人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

恋叶っても難儀あり

 
 人を好きになると、人は壊れてしまうのだと母は言っていた。
 恋なんて知らん、とか思っていた当時の私は、その言葉を一笑し、そんなことになるならこの国の精神科は儲かりまくりだろうとか返していたような気がする。

 しかしながら、今、私はあのときの母が言った言葉を、身をもって痛感していた。

「……で、この状況について最初から最後一から十まで事細やかに細部にわたって過不足なく全部私が納得しきるまでちゃんときちんと適切に説明してもらおうか」

 バンバンッ、と机を手でたたき続けながら、そういったヤヨイはどうやら、机をたたく音により教室中から注目を浴びているのがわかっていないようだった。
 いや、彼女の音ももちろんそうだが、教室中に注目されてしまう理由に私はもう一つだけ心当たりがある。そうであってほしくないのだが、もし私が第三者であったら確実に見ざるを負えないし、釘付けになる可能性が極めて高いのでしようがないことともいえる。

「あの……アリスさん、恥ずかしいからちょっと離れてくれると嬉しいんだけど……」
「? 何が恥ずかしいのですか、メイヤ? あと、私のことはできればアリスと呼び捨てししていただければ嬉しいです」
「えっ、ああ、うん……」

 そう言ったアリスは、私の腕を掴んで離さない。恥ずかしいとかいったが、実際のところ大分他人からの視線は慣れてしまったため、それ以上は何も言わなかった。ヤヨイの顔が怖いが。

 恋ってなにそれ食べれるの、とか思っていた頃の私でさえ、目の前でそんなことされると、腹立たしくなるというか妬ましくなるというか……だったのだから、向かい合うヤヨイの反応はよくわかる。いや、ヤヨイはよく我慢した方だとさえ思う。国民栄誉賞を貰ってもいいのではないかとか思うくらいに。

 今は昼休みなのだが、ここまで来るのに、かなり大変だった。

 朝の授業を遅れてしまったものの、若干咎められただけに済んで、好きな人に好きと言われた後の心地よいひと時を自席で満喫するのだと思っていたのだが、それは許されなかった。
 アリスがよりにもよって、今日に限って全教科の教科書を忘れ、そのため私の机と彼女の机をくっつけ、密着状態で午前中計4限の授業を受けたのだ。

 なんでも、彼女曰く、『メイヤのことを考えていたら予習していたら、全部机の上に忘れてしまった』のだとか。だから、私のせいだから教科書を見せてください、とかいうどこのラブコメ論法ですか、と聞きたくなるような代物を危険な上目遣いで使われてしまったのだからしょうがない。一限だろうが、一日だろうが、一年だろうが一生だろうが、私は隣で彼女に教科書を貸し続けようと思ったわけで。

 しっかりしたおしとやかなお嬢様というイメージが勝手にあったせいか、積極的になったというか甘えるしぐさを多くなったというか、素が出てきたというか、今日のアリスの行動は私の持っていた彼女の像とは異なっており、またそのギャップが私の思考を狂わせる形になったのだが、もしかして彼女はそれをわかっていてやっているのだろうか。

 そのせいで、私は天国にいながらも、時折突き刺さるヤヨイや他の生徒、そして教師たちの視線の矢を一斉に浴びることになったのだが、アリスは特に気にした様子もなく、私もなんだかんだいって、彼女の隣にいれることは嫌じゃなく、むしろ、どんと来いという感じだったので、今この世界にいるのは私と彼女の二人だけなんてことを考えて乗り切ったわけだ。途中、アリスと何度か目が合ってしまったせいで、何度も頭が沸騰して死にそうになったということは秘密にしておこう。

 まあ、というわけで午前中の授業中はずっとアリスとくっついていたのだが、昼休みになったら昼休みになったらで、今度は遠慮することなくアリスは腕に絡みついてきて、可愛いな~、とか思いつつ頭を撫でていたら、目の前にヤヨイが座ってきて、こんな状況になったわけだ。

「えーと……アリスさ――アリスに好きだって言われて、それで……」

 アリスがこんなに甘えてきてくれるなんてことは私の中では想像できなかったことであり、というか、私の妄想の中では良くそんな彼女の姿は出てきていたのだが実際はありえないことだと思っていたので、余計驚きつつももしかしたらこれが恋で壊れてしまうことなのかもしれないとか勝手に納得して、この状況を受け入れていたので、うまく説明することができない。

 というか、私自身もどうしてこんなハッピーな状況になったのか、把握しきれていなかったので、これ以上は何といえばいいかと考えていると、私に寄りかかったまま、アリスが答える。

「後悔しないために守りから攻めに切り替えたのですよ、気持ちに正直に、です」

 楽しそうにうれしそうにそういったアリスを前にして、むむぅ、と難しい顔をしていたヤヨイの視線は私に身体を預けているアリスから私へと移る。
 そして、何か言おうとしたのはわかったが、無言では何も伝わってこないので、首をかしげていると、ヤヨイは諦めたように「メイっちにはわからんだろうなぁ……」とかいって深いため息をついていた。

 次の瞬間、「あっ!」と何かを思い出したように、顔を上げたヤヨイは、ビシッ、とアリスに指を突き付けて、

「アリス、あんたには許嫁がいるじゃねえかよ!」

 いや、今更かい!
 とかいうツッコミが頭をよぎったものの、私自身も可愛い過ぎるアリスの隣にいられる幸せのせいで、すっかり忘れてしまっていたので、口に出すことはなかった。

 ヤヨイの発言に対して、アリスは「えっ……あっ……」と目を丸くして驚いていた。
 いや、それではまるで……、と思っていた私の言葉の続きを言うようにアリスが、ポツリと恥ずかしそうにつぶやく。

「忘れて、ました……」

 そう言ってから、私の肩で恥ずかしそうに身を隠そうとするものだから、その可愛さに卒倒しそうになる。あと、どんな天然さんだよ、とか思っちゃいけない。
 アリスさんの、発言に、流石のヤヨイも絶句しており、私たちが騒がしかったせいか、教室は一気に静かになる。

 流石は女子高といったところか、静かになったらなったで、「あれって俗にいう修羅場ってやつ?」「二股かな?」「二人とも女の子だし、タイプ全然違うし浮気じゃない?」「三人とも可愛いから余計カオスよね……」「私、墨田さんとは話したことなかったけど、もしかして話しかけてたらナンパされたのかな?」「バカ、相手を見なさいよ、あんたみたいな女を誘うわけないでしょ!」「なにそれ、ひどーい」などという声が耳に入ってくる。

 わざと聞こえるくらいの絶妙な声加減で喋っていますよね、貴女たち絶対わざとですよね、完全に面白がってますよね、とか思っていると、キャーキャーとか黄色い声まで上がっていた。
 ここは見て見ぬふりをしてくれない、そして、勝手な憶測を織り交ぜて肥大化させて噂にする、そんな場所である。きっと明日になったら根も葉もない噂が広がっていることが容易に想像できてしまい、ただでさえ大変なのに勘弁してほしいと思う。

 そんな間があって、待っていると考えていた様子だったアリスが、ようやく口を開いたかと思ったら、

「なら、明日辺り私たちが先に籍を入れてしまえばいいのでは良いはないでしょうか?」

 とまあ、また変なことを言い出した。それも真剣なまなざしで。
 頭よさそうに見えるし、実際に学校の勉強は私よりもずっとできるアリスがここまでボケボケになってしまうのは、生まれつきの天然ものなのか、それともこれも恋による崩壊のせいなのか。

 確かに、最初に変な告白したのは私だし、ちょっと早いかなとか思いつつも、将来そんな結果になってくれるのならば万々歳とは思ってはいるしで、否定はしないでいると、『早くこの天然のボケを自慢のツッコミで一蹴しろよ』とかいう目線をヤヨイが送ってきたが、あいまいな笑顔で返すことにする。

 すると、うーんと少し考えたヤヨイは「それは、無理だな……」と言う。

「結婚が認められている国に行って籍を入れるには一日じゃ足りないだろう? ……時間的に」
「いや、そこが問題じゃないでしょ!」
「あと、飛行機代に式代と結構お金がかかるかな」
「お金の問題でもない!」
「あとは、付き合いが短い二人が本当に永遠の愛なんて誓えるのかどうかってことか……」
「愛の問題でもないよ! あと、私は少なくともクリアしてるつもりだから!」
「はい、私も愛だけでは誰にも負けません!」
「いや、恥ずかしいからアリスは大きな声で即同意しなくていいんだけど……」

 嬉しいけどさ。

 アリスとは違って、明らかにツッコミ待ちのボケに反射的にすかさず突っ込むと、ヤヨイは笑っていた。アリスと違って、この友達間ならではの掛け合いはしっくりくると感じる。勢いでアリスにも言っちゃったけど。

 その後も、ワイワイガヤガヤと、戻らないけど進みもしない、変な話し合いというか、軽いトリオ漫才みたいになってしまっていたが、とにかく、楽しい時間を過ごしたのだったけ。

 翌日、墨田メイヤが高校内で可愛い子ばかりの女子ハーレムを作っているとかいう噂が流れていたが、もちろん、耳をふさいで聞かないふりをした。


コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品