人生ハードモード
番外編 増宮ヤヨイの負けられない戦い その8
「お客様、機内ではお静かに」
「はわわ~これもいいですわ~」
フライアテンダントの制服を着た私が口元に人差し指を当てながらウインクをしてみると、『Rim shot』案の定、両手を頬に当てながら身をよじらせていた。
このまま360度から私を見回した後、次の服を持ってくるというのが、先ほどまでの流れだ。
まずはその流れを断ち切らねばならない。
「それでは次は~」
「ちょいと待ちなさい!」
「っ!」
私が掌を向けながら、声を張り上げると、ドレスを持っていた『Rim shot』はビクッと、肩を弾ませた。
(残念ながら隙ありだぞ……さては、ペースを乱されることに慣れてないな)
余裕たっぷりに騒ぎ散らかしている物だからてっきりもっとてこずると思ったが、この子、初対面で『可愛いね』と言われて顔を赤くしながら否定する子くらいにチョロい。
「これっておかしいとは思わないのか?」
一気に転がしてしまおうと思った私は『Rim shot』との距離を詰め、身長差が若干あるせいか少し見上げる形になってしまったが、それでも、彼女の目の前で「ねえ?」と凄んでみる。
想像は少女漫画に出てくるヒロインに絡んでくるヤンキーだったが、きちんとできているだろうか。
「なっ、何ですか、突然……?」
「わからない? ヤヨイちゃんってばさ、受けよりも攻めだってことだよ?」
「なっ……っ!」
何を考えているのか知らないが『Rim shot』はみるみるうちに顔を赤くしていく。
ヤヨイの顔を正面からまともに見られないらしく、右へ左へと視線を合わせてから結局目を閉じた彼女は、
「ちょっ、ちょっと待ってほしいですわ! 私まだ心の準備ができてませんの!」
などと言いながら、逃げ道を探すように後退していく。何を期待しているのか耳まで真っ赤だ。
(ふむ……この表情、態度、そして言葉。その全てが誘っているとしか思えないわけですが、これを素でやっているとすれば、相当にあれですな、えーと……)
こういった目の前の女の子について、具体的に何といえばいいのかわからずに言葉を探していると、いつの間にか彼女は壁際まで下がっていた。
というか、私が少し考えている時間になぜ逃げない……?
(こいつはまさか……誘い受けというやつか? いや、私にはそんな趣味はないはずだぞ、うん)
いったい何を考えているのだろうか、馬鹿か私は。
私らしくない、私は恋愛マスターであり、ドギマギするのは私ではなく第三者でなければならないのだ。これ、世の中の摂理だから。
私は再び『Rim shot』へと接近する。彼女の方が背が高いはずなのに、自然と彼女の頭の真横に手が伸びた。
「心の準備って……何考えてるのさ?」
「そっ、それは……」
えーと、えーと……と、パニックになりながら、「あのですね!」と、力強く反論してくる。
「わっ、私がヤヨイお嬢様に何かされるのは違うと思うのですわ! 攻守は逆だし、ポジションも逆なはずなのです! ほら、こう……背格好的に?」
「へぇ~、じゃあ、こういうのって……嫌なんだ?」
「そういうわけではありませんわ! こういうのもむしろアリ……執事服を着て欲しいくらいには賛同しますけれど……でも……」
目を潤ませながら、自分の言わんとしていることを必死に伝えようとしてくる彼女を見ていると、このままあと3時間くらいこういう会話を繰り返したくなって、Sッ気が私の中にあったんだと、どうでも良いことに気づく。
自分の中に疼くもの抑えながら、たとえ二人が恋人同士であってもこの雰囲気を一気にぶち壊しかねない彼女のその服を指さす。
「じゃあ、取り合えずこれ脱ごうか」
「なっ、何ですかその普通のファッションモデルとしてスカウトされたはずなのにどんどん布面積が減っていく結局はヌードモデルやらされるみたいな展開は……」
「いや、すべて脱げと言っているのだよ」
「なお破廉恥ですわ!」
まあ、どうせゲームの仕様上素っ裸にはできないだろうが。
「まあまあ、こういうことはヤヨイさんに任せなさいな~」
「エロいオヤジみたいに言わないで――って、止めてください、この衣装はちょっと独特なので――ひゃん、ちょっ、待って、脱ぎますわ、脱ぎますから! 自分で脱がせてください!」
中学の時の職業体験で保育編へ行ったときに水にぬれた子供の服は脱がせたことがあったが、自分と同じか少し大きいくらいの身長の人間の服を脱がすことは今まで体験したことがなかったので、ちょっと楽しくなってきたところだったが、服を押さえつけながら床に座り込んでしまったので、仕方がなく手を引くことにする。
「なっ、なんでこんなことに……」
そんなことを呟きながら服を脱いでいく『Rim shot』。下着は意外にも上下ともに純白だった。胸は私にその半分くらいを差し出してほしいくらいにはある。
「ほら、脱いだら行くよ」
「えっ、行くってどこに? 今度は何をするつもりですの?」
「いいから、ついてくる!」
脱いだ衣装を懇切丁寧にたたもうとしている下着姿になった彼女の手を取って歩き出す。
色々あったがここまでは作戦通り、あとは一刻も早く場所を移動するだけだ。
(もしも万が一、メイっちがちょうど店内に入ってきたりしてこの場面を目撃したらとんでもなく誤解されちまう。フライアテンダントと下着とか、シャレにならん面倒ごとまっしぐらだ)
だからあまり店内にいたくない。
アリスがメイっちにこういう恰好させたくてここに入ってくるかもしれないし。
「そっちは外ですわ! 捕まってしまいますわよ!」
「大丈夫だよ、だってこれゲームだし」
「それは、そうでしたけれど……」
私は今着ている服の分だけの金額を店内に置いてから、お店の外に出る。
気のせいだとはわかっているものの、どうしてもNPCキャラの視線を感じてしまう中、私が彼女の手を握りながら真っ直ぐ向かったのは辺りを見回して最も大きいと思われた呉服屋だ。
「なんでこんなところに? てっきり私は首輪とか買ってフィールドに出向くのかと……」
「あんたは可愛いヤヨイちゃんに度し難い変態プレイをさせようとさせてんだ!」
本当に今更だが、この人まともな生活を送っているごく普通の女子高生である私ごとき人間が関わっちゃいけない存在なんじゃないかという気がしてくるわ……。ってか、万が一データで送られてお父様のところに送られた暁には本気で自殺を考えなきゃならない事態になる。
店内に入ると下着姿の『Rim shot』を試着室の中に放り込み、店内を歩いて適当に見繕った服を数着手に取った後、試着室に放り込んだ。
「ほら、さっさと着る!」
「えっ、でもこれコスプレじゃないですわよ?」
「うるさい、文句言うな、さっさと着てくださいお願いします!」
私がそう言うとようやく衣擦れの音が聞こえてくる。
「…………はぁ」
言いようのない疲れを感じながら、頭にかぶさったフライアテンダントの帽子を取って、どうしてコスプレ用のこいつは頭のサイズよりも小さく作られているのだろうか、などと考えていると、試着室のカーテンが開かれた。
シャッ、という音と共に現れた女は、もじもじとしながらこちらへ問いかけてくる。
「こっ、これで……いいですか?」
「…………っ!」
ああ、何ということだろうか。
こりゃ、どうしようもない。
語彙力が半減してしまうほどに、頭には一言だけしか浮かんでこない。
「可愛い……」
自然と漏れた言葉に『Rim shot』は再び顔を赤くしながらカーテンを閉めてしまう。
「そんなお世辞はいらないですわ!」
「いやいや、私の人生の中でも5指に入るくらいの美女よ、あんた」
「嘘です、私に制服以外の服が似合うわけありませんわ!」
「えーと、ヤヨイさんからすると、かなりマジな感想だったわけですが」
「………………」
手を上げながら正直な言葉を告げてみると、またカーテンを開けてくれる。
そこにいた美女は肩出しの白いトップスにピンクのハーフスカートといった服装で、我ながら即席で選んだにしては良い趣味していると思う。ってか、元がいいから何でも可愛いだろう。
「わっ、私のどこが可愛いのですか……?」
「私が選んだ服を着こなせているところ、反応、声、あとは――」
「あああああ! もう何も言わないでください! 恥ずかしすぎて死んでしまいますわ!」
そう言った『Rim shot』は、耳をふさぎながらまたカーテンを閉めてしまう。
彼女の姿が視界に消えるや否や、一瞬前の自分の言葉を思い出して私は顔が熱くなるのを感じた。
ああ、何ということだろうか。
そういうことだったのか。
(そっか、私ってば、こういう子がタイプだったのか……)
趣味悪いとか、本当に自分でも思うが、その思考が導き出した答えを否定することはできない。
ようやく頭の中で引っかかっていたものの正体がわかった私はしばらく、その場で壊れたロボットのように停止していたのであった。
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