テッサイ 〜青き春の左ミドルキック〜

進藤jr和彦

体育

 突然、久島秀忠と小山陽子の話へ横槍を入れたのは、茶髪ロングにだらし無くブレザーを着込んだ、少々太ましいギャルであった。久島は、こう言った類の、女性グループの中心的な気の強い、ケバケバしい女は中学時代にも居たなと、入学してから余り教室を見回さなかったが、こんな女がこのクラスにも居たのかと、平静を保ちながら思ったのだった。

螺美愛ラミアさん……」

 が、その平静さを失う言葉、名前を小山陽子はそのケバケバしく太ましいギャルに言ったのである。ラミア?この女の名前が、ラミアだと言うのかと。その余りにも仰々しい名前とは裏腹の容姿には、久島も……。

「くっふっ……」

 口の端から笑いを閉じ込めれず、少し笑ってしまった。

「あ?おい、何笑ってんの?なぁ?」

 螺美愛は、久島の笑いを聞き逃さなかった。名前を笑われたならまだしも、こんな気持ち悪い男が、馬鹿にする様に笑う事を彼女は許せないらしい、アイシャドウでキツくなった目つきをさらに細くして、螺美愛は席より立った。

 あぁ、やはり気にしているのだろうかと、笑いを飲み込む久島は、座りながらもこちらを見下ろす、螺美愛を見上げた。

「お前、あんま調子こいてんなよなぁ、ボーッとするしか能が無いキモ男の癖してよぉ?」

 先程から、やれキモいだキモ男だと呼ばれてはいるが、成る程、水本から聞いたが自分はやはり『キモい奴』らしいと、今更になって納得した久島は、別段彼女の言動や、キモ男だのと罵られる事に対して怒りは湧かなかった。

 日頃の生活やら、自分の態度を省みても、そう言われて仕方がないのだ、他人から見れば何を考えているか分からぬ気持ち悪い男だろうと、久島自身が自覚もあったからだ。

「なぁおい、あ?言い返してみろよキモ男が、なぁ、なぁ?」

 螺美愛が凄んで久島を罵倒するが、久島は螺美愛から目を離さず。只々じぃっと真顔でその螺美愛とか言う名前には似つかわしくないケバケバしい顔を見続けた。決して罵倒には乗らず、言い返しもせず、どこ吹く風と聞き流して、ただ無言を貫けば……。

 キーンコーンカーンコーン

 予鈴が鳴った、しばらくすれば先生が来るとなれば、螺美愛は舌打ちをして自らの席へ戻って行く。

「本当にごめんね、久島くん」

 そして予鈴を聞いた小山も、深々と頭を下げてから自分の席へと戻って行った。

「うっごほ……災難だな久島……大丈夫だったかあ?」

 そして、そんなお前は大丈夫なのかと、乱れてしまったキメた髪の毛を掻き毟り、痛みに呻く水本が心配そうにしながら、久島の席を支えにフラフラ立ち上がった。

「別に、なんとも?」

「いやいや、あの西崎螺美愛相手に凄まれて物怖じしないとか……メンタル強ない?」

 名前の割に苗字は普通過ぎるな、としか久島は思わなかった。更には、凄まれたところを言い返した所で、別段、見た目からも分かるあの様な輩と言い合いになった所で意味が無いし、疲れるだけなのもボッチとして生活をしていた久島には分かりきっていたのだ。だから黙っていたのだ、ただ押し黙る、しかして目線を逸らさない。そうすれば相手が諦めるか、沈黙に耐えれず、手を出す、そうすれば悪いのは全て相手側になるのを、久島は理解していたのだ。

「言い返した所で、疲れるだけだしね?」

「小さく言いなさいや、西崎聞いてるかも……」

 当人が聞いたらまた突っかかれるぞと、水本に諭される。そしてから、水本はまだ痛むのだろう頭を撫でながら、自分の席がある教室出入り口側の後方へと重い足取りで戻って行った。

 それにしても、寄り道したので昨日はジムに顔が出せなかったと、通学鞄とは別に用意した、ジム用に買った青と黒のスポーツバッグを足元に置きながら、今日はさっさとジムに行こうと思った久島であった。



 本日の二時限目の授業は体育、高校の体育は中学とは違い男女別で行われる場合があるらしいが、まだ入学して間もない1年次生となれば、簡単に担当教諭の紹介から、準備運動、初日でもあるので適当に別れて体育館のスペースを区切り、そのスペース別に適当に別れてスポーツして良しとなった。

 慧学館高校の体育館は、旧体育館と新体育館とあり、新体育館側はハーフコートでは女子バレー、別のハーフコートでは男子バスケを、旧体育館側では同じくハーフコートにてバドミントン、ハーフコートを卓球と区分けされ、旧体育館側は男女混合で譲り合いコートを使う様に注意がされた。

 久島の姿は旧体育館側、バドミントンのコートにあった。バスケは授業以外で触れた事が無く、むしろ彼方は男子スクールカースト上位の遊び場であり、別段楽にできるのはバドミントンか卓球だろうと、久島はバドミントンを選んだ。

 とはいえ……。

「しまった……相手が居ない……」

 久島秀忠と共にバドミントンをする相手が居ない事を、今更になって気付いた。バドミントンのラケットを持つが、その相手が居ないので体育以前の問題となった。コートには男女問わずラリーを始め、取り残された自分はコートを見つめる他なかったのだ。

 今から卓球かバスケに移動は出来ず、五十分間座っているしか出来ない雰囲気が醸し出す。取り敢えず、邪魔にならない様に端に寄っておくかと、コート端を移動していると……。

「おっ!久島くんもバドなの?丁度いいからやろうぜ!」

 水本京介が、これまた態々長袖長ズボンのジャージの袖を巻くった姿で、和かに話しかけて来た。危うく五十分間を息苦しくうろつく事になる所、助かったと久島は頷けば、適当に開いたコートへと入っていった。

「ま、なーに……適当にラリーしながらだべろうぜ?」

 ネットを隔てた対面側へくぐり抜けて、そう言いながら水本がさっさと始めようと早速羽とラケットを構えるや、下から掬い上げる様なサーブで羽を打つ。放物線を描いて久島へと向かう、久島はその羽をこれまた下から掬い上げる、二回、三回ととても遅いラリーが続く中で、口を開いたのは水本だった。

「しっかし……まさか、コヤマンゲリオンがあーんな顔するなんてな、涙浮かべるとか初めて見たわ」

 先程、謝りに来た小山陽子の話であった。確かに、前日の気の強い部分や水本の話から、小山陽子が気の強い女性だとはある程度まで理解はしていた久島も、涙を浮かべる顔を見たのには、若干驚きがあった。

「確かに……そんな風には見えないね」

「だろ?久島も思うでしょ、つまり……今度から久島の背中に隠れれば戦艦小山も俺を殴るのやめるかなとさ、思うわけよ」

 そもそも、からかわなければいいだけの話ではあるが、水本は今後小山に脅されたら久島の背中に隠れると真っ正直に言う程臆病さを見せた。

「からかうのはやめないんだ?」

「やめられない、止まらない」

「……えっ?」

「そこはかっ◯えびせんって返して欲しかったわ……」

 水本の会話が切れ、先程の会話の返答の例を聞いて久島は、あぁ、あのスナック菓子のCMねと納得した。あまり慣れない他人との会話故、返答例すら知らなかった久島にとっては、そう返すものなのかと納得していると……。

「あっ!ごめん!」

「あぶっ!?」

 久島が何の気もなしに振るったラケットが、ガットではなくラケットの縁に当たりイレギュラーな方向へと羽が吹き飛んでしまった。それを水本は飛び上がって打つも、更に軌道が逸れてコート外へ飛び出てしまった。

「やっば!おい!避けろ避けろ!」

 飛び出た羽の先には、ジャージを着込んだ別の男子生徒が歩いていた。水本は避けろとその生徒に向けと声を張り上げれば、その男子生徒は気付いたか向かって来る羽を見上げ……。

「よっと……」

 そのまま軽々と打ち返した、そもそもバドミントンの羽である、避けるほどに白熱した打ち合いをしていた訳でもないので、スピード自体も無く打ち返しは容易であった。

 打ち返して来た羽を、水本がキャッチすれば、コート外よりその生徒は久島と水本に近づいて来た。バドミントンのラケットをくるくる器用に回し、眼鏡をかけた背の高い、目つきの鋭いの男子生徒は、水本と久島の前まで近づいた。

「な、何だ?悪かったって、わざとじゃ無いからさ、怒るなよ……確か……左渡正治さわたりまさなおくんだっけ?」

 この眼鏡男子は左渡と言うらしい、左渡に水本が謝れば、彼は鋭い目つきそのままに首を横に振った。

「違う、炙れてな……ラリーに入れて欲しいのだが……」

「は……え?」

 有無を言わさぬ鋭い目つきとは裏腹に、バドミントンのラリーに入れてくれと野太いトーンで左渡に言われた水本は、気が抜けた様に声を出してから、久島へ顔を動かした。

「僕は構わないけど……」

 別段、試合でも無くラリーで時間を潰していたから構わないよと、久島は水本に伝えた。

「な、何だよ……すんげー睨んでくるからキレてんのかと、いいぜ、どっちのコートでも良いから入んなよ」

「助かる……」

 ともかく、怒ってはいないらしい左渡は、水本の了承を得るや態々頭を下げて、久島の方のコートへ入って来た。

「うぇーし、いくぜ〜」

 水本がそう言って、軽く下手から羽を打ち上げる。左渡の方に向かった羽は、無論左渡が軽く打ち返し、またその羽を水本が久島へと打ち返し、軽いラリーがまた始まった。

 久島は、真横に居る左渡に対して、目を合わせる事も出来なければ、話しかける事もできず、ローテーションで来る羽に集中して気を紛らわせようとした。

「螺美愛に詰め寄られていたな、久島……」

「うん……?」

 ラリーが続いて八回程打ち返した頃、左渡から突然話しかけらて、久島は彼を見ず羽の行く先を見つめながら、生返事をした。朝の小山と、螺美愛との一悶着を見ていたらしい。

「まぁ……ね、何もしてないけど……さ?」

「気にするな、雌猿のボスを気取る輩など……喚くしか能がないからな」

「は、はは……雌猿のボスね……」

 結構辛辣な言葉を吐いている左渡に、久島は苦笑いしかできなかった。彼は彼女に恨みでもあるのだろうかと、横目に視線だけを動かして左渡の姿を見ながら久島は呟く。

「あんな雌猿、同じ雄猿でも興奮しないだろうよ……それよりだ……女子のバドミントンのコートを見てみ……なっ!」

「女子の?」

 女子のバドミントンを見てみろと言われて、周囲を見回す久島。確かに、女子だけで集まったコートがあり、代わる代わる仲良くバドミントンに興じてはいたが……はて、それがどうしたのやらと久島は、また来た羽を打ち返しながら思う。

「何かあるの、左渡くん?」

「その中に住之江佳奈が居るだろう?一番背の低い女子だ」

「あぁ、知ってる……掃除が一緒だったから……」

 羽が舞い、再び久島の元へ落下して、久島はそれを打ち返し、女子のコートへ確かに住之江の姿を見た。サイズの合わないジャージを着て、ぶかぶかのまま不器用にラケットを必死に振る様は、失礼だとは思うが中々面白い。

 しかし、その住之江が何かあるのかと、そこまで意識せずに聞いていた久島の耳を、次の左渡の言葉が通り抜けた。

「住之江佳奈は……ああ見えてクラス一の爆乳だ」

「はい……?」

「へあっ!?マジで!!」

 久島は、一瞬彼が何を言ったのか理解できなかった。しかし水本京介、彼はしかと聞いていた。思わずラケットが空振りしてしまう程に、その左渡の話をしかと耳に聞き入れていたのだ、対面側のコートでも聞いていたのだ。

 水本京介がコートのネットを潜り抜けて、左渡の元へ駆ける。そして食い入って左渡の話を聞き始めたのだ。

「えっ、ちょっ、マジなん左渡くん?マジ?そんなに住之江さん胸デカいん?」

「あぁ、あのジャージの下、ぶかぶかで分かりにくいだろうが……G、いいやHまであるやもしれん」

「え、えぇ、Hだとぉ!?」

 水本の食いつきは凄まじかった、そのまま女子が集まるバドミントンのコートを食い入るように見つめて、住之江佳奈の姿を捉える。久島も、止まってしまったラリーに如何ともし難く、水本と同じく住之江佳奈を見た。

 背が低く、ジャージもぶかぶかの彼女を目で追うが、久島の目から見てその違いは分からなかった。ただ、確かに心なしかジャージの胸部が、膨らんでるのは分かった。

 ただ久島にしてみれば、それがどうしたのやらと、コートに視線を戻してラケットで羽をリフティングして弄び、二人が気の済むまで待つことにした。

「た、確かにそんな風に……掃除一緒でも分からなかった」

「ブレザーのサイズが合わずにが大きいからな、因みに、その隣の子は、ああ見えて下着が派手だ、風に晒されたのを見た……その隣は……」

「おおっ、マジか、マジかぁっ……」

 結局、ラリーは始まらず残りの時間を久島は羽のリフティングに費やして、体育は終了したのだった。

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