ゆうちゃん、竜樹の学生生活‼
優希は退院することができました。
「ほんにすんまへん……まだ長いこと歩けまへんよって……」
車椅子に座る優希を押すのは醍醐である。
「かまいまへん。気にせられん。ゆうちゃん。元気になるまでは、無理はあきまへんで?」
「へぇ。そうしなはれて、嵐山おとうはんが言わはりました」
「お、おとうはん‼」
驚く醍醐に櫻子は、笑いながら、
「ゆうちゃんとたっちゃんはあてらのことをおとうはん、おかあはんて呼んでくれはるのや。娘がでけた言うて、だんはんは嬉しい言わはって……ゆうちゃんとたっちゃんにお菓子を作るんやて言うてはりましたえ」
「本当ですか?あぁうれし。あて、嵐山おとうはんのお菓子が食べたいておもとったんどす。うれしいどす」
「可愛いわぁ」
「あてとこのだんはんもべべを揃えな言わはって、大業なことになっとりますえ……たっちゃんは、『おとうはん、あて、こんなに要らへん』言うて。『じゃぁ、何を?』『ゆうちゃんとかずきが帰ってきはったら、一緒にご飯食べたい』て、だんはんは『なんてええこや……おとうはんはうれしい』言うてましたえ」
紅葉はクスクス笑う。
「それに、更衣で、古いべべを虫干ししましたんや。そしたら、『おとうはん、おかあはん。このべべがえぇ』って言いましたんや。で、せっかく来てもろたのに……と思とりましたら、その方も、昔のべべの方が品がよろし、言わはって。それになりましたんや」
「そ、そないになりましたんですか?たっちゃん……」
「きにしたらあきまへん。ゆうちゃん。ゆうちゃんのべべはちゃんと揃えましたえ?」
「あ、制服……」
思い出したようにハッとする。
竜樹は一年半あるが、自分は半年あまり……。
高校も一貫とはいえ制服が変わる。
「先生が私服でよろし言うてましたえ?」
「あ、え?受かっとりました?おかあはん」
振り返る。
ニッコリと笑い、
「満点やて」
「満点や……?あて?」
首をかしげる。
が、すぐにあたふたと、
「お、おかあはん、あて、英語自信がのうて……おとうはんに教わったとおり……」
少し考えた優希は、笑顔で母を見上げる。
「おとうはん、すごいどすなぁ。おとうはんが大丈夫って言うとった問題が出とりました。教えてくれたおとうはんにお礼いわないけまへんなぁ」
やつれはしたものの、昔よりも表情がコロコロ変わる優希に、日向たちはホッとする。
それに、あの日贈ったテディベアは、ちょこんと膝の上に乗っている。
「あ、テディベアもちゃんと一緒?」
穐斗の一言に、ぱぁぁっと頬を赤くする。
「あの、あて……たっちゃんと約束してしもて、主李くんの名前……」
「良いじゃない。可愛いわよ」
糺に微笑まれ、もじもじと、
「リボンを選んでお揃いのリボン……持ってます」
「いやぁぁ、ほんとに可愛い‼ネタに‼」
「それはするな‼糺。ネタじゃなくて、せっかく両想いで、これからってときに別れたんだ。寂しいし、駄目だろう?」
日向の正論に、渋々頷く。
「そうね。でもその『主李くん』?リボンは、シックな模様ね。『有職紋様』なんて素敵だわ」
「『ゆうそくもんよう』て言わはるんですか?辞書で出てこなかったので……」
「漢字では『有職紋様』って書くのよ。中国から伝来して日本に定着した紋様と言われていて、昔、平安時代の頃だと思うのだけれど、宮中の儀式や行事に関する研究者や学者のことを『有職者』もしくは、『有識者』と言って、その人たちが身に纏っていた紋様を総称して言うの。確か……『鳳凰紋』『雲鶴紋』『立湧紋』『菱紋』とかがあって、格調高い品格のある紋様なのよ。確か『鳳凰紋』ね」
「『鳳凰紋』……一時退院言うて、車椅子ででかけたんどす。それで、リボンを選びまひて……おとうはんが変な顔しましたんどす。あきまへんでしたやろか?」
変な顔をする優希に、祐也が、
「確か、三国志の参謀の龐統の別名が『鳳雛』。『鳳凰の雛』って言う意味で、『鳳凰』って言うのは、一説には『鳳』がオス、『凰』がメスのつがい、夫婦って言う意味なんだ。鳳凰の別名、もしくは一種が、有名な朱雀門の『朱雀』で、この京都では南を守護する神だよ」
「祐也おにいはん、お詳しいです。あても勉強します」
目をキラキラさせる優希に、醍醐が突っ込む。
「いやいや、おいはんが言わはっとるんは、『鳳凰紋』をゆうちゃんと『主李』が付けとることやと思いますよってに」
「あ、そうだ、ゆうちゃん」
ごそごそとバッグを探ると、その中から紙のバッグが出てくる。
「はい。これ、僕のお母さんがゆうちゃんにだって」
「えっ?」
キョロキョロとし、そして、エレベーターに乗りながら、紙袋を開けて、薄い布に包まれた物を取り出すと、緊張した様子で布を広げた。
「……わぁぁ、可愛い‼優しい目をしたテディベアです‼それに、四つ葉のクローバーが刺繍されてます‼」
「僕のお母さんのテディベア。ちゃんと、ほら、『フユ・ヴィヴィ・ベア』って言うタグがついてるでしょ?」
「穐斗おにいはんのおかあはんですか?テディベア作らはりますの?」
「そうだよ。京都で毎年テディベアのイベントがあるの。だから、僕も中学校の時からかな、二泊三日で毎年お母さんと京都に来てたんだよ。一杯行ったなぁ……松尾大社にも行って、『まつのお』に行くのが楽しみだったんだ~」
ぎょっとする醍醐。
「はぁ?穐斗くんはあての実家に来てはらしましたんでっか?」
「え?醍醐先輩と写真撮りましたけど?」
バッグをあさり、取り出す。
差し出された写真には、醍醐と穐斗、櫻子に可愛らしい女性と、外国のお忍びファッションと言うよりも普通に着こなしている醍醐たちと同世代の少女が笑っている。
優希はぱちぱちとまばたきをして、穐斗を見上げる。
「このおねえはん……ヴィヴィアン・マーキュリーじゃあらしまへんか?年上なのに可愛らしおすなぁ……」
「はぁぁ‼ヴィヴィアン・マーキュリー‼しらなんだ。風遊はんにも……」
ショックを受ける醍醐。
「風遊はん?」
「僕のお母さんの名前。風に遊ぶって書いて風遊」
「『ふゆ』って聞くと、雪に寒いの冬を思いますけど、『風遊』は言葉が美しいおすし、素敵どす。それに、べっぴんはんのおかあはんにぴったりのお名前どす」
「だんだん。ありがとう。お母さん喜ぶよ」
エヘヘと穐斗は照れ笑う。
「あの、このベアちゃんは……」
「ゆうちゃんにってお母さんが」
「えぇんでっか‼お、おかあはん‼穐斗おにいはんのおかあはんが‼」
「まぁまぁ、かいらしいわぁ……ゆうちゃん良かったなぁ……あきちゃんもおかあはんに言うとってくらしまへんか?ゆうちゃんもあてもうれしいて」
紅葉は目を細め頬笑む。
優希の嬉しそうな姿は、紅葉には本当に眩しかった。
賢樹との間に子供は恵まれず、櫻子には3人の息子。
妬み、嫉みがなかったとは言えない……ひそかにいくつもの病院に掛かったことも、お社に詣でたことも……。
でも、苦しみ泣き続けた紅葉に、賢樹はそっと抱き締めて、
「神はんが、二人でおいでっていいよんや。あてらの仲がええさかいに、神はんがあてらに子供を授けるのを忘れはったんや。紅葉は泣かんでええんや。ええやないか。もうこの年で子供がおったら大業や。この家中をさきはともかくシィみたいなんが走り回ってみぃ……あてはシィみたいなんは無理や」
「……さきはんや醍ちゃんがかめへんやろか」
「いやぁ……さきはあれでいて一人でおったらかめへん、醍醐は、あれで目端は利くし手先も器用や、紅葉には無理やで」
「困りましたなぁ……だんはんは、あてと二人でかましまへんか?」
涙目で見上げる。
紅葉は、華やかな美貌の櫻子とは逆に儚げな印象が強い。
そっと頭を撫で、微笑む。
「言うたやろ?あては紅葉がええて……」
「だんはん……おおきに……」
「何言うてんのや。傍におりたい言うたんはあてや。紅葉は自分はこないなさかい言うて逃げて……掴まえたんや。離さへん」
紅葉が落ち着き、二人であと何年したら、と話していた丁度その時に、神はんが思い出したように与えてくれた二人……。
一人は、必死に大人になろうとして、頑張り続け心も体も正しく壊れかけた優希。
もう一人は、優希のことを心配していても、どうすればいいのか……自分自身も苛められ、家族には形ばかり可愛がるふりをされ、自分は何をすればいいのか迷いかけていた雛鳥……。
初めてあったときには、必死に妹をかばい、守り、それは逆に優希に負担を強いることになり、混乱する優希の傍に手を握って付き添った。
「お母さん……大丈夫?やっくんやお兄ちゃんがいるのに……うちに構ってなくていいよ……一人で寝るから……」
母親を労うようで、いたわるようで、逆に母親を拒否するように、テディベアを抱きしめ丸くなりしくしく泣き続ける。
自分には守ってくれる存在はいない。
父親は忙しく、母親やその親族は邪険に扱い、遠い父方の祖母を、その家族を思い、泣いていたのだ……。
胸に、優希をここまで苦しめた家族に怒りと、救おうにも手を伸ばせなかった祖母たちに哀れみと悲しみ……そして、自分の胸には……、
「優希……ゆうちゃん。お母さんはおりまへん。あてが、おかあはんや。ゆうちゃんは、曽我部優希やあらしまへん。賀茂優希や。おかあはんはあて、賀茂紅葉や」
「お母さんはおらんの?」
背を向けていた優希が目を真っ赤にして振り返る。
紅葉はハッキリと告げる。
「おらしまへんのや。最初から。ゆうちゃんはおかあはんの子や‼ゆうちゃんはあての娘。誰にもやらしまへん。おかあはんは、ゆうちゃんのおかあはんや‼ゆうちゃんの一番の味方‼あんしんしい。おかあはんは傍におるさかいに……な?泣かんでええんや……」
「お、おかあはん……優希のおかあはん……」
「そうや。おかあはんはゆうちゃんのおかあはんや。大丈夫。あてはゆうちゃんの傍におるさかいに」
優希の頭を、背中を撫でて眠るまで傍に着いていた。
竜樹は逆に、翌朝夫にてを引かれ、
「おかあはん、おはようさんどす……?おとうはん、なんか違いまへんか?」
「まだまだ、覚えはじめや……気にせんでよろし」
「でも、お……ゆうちゃんは、すぐに覚えますえ?ゆうちゃんは凄いんです」
姉の自慢か?
と笑った夫婦は、あっけにとられた。
優希は、口は動かせないが、両親や見舞いに来てくれた親族の話を聞いていて、イントネーションを繰り返すようになった。
そして、ギプスを外した後に喋ったのは、
「おとうはん、おかあはん、優希どす。よろしゅうおたのもうします」
小さい声ではあったが話したのだった。
車椅子に座る優希を押すのは醍醐である。
「かまいまへん。気にせられん。ゆうちゃん。元気になるまでは、無理はあきまへんで?」
「へぇ。そうしなはれて、嵐山おとうはんが言わはりました」
「お、おとうはん‼」
驚く醍醐に櫻子は、笑いながら、
「ゆうちゃんとたっちゃんはあてらのことをおとうはん、おかあはんて呼んでくれはるのや。娘がでけた言うて、だんはんは嬉しい言わはって……ゆうちゃんとたっちゃんにお菓子を作るんやて言うてはりましたえ」
「本当ですか?あぁうれし。あて、嵐山おとうはんのお菓子が食べたいておもとったんどす。うれしいどす」
「可愛いわぁ」
「あてとこのだんはんもべべを揃えな言わはって、大業なことになっとりますえ……たっちゃんは、『おとうはん、あて、こんなに要らへん』言うて。『じゃぁ、何を?』『ゆうちゃんとかずきが帰ってきはったら、一緒にご飯食べたい』て、だんはんは『なんてええこや……おとうはんはうれしい』言うてましたえ」
紅葉はクスクス笑う。
「それに、更衣で、古いべべを虫干ししましたんや。そしたら、『おとうはん、おかあはん。このべべがえぇ』って言いましたんや。で、せっかく来てもろたのに……と思とりましたら、その方も、昔のべべの方が品がよろし、言わはって。それになりましたんや」
「そ、そないになりましたんですか?たっちゃん……」
「きにしたらあきまへん。ゆうちゃん。ゆうちゃんのべべはちゃんと揃えましたえ?」
「あ、制服……」
思い出したようにハッとする。
竜樹は一年半あるが、自分は半年あまり……。
高校も一貫とはいえ制服が変わる。
「先生が私服でよろし言うてましたえ?」
「あ、え?受かっとりました?おかあはん」
振り返る。
ニッコリと笑い、
「満点やて」
「満点や……?あて?」
首をかしげる。
が、すぐにあたふたと、
「お、おかあはん、あて、英語自信がのうて……おとうはんに教わったとおり……」
少し考えた優希は、笑顔で母を見上げる。
「おとうはん、すごいどすなぁ。おとうはんが大丈夫って言うとった問題が出とりました。教えてくれたおとうはんにお礼いわないけまへんなぁ」
やつれはしたものの、昔よりも表情がコロコロ変わる優希に、日向たちはホッとする。
それに、あの日贈ったテディベアは、ちょこんと膝の上に乗っている。
「あ、テディベアもちゃんと一緒?」
穐斗の一言に、ぱぁぁっと頬を赤くする。
「あの、あて……たっちゃんと約束してしもて、主李くんの名前……」
「良いじゃない。可愛いわよ」
糺に微笑まれ、もじもじと、
「リボンを選んでお揃いのリボン……持ってます」
「いやぁぁ、ほんとに可愛い‼ネタに‼」
「それはするな‼糺。ネタじゃなくて、せっかく両想いで、これからってときに別れたんだ。寂しいし、駄目だろう?」
日向の正論に、渋々頷く。
「そうね。でもその『主李くん』?リボンは、シックな模様ね。『有職紋様』なんて素敵だわ」
「『ゆうそくもんよう』て言わはるんですか?辞書で出てこなかったので……」
「漢字では『有職紋様』って書くのよ。中国から伝来して日本に定着した紋様と言われていて、昔、平安時代の頃だと思うのだけれど、宮中の儀式や行事に関する研究者や学者のことを『有職者』もしくは、『有識者』と言って、その人たちが身に纏っていた紋様を総称して言うの。確か……『鳳凰紋』『雲鶴紋』『立湧紋』『菱紋』とかがあって、格調高い品格のある紋様なのよ。確か『鳳凰紋』ね」
「『鳳凰紋』……一時退院言うて、車椅子ででかけたんどす。それで、リボンを選びまひて……おとうはんが変な顔しましたんどす。あきまへんでしたやろか?」
変な顔をする優希に、祐也が、
「確か、三国志の参謀の龐統の別名が『鳳雛』。『鳳凰の雛』って言う意味で、『鳳凰』って言うのは、一説には『鳳』がオス、『凰』がメスのつがい、夫婦って言う意味なんだ。鳳凰の別名、もしくは一種が、有名な朱雀門の『朱雀』で、この京都では南を守護する神だよ」
「祐也おにいはん、お詳しいです。あても勉強します」
目をキラキラさせる優希に、醍醐が突っ込む。
「いやいや、おいはんが言わはっとるんは、『鳳凰紋』をゆうちゃんと『主李』が付けとることやと思いますよってに」
「あ、そうだ、ゆうちゃん」
ごそごそとバッグを探ると、その中から紙のバッグが出てくる。
「はい。これ、僕のお母さんがゆうちゃんにだって」
「えっ?」
キョロキョロとし、そして、エレベーターに乗りながら、紙袋を開けて、薄い布に包まれた物を取り出すと、緊張した様子で布を広げた。
「……わぁぁ、可愛い‼優しい目をしたテディベアです‼それに、四つ葉のクローバーが刺繍されてます‼」
「僕のお母さんのテディベア。ちゃんと、ほら、『フユ・ヴィヴィ・ベア』って言うタグがついてるでしょ?」
「穐斗おにいはんのおかあはんですか?テディベア作らはりますの?」
「そうだよ。京都で毎年テディベアのイベントがあるの。だから、僕も中学校の時からかな、二泊三日で毎年お母さんと京都に来てたんだよ。一杯行ったなぁ……松尾大社にも行って、『まつのお』に行くのが楽しみだったんだ~」
ぎょっとする醍醐。
「はぁ?穐斗くんはあての実家に来てはらしましたんでっか?」
「え?醍醐先輩と写真撮りましたけど?」
バッグをあさり、取り出す。
差し出された写真には、醍醐と穐斗、櫻子に可愛らしい女性と、外国のお忍びファッションと言うよりも普通に着こなしている醍醐たちと同世代の少女が笑っている。
優希はぱちぱちとまばたきをして、穐斗を見上げる。
「このおねえはん……ヴィヴィアン・マーキュリーじゃあらしまへんか?年上なのに可愛らしおすなぁ……」
「はぁぁ‼ヴィヴィアン・マーキュリー‼しらなんだ。風遊はんにも……」
ショックを受ける醍醐。
「風遊はん?」
「僕のお母さんの名前。風に遊ぶって書いて風遊」
「『ふゆ』って聞くと、雪に寒いの冬を思いますけど、『風遊』は言葉が美しいおすし、素敵どす。それに、べっぴんはんのおかあはんにぴったりのお名前どす」
「だんだん。ありがとう。お母さん喜ぶよ」
エヘヘと穐斗は照れ笑う。
「あの、このベアちゃんは……」
「ゆうちゃんにってお母さんが」
「えぇんでっか‼お、おかあはん‼穐斗おにいはんのおかあはんが‼」
「まぁまぁ、かいらしいわぁ……ゆうちゃん良かったなぁ……あきちゃんもおかあはんに言うとってくらしまへんか?ゆうちゃんもあてもうれしいて」
紅葉は目を細め頬笑む。
優希の嬉しそうな姿は、紅葉には本当に眩しかった。
賢樹との間に子供は恵まれず、櫻子には3人の息子。
妬み、嫉みがなかったとは言えない……ひそかにいくつもの病院に掛かったことも、お社に詣でたことも……。
でも、苦しみ泣き続けた紅葉に、賢樹はそっと抱き締めて、
「神はんが、二人でおいでっていいよんや。あてらの仲がええさかいに、神はんがあてらに子供を授けるのを忘れはったんや。紅葉は泣かんでええんや。ええやないか。もうこの年で子供がおったら大業や。この家中をさきはともかくシィみたいなんが走り回ってみぃ……あてはシィみたいなんは無理や」
「……さきはんや醍ちゃんがかめへんやろか」
「いやぁ……さきはあれでいて一人でおったらかめへん、醍醐は、あれで目端は利くし手先も器用や、紅葉には無理やで」
「困りましたなぁ……だんはんは、あてと二人でかましまへんか?」
涙目で見上げる。
紅葉は、華やかな美貌の櫻子とは逆に儚げな印象が強い。
そっと頭を撫で、微笑む。
「言うたやろ?あては紅葉がええて……」
「だんはん……おおきに……」
「何言うてんのや。傍におりたい言うたんはあてや。紅葉は自分はこないなさかい言うて逃げて……掴まえたんや。離さへん」
紅葉が落ち着き、二人であと何年したら、と話していた丁度その時に、神はんが思い出したように与えてくれた二人……。
一人は、必死に大人になろうとして、頑張り続け心も体も正しく壊れかけた優希。
もう一人は、優希のことを心配していても、どうすればいいのか……自分自身も苛められ、家族には形ばかり可愛がるふりをされ、自分は何をすればいいのか迷いかけていた雛鳥……。
初めてあったときには、必死に妹をかばい、守り、それは逆に優希に負担を強いることになり、混乱する優希の傍に手を握って付き添った。
「お母さん……大丈夫?やっくんやお兄ちゃんがいるのに……うちに構ってなくていいよ……一人で寝るから……」
母親を労うようで、いたわるようで、逆に母親を拒否するように、テディベアを抱きしめ丸くなりしくしく泣き続ける。
自分には守ってくれる存在はいない。
父親は忙しく、母親やその親族は邪険に扱い、遠い父方の祖母を、その家族を思い、泣いていたのだ……。
胸に、優希をここまで苦しめた家族に怒りと、救おうにも手を伸ばせなかった祖母たちに哀れみと悲しみ……そして、自分の胸には……、
「優希……ゆうちゃん。お母さんはおりまへん。あてが、おかあはんや。ゆうちゃんは、曽我部優希やあらしまへん。賀茂優希や。おかあはんはあて、賀茂紅葉や」
「お母さんはおらんの?」
背を向けていた優希が目を真っ赤にして振り返る。
紅葉はハッキリと告げる。
「おらしまへんのや。最初から。ゆうちゃんはおかあはんの子や‼ゆうちゃんはあての娘。誰にもやらしまへん。おかあはんは、ゆうちゃんのおかあはんや‼ゆうちゃんの一番の味方‼あんしんしい。おかあはんは傍におるさかいに……な?泣かんでええんや……」
「お、おかあはん……優希のおかあはん……」
「そうや。おかあはんはゆうちゃんのおかあはんや。大丈夫。あてはゆうちゃんの傍におるさかいに」
優希の頭を、背中を撫でて眠るまで傍に着いていた。
竜樹は逆に、翌朝夫にてを引かれ、
「おかあはん、おはようさんどす……?おとうはん、なんか違いまへんか?」
「まだまだ、覚えはじめや……気にせんでよろし」
「でも、お……ゆうちゃんは、すぐに覚えますえ?ゆうちゃんは凄いんです」
姉の自慢か?
と笑った夫婦は、あっけにとられた。
優希は、口は動かせないが、両親や見舞いに来てくれた親族の話を聞いていて、イントネーションを繰り返すようになった。
そして、ギプスを外した後に喋ったのは、
「おとうはん、おかあはん、優希どす。よろしゅうおたのもうします」
小さい声ではあったが話したのだった。
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