人生ハードモード
死んでも欲しい瞬間がある
この世にはまだ解明されていない謎が多く存在している。簡単なところからいえば宇宙人やUMA、幽霊など科学的に証明されていない生き物たちが本当にいるのかどうか。
身近なところでいえば、磁石はどういうしくみになっているのか、猫がどうしてゴロゴロと鳴くか、なんてわかっていそうで証明されていないことは多い。
しかし、そんなことはどうでもいい。
何故ならば、それらの多くは自分たちに直接関係のない事柄ばかりだからである。幽霊がいるかどうか考えるなんて、心霊現象で悩まされたときくらいで十分すぎる。別に知らなくてもものをわざわざ雑学として頭の中に入れておくなど、知的欲求が満たされることに快感を得る人以外を除くときわめて不毛なものだと私は主張する。
誰かが証明したものを読み理解するよりも、もっと身近で、解明しなければならない事がきっと一杯溢れているに違いないからだ。
かくいう私も、ある一つの大きすぎる謎について考えていた。
昨日の夕方、行為を寄せる相手と一緒に最初(で最後にはならないでほしいものだが)の下校をしたわけだが、その中で一部分、彼女の言葉が聞き取れなかったところがあった。あのとき、アリスさんが一体何を私に言おうとしていたのか、これは他人にはくそどうでもいいことなんかもしれないが、私にとって人類の起源の謎だとかそういうものよりも遥かに大切で、解き明かしたい謎なのである。
体育の授業中、すでに絶滅していたかのように思われていた秘宝、ブルマーを履いた私は、体育館の壁に寄りかかりながら腕を組み、私の持つ謎について考えようとしているのだが、どうにも集中できないでいた。
その理由はただ一つ、私の視線の先にある。
秘宝というものは選ばれし者が持った時に人の想像を超える破壊力を有するもので、ブルマー姿のアリスさんは、もうそこに存在するだけでいろいろと私の思考を揺るがしていた。
汗をかきながらバレーボールのボールをトスするアリスさんから目が離せない私は、うーん、と腕を組みながら、
「……これはけしからん」
なんて、おやじ臭いセクハラ発言をしていたのだが、幸い私の周りには誰もいなかったため、聞かれてドン引かれることはなかったものの、声に出したことにより、ハッ、と自分の発言と、考えていたことのヤバさに気付いた私は、とにかく回れ右、壁を前にして軽く頭を三度くらい打って邪念を払う。そんな私を見て周りから頭が大丈夫なのかという声が聞こえてきそうな、心配そうな視線が突き刺さってきたが、華麗にスルー。私は今考えなければならないことについて全力投球、考えることにする。
『メイヤさんは、その、まだ――』
そう、私が考えるべきはこの先であり、あの体操服の中にある白い肌についてでは断じてない。
でもこの一瞬一瞬を目に焼き付けとかないと勿体ないような気がする、という思いを振り切って、大きく深呼吸をしてから、私は現実を振り払うかの如くギュっと目を瞑る。
視覚からの情報の一切を遮断した私は、ひたすらに昨日の光景を思い出す。
あの時、アリスさんは何か大切なことを言っていたような気がする。あくまで私の勘だが。
しかし、聞き返してもはぐらかされてしまうだけだったし、結局あの後すぐに別れてしまったので、聞く機会も逸してしまっていた。
つまりここからは、私自身が想像してアリスさんが何を言いたかったのか、そして、私に何を求めていたのかを汲み取るのが、アリスさんに思いを寄せる私の使命ではないのだろうか。
というわけで、考えてみるが。あまりにも情報がなさすぎる。何が『まだ』なんだ?
ゲームの話か、確かにその線はありうる。この頃『バースト・サーガ』ばかりやっているから、もしかしたら、アリスさんは飽きていて、ロープレ以外をやりたいんじゃないだろうか。
だが、それなら、私にもう一度と聞かれたときにはぐらかす必要はないと思うが……。
「いや、待てよメイヤ。発想を逆転するんだ、盤上をひっくり返せ、アリスさんは本当に『まだ』といったのか?」
私の記憶力は確かに良くはない、しかし、好きな人の口から聞いた言葉くらいは覚えている自信があった。だがもし、それが過信となって真実から遠ざかっていたとしたらどうなる。
あのときアリスさんは『まだ』といったわけではなかった。
『メイヤさんは、その間、だ――』
そう、あのときは変な空気になっていた。だからこそ、『その間』をどうにかしようと、アリスさんは私に気を利かせて、話してくれていたのではないか。
ならば『だ』に続く言葉の意味は――。
ダルメシアン、大根、脱出、だるい、だっこ、ダスト、脱臼……と、どれも違うか。
ほかに『だ』で始まる言葉といえば……。
「メイヤさん」
なんて自分でもわかるバカみたいなことを考えていたとき、後ろから声を、それも天使のような綺麗な声がかけられて心臓が飛び出るかと思うほどにびっくりした。
ばっ、と振り返ると、そこには、直視したら興奮して鼻血出して死んでしまうのではないかと心配になるほどに、まぶしすぎるアリスさんの姿があった。
「はい、なんでしょうか?」
ビシッ、と直立不動の私が、アリスさんに向かって敬礼すると、クスクスと可愛く笑った彼女は、コートを指さす。どうやら、交代の時間らしい。
私なら、このままずっとベンチでもよかったのだが、体を動かす授業で何もしなければ評価に関わる。体育で留年なんてしたくはないので、私はアリスさんに代わってコートへ歩いていく。
バレーボールをやるのはいいのだが、せめてアリスさんと一緒にプレイさせてほしいものだ。まったく、周りは空気が読めなくて困る。
そんなことを思いながら、私が歩きながら軽いストレッチをしながら、準備をしていたときだ。
「アリスさん、危ない!」
どこからか、そんな言葉が聞こえる。
その瞬間、なぜ自分にそんな瞬発力があったのか、理解できなかったが、とにかく、体が動いた。
振り返って彼女に迫るボールの軌道を確認して、走っていく。
同時に私の脳裏には、この5秒後に、ボールから身を守った私に対するアリスさんのお礼の言葉が響いていた。
そうだ、アリスさんは私が守んだ!
心の中でそう叫ぶと、私は、アリスさんに迫る頭の大きさほどのボールに向かって手を伸ばす。
届いてくれ、間に合ってくれ、と願いながら。
「危ない……って、え――――がっ!」
私の伸ばした手はボールの軌道上にあったものの、タイミングが早すぎたせいで空振り。
そして、そのままボールは――私の顔に。
思った以上の、少なくとも普段部屋にいることを好む私にとっては強すぎる球の威力のせいで、変な声を上げた私はそのまま、倒れていく。
頭の中では、アリスさんのピンチに颯爽と現れて助ける彼女のナイトを想像していたのに、現実はそう甘くない。
(私、かっこわる……)
そう思った瞬間、倒れた私はガンッ、と再び、今度は体育館の床に頭を打つ。
混濁し、次第に薄れていく意識の中、ざわざわとした生徒の声の中で、アリスさんが駆け寄ってきてくれて、彼女にけががないことだけでも確認できて、なぜか非常に満足だった。
「メイヤさん! メイヤさん!」
私の名前を呼んでくれているアリスさんに抱きかかえられているにも関わらず、私の意識はだんだんと薄れていく。
だがその瞬間に、感じた彼女の汗のにおいとぬくもり、そして、その私の心を浄化していくようなその声に、不覚にもこう思ってしまう。
「……我が生涯に一片の悔いなし」
そして、私の意識は完全に途切れた。
「コメディー」の人気作品
書籍化作品
-
-
124
-
-
63
-
-
440
-
-
353
-
-
59
-
-
0
-
-
337
-
-
314
-
-
35
コメント