殺しの美学

山本正純

喫茶店の密会

都内の紅茶が美味しい喫茶店、ロゼッタハウスは、開店時間は人が少ない。その時間に喜田輝義は二人の男を呼び出した。
店内の端にあるテーブル席に座り、喜田と対面する愛澤は、彼に尋ねる。
「神奈川県で起きた通り魔事件の容疑者というのは、どういうことでしょうか?」
「そのままの意味です。この男に見覚えありますよね?」
そうして喜田は小太りな体型に、整った容姿の三十代後半男性の写真を机の上に置き、二人に見せた。
「板利輝。我々の後方支援をするメンバーですね。ジョニーは知らないでしょうけど、二年前から彼は、横浜の隠れた名店を特集した番組で人気が急上昇して、バラエティ番組に引っ張りだこでした。そんな彼が通り魔事件の容疑者とは、どういうことでしょうか?」
写真の男について思い出す愛澤だが、どうしても通り魔事件と彼が繋がらず、腑に落ちないような表情を見せる。すると喜田は、愛澤の説明に言葉を付け加える。
「現在、彼は太っていますが、三年前までは痩せていて、七光りっていうホストクラブで働いていたようです。横浜市で起きた連続通り魔事件の被害者の接点は、ホストクラブ七光りの常連であること。因みに、第二の被害者、安田友美は先日息を引き取ったらしい。死因は持病の心臓病が急激に悪化したことによる、心不全」
「ちょっと待て。連続通り魔事件というのは、どういうことだ?」
話の骨を折るジョニーを見て、喜田は腕を組む。
「この一週間、通り魔は二人の女性を襲っているということです。さて、三年前被害者達は、板利輝を指名していました。ところが、ある日を境に彼女達は丸山翔に指名を変更。それによって人気が急降下した板利は、ホストを辞め、横浜でイタリアンレストランディーノをオープンしました」
「なるほど。自分を捨てた女たちへの復讐ですか。動機としてありえる」
納得するジョニーに対し、喜田は咳払いした。
「それだけの事件なら口封じをあなたに依頼しますよ。ここからが本題です。あのお方は彼が犯人ではないと思っています。そう信じているあの方は、ちょっとしたゲームをやろうと言い出したんです。ナンバースリーを決めるための代理戦争」
「はい?」
異口同音。ジョニーと愛澤は目の前に座る喜田の言葉の意味が理解できなかった。
「アズラエルとザドキエル。どっちがナンバースリーなのか問題。その問題に決着を付けるため、先に神奈川で起きた連続通り魔事件の容疑者から彼を外すことができたら勝ち。神奈川県警が先に被疑者を逮捕したら引き分けというルールです」
「つまり、その下らない代理戦争の参加者として、僕達は呼ばれたということですか?」
「その通りです。因みにザドキエルは、ウリエルを参加者として選んだようですよ。それと彼の容疑を晴らすためなら、何をやってもいいというルールもあるから、参加者の増員は自由とします。ただし、警察に目を付けられそうな派手な捜査は禁止」
代理戦争のルールを理解した愛澤は、紅茶を飲み干し、机に五百円玉を一枚置く。
「分かりました。それでは僕達は横浜に戻ります。この五百円は紅茶代ですから」
そうして愛澤は喫茶店から立ち去った。そんな彼に続きジョニーは一礼してから、出入り繰りに向かった。


駐車場に向かう道中、二人は横に並び、ヒソヒソ話を始める。
「相手はウリエルか?」
「はい。二代目のウリエルです。初代は一年前に病死しました。性別など全ての情報が不明。僕自身も会ったことはありませんが、本格的に活動資金を稼ぐため動き出していることは確かでしょう」
唐突に愛澤は立ち止まり、携帯電話を取り出す。そして電話番号を打った後で、彼は人差し指を立てた。
「とりあえず増員します」
電話はワンコールで繋がり、愛澤は電話の相手に語り掛けた。
「ラジエル。それとも名前の方がいいのかな? 黒崎美穂子さん」
『はい』
「仕事です。アジトから隠れ家に移動してください。手ぶらで構いません」
愛澤春樹は指示だけを伝え、電話を切った。


駐車場に停まっている自動車に乗り込んだ二人は、再び横浜市にとんぼ返りする。しばらく走った後、助手席に座るジョニーは、愛澤に尋ねた。
「気になっていることがある。お前とラジエルの関係だ。組織の活動が停止した七年前、お前はアイツを俺達の仲間に引き入れた」
「何が言いたいのでしょう」
視線を前方に向けたまま、愛澤は聞き返す。
「どうして、どこの馬の骨か分からないアイツを組織のメンバーに引き入れたんだ? お前はあの方に頭を下げて、アイツにコードネームを与えさせたという噂が出回っている」
「その噂は事実です。全ては元凶に繋がるとしか言えませんね。今の所は」

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