人生ハードモード
私の役割
その後、私はずっとパソコンの前に座っていた。
人生で初めて連続して学校を休み、半分引きこもるように、両親に心配されながらも、私は彼女とのつながりを切りたくはなくて、離れたくなくて、すがるようにして、私はゲームを通じて彼女の傍にいた。アリスもまた、私のずっと傍にいてくれて、いつの間にかバーチャルの世界では結婚し、子供までいたが、それがうれしいとは思えなかった。
ため息をついて鏡を見ると、そこには目に濃い隈があるひどい顔があって、次の瞬間、意識は持っていかれて、記憶が飛んでいて、また起きると、モニターの前に向かう。無駄だということはわかっていたが、そんな時間がずっと進んでいた。
母は心配していたものの、その原因を知っている父は特に何も言ってこなかった。そんな両親の対応を特別に冷たいとは思わず、むしろ、積極的に関わってくるよりは楽だと感じていた。
そして、いつの間にか時間が経っていて『さようなら』という言葉を最後に『wonderland1224』――アリスはネット内からも消えてしまった。
パソコンから離れた私は、ベッドの上に寝転びながら、何か深いところに沈み込んでしまっているような嫌な気分に浸りながら、ぼんやりと天井を見つめる。
いつの間にか、私の見ている世界は白黒に戻っていた。
何もやる気が起こらない、体の中が空っぽになってしまったようだ。
自分が誰なのかさえもわからなくなってきながら、意識の表層を行き来して、夢と現の間を彷徨っていると、突然部屋の中に聞き覚えのある着信音が鳴り響いた。
これはいったい何の曲だっただろうか、そう考えているうちに、時間は過ぎていき、音は止み、数秒後、また再びなり始めた。
鳴り始めは一番好きなフレーズだ、それが何度も、何度も繰り返されて、ようやくこの音楽が昔ヤヨイに勧められて寄り道した店でCD買ったものだと思い出す。
そして、この音楽が着信音というのも、同時に思い出された。
このご時世、電話よりもSNSが人と話すのには主流になっているので、ついこないだまで親以外に電話を掛けたことはなかったし、掛かってくることはまだ数えるほどしかなかったので、すっかり忘れていた。
音楽が止むと同時に上体を起こした私は、机の上に置かれたスマートフォンを取る。
『受信件数 12件』
相手は全部同一人物であり、どうやらヤヨイかららしかった。
何の用だろうか、いや、おそらく学校に来ていない事だろう、と予想しながら彼女へ発信してみるが、いくら待っても一向に繋がらなかった。
「はぁ……」
いったい何なのだろうか、電話をかけてきたなら出てほしい、と思いながら、ぼんやりと暗闇の中に移るスマホの画面を見ていると、そこには日付と時間が映っていた。
その日は、私の記憶が正しければ、アリスと婚約者がこの街へ来る日のはずだ。
一瞬ドキリ、としたものの、ため息を一つついた私は、スマホを投げて再び倒れ込む。
もうお昼を過ぎているらしくて、時間は正午を回ったところだった。時間間隔が狂ってしまっていたため、まだ朝という感じがしてしまう。
「何してんだろ……私……」
何かできることはないと決めつけて、諦めて、投げ出してしまい、手を伸ばすことさえも止めてしまった。
それでは何も手に入らないのはわかっているはずなのに。
「……ほんと、カッコ悪いよね……」
何かを成し遂げたわけでも、何かにチャレンジしたわけでもない。
それなのに、こんなところで脱力しながら寝転がっている自分は、本当に何処までも格好悪い。
きっと、仮想世界の主人公はおろか、わき役にだってなれはしないだろう。
そんな人間が物語のヒロインに対して抱くのはなんとも軽薄で、一時的なものに違いない。
と、そう思いながら、私はそっと胸に手を当てて目を閉じる、やはり、彼女のことを考えるだけで、未だに心臓はドキドキと脈打っていた。
ならば、今の私と、この感情は矛盾していると言える。
これは、この感情は、一度や二度、突っぱねられただけで、諦めてしまえるほど、もろくて軽いものではなかった。
そう、今の私が持っていいようなものではない。
違う。
この感情は、ヒロインを格好良く助けられるようなヒーローが持たなければならない。
違う。
一般人で、モブキャラの手に余ってしまうから、私はこの感情を捨てなければならない。
違う。
そうじゃないってことくらい、わかっているのだ。
散々パズルゲームやら推理ゲームやら解いてきたというのに、どうして逆だということに気付かないのだ!
「……違う」
私は、きっと……。
本当は気付いている。
この世界のヒロインがアリスであることが変えられないのならば。
私のこの感情が変わらないのならば。
変えなきゃならないのは――
そのとき、ブブッ、と音がしたかと思って、携帯を手に取ると、ヤヨイからメールが来ていた。
書いてあったのは、たった一言。
『がんばれよ、ナイト様』
クスリ、と笑った私は、「わかってる」と呟いて、立ち上がる。
そうだ、私がいるべきポジションはモブキャラじゃない。
この恋を貫き通すならば、捨てきれないならば、私はヒロインを守る騎士にでもならなきゃならない。
「さて、と……」
さっさと服を着替えた私は背筋を伸ばして、大きく深呼吸をする。
随分と、狭いダンジョンに手間取ってしまったが、ライフは満タン、レベルもメンタルも申し分ない。
今から始まるゲームは、おそらくは今までやったことのないほどの高難易度になるだろう。
それも人の手は借りられない、所謂ソロプレイ専用のものだ。
どんなに難しいゲームなのかは、私も良く知っている。
クリア画面なんてものが存在するのかどうかもわからない。
それでも、一ゲーマーとして、そして、初恋に溺れてしまった一人の人間として、投げ出すわけにはいかなかった。
「囚われのお姫様を助けに、行こうかな」
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