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TraumTourist-夢を渡るもの-

舘伝斗

0-1 序章

 はじめてこの世界に来たのはいつのことだっただろうか。

 元の地球で培った知識や経験により、他の子供よりできることが多いが孤児だった僕はその知識を誰に評価されることなく惨めな生活を送っていた。
 だがある日、同じく孤児で年も近く頭がよかった女の子と共に僕たちの能力に目を付けた男に裏社会にスカウトされ、今では世界でもトップの業績を誇る製薬会社の研究施設の乗っ取りを依頼される凄腕のエージェントにまでなっていた。


 ちなみにここは僕の生まれた地球ではなく別の地球である。
 転生?いやいや、ここは僕が見ている夢の世界だ。
 何故分かるかって?
 それは僕がこういう世界・・・・・・に来るのが一度目や二度目じゃないからだ。


 チラリと横で作業をしている孤児の頃から付き合いのあるパートナーを見る。
 彼女は目の前に広がる10枚にも及ぶディスプレイとそれに繋がる複数のキーボードを巧みに操り、次々とこの施設のシステムをハッキングしていく。

 その間僕は敵が来ないようにまた、来ても時間を稼げるように周りに細工をする。

 カタカタカタカタ

「ふぅ、こっちはバリケード出来たけどそっちはどう?」

 この部屋に出入りできそうな場所は扉と空調ダクトだけだったので、扉をいくつもの机や棚で塞ぎ空調ダクトにはセンサー式のアラームのセットを終えた僕は、これまでになく苦戦している雰囲気の結華ゆいかに声をかける。

「そうね、思ったよりも苦戦しそうだから後10分くらいかしら。向こうにバレてもいいなら3分で終わるけど?」

 カタカタカタカタ

「バカなこと言うなよ。向こうにバレたらさすがに僕一人じゃ結華ゆいかを守りきれないよ。」

 カタッカタタタッ

「どうした?」

 不意にキーボードを叩くリズムが乱れたので何かあったのかと声をかけると「な、なんでもないわよっ。」と耳まで赤くした結華ゆいかに怒られた。

(まったく、もう12年もパートナーをやってるんだから僕の前でミスしたってそこまで照れなくてもいいのに。相変わらず完璧主義者だなぁ。)

 結華ゆいかの態度に苦笑しつつも何が起こっても対応できるよう結華ゆいかの側で辺りに神経を巡らせる。








 カタカタカタカタ

 待つこと約10分、結華ゆいかの前に広がる10枚のモニターが一つ、また一つと消えていく。

「そろそろ?」

 僕はそれがハッキング終了が近い動作だと思い、結華ゆいかを見ると結華ゆいかは焦ったようにキーボードを打つ手を早める。

「なんで!?セキュリティが再起動した!したもこっちの作業の数倍の速度で新しく書き換えられてる!」

 結華ゆいかの悲鳴にも似た叫びに僕は何か緊急事態だと残った最後のモニターを見つめる。

 プツン、ブォン

 するとこれまで無数の文字が羅列していたモニターが消え、代わりに突如40代くらいの厳つい顔の男が映る。

「先生?」

「やぁ、わたるくん、結華ゆいかさん。見えているかな?」

 その厳つい顔とは裏腹に声はどこか飄々としたものだった。
 男の名前は首藤厳すどういわお、元の地球のころは世界史の教師兼担任、そしてこの地球では僕と結華ゆいかを裏社会にスカウトした張本人だ。

「なんでこのモニターに先生が映ってるんですか?」

 僕はモニター越しに先生に話しかける。
 結華ゆいかの方はどうやら突然のことで思考が停止しているようだったので軽く足を蹴ってやる。

「いたっ、じゃなくてっ!なんで先生が出てくるんですか。ここのセキュリティは強固だから施設内の端末からしか接続できないはずなんじゃ?」

「その通りだよ。確かにここのセキュリティは強固で施設内の端末でしかアクセスできないようになっている。」

「じゃあなんで・・・」

 結華ゆいかが僕以上に慌ててくれたお陰で冷静になった僕は一つの答えにたどり着く。

「僕たちは騙された?」

 その言葉に結華ゆいかは信じられないといった風に目を見開き、先生は僅かに眉を持ち上げる。

「流石わたるくん、正解です。君たちに依頼したこの件、実は全くの嘘でした。」

「でもなんでそんなことを?私たちの実力は既に知っているからテストの必要もないですよね?」

「いや、そうじゃないよ結華ゆいか。この製薬会社の施設は本物だ。それはその辺に散らばっている資料を見ればわかる。テストなら偽の施設で行うからね。つまりこれはテストじゃないってことは僕たちを消すための依頼だったってことだよ。」

「またまた正解です。いやー、私もわたるくん程の優秀な人材を手放すのは勿体ないと何度も上に掛け合ったんですがね?どうも上の人たちはその優秀さが怖いらしい。わたるくんは孤児の出だから縛るものがなくていつ手のひらを返されるのかビクビクするのは疲れたそうですよ?」

 先生の言葉に僕も結華ゆいかも絶句する。
 それだけの理由でこれまで尽くしてきた組織に裏切られるのか?と、ふざけるな!と。

 だが二人が何かを口にする前にモニター越しに先生が口を開く。

「私も心苦しいんですがもう決定は覆せないんですよ。ところで、その部屋から外に通じるのは扉と空調ダクトだけでしたよね?」

「調べた感じそうですね。今から大群を率いて扉から突入してきますか?相討ち覚悟で30人は道ずれにしますよ?」

 先生の言葉にお返しとばかりに言葉を返す。だが、事実30人程度なら道ずれにできるだけの弾薬と実力は備えていると自負している。
 それは先生もわかっているはずなので、そう言うことにより時間を稼ごうと考えていたがその期待は次の先生の言葉で淡く砕ける。

「確かにわたるくんなら30人を道ずれにすることは可能でしょう。そこに結華ゆいかさんも加わるとなれば50人どころの被害じゃ無いでしょうね。なのでこういうものを用意してみました。」

 ゴオォォォ

 先生が何か操作したかと思えば空調ダクトから大量の煙が部屋に入り込んでくる。

「貴方たちが苦しむ姿を見たくなかったのでKOLOKOL-1を用意してみました。吸い込むと2秒ほどで意識障害、呼吸困難を引き起こす猛毒のガスです。どうか安らかに逝ってください。では、来世ではよい人生を歩めますように。」

 ブツッ

 そういい残しモニターは暗転する。
 上から迫ってくるガスの速度からしてもう猶予は1分もないだろう。
 これは所謂詰みの状態でありいくら考えても活路を見い出せず僕は胸に掛けた琥珀のペンダント・・・・・・・・を握る。

わたるっ」

 諦めて死を受け入れる体制に入っていると横から結華ゆいかが抱きついてきた。

結華ゆいか、ごめん。もう突破口が見つからないや。」

「ううん、大丈夫だよ。これまでわたるにはたくさん助けられてきたもん。もう頑張らなくていいんだよ。」

結華ゆいか。」

 抱き付く結華ゆいかの体が震えていることに気づき、それでも尚自分のことを慰めてくれる結華ゆいかに涙が溢れる。

「私ね、わたるのことずっと好きだったんだよ?これまで色々アピールしてたのに全く気づいてくれなかったみたいだけど。」

 そういって結華ゆいかはこの状況にも関わらず頬を膨らませる。

「そ、そうだったのか。ごめん、全く気づかなかった。」

「もうっ、本当にわたるはニブいんだから。でも、多分これで最後だし私も回りくどいことはやめるよ。・・・わたる、ずっと好きでした。」

 結華ゆいかのストレートな告白に自分でも分かるほど顔が熱くなる。
 よく見ると結華ゆいかも顔が真っ赤になっていた。

「うん、僕も結華ゆいかのこと、好きだよ。」

 もう頭上までガスが迫っているにも関わらず僕たちは見つめ合う
 そして二人の唇がゆっくり近づき重な・・・



 ピピピピピピッ

 目覚まし時計の音で僕の意識は急速に覚醒へと向かう。
 現在の時刻は午前7時ぴったり。
 重たい瞼を開けるとそこは先ほどまでいた研究所出はなく見慣れた自分の部屋だった。
 勿論毒ガスなんて充満していない。
 始めに言った通り夢だから。

「おしかったな。もうちょっとでキスできたのに。」

 そういってベットから起き上がり体を伸ばす。
 一息つくと学習机の上の一冊のノートを広げ、そこに今見た夢の内容をサラサラと書いていく。
 何でこんなことをしているのかというとさっきの夢に出てきた結華ゆいかにこの話をすると。

「何その体験!うらやましいなー。もっといろんな話聞きたいし明日から毎回どんな夢だったか書いてきてね!はい、これノート。絶対だからね!」

 みたいな流れで半ば強引に毎日の夢をまとめることとなった。
 まぁ少し面倒なだけで僕も冒険のことを思い出すのが楽しいから嫌ではないんだけどね。

 走り書きほどでは無いが大分端折って書いたノートはお世辞にも読みやすいとは言いがたい。
 だが結華ゆいかは毎回文句なんか言わずに寧ろ嬉々として(授業中に)読んでいる。

「それにしても何で夢の中って現実のことを覚えてるのにこれまでの夢のことは思い出せないんだろうなー。今回の夢ももし3日前のことを思い出せてたら先生に嵌められることもなかっただろうに。」

 そういって僕は、何故か唯一夢の中と現実で変わることのない琥珀のペンダント・・・・・・・・を手で弄び、昨日、先生に怒られ罰として提出を言い渡された課題の山と3日前に出された課題の山を見比べる。

「やっぱり先生に怒られた日の夢は先生に嵌められてるんだよな。夢は記憶の整理っていうくらいだしその日のことが反映されててもおかしくはないか。」

 今日の夢を書き終えたノートと今日提出する課題を鞄に突っ込み、朝御飯も食べずに人生最後・・・・の通学路へ踏み出すのだった。



「ついに見つけたわ。長年探していた我がバーンスタイン家の神器、恒常のペンダント・・・・・・・・これで私は更に神に近づく!」


 僕は気が付かなかった。
 赤信号にもかかわらず向かってくる車に。


 僕は気が付かなかった。
 後ろの人のあげた悲鳴に。


 僕は気が付かなかった。
 横断歩道を挟んだ向こう側に浮世離れしたドレスを身に纏う女がいることに。


 僕は気付けなかった。
 その女がこちらを見て笑っている意味に。




「さぁ、私のものになりなさい。我がバーンスタイン家の神器を持つものよ。」




 そして僕、戌亥いぬいわたるはある1人の悪意により初夏の眩い平和な日常から欲望渦巻くこの世の真実を知ることになる。

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