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人生ハードモード

ノベルバユーザー172952

何事も一番大変なのは親バレの瞬間なのかもしれない

 
 人間の運は生まれた瞬間から、皆平等に割り振られていると誰かが言っていた。
 いつどのように使うかは自分では決められず、自身が死ぬまでに減っていくのだそうだ。
 だから、人生には三度のモテ期があって、ない人はまた別なところで運を使っているのだとか。

 また、その人が言うに、運には浮き沈みがあるらしいとのこと。
 ギャンブルで言う『流れ』というやつで、良い時は立て続けに良いことが起きやすく、悪い時はどんなに続けても悪いことが続いてしまうのだ。

 私はその話を聞いた時、そんな馬鹿な、と思っていた。なぜなら、この世界には才色兼備の上に宝くじまで当たってしまうような、神様にも好かれているとしか思えない極運の持ち主がいることを知っているからだ。
 人間は初めから平等ではなく、だからこそ、一人一人に面白いサクセスストーリーができあがる……と、そんな元も事もないことを言ってくれた方がよっぽど良いとさえ思っていた。

 今でも、人の運が平等なんて私は信じていない。
 一方で、今まさに、運の浮き沈みという奴は本当に存在しているのだと痛感していた。

 アリスさんにフラれて、しかし、友達に慰められたので多少の傷が癒えたものの、やはり彼女に拒絶された事実は私の胸に大きな風穴を開けており、ちょっとやそっとでは立ち直ることはできず、これを治せるのはおそらく時間という奴だけだろうと思いながら、私が帰宅してすぐにそれは起こった。

 玄関に靴が置いてあったので、珍しく父が早めに帰っているとわかった私が「ただいま」と言うと、「おかえり」とだけ帰ってくる。
 今日は随分と早いんだな、なんてことを思いながら、私がそのまま二階の自身の部屋まで上がろうとしたとき、「ちょっとこっちに来なさい」なんて声がかかって、私何かしたか、と考えながら父のいるリビングへと行く。

 父はテレビの前でソファに座って私を待っていたが、私が部屋に入るのを見ると、すぐに目を逸らしてテレビの方に視線を移していた。
 その行動を変に思った私が、視線を少し下に移すと、全てを理解する。

 そして、体の中の血が一気に凍っていくような感覚を覚えた。

 父の前にあるテーブルの上に置かれていたのは、私が二日前にネット通販にて買っていた百合漫画。それも表紙にはがっつり女の子同士でキスしちゃってるイラストが描かれているやつ。
 私はすぐに、自身の失敗を思い出す。この漫画、全部を見終わった後に、テーブルの上に置きっぱなしだったことを。大量のゲームを運ぶのに頭が一杯で放置してしまっていたことを。

「えーと、だな、とにかくそこ座りなさい」

 はっ、はい……、とまるで裁判にて罪状が言い渡される直前の被告人の面持ちで私は、父から見て斜め右の小さなソファに腰を下ろす。
 父が買ってきてくれたのか、そこにはイチゴのショートケーキと香しい紅茶が用意されていたのだが、どうにも手を付けることができず、かといって、目を合わせることもできなかったので、とにかく父の喉元を見ていた。

「まず、これはお前のなのか?」

 うん、とほとんど出ていない声を出しながら、私は首を縦に振る。
 別に趣味など、隠すことではないとか思われるかもしれないが、相手は親、さらに父親だ。両親が自分のことを心配してくれているとわかっているからこそ、こういう物は見つかってはいけないのだ。

 実は、過去に同じようなことがあった。
 今では特に何も言わなくなったが、私は真夜中までネトゲに熱中していたときに、自分の人生の時間をどう使おうが勝手だが、なぜ、そこまでゲームに時間を割けるのだと、聞かれたことがある。
 ネット内しか繋がれない若者が多いから心配なのだと言っていたのを私が、これはスポーツだとか読書だとか同じ『趣味』の一つなのだと時間をかけて、無理矢理に何とか説得した今考えてもげんなりする記憶があった。

 そうか、と言った父は、漫画の中をペラペラとめくったかと思うと、「お前は、その……」と言い辛そうに視線を彷徨わせた後、私の目と合うと、続ける。

「同性愛者……なのか?」
「えっ……いや、ちが――」

 案の定来た質問に、すぐに、答えようとした私は言葉に詰まる。
 なぜか、この質問に対して否定してしまったら、アリスさんへの気持ちに対しても否定してしまうような気がした。

「いや、えっと……その……」

 嘘でも違うと言ってしまえばいい、そして、これは友達から借りたものだ、とか、創作物の中だけで好きだとか、言えば父も納得するはずだ。
 それが最も簡単で、穏便に済ませられる方法のはずだろう。

 そもそも、私はアリスさんにフラれている。
 別に好き合っているわけではないのだから、この気持ちに関して、別に私とアリスさんのことを何も知らない相手にだったら、適当なことを言っても良いではないか。

 そんなこと、私自身、わかっていた。
 なのに、わかっているはずなのに、私の口はそれ以上動かなかった。

 そんな私を見て、父は深いため息をついたかと思うと、「まあ、無理しなくていい」と言ったので、私は一気に息を吐いた。
 すると、父は私以上に大きなため息をついたかと思うと、

「答えられない、それだけで俺は何か判断するわけでも、どうこういうわけでもない――ただ、これを見つけてから、少しだけ調べたんだ」
「……調べた?」
「そうだ、お前に何か言うにはこっちもそれなりに知らなきゃならないからな。アドバイスをするにしても、完全に否定するとしても、だ」

 そう言えばこれが見つかったのは二日前、つまり、昨日か一昨日に乳に呼び出されてもおかしくなかった。この1、2日のタイムラグの間に父は調べてくれたのだろう。
 また心配かけさせてしまったな、などという罪悪感がこみ上げてくると同時に、その後の父の言葉が怖かった。

 きっと、真っ向から否定されたら、私は折れてしまう。

 もう二度と、自分の気持ちを信じられなくなってしまい、世間から外れたこの感情を押し殺して生きていかなければならないと、自己暗示をかけてこの先を生きていかなければならないのだと思う。

 体が凍えそうなほど冷たく感じている私に対して、「はぁー」と息を深く吐いた父は、

「俺は――これも人の愛の形の一つなのかもしれないって感じたよ。ネットで調べて声を聴いているとな、驚いたことに俺たち夫婦と変わらないんだよ。同性で一緒にいて幸せだって言っている奴が多かったんだ。」
「…………っ!」
「俺たちの世代は頭堅い奴が多いからな、俺たちの年代のやつだとか、それよりもっと前、爺さん婆さんたちからは良い顔されないかもしれないけどな。少なくとも、俺は否定しようとは思わない――まあ、孫の顔が見られなくなる可能性が出てくるとなると、ちょっと寂しいけどな。化学が何とかしてくれるだろう」

 私は父が自分の予想していた以上に、自身の理解者でいようとしてくれていることに対して、言いようのない感動を覚えて、何も言えなかった。
 口を閉じたまま、父を見ていると、「そういえば、お前は」と父が聞いてくる。

「好きなやつはできたのか? 昔からどんな人であっても好きな人ひとり聞いたことがないからな、俺はそっちの方が心配だ」
「えっ? ああ、うん……」

 私が首を縦に振ると、父は「そうか」とだけ答えた。
 彼が私の父である以上、私が通っているのは女子高だということは周知のことのはずだ。
 それでも、父はそれ以上何も追及して来なかった。

 その代わり、まるで少年のようにニヤリと笑ったかと思うと、

「付き合ってんのかよ、それとも友達どまりか? まさか、話したこともなくて一方的に片思いしているわけじゃないだろうな?」
「いや、えーと……」

 まるで修学旅行の恋バナのようなテンションで聞いて来たが、それに対しても私は茶を濁すような答えしかできない。
 わざと、私が答えやすいように聞いてきてくれた父には悪いが、こればかりは、無理だ。

 今日フラれました、なんてことは口が裂けても言えない。

 そんな私の様子を見て何か察したのか、「……奮闘中ってところか」と呟いた父は、ポンポンと私の頭をたたいた。

「命短し恋せよ乙女ってか、まっ、がんばれよ。俺も応援してるから」

 そう言った父には、先ほどまでの真面目さは消えており、そこにはいつもの豪快で面倒くさがりなおっさんが一人いるだけだった。

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