我バーンスタイン家の神器を持つ貴方をスカウトに来ましたの。
あれは昔、とある野党に盗まれたもの。
返してというのはあまりに図々しいと思いましたので所有者である貴方毎頂こうという次第ですわ。」
バーンスタイン家。
ロットのズィノバー家と同じく、生まれながらにして夢の世界に囚われることのない、現実世界で"貴族"と呼ばれる8家しかない選ばれし才能を持つ者達。
バーンスタイン。
琥珀色のネックレスを探してるのか。
・・・まずいな。今イザベラに着けてるんだけど、どう見過ごしてもらったものか。
僕はどうにか目の前の女から逃げられないか画策する。
「つまりリクルーティングに来たわけか。
で、バーンスタインさん、貴方の名前は教えてもらえるのかな?
雇い主になるなら名前くらい知りたいんだけれど?」
「そうね。
私の名はバーンスタイン・エーレク。
エレンと呼んでもよくってよ?
貴方のお名前も教えていただけるのかしら?」
逃げ出す算段はついた。
間に合うか?
いや、勝算は五分、もし体の一部と認識できるなら確実に逃げられる。
問題は前の世界、この世界で連続で見つかっていることだ。
現実世界で見つかれば逃げられない。
・・・賭けだな。
「戌亥、渉だっ!"身体操作"!」
僕は倉庫機能から剣を取りだし、自らの首へと持っていく。
キィン
「私が目の前で逃亡を許すと思って?」
だが剣は想定通りエーレクに弾かれ首に届く前に弾かれる。
よしっ、勝った!
弾かれた剣はアロガンとの戦闘によってヒビの入ったもの。
その剣をアロガン以上の力を持つ者が弾くとどうなるか。
バキィン
答えは折れる。
だが僕の手は更に先へ進む。
「くっ。」
「ふふふっ、これで私との実力の差は思い知ったでしょう?」
実力差なんて見ただけで分かるってーの。
だがその油断が、命取りだ。
「さぁ、大人しく来なさい。バーンスタイン家の所在を教えて差し上げ、ぐふっ!な、に?」
偉そうに高説垂れるエーレクの背後から折れて二本となった剣が胸と右足に突き刺さる。
胸から溢れ出る血は人間の核を突き破ったことを示し、力が入らず傾いた体勢は折れた剣が寸分違わず右足の健を切り裂いたことを示す。
「窮鼠猫を噛む。
油断は命取りだ!」
僕はエーレクから大きく距離を開け、何が起こったか分かっていない愚かな猫を見下す。
「ば、かな!
この剣はさっき、はじいた」
そう。
エーレクの胸に突き刺さる剣は、エーレク自ら弾いた物だ。
僕の狙いは始めから自害ではなく身体操作による手を離れた剣の操作にあった。
剣を体の一部として扱う。
達人は上手いこと言ったものだ。
剣を体の一部として扱い、操作することで只でさえ反則気味な身体操作に更なる利用価値が生まれた。
「こ、ごの餓鬼ぃ!」
エーレクは胸から剣を生やした状態で鬼の形相を浮かべる。
が、片足を負傷しては僕の早さに追い付けるはずもなく間もなく命も尽きてゲームオーバーだ。
そろそろエーレクは自殺しないと本当に死ぬことになるだろう。
なんとかこの場は逃げ切れた。
願わくば自殺が間に合わず僕に平和な日常が訪れることを祈るばかりだ。
「ぐぞっ、ぐそがぁぁぁぁ!」
ぶしゅっ
エーレクは限界を感じたのか自らの喉を手刀で突き破る。
サァァァァ
エーレクの体が砂になったのを確認後、僕はようやく地面に腰を落ち着ける。
「ははっ、何とか、なったかな。
できればもう会いたくないな。バーンスタイン・エーレク。
・・・もっと強くならなきゃ。」
僕はそういって空を見上げる。
空は知らぬ間に真っ暗だった。
おかしい。
地平線はまだ明るい。
いや、それだけなら世界が球形で太陽の周りを公転しているという事実で納得できる。
だが明るい地平線は四方全て。
なのに今僕がへたり込んでいる町外れの荒野は夜のように暗い。
まるで何かが太陽を遮ってるかのように。
「ははっ、窮鼠猫を噛む。か。
まさかここまでブーメランになるとは思わなかった。
・・・イザベラの事、巻き込んじゃったかな。」
迫る隕石に僕は目をそっと閉じる。
そこで僕の意識は途絶え、ザーストから戌亥渉は消えた。
戌亥渉 18歳
称号:密航者・借金を背負う者・夢を渡る者・死を見た者・チャラ男の玩具・脱兎・耐える者・獣に認められし者・サバイバー・野生児・復讐を胸に刻む者・到達者・追われる者(new)
Rank1 0RP 3,205円 38,860TP
「ザースト:街道」
戦闘力 279(+35)
生活力 32
学習能力 7
魔力 86(+7)
夢力 1
固有:密航
技:首狩り・投擲・乱切り・一閃・属性剣・天地断
技能:頑丈・逃げ足・自然回復(超)・簡易道具作成・隠形・気配感知・威圧・流水・危機感知・身体制御・精神制御・刀身一体(new)
魔法:2級水魔法・2級土魔法・3級召喚魔法(獣)・4級魔法同時使用(2)
ザースト滞在時間1037日目・・・死亡
ズィノバー家の党首、"紅刃"と恐れられる、ズィノバー・カーゼンレベルの相手以外に崩されることがないと自信を持っていた異界が崩れる。
だが、カトラとロット、相対する憤怒が異界が崩れた後、抱いた感情は奇しくも同様のものであった。
すなわち、
「「「向こうの異界で何があったっ!?」」」と。
確かに異界が崩されたのはカトラにとって大きな精神的ダメージを受けるものであった。
しかし、崩れた後、渉と結華が傲慢と戦っている筈の異界から現れた強大な気配を前にしてはそんな些事などどうでもよくなる。
明らかに自分、渉、ロット、結華の中でも最も足手まといであった筈の結華の気配がユニークスキルを使用して自分に死を覚悟させたウォートのそれより強力なものになっている。
「許せない許せない許せない許せないユルセナイ!」
しかし、問題もあった。
その強大な気配が発する殺気。
その矛先がアロガン、ウォートよりも、渉とここに居ない誰かに向いている。
あまりに強大な気配に晒され、その場の誰もが指先一つ動かすことが出来なかった。
いや、一人を除いては。
「なんだその力はっ!」
誰もが動くことが出来ない中、ユニークスキルを使用したウォートは唯一、その能力の性質上行動が可能であった。
ウォートの持つユニークスキル、"怒りの相"。
これは自らの怒りが平常時と比べて高まれば高まるほど、自分の全ての能力が上昇するというものである。
効果時間は怒りが続くまで。
そういった能力を持つウォートにしてみれば、結華の先程まで見せなかった正体不明の力は、侮られていたという結論に辿り着き、怒りに。
また、その矛先が敵である筈の自分たちに向いていないことも、お前たち程度相手にするまでもないということに結び付き、これまた怒りの増幅に繋がる。
現実は結華のこの能力は渉とイザベラに対する嫉妬から生まれたものであり、ウォートの考えは全く的を射ていない。
それでもウォートの思い込み次第で能力は上昇するため、ユニークスキルの強力さが見てとれる。
怒りに怒りを重ね、ウォートはこれまで無いほどに、それこそ夢の誘いの首魁、暴食に届き得るほどにまでなった力を感じ、それでいてその力に振り回されることなく自分の直感に従い、結華の無力化を図る。
その速度は先程までウォートとほぼ互角に渡り合っていたカトラの眼を以てしても、瞬間移動と見紛う程であった。が、
「悪く思、」
ドサッ
うな。
ウォートは言葉を言い切る前に地面に倒れ伏す。
彼の目の前にいた結華は、いつの間にかその後ろに立ち、右手で手刀の形を作っていた。
この場の誰にも認識できなかったが、ウォートが拳を振り上げるより早く結華も動き、拳が振り上がる前にウォートは意識を失っていた。
暴食に届き得る実力を得たウォートですら遠く及ばない結華の力。
その耐え難い恐怖からユニークスキルを発動したまま硬直していたアロガンは即座に生き延びる道を探す。
まず倉庫機能から煙玉を取りだし、視界を奪う。
同時にユニークスキルを解除し気配を消し、この世界で自害用に購入していた毒薬をあおる。
毒により直ぐに体の自由がなくなり、現実世界の自室で目が覚める。
恐怖を実感する前に暴食の元へ赴き、結華のことを伝える。
恐らくおめおめと逃げ帰ったことで何らかの罰は受けるが、あの化け物のことを伝える方が大事である。
アロガンは恐怖で潰されそうになる気持ちを何とか繋ぎ止め、足を早める。
ここまでのシナリオが頭に浮かぶまで0.1秒。
そこから行動に移るまで0.05秒。
結華はウォートを挟んで向こう側に立ち、こちらを向いていない。
このチャンスを逃すことなく倉庫機能から煙玉を取りだし、地面に叩きつける。
そこでアロガンも意識を失う。
最後に見たのは目の前に立つ能面のように無表情な彼女だった。
ドサッ
アロガンが力無く崩れ落ちる音が辺りに虚しく響く。
少しの静寂の後、ウォートとアロガンは砂となって崩れ去る。
「ははっ、まじか。この姉ちゃんたった一発で夢の誘いの第四位と第五位を殺しやがった。
まったく、渉の奴一体何したんだよ。」
カトラがそう呟いた頃、カトラとロットから離れた場所、結華の近くに立っている僕は混乱していた。
えっ!?目の前であの人たちが砂になったんだけど?
これがこの世界での死ってこどだよな?
ってことはあれだけ強かったアロガンとそれ以上のウォートを今の結華は上回ってる!?
しかもずっと「許せない許せない」って呟してるし。
もしかして結華を隔離したことを怒ってるのか?
それもそうか。
実際結華はこれだけ実力があるんだ。
本来の力を出しきる前にお前は待ってろなんて戦力外通告されたら僕だってイラッとくるし。
僕は良かれと思って結華を隔離したことが却って結華の反感を買ったのだと思い(注:勘違い。)結華に近づく。
「結華?意識は・・・なさそうだね。
ごめん。結華にそんな力が有るなんて気がつかなかったんだ。」
「渉の奴何する気だ?」
「わからん。が、女の勘じゃが何やら大きな勘違いしとるような・・・」
結華の遥か後ろでカトラとロットが何やら話しているが如何せん距離があるせいで聞こえない。
だが、そんなことより今は目の前の結華のことだ。
「そんな力があるのに戦いから遠ざけてごめん。」
「・・・なんて、許せない許せない許せない許せない許せない」
結華の言葉が少し変化する。
僕の考えは間違っていなかったみたいだ。(注:全くの勘違い。)
「そうだよね。
僕が間違ってた。
これからも、って言っても夢の誘いは結華がやっつけちゃったからもう障害は無いだろうけど、何かあったとき助けてくれないかな?」
「勝手に・・・なんて、許せない。
・・・って言ったのに・・・なんて、許せない。」
「えっ?」
結華の表情に変化が現れる。
これまで能面のような顔が少しずつ歪み、瞳には涙が浮かぶ。
「ご、ごめん!
そんなに力がないと思われてた事がショックだなんて思わなかったんだ!
・・・そうだよね。
結華も夢を渡るものだったなら僕たちがエージェントだった頃も結華なんだよね。
っていっても蓄積の指輪を持ってる訳じゃないから覚えてないか。
あの時も結華は完璧主義者で僕に失敗を見られるのを避けてたよね。」
結華から放たれていた殺気が僕の言葉と共に徐々に収まっていく。(注:物凄い勘違い。)
「何か殺気が収まってますね。お嬢様の女の勘も当てにならないですね。」
「いや、多分あれは渉が全く別の道に突っ走っていってるから戸惑ってるだけだと思うが。」
結華の殺気が収まりつつあり、カトラとロットは既にリラックスムードだ。
「ちがうの。
さっきのは、私の醜い嫉妬。
ノート、夢を書いてきてって、渡したでしょ?
読んだの。」
そういって結華は倉庫機能から少し血に汚れた、見覚えのある一冊のノートを取り出す。 
僕はノートを受け取り開く。
目が覚めると寂れた町のボロボロの家だった。
どうやら今回は孤児から開始のようだ。
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孤児なりに知恵を絞っていると結華と一緒に先生に裏の世界に誘われた。
初の任務は要人の暗殺。
失敗したが先輩エージェントが尻拭いしてくれた。
・
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次の標的は業界最大手の製薬会社。
僅かに感じる嫌な予感を胸に結華と共に潜入する。
あらかじめ用意したIDカードにより苦もなく潜入に成功。
警備を無力化しつつメインサーバーのある管理室へ。
そこでこの依頼は僕と結華を消すための罠だったことを先生から聞かされる。
どうやら実力がありすぎる僕たちを縛る物がなくて上層部が消すことに決めたそうだ。
先生の提案で射殺ではなく毒殺。
バリケードを張ったことが仇となり部屋からの脱出は困難。
諦めて結華の告白を・・・・(告白しちゃったっ!!もう少しでキス出来たのにっ!)
諦めて結華と共に死亡。
そこに書いてあったのは僕がこの世界に来る前、最後の日に見た夢。
恐らく登校中車に跳ねられた時に持っていたこれを結華は回収して読んだのだろう。
僕が態々書き換えた最後の一文を書き足してることから現在世界に戻ってから追加したんだろう。
ノートを読み終わり、少し、いや、かなり頬を赤くした結華を見て、もう一度ノートの最後を読み、僕は漸く間違いに気がつく。
僕はイザベラと平和に暮らすんだっ!
ドンッ
僕の頭にフラッシュバックする数分前の光景。
ノートに書き足された一文。
頬を染めた結華。
「ちがうの。さっきのは私の醜い嫉妬。」という言葉。
ここから導き出される答え、すなわち。
「えっ!?まじで?
キレたのそこ?
そんな理由であの人達瞬殺されたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
長い沈黙。
長い、それはとても長い沈黙だった。
数時間、数日にも感じられる長い沈黙。
いや、実際は数秒かもしれない。
だがそれほどまでに長く感じた沈黙。
原因は目の前で表情を失った結華から再び放たれる殺気が原因だろう。
「・・・次こそ死んだな。」
「カトラよ。
この世界にいる間は命を助けてやるんじゃなかったのかの?」
「無茶言わないで下さいよ。
ほら、見てくださいこの足の震え。」
「はは、奇遇じゃのぅ。
妾も下半身がひんやりしてきたわ。」
「お嬢様・・・。」
沈黙する世界にカトラとロットの声がよく響く。
というかロットよ。
漏らしたのか・・・。
「あの、ゆい」
「・・・・許せない許せない許せない、ユルサナイ」
あ、まずい、許せないが許さないに変わった。
僕は即座に行動に移る。
膝を付き、腰を曲げ、頭を地面にくっつける。
日本人お馴染み、DOGEZAの姿勢だ。
「結華さん、結華さま。
ほんとごめんなさい。
あの結華さまは僕の願望が産み出した偽物だと思ってました。
結華さまが本当に僕ごときに好意を抱いているとは露知らず、この世界で目移りしてしまったこと、平に、平にご容赦を!」
僕は謝る。
それはもうみっともないくらい謝る。
誰だって死にたくないだろう?
僕だってそうだ。
この世界で死んでも現実世界で甦る?
貴方はそれが痛みを伴わない死だと思いますか?
答は否!
死には等しく痛みが付きまとうものだ!
なので僕は謝る。謝り倒す。
明日という痛みのない平和な日常のために。
「結華さま、目移りしたと言ってもこの世界だけでございます。
現実世界に戻れば私めは貴女だけのもの。
心を入れ換えたく存じ上げます。」
その言葉で結華の殺気は上昇を止める。
「ホントウニ?」
片言が怖すぎる。
だが僕は挫けない。
「一度は移ってしまったこの心。
今更一から信じろとは言いません。
ですが、これだけは信じていただきたい。
この世界に来てからも結華のことは忘れたことはない。」
僕のストレートな物言いでようやく結華の殺気が収まる。
「・・・信じるよ。
だって渉は私の王子さ・・・」
パタタ
結華の言葉が不自然に途切れ、平伏する僕の頭に滴が降ってくる。
泣いてるのか?と思ったがまだ頭を上げるのは早いと思い、僕は体勢を変えない。
5秒、10秒。
何秒待っても結華の言葉は続かない。
頭を下げたまま眼を開くと地面は朱に染まっていた。
「っ結華!?」
サァァァァ
上げた顔にタイミングよく降り注ぐ大量の砂思わず眼を閉じ、その場を飛び退く。
顔から砂を払い、開けた目に写ったものは少し離れた場所に広がる二山の砂。
そして先程まで僕が土下座していた場所に広がる砂。
その砂の上に立つ、昔のフランスの貴婦人が着るような山吹色のドレスに鎖骨ほどある綺麗なブラウンの髪、170ほどの長身に女性らしい凹凸の少ない体。
肘まである白かったであろうレースの毛袋は三人分の血で赤く染まっている。
何かに酔いしれるような表情は手袋の血と合間って狂気的な何かを感じさせる。
「・・・お前がやったのか?」
そう言葉を絞り出すのがやっとだった。
女はスッと僕の方に視線を向けるとその狂気的な笑顔を崩さずゆっくりと手袋を外す。
「自己紹介もせずいきなり無粋ですわね。
そのような殿方は女性におモテにならなくてよ?」
女はそう言い外した手袋を足元に捨て、どこからか取り出した新しい手袋をはめる。
「いきなり不意打ちで三人も殺すのは無粋じゃないのか?」
僕の言葉に女はウフフと口に手を当て優雅に笑う。
「まぁ、邪魔を無くしただけですわ。
見たところズィノバーの者の様でしたので殺しただけですわ。
私、貴方に用がありましたの。
邪魔が入っては興醒めでしょう?」
僕は女の言葉を聞きつつ隙を探す。
だが、その見た目に反して暴走した結華以上に隙が見当たらない。
正面から正々堂々戦っても4対1で勝てたかどうかわからない気がする。
「起こしただけならまぁいい。
油断したのが悪いしな。
何よりも貴女と正面からぶつかっても勝てる気がしない。
用件を聞こう。」
「まぁ、賢い方は好みですわよ。
用件は簡単ですわ。
我バーンスタイン家の神器を持つ貴方をスカウトに来ましたの。
あれは昔、とある野党に盗まれたもの。
返してというのはあまりに図々しいと思いましたので所有者である貴方毎頂こうという次第ですわ。」
バーンスタイン家。
ロットのズィノバー家と同じく、生まれながらにして夢の世界に囚われることのない、現実世界で"貴族"と呼ばれる8家しかない選ばれし才能を持つ者達。
バーンスタイン。
琥珀色のネックレスを探してるのか。
・・・まずいな。今イザベラに着けてるんだけど、どう見過ごしてもらったものか。
僕はどうにか目の前の女から逃げられないか画策する。
「つまりリクルーティングに来たわけか。
で、バーンスタインさん、貴方の名前は教えてもらえるのかな?
雇い主になるなら名前くらい知りたいんだけれど?」
「そうね。
私の名はバーンスタイン・エーレク。
エレンと呼んでもよくってよ?
貴方のお名前も教えていただけるのかしら?」
逃げ出す算段はついた。
間に合うか?
いや、勝算は五分、もし体の一部と認識できるなら確実に逃げられる。
問題は前の世界、この世界で連続で見つかっていることだ。
現実世界で見つかれば逃げられない。
・・・賭けだな。
「戌亥、渉だっ!"身体操作"!」
僕は倉庫機能から剣を取りだし、自らの首へと持っていく。
キィン
「私が目の前で逃亡を許すと思って?」
だが剣は想定通りエーレクに弾かれ首に届く前に弾かれる。
よしっ、勝った!
弾かれた剣はアロガンとの戦闘によってヒビの入ったもの。
その剣をアロガン以上の力を持つ者が弾くとどうなるか。
バキィン
答えは折れる。
だが僕の手は更に先へ進む。
「くっ。」
「ふふふっ、これで私との実力の差は思い知ったでしょう?」
実力差なんて見ただけで分かるってーの。
だがその油断が、命取りだ。
「さぁ、大人しく来なさい。バーンスタイン家の所在を教えて差し上げ、ぐふっ!な、に?」
偉そうに高説垂れるエーレクの背後から折れて二本となった剣が胸と右足に突き刺さる。
胸から溢れ出る血は人間の核を突き破ったことを示し、力が入らず傾いた体勢は折れた剣が寸分違わず右足の健を切り裂いたことを示す。
「窮鼠猫を噛む。
油断は命取りだ!」
僕はエーレクから大きく距離を開け、何が起こったか分かっていない愚かな猫を見下す。
「ば、かな!
この剣はさっき、はじいた」
そう。
エーレクの胸に突き刺さる剣は、エーレク自ら弾いた物だ。
僕の狙いは始めから自害ではなく身体操作による手を離れた剣の操作にあった。
剣を体の一部として扱う。
達人は上手いこと言ったものだ。
剣を体の一部として扱い、操作することで只でさえ反則気味な身体操作に更なる利用価値が生まれた。
「こ、ごの餓鬼ぃ!」
エーレクは胸から剣を生やした状態で鬼の形相を浮かべる。
が、片足を負傷しては僕の早さに追い付けるはずもなく間もなく命も尽きてゲームオーバーだ。
そろそろエーレクは自殺しないと本当に死ぬことになるだろう。
なんとかこの場は逃げ切れた。
願わくば自殺が間に合わず僕に平和な日常が訪れることを祈るばかりだ。
「ぐぞっ、ぐそがぁぁぁぁ!」
ぶしゅっ
エーレクは限界を感じたのか自らの喉を手刀で突き破る。
サァァァァ
エーレクの体が砂になったのを確認後、僕はようやく地面に腰を落ち着ける。
「ははっ、何とか、なったかな。
できればもう会いたくないな。バーンスタイン・エーレク。
・・・もっと強くならなきゃ。」
僕はそういって空を見上げる。
空は知らぬ間に真っ暗だった。
おかしい。
地平線はまだ明るい。
いや、それだけなら世界が球形で太陽の周りを公転しているという事実で納得できる。
だが明るい地平線は四方全て。
なのに今僕がへたり込んでいる町外れの荒野は夜のように暗い。
まるで何かが太陽を遮ってるかのように。
「ははっ、窮鼠猫を噛む。か。
まさかここまでブーメランになるとは思わなかった。
・・・イザベラの事、巻き込んじゃったかな。」
迫る隕石に僕は目をそっと閉じる。
そこで僕の意識は途絶え、ザーストから戌亥渉は消えた。
戌亥渉 18歳
称号:密航者・借金を背負う者・夢を渡る者・死を見た者・チャラ男の玩具・脱兎・耐える者・獣に認められし者・サバイバー・野生児・復讐を胸に刻む者・到達者・追われる者(new)
Rank1 0RP 3,205円 38,860TP
「ザースト:街道」
戦闘力 279(+35)
生活力 32
学習能力 7
魔力 86(+7)
夢力 1
固有:密航
技:首狩り・投擲・乱切り・一閃・属性剣・天地断
技能:頑丈・逃げ足・自然回復(超)・簡易道具作成・隠形・気配感知・威圧・流水・危機感知・身体制御・精神制御・刀身一体(new)
魔法:2級水魔法・2級土魔法・3級召喚魔法(獣)・4級魔法同時使用(2)
ザースト滞在時間1037日目・・・死亡
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