人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

放課後に一緒に帰れる奇跡に私は神に感謝した

 
 人間は自分の都合の良い情報をよく聞き、都合の悪い情報は耳をふさごうとする生き物らしいのだが、私もその例にもれず、ヤヨイの言葉をそんなことあるはずないとか思いつつも、心のどこかで信じていたらしく、できるだけアリスさんのことを気にしないようにと心に釘を打ちながら一週間を過ごしたので、もう私には抑えられないのと、別にみるくらいならいいだろうと思って、アリスさんの変化について見ていた。。

 しかし、どうにも私には彼女が振り向いてくれるとは思えないのだ。

 確かに以前とは態度が変わったのは私にだってわかった。でもそれは、私が馬鹿な告白をしたからであり、その気まずさを隠しているだけのような気がしてならない。

 アリスさんのどんな点が変わったのかというと、多くのことがあるのだが、例を挙げていくと。

 1 私のところを警戒しているのか、よく見ているが、私がそれに気づいて彼女を見るとすぐに目を逸らされてしまう。

 2 二人で何気ない話をしているときも、中々目を見てくれず、時々見てくれた時に目が合うとやはり逸らされてしまう。

 3 私がヤヨイと一緒にいると、なぜか避けられ、そして、不機嫌になる。

 4 あと、食べる量が増えた。今まで一つだったお弁当が二つになっているのだ。あと、その弁当二つは、同じ内容のものをわざわざ一個ずつ綺麗に作られているので、少し変な気もするが。

 5 なんか可愛さに拍車がかかったような気がする。というかオシャレになったというのかな。香水つけるようになったし、髪型も変えるようになった。たとえ私が隣の席じゃなくてもその変化は明らかで、近くにいると良い匂いで鼻に誘われる蜂のごとく彼女に抱き着きたくなるのを自制するのが大変だったりする。

 6 ネット内では、個人チャットをする機会が増えた。これは良いことなのだが、その内容はゲームについてのことばかりなので、あまり関係ないだろう。

 7 そして、これが一番気になっていることなのだが、最近、アリスさんは何か思い詰めているような気がするのだ。何かを考えてため息をついたりしているので、私が何か聞くといつもはぐらかされてしまうのだけれど。

 まあ、そんなところだろうか。もちろん、これがすべてじゃない。
 私は思うのだけれど、これらは私がどうこうの問題じゃなくて、転校してきたばかりのアリスさんが学校に慣れてきたせいのようなきもするのだ。そんな彼女の一挙手一投足まで見ている私は間違いなく逮捕されるべきただの変態なのかもしれないが。

 一週間と二日前、つまりは9日前なのだが、屋上でヤヨイが私に渡した封筒の中身はなんだったのかというと、簡単に言えば、報告書だった。
 どんな筋を使って、どうやって調べたのかは恐ろしくて聞けなかったが、アリスさんについてのことが書かれていた。

 好きな食べ物はバナナの入ったパフェ、嫌いなものはブロッコリーだとか、そんな本当にどこから持ってきたのか、嘘じゃないのかと疑いたくなるような情報から、彼女がやはり、とある名家のお嬢様だという彼女の家柄のことまで書いてあった。

 それを読んで彼女を近く感じたところもあったし、逆に彼女との距離が遠く感じた個所もあった(主に家柄とか)ものの、すでに一度フラれている私はあまりショックを受けるということもなく、やはり私の想像していたようなお姫様みたいな戸だったんだなぁ、とか思っただけだった。

 だって、一作目がクリアできていないゲームの二作目からやらないでしょ?
 まあやる人もいるかもだけど……。

 一度あまりにも大きな失敗をしてしまった私にはすでに怖いものはなく、当然放課後一緒に帰ろうとか誘うことも楽勝――というわけではなかった。

 その日も一日の授業が終わり、キーンコーンカーンコーンと学校の鐘が鳴って放課後になった。

 さて、今日でチャレンジは5日目になるわけだが、今日こそはちゃんと友達でいいから一緒に帰ろうといって隣で、できることならややこしくなるから、ヤヨイ抜きで二人きりで帰ろうと決意し、気合を入れた私は、隣の席のアリスさんの方を見たのだが、

「いっ――――じゃあね、また明日」

 あああああああっ! またやってしまった!

 なんでいつも思っていたことが言えないんだ?
 顔を見た途端に、なんで言葉を変えたんだ、『一緒に帰ろう』の『い』までは言えてたじゃないか! 私のチキン野郎! 結婚してくれとか言った人間がどうしたよ、おい!

 私が心の中で号泣しながら、それでいて表面では笑顔のまま立ち去ろうとしたところ、後ろから「待ってください」との声がかかったではないか。

「あの、途中までで良いのでわたくしと一緒に帰っていただけないでしょうか」
「へ……?」

 思いもよらない提案に対して私は間の抜けた返事をしてしまう。
 もしかして心の声がいつの間にか口に出ていただろうか、だとしたら物凄く恥ずかしいとか、もはや死にたくなるレベルなのだが。

「だっ、ダメでしょうか……?」
「いや、いやいや、ダイジョブだよ! 問題ない! うん、大丈夫!」

 ぶんぶんとものすごい勢いで首を振って、どう考えても大丈夫な人のものとは思えない動きをした私はアリスさんの提案をもちろん受けて、彼女の隣で一緒に歩調を合わせて歩き始める。それだけでもう幸せ一杯夢一杯だった。

 校門を出て「家はどっち方向ですか?」と聞かれて、例のヤヨイから貰った資料によって彼女の家の方向を大体知っていたので、思わず自宅とは反対側の方を指さしてしまった私は、そのまま彼女と一緒に我が家から遠ざかっていくことになる。
 ここが女子高だからか、あるいは共学であってもか、周りにいる女子たちの距離が物凄く近くて、その後ろを歩く私は少し困る。腕を組んだり抱き合ったり、と友達であっても私はそんなこと……あったような気もするけど。今、隣の女の子に抱き着くなんて無理です。マジで私がやったら下手すれば警察呼ばれます、うん、間違いなく。

 私がその場を早足で通り過ぎると、それに合わせて少し駆け足になりながらもアリスさんはついてきてくれる。
 同じ学校の制服の集団を抜けた先は土手だった。夕日が落ちかけて、それが流れる川に写っている、ここで止まったカップルはおそらくキスするのだろう、そんな雰囲気のある土手だ。

 そんな場所を二人きりで歩いていると、否応にも隣をまだ歩いている女の子のことを考えてしまう。少し努めて彼女のことを考えないようにしていた時間が(一週間ほど学校の中でのみ)あったためか、他のことを考えようにも、私の脳みそはすでにアリスさんのことで一杯になっており、彼女以外のことをこれ以上考えるのは不可能になっていた。

 だって、好きな人が、こんな可愛すぎる女の子が隣で制服姿で歩いているんですよ。
 まともな人間なら、意識しないって方が無理でしょ!

 私がいうならまだしも向こうから誘ってきてくれるなんて(ヤヨイとか他の友達と二人の時はこんなことは考えたこともなかったが)誰かさんが言っていたようにもしかして脈ありか、みたいなことを考えていると、次の瞬間、私は途端に隣にいる少女に見惚れていた。

 会ってからまだ一月も経っていないはずなのに、何万回も見ている金髪は夕日のせいでキラキラと輝いて反射していて、その青い目の中にも赤が含まれていて、なんだか私が本当にここに存在していていいのか不安になるくらいに幻想的で、魅惑的で、うまく言葉に言い表せないが、見る者を虜にしてしまう完璧な美しさがそこには存在していて、なんだか私がここにいるだけで、それを阻害してしまっているような気がした。

「メイヤさん」

 いつの間にか、かなり歩いていたらしく、土手先の踏切のところまで来ていた。
 綺麗な声を確かに聞き届けた私は、一気に現実に戻ってきて「なっ、なに?」と格好の悪いきょどったような返事をしてしまう。
 カンカンカン、と踏切が降りる音で、いつの間にか、かなり歩いていたらしく、土手先の踏切のところまで来ていたのに気づいた。

 私の変な返答を気に留めてくれなかったらしいアリスさんは、言葉をつづける。

「メイヤさんは、その、まだ――」

 一瞬アリスさんは言葉に詰まった。
 その一瞬で、私たちの近くには電車が通って、彼女の小さな口から発せられた言葉は風を切る鉄の塊のせいでかき消されてしまった。

 私が分かったのは、アリスさんが俯いていて、顔を真っ赤にさせていたことくらい。

「えっと、ごめん、聞こえなかった――なんて言ったの?」

 電車がどこかへ行き、黄色と黒の縞模様の踏切の遮断機が上がっていくのを見ながら、私は未だ俯いたままのアリスさんに尋ねてみる。

 私の質問に「えっ」と驚いた表情をしたのは、もしかすると、電車が通過していったことに気付いていなかったのではないかと思う。
 すると、私の顔を見たアリスさんは更に顔を赤く、それこそ普段雪のように白い肌をリンゴのように耳まで真っ赤にさせてから、パタパタと顔の前で手を振って「なんでもありませんよ」と笑っていた。

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