やがて救いの精霊魔術

山外大河

3 お花畑の問題児

「……」

 問題児。それが具体的にどういう事なのかは分からない。霞が自分に会う事を促すと言う事は、きっと精霊絡みの事ではあるのだろう。それは確信をもって言える。だけども予想がつかなかった事が一つ。

「えーっと……どちら様、かな?」

 個室にて暇そうにスマートフォンを触っていた問題児は、誠一と同い年位の女の子だった。
 黒髪の長い髪。思わず見惚れてしまいそうになる程の整った顔付き。問題児というのがそんな女の子だったとは思いもしなかった。

「……土御門誠一って言います」

 どうしたもんかと考えて、自然と出てきたのは自己紹介だった。敬語っぽくなったのは緊張のせいかもしれない。

「あ、うん……私は宮村茜」

 そして突然病室に入ってきた知らない男子に自己紹介された彼女もまた、動揺した勢いでという風に自分の名前を口にする。
 そんな風に一応は互いの自己紹介が済んだ訳だが、実際問題殆ど前には進んでいない。

「えーっと、それで土御門君……キミはどちら様なのかな?」

 名前は分かっても、結局互いが誰なのかは分からない。宮村茜と名乗った彼女に至っては誠一と違い事前情報が一切無いわけで、当然と言えば当然の再問答である。

「……えーっとだな……」

 その問にとりあえず霞の紹介で来たと答えようとする誠一だったが、茜がちょっとまったとばかりに左手の平をこちらに向け、瞼を閉じてぶつぶつと呟きだす。

「えーっとちょっと待って。土御門、土御門……そうだ土御門!」

 そして何かに思い至ったように勢いよく開眼。
 そうだそうだと指を指して茜は言う。

「魔術師家系の土御門だよね! そうだよね!? でなきゃ私結構恥ずかしいよ!」

「あーうん。大丈夫。それで合ってる。だからもう少し声のボリューム落とせ。個室とはいえ一応病院だぞ」

「あ、うん。そうだね。ごめん」 

 茜はそういった後、声のボリュームを元に戻して誠一に訪ねる。

「それで土御門の人が私の所に来たって事は、多分精霊絡みの事だよね?」

「まあそうだな」

「やっぱり。で、何かあったの?」

 何かあったかと言われれば何もなかった。それ故にこの場所に来た理由を説明するには、霞の話を出すしかない。本人に直接言うのは気が引けるが、それ以外に事を進める術はないだろう。

「霞先生が問題児がいるから会ってけって言うからさ……」

 言うだけ言った所で、問題児云々は省いてもよかったのではないかと思ったが時既に遅し。

「……問題児とは失礼だなぁ」

 やはりというか当然というか、不機嫌そうな表情を浮かべる。
 だがしかし、よく考えれば問題児呼ばわりしたのは霞で、自分はそれを伝えただけである。即ち悪いのは霞であって自分ではない。故に悪びれる必要も全くない。

「で、お前何したんだ?」

「まさかの謝罪無し!?」

「驚く事はねえだろ。実際悪い事はしてない。俺はお前が問題児だって思われてる事を伝えただけだ」

「だとしてもちょっとごめんの一言位は欲しかったなー……そんなんじゃモテないよ?」

「とても済まない事をしたと思っている」

「うわ、凄い掌返し! しかも地味にお辞儀の角度が九十度!」

 中学生にとってモテないと女の子に言われる程キツイ事はない。せめてその認識だけでも改めさせなければならない。その為なら深く頭だって下げる。なんならそのまま下げ続けてヘッドスピン位ならもしかしたらできるかもしれない。やった事は無かったが。

「俺はさ、女の子にモテる男になりたい」

「女の子の前で頭下げながらその発言ってキミ結構アレなんじゃないかな!? とりあえず頭あげよ、ね?」

 慌てた様にそう言われとりあえず頭をあげる。そして振り返ってみると自分でも中々に馬鹿なんじゃないかと思うが言ってしまったものは仕方がない。

「ま、まあとにかくだ」

 とりあえず落ち着きを取り戻した所で、仕切り直す様に再び訪ねる。

「お前、マジで何かやったのか?」

「何だと思う?」

「とりあえず霞先生が頭にお花畑が広がってるってコメントするような事」

「あの先生結構酷いなぁ……」

 そう言って茜は少ししゅんとした表情になるが、一拍空けてから複雑な表情を浮かべて呟く。

「……まあ、否定はできないんだけどね」

「……できないのかよ」

「うん、できない。自分でも自分の考えがお花畑みたいな物だってのは理解している」

 だから、と茜は誠一に告げる。

「何をやったかっていうのは言いたくないかな。言っても理解してくれないだろうし、非難されるのも分かっているから。だとしたら私もあまり言いたくないよ」

 霞先生には言わないといけなかったから言ったけどね、と続ける茜の表情は複雑なままだ。
 花畑だと理解していて、それでもその考えを抱き続けている。だからきっと霞は彼女の事を問題児と称したのだろう。
 一体彼女は何を考えて何をしたのか。その事が少しずつ気になってくるが、それ以上は踏み込まなかった。

「そういうことならこれ以上聞かねえよ。別に俺はそれが知りたくて此処に来たんじゃねえからな」

 話したくない事を話す事がどれだけ苦痛なのかは中学二年にもなれば流石に理解しているし、事が精霊絡みな以上、一般的な事よりデリケートだ。
 だから触れない。これでこの話は終わりだ。

「ごめん、態々来てもらったのに」

「別にいいよ、文句があるとしても霞先生に言うから」

 そして文句は無いから何か言うことも無いだろう。
 確かに抱いた疑問は不完全燃焼どころか燃えてすらいない状態ではあるが、それでも良いことはあった。

「うん、そうしてくれると助かるな」

「あの、少しは止めようぜ。別に矛先向けられる程あの人悪い事してねえぞ?」

「じゃあ一体何処に矛先向ければいいのさ!」

「何で俺の文句の矛先の舵お前が握ってんの?」

 なんとなく、話していて楽しい奴に出会えた。しかも可愛いときた。例えこの先もう話すことがなかったとしても、暇な時間を一人憂鬱気味に過ごすよりはずっと良かったように思える。

「まあいいや。別に文句はねえし、矛先決める必要もねえよ」

 そう言って立ったままだった誠一は踵を返す。

「じゃあ俺はもう行くわ。用がないのに長居するのもアレだろ?」

「あ、ちょっと待って」

 病室を出ようとした所で茜に呼び止められる。

「ん? どうしたよ」

「土御門君、明後日時間空いてる?」

「時間? ……ま空いてるけど」

 現在夏休みの真っただ中な訳で、時間だけは腐るほどあると言ってもいい。

「私ね、明日の昼位には退院できるんだ」

「へ-、おめでとう。で、俺の時間と何の関係が?」

「わっかんないかなー。駄目だよ土御門君。察しの悪い男の子はモテないぞッ!」

「う、うるせえよほっとけ! ……で、その答えは?」

「この街に引っ越してきたばかりだから色々案内してほしいなーって」

「分かるわけねえだろぉ!?」

「でももしそのぐらいの察しの良さを持っていれば凄くモテると思うよ。古今東西女心が分かる男はモテるっていうからね」

「そいつが把握してんのは女心じゃなく現住所と旧住所じゃないか?」

「つまりストーカーはモテるって事かな?」

「そんな事になったら世も末だぞ……」

 言いながらも、よく考えてみればそう察する事はできたのかもしれない。
 考えてみれば、近くに同年代で精霊の事を知っているような奴が居れば知り合う機会もある筈で、知らなかったという事はつまりそういうことなのだろう。

「そうだね。世も末だよ……言い出した私が言うのもなんだけど、それは流石に引くよ……ストーカーにも女にも引くよ……」

「だ、だよなぁ……」

 とりあえず自分の察しが悪くて良かったと思った。危うくドン引きストーカー扱いされる所だった。
 まあされずに済んだのでこれ以上この話は発展させない。話の軌道を戻したほうがいい。

「……で、話を戻すけどさ、お前最近この辺り引っ越してきたのか」

「そ。でその矢先にこのザマですよ」

 ハハハと茜は笑うがきっと笑い事ではないだろう。だけどそこには触れない事にした。
 霞の世話になる事になった要因。その事は話したくないと言われたばかりだった。そこに触れるという事はきっとそれを抉る事と変わらない。
 だったらそんな物は今は流しておくに限る。

「……多分笑い事じゃねえだろそれ」

 だから一旦はそんな言葉を苦笑いで返すことにした。
 そうして返せば触れられたくないところを抉るような流れにはならない。実際ならなかった。

「……で、どうかな? 案内してくれる?」

「まあ俺なんかでいいならいくらでもしてやるけど」

「いくらでも? 今いくらでもって言ったよね?」

「お前は一体俺をどれだけコキ使う気なんだよ……」

 グフフと悪い笑みを浮かべる茜に再び苦笑いを浮かべてそう返す。
 何はともあれそういう返答が返ってくるという事は、誠一でいいのだろう。もっとも自分から頼んでおいて拒否をする筈がないのだが、それでもやはり出会ったばかりの異性にそういう事を頼めるかと言えば誠一には無理だ。どうやら茜にはそれが可能らしい。引っ越す前とか男女問わず友達多かっただろうなと思う。

「まあなんにしてもだよ……ありがとう」

 茜は仕切り直す要にそう言って、薄い笑みを浮かべる。

「ほら、この時期に引っ越してきた訳だからさ、学校も夏休み明けになっちゃうから頼める要な人がいなかったし。それに一人でいるのもあんまり好きじゃないし……土御門君と知り合えて良かったよ。だから、その、なんというか……」

 そして一泊明けてからニコリと笑みを浮かべていう。

「よろしくね、土御門君。明後日もよろしく」

「……ッ」

 その笑顔が、その言葉が、自分に向けられている。
 不意にそんな事を意識してしまうほどに、その笑顔は可愛らしい物だった。
 そしてそんな事を不意に考えてしまうという事は、きっと自分は相当に幸せな気分なのだと、そんな事も考えた。そして幸せだと思える事がどういう事かもなんとなく理解できた。

「……おう」

 だから自然とその返答は視線を反らしての形になるわけで、人の心は……少なくとも自分の心は些細な事で動くんだという事を認識した。

「あ、そうだ、電話番号交換しようよ。lineやってるよね?」

「お、おう」

 とりあえず明後日。平常心でいられる事を願うばかりである。

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