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殺しの美学

山本正純

イタリアンレストラン

時計が正午を示した頃、横浜市内にイタリアンレストランディーノのドアが開いた。
愛澤春樹がドアを開け周りを見回すと、ジョニーはおろか、客が一人もいなかった。
完全に閑古鳥が鳴いていると思いながら、彼はカウンター席に座る。それに合わせて、小太りな店主は、水を客の前に置く。
「いらっしゃいませ。ご注文は……」
「連れが来るまで待ってください。それと板利君。久しぶりですね」
「失礼だが、お前は誰だ?」
「覚えていませんか? 愛澤春樹です。それとも、コードネームで言った方が分かりやすいですか?」
そこまで聞いて、やっと思い出した板利は両手を叩く。
「ラグエルか。七年ぶりだな。まさかお前が変装せずに俺の前に現れるとは思わなかったよ」
「それにしても静かな店ですね。昼時なのに客は僕だけとは」
静寂な店内を見渡しながら愛澤が呟くと、板利は腕を組み、首を縦に動かした。
「風評被害だよ。通り魔事件の容疑者の店だとマスコミが騒いでから閑古鳥が鳴くようになった。ここは大学が近く、スパゲッティーは安いから多くの大学生が来る。あんな事件がなかったら、満席だったのに。今でも来るのはあの娘だけだ」
「あの娘?」
愛澤が聞き返すとドアが開き、肩の高さまで伸びた長い髪をポニーテールに結った少女が入ってきた。
「いらっしゃい」
店主の男が挨拶をした後で、その少女は微笑みながら、注文を口にした。
「いつもの奴でお願いします」
店内の左隅のテーブル席へ一人で座った少女を見ながら、愛澤は板利に質問する。
「彼女は?」
「常連客の宮本栞さん。近所の大学に通う大学生だ」
「常連客の大学生。ところで、渋谷花蓮という女性をご存じですか?」
「知っているさ。ラジオのニュースで第三の通り魔事件の速報が流れていたが、彼女はホストクラブには通っていないよ。三年前に横浜のショッピングモールで無差別殺傷事件があっただろう? 俺はあの事件の現場に居合わせたことがある。あの事件で軽傷を負った被害者の中に、渋谷花蓮がいた。同じ部屋で警察の事情聴取を受けたから間違いない」
「なるほど。もしかしたら、一連の通り魔事件は、三年前の無差別殺傷事件と関係あるのかもしれませんね」
「いいや。それはない」
板利輝はあっさりと首を横に振り否定してみせる。
「どういうことでしょう?」
「三年前の無差別殺傷事件の現場には、萩原聡子と安田友美はいなかった」
「あの事件の現場にいたのなら、お聞きします。マスコミの報道では鋭利な刃物と凶器の正式な名称は伏せられていましたが、三年前の事件で、村上はダークと呼ばれるナイフを使ったのではありませんか?」
「いいや。普通のサバイバルナイフだったよ。兎に角、三年前の無差別殺傷事件と今回の連続通り魔事件は無関係だ。強引に関連付けるとしたら、あの事件の犯人である村上は、事件発生前日に、ホストクラブの就職試験を受けていて、面接官が丸山翔だったということで……」
突然板利は言葉を詰まらせ、自分の口を右手で覆った。それを見た愛澤は目を丸くして尋ねる。
「どうしたのですか?」
「思い出したんだよ。ここだけの話。七曲りっていうホストクラブは、裏で覚せい剤を売っている。覚せい剤売買の元締めは丸山翔。その事実を暴こうとした刑事は三年前の無差別殺傷事件で命を落とした。林警部補の死により、疑惑のホストクラブに捜査の手が伸びなくなった。あの傲慢で独占欲が強い丸山のことだ。三年前の事件の黒幕は丸山かもしれない」
「結構詳しいですね」
「横山に聞いたことだ。横山と亡くなった林警部補は幼馴染で、裏稼業から足を洗うよう説得されていた。それと林警部補には妹がいる……」
客の大学生がジッと店主の男を見つめてきて、彼は口を閉じた。それから板利輝は、お湯の溜まった鍋でスパゲッティーを茹でる。

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