3人の勇者と俺の物語

穴の空いた靴下

142章 毒牙

 自分の体がすぐに馴染んでいくことをバルビタールは感じていた。
 体の各部位の動く感覚が秒単位で統合されていく。
 相性の関係か急速に入ってくる情報量が増大する。

 そして誰よりも早くその異変に気がついた。

 「へー、本当の姿は結構カッコいいんだね」

 自分の愛する女性が目の前にいる。
 彼女が話しかけてくれた瞬間心が跳ね上がったことを覚えている。
 落ち着いてから見た彼女に心を奪われた。
 前世でもそんな気持ちになることはなかった。
 いや、前世では気持ちなどというものはなかった。
 壊す、全てを壊す。滅茶苦茶にする。それぐらいしか感情は持ち合わせていなかったように思う。
 セイと過ごしてから生まれ変わったように楽しかった。
 二人のときも魔法でいろいろと出してセイのご機嫌を取った。
 最初は散々だったが段々と自分のこの姿もあってか打ち解けてくれた。
 最初は簡単な使い魔ぐらいしか生み出せなかったが、
 龍脈の力が自分とすごく相性が良かった。
 そしてプロポを生み出すことができた。
 次元を操れるという自分でもできないことが出来る奴だ。
 まぁ失礼なやつだがそれもまた楽しかった。
 そう、楽しかった。
 セイがいてくれて本当に楽しかった。

 その愛する女性が目の前にいる。
 そしてその背後にいるプロポに異常が起きている。
 この部屋にいるだれもこの異変に気がついていない、プロポさえも。

 考えるよりも先に体が動いた、セイをドニに向けて弾き飛ばす。

 『ぐふ……』

 腹に焼けた鉄棒をねじ込まれたような感覚がする。

 『……?』

 目の前のプロポも理解できていない、プロポの腹から剣が飛び出して我が腸を貫いている。

 『ごふっ……こ、これは……』

 プロポは自分の体の異常をその時初めて気がついたのだった、
 自分の体内に次元の裂け目が生じてそこから一振りの剣が腹を突き破り、
 バルビタールの腹に刺さっている。

 『魔剣……バグオス……か……』

 魔剣はズブズブとバルビタールの肉体に飲み込まれていく。
 傷口から【黒】が手を伸ばし、バルビタールの肉体に痣を作っていく。

 『バルビタール様!? プロポ!?』

 『来るな!!』

 バルビタールに駆け寄ろうとする4魔将をバルビタール自身が制する、

 『ドニ! セイを頼んだぞ! 俺はコイツを……』

 腹に入り込んでくる剣を握り引き抜こうとする、しかし、体がいうことを効かなくなる。

 『グッ、この、コロス、抜けない、コロス、チクショ、コロス、ミナゴロシダ、セカイヲブチコワシテヤル』

 【黒】がバルビタールの全身を覆っていく。

 『ば、バルビタール……様……』

 腹部に致命的な傷を負いながらもプロポはバルビタールの身を案じて近づこうとする。
 そんなプロポにバルビタールは無慈悲な手刀を突き立てようと振りかざす。

 ギャン! とバルビタールの手刀とブトルの棍がぶつかり合う。
 ギリギリのところでブトルが手刀を防いだ。

 『バルビタール様!? 何を!?』

 『に、逃げロ。コロス、オマエモ邪魔をするなら殺すぞ?』

 機械的だった声が段々とバルビタールの声になっていく。
 自らの家族に向けて放つ言葉ではない言葉をバルビタールが放つ。
 そこに立つバルビタールは4魔将やプロポの知るバルビタールではなかった、
 邪悪な顔つきで全てを恨み憎んでいるそんな表情で立っていた。

 『その女は邪魔だな、必死に抵抗しているな。そいつを殺せば邪魔する気力も失うだろ』

 バルビタールの姿が掻き消える、次の瞬間セイを抱いていたドニの背後から貫手が撃たれる。
 ショウがバルビタールの貫手を弾かなければセイ共々貫かれていただろう。
 それでも右肩に深々とバルビタールの貫手が貫く。

 「きゃーー!」

 肩を貫いて大量の鮮血が飛び散るのを見て初めてセイが恐怖を感じることができた。
 それほどに一瞬の出来事であった。

 『邪魔をするなゴミめが』

 ショウの反応速度の外のケリが胸を穿つ、ベキベキとショウの肋骨が悲鳴を上げ吹き飛ばされる。

 『バルビタール様! 御免』

 ドニは怪我を押して逆刃でバルビタールを打つ、しかしあっさりと指で摘まれる。
 怪我があるとはいえ全く遜色のない一振りをいともあっさりと。
 そのまま刀を箸でも割るかのように折ってしまう。

 「なにをしてるのバル! やめなさい!」

 『うるさい小娘が……』

 何の価値もないゴミを見るような目でセイを見るバルビタール。
 セイはそんな目をするバルビタールを見たことがなかった。

 『ペント! 手伝え!』

 ブトルが飛び込む、ペントは魔法で援護する。
 しかし、ブトルの一撃も小枝のように棍ごとバルビタールの拳で吹き飛ばされてしまう。
 ペントの魔法も倍返しされ全身をずたずたに引き裂かれてしまう。

 『ドニ、セイ様を連れて逃げろ……』

 いつの間にかドニの足元にプロポが這いずってきていた。
 プロポは最後の力を振り絞りドニを時空転移させた。

 「やめて! バルを元に戻さないと!」

 『セイ様すみません……』

 プロポは魔法でセイを眠らせる、そして無理やり開いた次元の扉にドニとセイを送り込む。

 『ほう、ゴミ虫がまだくたばってなかったか』 

 本当ははるか遠く後に飛ばすつもりだったのだが、ダメージの影響とバルビタールの妨害によってギリギリのところでワタル達の目の前にまで飛ぶことに成功したのだった。

 これがドニの話す惨劇の一部始終だった。
 あまりの出来事に女神の盾のメンバーは一言も言葉を発することができなかった。



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